作品タイトル不明
236 カールの秘密
生徒会室からの帰り道、私はふと思うところがあって「夏の庭」に足を踏み入れた。
もしやと思って「睡蓮の池」を覗いてみると、ひときわ美しい睡蓮が―――隣国の王子様であるカール・ニンファーと言う大輪の睡蓮が、今日も池の中に咲いていた。
どうやら麗しのカール王子は、授業をさぼってずっと池の中にいたようだ。
私は池の縁に座り込むと、ぼんやりとその睡蓮を見つめる。
……カールは精神的に不安定になっているのかもしれないわ。
彼が水の中に長時間いるのは、心が落ち着かない場合だから。
そして、彼が不安になる理由を私は知っていた。
―――カール・ニンファー。
睡蓮(ニンファー) の名を冠するニンファー王国の第二王子だ。
彼はニンファー王国の王子という立場にあるものの、国王の実子でなく国王の弟の息子にあたる。
王弟が結婚することなく、息子を残して早世したため、国王がカールを養子に迎え入れたからだ。
そんなニンファー王国は我が国の南側に位置し、国の南側と東側は全て海に面しているため、海洋王国として名を馳せていた。
加えて、国の半分近くが川や池、湖で占められている水資源に恵まれた国でもあった。
特に大きな産業や資源があるわけではなかったが、豊富な海産物や水産物が獲れることから国民が飢えることはなく、人々は穏やかな生活を営んでいた。
国民は日々の生活に満足しており、自分たちを守ってくれる王家を敬っていたが、王家には一つだけ他の者たちと異なる点があった。
それは、ニンファー王族は必ず、体のどこかに鱗を持って生まれてくるということだ。
鱗が生える場所と量には個人差があり、首に数枚の鱗を持っているだけの者もいれば、背中一面にびしりと鱗が生えている者もいた。
王族に鱗が生える理由は王家の勇敢さの証であり、―――国を守った際に受けた『呪い』によるものだと伝えられていた。
―――元々、ニンファー王国には「睡蓮を食べる悪魚を駆逐して国を興した」との伝説がある。
不思議なことに、通常は池や湖でしか咲かないはずの睡蓮が、ニンファー王国ではあらゆる水辺で咲くのだ。
国花でもある睡蓮を守るため、ニンファー王家は睡蓮を食べる悪魚を駆逐したのだが、その際に悪魚が王家の者に呪いをかけたと伝えられていた。
そのため、鱗付きで生まれる王家の者は、ニンファー王国を悪魚から守った勇敢な一族の証だと言われていた。
しかしながら、その呪いが進行すると、一族の者は悪魚の姿に変えられて早世するとも言われており、実際に王族の変死が続いたことで、王家の者を恐怖させた。
ところが、数代前の国王付き巫女が一つの神託を授かった。
『定期的に生贄を捧げれば、悪魚に変化する呪いを受けるのは生贄一人で済む』というものだ。
その神託に従い、王族から『鱗を持った生贄』を捧げると、残された他の王族は長寿を全うできるようになったため、それ以降、一代に一人の生贄を捧げる儀式が継続されることになった。
そんな歴史を持つニンファー王家において、先代の『生贄』に選ばれたのがカールの父だ。
当時、第二王子だったカールの父親は先代王の指示により、生贄としてニンファー王国の中央にある大瀑布「青滝リムナ」の大渦に投げ込まれたのだ。
神官や王族、貴族が見守る中、カールの父親は渦の中に吸い込まれていき、どれだけ待っても再び水面に上ってくることはなかった。
そのため、生贄を受け取ってもらえたのだと、成り行きを見守っていた者たちは歓喜した。
―――その生贄の儀式が行われたのが、17年前の今のような寒い冬の時期だったのだ。
当時のカールは生まれたばかりだったから、父親の記憶も、父親が亡くなった時の記憶もないはずだ。
けれど、彼は冬が来るたびに亡くなった父親を思い出し、情緒不安定になるのだ。
体に鱗があるからなのか、水の中が落ち着くようで、カールは不安になった時や、落ち着きたい時には水に浸かる性質があった。
だから、寒い時期になると、亡き父親のことを思い出してよく水中に浸かっている。
……というのがゲームの設定だけれど、これまでの事例から推測すると、大まかなところはこの世界も同じルートを辿っているようだ。
恐らく、この世界のカールの体にも鱗が生えていて、彼の父親は生贄となって亡くなったのだろう。
そして―――本来ならば、私生児として表舞台に出ることはないはずのカールを、わざわざニンファー国王が養子にした理由は、次代の『生贄』にするためだろう。
カールは幼い頃から『次代の生贄』として育てられ、いつの日か命を捨てるために生かされているのだ。
「そんなの絶対に間違っているわよね!」
首元まで水に浸かり、目を瞑っているカールを見ながら、私はぼそりと呟く。
命を捨てるために生かされているなんて、そんな悲しいことはあり得ない。
ゲームの中では 主人公(ヒロイン) がカールの体に生える鱗に気付き、偶然見つけた魔道具を使用して火魔術を発生させ、彼の体に生える鱗を焼き切ることでカールを解放する。
体から鱗をなくすことで、もはや『鱗を持った生贄』としては役に立たなくしたのだ。
ちなみに、鱗が燃えたことは『事故』として処理されたため、ニンファー王国はカールに責任を求めることはできず、生贄にならないからといって放逐することもできなかった。
そのため、その後もカールは第二王子として生活を送ることができたのだ。
「……この世界がゲーム通りというのならば、主人公が入学してきてカールと仲良くなったら、彼は救われるはずだけれど」
入学まであと3か月、仲良くなるまではさらに半年ほどかかるだろう。
それまでカールは、いつ生贄にされるのだろうという恐怖と闘い続けなければならないのだ。
しばらく待ってもカールは水に浸かったままだったので、邪魔をしてはいけないと、私はこっそりその場を離れた。
「カールの人生は過酷だわ」
だからせめて、心穏やかな毎日を送ってほしい、と思っていたのに―――事件が起きた。
カールがエルネスト王太子、ラカーシュと3人でお茶会をした際、カールが提供した紅茶に毒が混じっていたのだ。