作品タイトル不明
238 危険なお茶会 2
どど、どうしよう。
今さらながら、大変なことをしてしまったわ。
だらだらと背中に嫌な汗を流しながら、言い訳の言葉を考えていると、王太子とラカーシュが考える様子で私を見つめてきた。
「………………」
「………………」
ま、まずいわ。明らかに疑われているわね。
つい3か月前、乙女ゲームの世界に転生したと気付いた時は、何をやっても王太子とラカーシュに疑われていたことを思い出す。
そうよね、ルチアーナは長い間ずっと悪役令嬢だったのだ。
今みたいに誰が見ても怪しい行動を取ったら、疑われるのは当然だ。
この状況を作り出した私が悪いのだわ、と2人から厳しい言葉を投げつけられることを覚悟していると、王太子は無言のまま上着の内側に手を入れた。
何をするつもりかしらと見ていると、王太子は懐に入れていた銀色の懐中時計を取り出し、割れたカップの上に溜まっていた紅茶の上に落とす。
同時に、ラカーシュは指にはめていた銀色の指輪を外すと、同じように自分の足元に溜まっていた紅茶の上に落とした。
2人の行動が理解できず、眉根を寄せて見ていると、カールがはっと息を呑む音が聞こえた。
どうしたのかしらと視線をやると、カールは2人が落とした懐中時計と指輪を見つめていた。
不思議なことに、カールの顔色はみるみる悪くなっていく。
王太子はそんなカールを気にすることなく立ち上がると、懐中時計を拾い、空いていた彼の隣の椅子に片手を置いた。
「ルチアーナ嬢、君は気分が悪いようだから、少し休んでいったらどうだ。ちょうどお茶を飲もうとしていたところだから、一杯どうかな?」
さすが王太子。この場を綺麗に収めようとしているわ。
明らかに不自然な動きをしていた私を、「気分が悪いようだ」と宣言したことで、体調不良に仕立て上げてしまったのだから。
これは乗るしかないわね。
私はよろよろと椅子に座り込むと、体調が悪そうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます。昨夜、徹夜でお勉強をしていたので、睡眠不足で眩暈がしたようです」
周りに聞こえるよう大きな声で言い終わると同時に、セリアが慌てた様子でティーポットを持ってくる。
「どうぞ、予備のティーポットですわ。こちらの席はカール様が特別にお持ちいただいた茶葉を使用する予定でしたが、茶葉の予備はありませんので、他のテーブルと同じ茶葉を使用させていただきます」
「ああ、構わない」
王太子は鷹揚に答えると、セリアの手からティーポットを受け取った。
セリアは私に視線を移すと、心配そうに提案してくる。
「あの、お姉様、体調は大丈夫ですか? このテーブルは落ち着かないかもしれませんので、よかったら私のテーブルに来ませんか?」
セリアが指さした先のテーブルには、ルイスとユーリア様が座っていた。何とも気楽そうだ。
「あ、そうですね、せっかくのお申し出なので」
セリアの提案に飛びつこうと、いそいそと腰を浮かしかけたところで、ラカーシュに遮られる。
「いや、ルチアーナ嬢はこのテーブルで問題ない」
「お兄様……」
セリアは困惑した様子でラカーシュと私を交互に見つめたけれど、珍しく彼は頑なな表情を浮かべて譲る様子を見せなかったので、私が折れることにする。
「ありがとうございます、セリア様。せっかくのお申し出ではありますが、私はこちらでお茶をいただきますね」
「……分かりました」
セリアはまだ心配そうだったけれど、私が笑顔を見せると少し安心した様子で自分のテーブルに戻っていった。
私は立ち上がってテーブルに置かれていたティーポットを手に取ると、カールに向き直る。
「カール様、私が紅茶をサーブしようと思ったのですが、どうやらまだ体調が回復していなくてふらつくようです。申し訳ありませんが、代わりに紅茶を注いでもらえませんか?」
カールははっとした様子で私を見た後、信じられないとばかりに呟く。
「もう一度、私に任せてもらえるのか? このような事件の後で?」
そのセリフを聞いて、あれ、もしかしてカールは先ほどの紅茶に毒が含まれていることに気付いたのかしらとびっくりする。
カールの独り言を拾った王太子とラカーシュは鷹揚に頷いた。
「ルチアーナ嬢の体調が悪いのであれば、代わりを務めてもらえるのは助かる話だ」
「ああ、お願いしよう」
カールの顔色はまだ悪かったけれど、2人の言葉を聞いて頬に赤みが差す。
カールは立ち上がると、王太子、ラカーシュ、私、自分と順に紅茶を注いでいった。
それから、緊張した様子で椅子に座る。
さり気なく周りを見回すと、先ほどまで興味津々な様子でこのテーブルに注目していた参加者たちは、いつの間にか興味を失ったようで、自分たちのテーブルの参加者たちとそれぞれ話に花を咲かせていた。
よかったわ、これで何事もなく収まるかしら、と思いながらほっと息をついていると、王太子が先ほど紅茶に浸した懐中時計をテーブルの上に置いた。
同じように、ラカーシュも洒落た指輪をテーブルの上に乗せる。
「あっ!」
思わず驚きの声が出たように、懐中時計も指輪も紅茶で汚れたのか、明らかに変色していた。
ぱっと見た感じ、少し拭いたくらいでは取れそうにない汚れだ。
どうしようと顔色を悪くしていると、王太子が淡々とした声で質問してきた。
「ルチアーナ嬢、この変色の意味が分かるか?」
もちろん分かる。
お茶会を台無しにした私に、2人は紳士らしくペナルティを与えようとしているのだ。
「お2方がお持ちの高額な装飾品をダメにしたので、私に弁償させようとしています」
「……は?」
「何だって?」
意味が分からないとばかりに眉根を寄せてきた2人を見て、あ、言い方が直接的過ぎたようだわと反省する。
きっと2人は、このような下品な言い方は嫌いなのだ。
「お2方がお持ちの高級な装飾品が、紅茶で汚れてしまいました。ティーポットやティーカップを割ったのは私なので、代わりとなる装飾品を準備させていただきます」
私が考え付く最高に丁寧で、婉曲な言い方にしたというのに、今回も2人を満足させることはできなかったようだ。
王太子とラカーシュが眉間にさらに深い皺を刻んだため、えっ、これもダメなのと目を見開く。
そんな私の前で、2人は頭痛がするとばかりに頭を押さえた。
「ルチアーナ嬢、君は本気で言っているのか?」
「この状況で、そんな解釈があるものなのか?」
ええ、もちろん本気よ。これが、侯爵令嬢が考え付く最高に婉曲で上品な回答だわ!
むっとして見つめ返す私に向かって、2人は大きなため息をついた。
どうやら王太子殿下と筆頭公爵家の嫡子が望む「優雅なご回答」を導き出すには、私はまだまだのようだ。