軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 フリティラリア公爵の誕生祭 10

その時の私に言えることは一つだった。

……いや、死ぬでしょこれ。

セリアを庇う位置にラカーシュが、その隣に兄が、そして3人から一人だけ飛び出した位置に私が立っている。

そんな私たちに対して、二手に分かれた魔物が、両側から慎重に近寄ってくる。

右を見ると、 単頭緑蛇(カプトサーぺ) が体をくねらせながら、舌をチロチロと出している。

左を見ると、 単頭緑蛇(カプトサーぺ) が動線上にあった太い木の枝を尻尾で締め付け、ばきりと真っ二つにへし折っている。

それぞれが好き勝手なことをしているように見えるけれど、2頭はゆっくりしたペースながら、確実に左右から挟み撃ちしてきていた。

こんな恐ろしい魔物を2頭もなんて、とても討伐できる気がしなくて、縋るように後ろにいる兄を振り返る。

「サ、サフィアお兄様! 無理、無理ですわ……」

思わず泣き言を言うと、兄は意地が悪そうな顔でささやいた。

「では、『お兄ちゃま、助けてくだちぃ』と言ってごらん」

「へ?」

「ほら、助けを必要とする時には呪文が必要なのだ。それがこれだ」

「お、おにいちゃま、たすけてぇー?」

「やー、微妙に、そして、絶妙に違うが、まぁよいだろう。お前は最近、つんけんして可愛げがなくなっていたからな。兄からのショック療法だ。さて、ルチアーナ。お前はまだ、いくらか魔力が残っているだろう。魔術陣の顕現は可能か?」

その言葉に、はっとして兄を振り仰ぐ。

兄は軽い調子で口にしたけれど、それこそが本題だと、言われた途端に気が付いた。

―――魔術を使う瞬間、魔術師は世界とつながる。

魔術は原理原則が解明された事柄で、手順通りに行えば必ず発動するものだ。

そして、その原理原則は世界と紐づけられている。

だからこそ、同じ人物が魔術陣を立て続けに描くことはできない。

わずかではあるが、魔術陣を描く行為は、世界を魔術師の形に歪めてしまうことになるからだ。

魔術陣を連続で作成することは世界への影響が大きすぎるし、術者への跳ね返りがあるため、禁則事項とされているのだ。

だからこそ、そういう場合は、近しい者の魔術陣を使う。

基本的に、本人が顕現させた魔術陣でしか、自身の魔術を上乗せする効果は発生しないけれど、血縁だとか近しい者の魔術陣の場合、幾らかの恩恵にあずかれるのだ。

それが微々たるものだとしても、―――そのわずかな違いですら必要な状況なのだろう。

にもかかわらず、そのことを微塵も感じさせない兄の態度は、すごいと言わざるを得ない。

……先ほど自分が発動させた、出来の悪い火魔術を思い出す。

言い訳になるけれど、ルチアーナの記憶を辿ってみても、あんなに出来の悪い魔術の発出は久しぶりだ。

ルチアーナは一つの魔術しか使えないけれど、その分「火球」の技には慣れていて、成功率は高いのだ。

失敗の理由を考えてみるに、凶悪な魔物を目の前にして、がちがちに体が強張っていたのが原因だと思われるのだけれど、今はうっすらとした緊張を感じるだけで、余分な力が抜けている。

―――これは、普段通りの会話を交わし、緊張をほぐしてくれた兄のおかげなんだろうな。

兄が私を押し出した理由も、遅ればせながら分かった。

皆から一歩踏み出した位置に立っている私は、そのまま魔術陣を描くのに適した場所に立っていたのだから。

―――これが、偶然ってことはないんだろうな。

サフィアお兄様は色々と、本当にすごいのかもしれない。

いつだってふざけているから底が知れないけれど、兄は想像以上のハイスペックなのかもしれないと思いながら、地面に向かって両手を広げる。

「魔術陣顕現!」

魔術陣を描くには、繊細で丁寧な魔術を必要とする。

先ほどまでのがちがちに緊張していた体では、上手く描くことは難しかっただろう。

そう考える私の足元に、兄やラカーシュのものと比べると、非常にシンプルな紫色の魔術陣が現れた。

けれど、それが今の私に描ける精一杯の魔術陣なのだ。仕方がない。

「やー、まじないと考えれば悪くない」

言いながら、兄は私が作った魔術陣に乗ってくる。そして、私の前に立ち塞がる形に位置した。

「まじないか。その程度でもないよりかはましだろう」

言いながら、ラカーシュが兄の横に立つ。

いや、違うでしょう。

ラカーシュは血縁でもないのだから、私が描いた魔術陣の恩恵なんて1ミリだって受けられないはずだ。

だから……これは、私の前に立つための言い訳なのだろう。

何というのか。

ラカーシュは山のようにプライドが高いけれど、そのプライドを持つに足るべく誇り高い生き方を自分に強いているのだなと気付く。

疲れるだろうなー、と思うけれど。

けれど、それはラカーシュの性格からきているのだろうから、どうしようもないのだろう。

つまり、彼は好悪の感情に関わらず、自分よりも弱い者を守らずにはいられないのだ。

あああ、外見だけじゃなくて、ハートもイケメンって、どうよこれ。

私が普通の悪役令嬢ならイチコロでしょうな!

そう思いながら、私は二人の邪魔にならないよう、魔術陣のぎりぎりの場所に立った。

そうして、セリアを振り返る。

「セリア様、まずはあなたが隙をみて逃げてください!」

うずくまっていたセリアだったけれど、私の言葉を聞いた途端、はっとしたように立ち上がった。

そして、気持ちを新たにするためか、自分の頬をぱしんと両手で叩く。

顔を上げ、再び私と目を合わせた時のセリアには、うずくまっていた時とは異なり生気が感じられた。

気力を取り戻したセリアの姿を見て、私は言葉を続ける。

「私がこの場所を移動すると魔術陣が消えてしまうので、私はぎりぎりまでこの場に踏みとどまります。この二人は究極的に女性を優先させるようだから、あなたと私が逃げない限り、死んでもこの場を動かないでしょう。だから、お兄様を助けたければ、まずはあなたが逃げ切ってちょうだい」

セリアは私の顔を正面から見ると、真剣な表情でうなずいた。

図った訳でもないだろうに、いつの間にか兄とラカーシュは背中を合わせるように立っていた。

そして、それぞれの正面に対峙する蛇型の魔物を一心に見つめていた。