軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

174 白百合領視察 5

私は手を伸ばすと、子どもたちの腕に触れた。

季節は冬の初めのため、2人とも長袖を着ていていたのだけれど、手を洗う時に袖をまくったようで、肘近くまで腕が見えている。

そして、手首から肘までびっしりと赤い斑点が浮き出ていた。

「この赤い模様はどうしたの?」

できるだけさり気ない様子で尋ねると、子どもたちは何でもないことのように答える。

「分かんない。村のお医者さんに見てもらったけど、怪我でもないし、痛みもかゆみもないから、大丈夫でしょうって言われた」

「僕もそう。ちょっと前からできてきて、少しずつ増えているんだ。カッコいいでしょ?」

「……そうね。カッコいいわね」

そう答えながらも、心臓がどくどくと拍動し始める。

……この赤い斑点は、ゲームの中に出てきた気がするわ。

子どもたちの腕に浮き出た斑点を目にしたことで、過去の記憶が刺激され、これまで思い出すことがなかった乙女ゲームのストーリー部分が思い起こされる。

一体どこで見たのだったかしら?

……いえ、見たことはないのかもしれないわ。なぜならこの斑点に見覚えはないもの……と、前世でプレイしたゲームの内容を、必死で思い出そうと試みる。

前世では、仕事の後に眠りながらプレイすることが多かった。

そのため、全てのストーリーを詳細には覚えていないし、そもそも主人公とヒーローの会話だけで流れていく場面は、印象に残り難くうっすらとしか覚えていないものも多かった。

そのため、なかなか該当するシーンが浮かんでこない。

だけど、この斑点を見るとものすごく嫌な気分になるので、重要なことのように思われる。

きっと、エルネスト王太子ルートの場面で出てきたのだと思うけれど、どこだったかしら……。

必死になってぐるぐると頭を回転させていると、突然、頭の中に1つの場面が浮かび上がった。

あっ、そうだわ! 王太子がゲームのヒロインに対して、弱音を吐いたシーンだわ。

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エルネスト『私のせいだ……私が聖獣と契約できないばかりに、領地の民まで犠牲になっている!』

私『エルネスト様のせいでは……』

エルネスト『いや、私のせいだ! 王家と聖獣の契約が切れたため、この地は弱っている。その影響を受け、領民たちの全身に紅斑が出始めたのだ。彼らの辿る末路は皆同じだ。体の節々が痛み出し、最後は体を動かせなくなって、寝たきりになるのだ』

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ゲームにおいて、このシーンは2人が会話をする形で進行していた。

そのため、王太子の領地の状況は、短い会話で語られただけで、映像として描写されることはなかった。

つまり、実際に現れた紅斑がどのようなものなのかは、ゲームの中で1度も示されなかったけれど、子どもたちの腕に現れている赤い斑点がそれじゃないだろうか。

そう思い当たった瞬間、胸の中に後悔する気持ちが湧き上がってきて、私はぐっと唇を噛みしめた。

―――ゲームがスタートするのは、今から約4か月半後だ。

そして、それからさらに数か月後、白百合領で風土病が流行り始めたという話が出てくる。

ゲームの中では様々なイベントが起こっていたけれど、それらは全てゲームの進行に合わせて発生していた。

そのため、風土病の原因はゲームが開始する時期に発生するのだろうと漠然と考えていて、ゲーム開始前の時期に何かができるとは考えてもいなかったけれど……。

「私が間違っていたわ」

ここは、ある日突然始まるゲームの世界とは違うのだ。

毎日はつながっていて、「この日から」とある日突然、病気の原因が発生するはずはないのだから。

「ルチアーナ嬢?」

子どもたちの腕を両手で握りしめたまま、真っ青になった私を訝しく思ったのか、ラカーシュは手を伸ばしてくると、私の手に触れた。

それから、驚いた様子で声を上げる。

「君の手は氷のように冷たいじゃないか! 先ほど、畑に入ったことで体を冷やしたのではないか? 今すぐ城に戻った方がいい」

寒さからではなく、恐ろしさで体がカタカタと震え始めたけれど、そのことも誤解されて心配される。

自分が動揺していることは分かっていて、このままこの場に残ったとしても有益な会話ができるとは思えなかったため、私はラカーシュに促されるまま長老の家をお暇することにした。

心配する長老と子どもたちに、「今日は朝早くから聖山に登った上、村の中をたくさん歩いたから」と説明すると、3人から「それは体も疲れなさるじゃろ」「そうね」「そうだよ」と呆れた表情を浮かべられた。

3人が安心した様子を見せたことにほっとした私は、これ以上彼らを心配させないようにと、無理矢理微笑みを浮かべる。

「今日はどうもありがとう。私はもう少しこの地に滞在するから、また会えたらいいわね」

それから、王太子が呼んでくれた馬車に乗り込むと、背もたれに背中をあずけた。

『ルチアーナ、落ち着くのよ』と自分に言い聞かせるけれど、カタカタと震える体は止まらない。

ぎゅっと目を瞑っていると、ふわりと温かいものが体に掛けられた。

何かしらと不思議に思って目を開くと、隣に座っていたラカーシュが心配そうに私を覗き込んでいた。

目の前にいるラカーシュはシャツ姿になっていたので、羽織っていた上着を私に掛けてくれたようだ。

「あ、あ、ありがとうございます、ラカーシュ様」

カタカタと歯が鳴り、言葉が上手く発せられない。

そんな私を見て、ラカーシュは眉根を寄せると、両手で私の手を包み込んできた。

「私は体温が高い方ではないが、そんな私よりも明らかに君の方が冷たくなっている。温かいというだけで人は落ち着くものだから、しばらくは君の手を握っていても構わないかな?」

「は、はい」

そう答えると、ラカーシュは発言した言葉通り、辛抱強く私の手を包み込んでいてくれた。

体に掛けられたラカーシュの上着の暖かさと、彼の手の温かさ、それから、馬車の車輪が回るカラカラという規則的な音を聞いていることで、少しずつ落ち着いてくる。

震えが止まったため、ふうとため息をつくと、私の前に座っていた王太子が声を掛けてきた。

「少しは体調がよくなったようだな。リリウム城に戻ったら、温かい飲み物を用意させよう」

「……ありがとうございます」

視線を上げることなくお礼を言うと、エルネスト王太子は少し躊躇った後、言葉を続けた。

「体調が悪い君にする質問ではないことは承知しているが……ルチアーナ嬢、君はあの子どもたちの腕に表れていた紅斑が何かを知っているのか?」

「っ!」

その言葉を聞いた瞬間、私は驚きでさっと顔を上げる。

それから、私は戦慄して大きく体を震わせた―――なぜならエルネスト王太子が、子どもたちの腕に表れた斑点に『紅斑』という単語を使ったからだ。

それは、ゲームの中の王太子が発した言葉と全く同じ表現だったため、私は言い知れぬ恐怖を覚えて息を呑んだのだった。