軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185 聖獣「不死鳥」 2

その時、私は確かにリリウム城にいたのだけれど―――次に目を開けた時には、聖山の頂上付近に立っていた。

一変した景色に驚きを感じたものの、吹き晒す風に肌寒さを覚え、一瞬にして高い山の上に転移したことを理解する。

ぐるりと周りを見回したところ、辺り一面には植物が一切生えておらず、グレーの山肌が広がっているだけだった。

山の麓辺りには緑があったけれど、どうやら頂上付近は環境が異なるようだ。

「まずは不死鳥に顔を見せ、私たちが来たことを知ってもらおう」

そう提案する王太子に従って、火口に向かって歩いて行く。

しばらくすると、円形の深いくぼみがある山の頂上に出た。

そのくぼみからは、白い煙がもくもくと立ち上っている。

近付いていく間に、破裂音とともに黒煙が発生し、視界が黒一色に塗りつぶされてしまった。

そのため、驚いて立ち止まったところ、見渡す限りの黒い景色の中から、赤々としたマグマが噴き出す様子が薄っすらと見えた。

目を凝らしてよく見ると、ぐつぐつと赤く燃え滾る高温のマグマが、火口内に溜まって渦巻いている。

「通常であればマグマは地下に溜まり、噴火の時にしか目にできないものだが、聖山は不思議な力が働いているのか、火口内にマグマが溜まっているのだ」

ラカーシュの説明を聞いて、なるほどと頷く。

「それはまた神秘的ですね」

確かに、こんな風にマグマがゴポゴポと湧き上がっている景色は初めて目にした。

聖獣の色である金と赤が入り混じったマグマを間近に目にし、圧倒的な自然の力に畏敬の念を抱いていると、隣に立った王太子が呆然とした声を出した。

「……マグマが減っている」

「え?」

「1か月前に来た時と比べると、火口に溜まったマグマの高さが5メートルほど低くなっている。そんな……聖獣はこれほどの炎を喰らっているのか?」

驚愕で目を見開く王太子が心配になり、大丈夫かしらと手を伸ばしかけたけれど、その時、視界の先で赤い塊が移動するのが見えた。

はっとして視線をやると、聖獣が火口内を羽ばたいているところだった。

聖獣は大きく口を開け、一心不乱に灼熱のマグマを食している。

吹き上がってくる炎を物ともせず、次々に炎を喰らう不死鳥は、他の生物とは一線を画す存在に見え、確かに『聖獣』なのだと信じられた。

しばらくすると、聖獣は満足したのか、火口内から高く飛び上がり、ゆったりと旋回した後で私たちの近くに舞い降りる。

ほんの数メートル先に凛として立つ聖獣は大きくて美しく、その静かな佇まいの中に王者の風格を漂わせていた。

そんな聖獣を王太子はまっすぐ見つめると、地面に片膝を突き、凛とした声を出す。

「久しぶりだな、不死鳥。未来を読める者が、あなたが魔物に襲われる光景を見たと教えてくれた。この山に魔物は一匹たりともいないことは承知しているが、あなたの護衛だと思って、私たちがしばらくこの山に滞在することを許してもらえるだろうか」

聖獣は王太子の真意を確かめるかのようにしばらく見つめ返していたけれど、了承したのかその場にぺたりと身を伏せた。

先日聞いた話では、聖獣は人の言葉を話せるとのことだったけれど、どうやらそんな気分ではないようだ。

見ていると、聖獣は首を後ろに向け、羽毛の中に顔をうずめていた。

その姿は、前世の動物園で見た孔雀や白鳥の眠り方にそっくりだったため、聖獣はこの場所で眠るつもりなのだと理解する。

「聖獣はこの場所で眠るみたいですね。多分、私たちがこの山に滞在するのを許してくれたってことじゃないでしょうか」

眠ろうとしている聖獣を邪魔したくなくて小声で囁くと、王太子は立ち上がり膝に付いた土を払った。

「そうだな、私たちもここで夜を明かすとするか」

王太子の言葉を合図に、彼とラカーシュは荷物の中から敷物とすっぽりと被る毛布のようなものを取り出した。

それから、私に敷物の上に座るよう促すと、顔だけが出るような形で毛布を巻き付けてくれる。

お礼を言うと、ラカーシュは軽く頷き、この場を離れることを断ってきた。

「セリアが視たのは『先見』だ。分かるのは『今より未来の出来事』というだけで、それが1日後なのか、1か月後なのかは分からない。今日である可能性もゼロではないため、少し辺りを確認してくる」

さすが有能なるラカーシュだ。

聖山に到着したばかりなのに、もう状況確認に向かおうとしている。

「エルネスト、ルチアーナ嬢を頼む」

ラカーシュはそう言い置くと、足早に去って行った。

そして、残された王太子は手際よく火をおこすと、私にくつろぐよう声を掛けてくれた。

ほっと一息ついて、ゆっくりと回りを見回していたところ、山肌を見せるだけで何もないと思っていた一角に、人工的な巨石が刺さっていることに気付く。

距離があるので詳細は分からないけれど、磨き抜かれたかのように表面がつるつるとした巨大な四角柱が、何かの目印のように地面から突き出ているのだ。

「エルネスト殿下、向こうに見える巨石は何ですか?」

「ああ、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』だ。この地は聖獣の棲まわれる聖なる地だからな。畏れ多くも、紫の羅針石が備え付けてあるのだ」

「えっ、あっ、ええ、紫の……」

そう言われて目を凝らしてみると、確かに巨石は深い紫色をしていた。

……どうしよう。ルチアーナがこれまでちっとも勉強をしてこなかったからなのか、王太子が口にした『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』という単語が何のことだか分からない。

けれど、王太子は当然のこととして口にしたから、これは誰もが知っている世間の常識なのだろうか。

うーん、と頭の中を探ってみたけれど、知らない単語は出てこない。

そして、出てこないものはどうしようもないのだ。

「ええと、王太子殿下、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』とは何でしょうか?」

柔らかな笑みを浮かべ、できるだけさり気ない様子で尋ねてみたというのに、王太子はぽかんと口を開けた。

あら、間抜けなはずの表情を晒してもイケメンだなんて、王太子はさすがね。

そう思ったけれど、口に出したらさらに呆れられることは間違いないため、笑みを浮かべたまま無言を保つ。

すると、王太子は戸惑った様子で私を見つめてきた。

「ルチアーナ嬢は侯爵令嬢だというのに……あれが何かを知らないのか? 高位貴族の嗜みとして、幼い頃に1番初めに学ぶ事柄だと思うが」

「ほほほ、学んだ時期が幼過ぎて、忘れてしまったようです」

そんなはずがあるものか、と王太子の顔には書いてあったけれど、彼は咳払いをすると丁寧に説明してくれた。

「世界中に散らばっている、世界の真理に到達するための『予言の言葉』のことだ。石の色によって内容の重要度が異なると考えられており、最上位が紫色となっている」

「えっ、そうなんですね!」

「ああ、……紫色の羅針石は、『 世界樹(ユグドラシル) 』について書かれているのだから」

「…………」

話の内容が危ない方向に進んでいるように思ったため、私は思わず口を噤む。

すると、王太子はふっと皮肉気な笑みを浮かべた。

「……と言い伝えられているが、真偽のほどは分からない。なぜなら『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』は誰一人読むことができないからね。書かれているのは文字だろう、ということすら推測にすぎない」

「ええっ! そ、そうなんですね!!」

確かに前世においても、インダス文字やビブロス文字など、未だに解読できていない古代文字はたくさんあった。

きっと既知の言語とはルールが異なり過ぎていて、誰も読み解くことができないのだろう。

「ここだけの話、今私が説明した内容は『開闢記』にも記してある。本来ならば、あの本の内容は外に出すべきでないのだが、この件に関しては1人でも多くの者に『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』の解読に挑戦してほしいため、『昔からの言い伝え』という形にして、積極的に外部にも広めている」

「そうなんですね」

王太子の言葉を聞いて、高位貴族の嗜みとして、1番初めに学ぶべきことだと説明されたことを納得する。

というのも、高位貴族であればあるほど、多くの学習の機会を与えられているからだ。

加えて、血統として優れた魔術を引き継いでいるので、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を読み解く可能性は、それ以外の者よりも高いと考えられているはずだ。

だからこそ、高位貴族の子弟は、幼い頃から嗜みとして羅針石について教えられているのかもしれない。

そう納得している私の前で、王太子は遠くに見える紫色の羅針石を指差した。

「『開闢記』には他に、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石に書かれている記述の内容は、その石が置かれている地に関するものが多い』とあった。そのため、あの紫の羅針石には聖獣のことが書いてあるのではないかと推測されている」