軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129 過保護な兄と保護される妹 1

「やあ、これは一体どういう状況だ。ほんの少し席を外しただけで、なぜ師団長が下僕のように妹にかしずいているのだ」

師団長に手を取られたまま茫然としていると、どかどかと大量の荷物を置く音とともに兄の声が響いた。

はっとして視線をやると、戻ってきた兄が物問いたげに片方の眉を上げている。

説明しようと口を開きかけたけれど、それより早く状況を把握したらしい兄が大股で近付いてきた。

それから、師団長に握られていた私の手を取り返すと、庇うかのように私を背に隠す。

「いやあ、いくらうちのルチアーナが魅力的だとしても、ほんのわずかな隙を狙って言い寄るのは止めてもらおう」

「サフィア、私はふざけた気持ちでなく……」

言いかけた師団長を、兄はずばりと遮った。

「たとえどれほど真剣だとしてもだ。妹は哀れなほどに世慣れていないから、師団長のような手練手管を知り尽くした大人の男性にかかれば、本人の意思にかかわらず陥落させられること間違いないからな」

「サフィア、私は手練手管など……」

兄に対してあわあわと言い返すジョシュア師団長は、先ほどまでの凛とした迫力がなくなっていた。

兄が登場したことで部屋の雰囲気が一変したため、私はほっと安心する。

そんな私の目の前で、兄は師団長の言葉を容赦なく遮っていた。

「勿論、身に着けているだろう。魔術師団長という地位が、純粋なだけの貴族のお坊ちゃまに務まるものか。師団長は硬軟併せ持っていて、自分の要望を通すために色々な手法を上手く使い分けているではないか。ルチアーナとの経験の差は天と地ほどあるので、このまま好きにさせていると、妹は自分の望みが何だか分からないうちに師団長の妻になっているだろう」

「いや、さすがにそれはないでしょう!」

あまりの発言内容に、私は思わず言葉を差し挟んだ。

兄は一体私を何だと思っているのだ。

いくら元喪女で、経験が皆無だからといって、言い寄られたイケメンにそうほいほいと頷くはずもない。そこまでチョロくないのだ。

そもそも私は悪役令嬢で、攻略対象者と恋愛をしてはいけないタブーがあるから、他の人よりもずっと慎重だというのに。

兄はくるりと振り返ると、至近距離で私を見つめてきた。

「やあ、そうなのか? お前はお前の意思で、何事も断れるということだな。よし、分かった。だとしたら、私とデートをするぞ」

「は?」

「お前がどれほどきちんと自分の意思を通せるのか、私に示してくれ。それが証明されない限り、ラカーシュ殿やジョシュア師団長との交流は認められないな」

突然兄が、厳格な父親のようなことを言い出した。

……どうしよう。話の流れが全然見えない。

見えないどころか、話の流れに溺れかけている。

恐らく、私はどこかで間違えたのだ。

ただでさえ混乱している状況だというのに、さらに兄とデートをしなければいけないなんて、この事態の収拾を付けられる気がしない。

私は絶望的な気持ちで、兄を見上げた。

すると、さらさらの青紫の髪の下、完璧に配置された美貌が目に入った。

間近で見る兄の顔が完全に整っていたため、思わず目を瞑る。

……そうなのだ、兄は美形過ぎるのだ。加えて、性格が男前だ。

ああ……、これは無理だろう。

私が自分の意思を押し通すことができるかどうかを兄は確認すると言ったが、この兄に対して何事かを長時間主張し続けることは不可能に違いない。

すぐに私が折れて、言うことを聞いてしまうだろう。

私はチョロくないが、鉄壁の防御を持ち合わせているわけでもないのだ。

「あああああ、巻き込まれ事故もいいところだわ! どうして私がこんな目に」

両手で顔を覆うと、兄から慰めるような声が掛けられた。

「うむ、ルチアーナ、傾国の美女はいつだって、自らの思惑とは裏腹に大変な目に巻き込まれるものだ」

完全にからかわれていると思ったため、反論する。

「何を言っているんですか! 私がそんな凄いもののわけないでしょう。以前、お兄様が言われた通り、私はそこら辺に溢れ返っている、ただの投げ売り品ですよ」

「ふむ、以前の私はお前の真価を見誤っていたようだな。お前はどこにもない、唯一無二の極上品だ」

「わああああ、今さらそんな訂正はいりませんよ!」

言い返しながらも、私は自分自身の言動に戸惑っていた。

……あれ、以前のようにお兄様と会話ができているわ。

最近の私は、自分のしでかしたことの大きさに打ちのめされ、どうしても顔が引きつり、以前のように兄に言い返したり、長い会話を交わしたりすることができていなかった。

それが今、ラカーシュ、ジョシュア師団長と、立て続けに衝撃的な告白を受け、ショック状態に陥ったおかげで、罪悪感や後ろめたさといった感情が心の隅に追いやられ、兄と自然に会話ができている。

よかった、これで以前通りだわ、とほっとしていると、顔をしかめた兄が私の顔を覗き込んできた。

「お、お兄様?」

どうしたのかしらと思っていると、兄は手を伸ばしてきて私の額に触れた。

その途端、兄の表情がますますしかめられる。

「……熱があるな」

そう言うと、兄はじろりとジョシュア師団長を睨み付けた。