軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

146 「収穫祭」という名の恋のイベント 5

「…………」

とんでもない言葉が聞こえた気がして、私は無言でラカーシュを見つめた。

私一個人の好みよりも、世間全般が求める完璧さを追求すべきだと思ったけれど、ラカーシュの表情は真剣で、否定すべきでないと思ったため口を噤む。

何と返すべきかを必死に考えていたけれど、答えが出る前にラカーシュが苦笑して、握っていた手を離した。

「すまない、君を困らせてしまったな」

それから、ラカーシュは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「いくら頼まれたとしても、高位貴族のご令嬢が他人の欠点を口にすることは難しいだろう。先ほど言ったように、君は表情が豊かだ。私の嫌いな部分があれば顔に出るだろうから、君の表情に聞くことにするよ」

そう言うと、ラカーシュは話題を変えた。

「ルチアーナ嬢は発想が豊かだな。収穫祭についての多くのアイディアを聞いて、私は驚かされっぱなしだ」

恐らくラカーシュは自分が踏み込み過ぎたと考えて、一歩後ろに下がるとともに、この場の雰囲気を変えようとしてくれたのだろう。

公爵家嫡子という立場を考えると、誰もが彼の要求に従うべきだと考えてもおかしくないのに、きちんと相手を尊重しようとするあたり、人間ができていると感心する。

「今回の収穫祭で、共通の仮装テーマを決めるという試みも斬新だね。君の助言に従って、今日から校舎本館の入り口に回収箱を設置し、1週間かけて実施テーマの人気投票を行うことにした。最も得票数が多かったテーマに決定する予定だが、どれが選ばれるのか見当もつかないな」

「そうですね。私も全く予想が付きません」

それは、私が最も楽しみにしている企画の1つだった。

毎年、生徒たちは思い思いに扮装するけれど、商人になる者や魔物になる者、囚人や執事、絵本の登場人物など、バラバラ過ぎてよくわからない空間になっていた。

そのため、共通のテーマを決め、生徒たちにはテーマにちなんだ扮装をしてもらうとともに、テーマに合ったセットを敷地内に設置すれば、まるでその世界に迷い込んだようで楽しいだろうなと思ったのだ。

セリアやジャンナと話し合った結果、採用された選択肢は4つだ

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1 月の住人たち

月の姫と求婚する貴公子、官女や随身たちが織り成す雅な世界

2 砂漠の一族

頭部布を巻き、装飾具で飾った露出度高めな、異国情緒溢れる世界

3 獣人の一族

猫、狼、熊などあらゆる獣人が登場する、耳と尻尾が必須な世界

4 竜宮城と人魚の一族

姫君に亀、鯛やヒラメに、人魚たちが加わった幻想的な世界

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正直、自分が見たいものを詰め込んだので、どれが選ばれても楽しいに違いない。

「私は単に、思いついたことを提案したまででして……」

そう、私は自分が見たいものを、欲望のままに提案したに過ぎないのだ。

だからこそ、光の道を歩んできた、正統派のラカーシュから褒められるのは間違っている。

なぜなら私の提案内容は、これまでの彼の生活に全く登場しなかったものであるがゆえに、彼に目新しく映っているのだから。

何とはなしに申し訳ない気持ちになって、俯いて髪を耳に掛けていると、彼が息を呑む音が聞こえた。

どうしたのかしらと不思議に思って顔を上げると、ラカーシュが瞠目していた。

「ルチアーナ嬢はピアスを開けたのか?」

「えっ、はい」

さすがラカーシュだわ。細かいところまでよく観察しているわね。

そう感心して頷くと、彼は目を細めてピアスを注視した。

「それは、 澄(ちょう) 魔石に見えるが、……いや、それほどの大きさが市場に出回るはずはない……が、その色は………」

「あ、そうです! 透明の魔石です。サフィアお兄様がジョシュア師団長とともに森で魔物を倒して、取ってきてくれたのです」

私の言葉を聞いたラカーシュは無言になると、もう1度私の耳にはめられたピアスに視線を移した。

それから、信じられないとばかりに頭を振る。

「たった2人で、それほどの魔石を取ってきたというのか? ……確認だが、それはサフィア殿が左腕を失う前の話だろうか?」

「いえ、後です。お兄様は師団長に向かって、リハビリに付き合ってくれと言っていましたわ」

冗談のつもりで口にしたけれど、ラカーシュはぴくりとも笑わなかった。

「リハビリ……レベルが違い過ぎて、とても同じ魔術師だと信じられないな。この大きさの澄魔石を2人で、しかもサフィア殿は利き腕なしで倒すとは。これはまた、……サフィア殿は思っていた以上に遠いな」

ラカーシュは疲れたようにため息をつくと、片手をひらりと振った。

「それで、ルチアーナ嬢はその石をどうするつもりだ?」

「え? ああ、この魔石は透明ですけど、そのうち色が変わるらしいのです。お兄様も同じ魔石のピアスをはめているので、変色したら、互いがはめているものを1つずつ交換しようと約束しているんです」

私の言葉を聞いたラカーシュは、ぐっと全身に力を入れると目を細めた。

「それはまた、……親密なものだね」

「親密?」

ピアスを交換することが親密な行為かといえば、そうかもしれない。

けれど、相手は兄なのだ。家族は間違いなく親密な相手だろう。

「澄魔石は身に付けている者の魔力を吸い込む。その石はとても敏感で繊細だから、……たとえばルチアーナ嬢がはめていれば、君の性質を取り込み、君の髪色に変色する」

「えっ、私の髪色にですか!?」

家紋を持つ貴族家の者の髪色は、その家固有の花の色を写し込む。

そのため、私の紫の髪色は、私の出自や家柄といった多くのことを表している。

この石はその髪色を、そのまま写し取るというのだろうか。

「君の色をして、君の性質を取り込んだ石をサフィア殿が身に付けるというのは、……どう考えればいいのだろうな」

真剣に考え込んだ様子のラカーシュに、私はそんな大した話ではないのだと説明しようとする。

けれど、私が口を開く前に、ラカーシュが驚くべきことを口にした。

「ルチアーナ嬢、非常に高額でもあることから、澄魔石の交換は高位貴族の婚約者間で行われる行為だよ」

「えっ!」

びっくりして目を丸くしていると、ラカーシュは俯いて、何事かを小声で呟いた。

「兄妹。兄妹……か。最強の恋愛抑制機能ではあるが……」

それから、彼はすぐに顔を上げると、気を取り直すかのように肩を竦めた。

「通常は私の言った通りだが、サフィア殿に関しては少々意味が異なるのかもしれないな」

ラカーシュの発言内容を理解しようと、一生懸命耳を傾けていると、彼は言葉を続けた。

「魔術師の体を流れる魔力は人それぞれ異なっていて、一部の例外を除くと、同じものは2つとして存在しない。ただし、その違いは微々たるもので、通常であれば区別できるものではないのだが、……サフィア殿ほどの魔術師になると、恐らく区別できるのだろうな。そんな彼が君の石を身に付けていたら、石が保持している魔力と同じものを辿ることで、君の居場所を特定できるのだろう」

「はいっ!?」

もの凄いことを言われたため、驚いて聞き返す。

けれど、ラカーシュは淡々とした様子で質問してきた。

「恐らくサフィア殿は、万が一の場合を考えて、君の居場所を特定できるアイテムを望んだのではないかな。彼はそんな話をしなかった?」

私は首を横に大きく振る。

「いいえ、そのような話は1度も聞いていませんわ! そもそもピアスをはめたいと言い出したのは私なのです。それに、兄が私のために色々としてくれることが申し訳なくて、何かお返しができないかと考えていたところ、兄がピアスの交換を申し出てきたのです。だから、私の気分を軽くするための、思い付きの提案だと思ったのですが」

「……サフィア殿は、真性の人たらしだな」

ラカーシュは参ったとでもいうかのように、天を仰いでそう呟いた。

それから、視線だけをこちらに向ける。

「君の魔力を吸収した澄魔石を身に付けたがる彼の過保護っぷりは、なかなかに酷いな。間違いなくサフィア殿は、君を大事にしている」

ラカーシュは体ごと私に向き直ると、言い聞かせるような声を出した。

「だから、……彼の気持ちを大事にするためにも、君は純粋に様々なことを楽しむべきだ」

突然、話の内容が変わったように思われ、どうしたのかしらと思いながら慌てて返事をする。

「もちろん色々と楽しんでいますよ!」

そもそも、私が色々と楽しんでいることはラカーシュだって知っているはずだ。

なぜならセリアやジャンナと楽しく収穫祭の企画を練っている場面に、いつだって彼は居合わせているのだから。

「ああ、そうだろう。しかし、君は楽しむことに罪悪感を覚えている。気が付いていないのだろうが、セリアと楽しそうに収穫祭の話をした後に、君は必ずため息をついている。楽しさを感じた自分を申し訳なく思っているのだ。だが、分かっているだろうが、そのような気持ちを抱くこと自体が、サフィア殿にとっては悲しみを覚える行為だ」

ラカーシュの言葉を聞いた私は、目を見張った。

……本当に彼は、私をよく見ている。

びっくりして二の句が継げないでいると、ラカーシュは手を伸ばしてきて、私の両肩に手を置いた。

「君がサフィア殿の失った左腕を何とかしたい気持ちは理解できる。しかし、その思いに囚われすぎて、毎日を十分楽しめないのであれば、もったいないことだと私は思う。エルネストが外遊から戻ってきたら、私が必ず彼に助力を頼むから、……どうか君は、心から毎日を楽しんでくれ」

きっぱりとそう言い切ったラカーシュは、何とも高潔だった。

ラカーシュが口にした、サフィアお兄様が人たらしであるという言葉には、完全に同意する。

けれど、同じくらいラカーシュも人たらしだわ、と私は思ったのだった。