軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 フリティラリア公爵の誕生祭 3

……この公爵家の領主館を、……城を、何て表現すればいいんだろう。

私は静かに馬車に揺られながら、馬車の窓枠にぶら下がるようにして、あんぐりと口を開けたまま流れ去る景色を見ていた。

先ほど馬車が止まったのは、てっきり領主館の館前に到着して、降車するためなのだとばかり思っていたのだけれど、実際は門番が私たちの身元を確認するため一時停車しただけで、敷地内に進入してもいなかった。

城の門番と御者がやり取りをしている間、私は馬車の窓から辺りの景色を見回していた。

目に入ったのは、豊かな水をたたえた 濠(ほり) に周囲を取り囲まれた、堂々たる城門を持つ高い城壁だった。

城壁……それは、正に石造りの堅牢な、どこからどう見ても城壁と呼べる代物だった。お気楽な領主館というイメージではない。

あんぐりと口を開けたまま跳ね橋を渡り、3階建てくらいの高さがある正門を抜けると、現れたのは整備された森だった。

……城壁の内側に森があるというのは、どうなんだろう?

うーんと、王都ではないからね、土地を惜しむという感覚は薄れるのかもしれないけれど、これはやり過ぎじゃないかしら?

そう思いながら森を抜けると、綺麗に整えられた庭園が現れる。

……前世の私は、お金持ちの象徴は噴水だと考えていた。

宝くじが当たったら、ぜひ庭に噴水を建てて、贅沢だけど金魚なんぞを泳がせようと夢想していた。

夢物語であったとしても、庶民の私が考える最大級の贅沢として想像した噴水は、直径3メートルくらいの大きさだったというのに。

けれど、今窓から見える噴水の大きさは、20メートルなのか、30メートルなのか、……桁が違った。しかも、正門から数えて4つめの噴水だ。

ほほほほー、本物のお金持ちがどんなだかなんて、庶民が想像しようという行為自体に無理があったのね。

よく見ると、大型のプールのような噴水には黒鳥が何羽も泳いでいた。

おほほほほー、黒鳥の群れを敷地内で飼ってらっしゃるんですって。

すごーい、どこの王様かしら? はいー、我が王国が誇る筆頭公爵様でしたわー。

「……どうした、ルチアーナ? お前の顔色がどんどんと悪くなってきているのだが?」

兄に不思議そうに尋ねられたので、確かに顔色が悪いだろうなと思いながらくるりと振り向く。

「お兄様、公爵様の城があまりに豪奢すぎて、気分が悪くなってきました。それはもう、今すぐ帰りたいくらいの気分の悪さですが、それでも踏みとどまろうとする私の役目の重要さを理解してください。ああ、気持ち悪い……1つの家にこれほどのお金が集中するなんて、逆らうとどうなるかを考えると恐ろし過ぎて、気分が悪くなります」

「お、おい、ルチアーナ?」

ずるりと馬車内の椅子に行儀悪くもたれかかった私を見て、兄が心配そうな声を掛けてきた。

よかった、お兄様にも病人を心配する心があるのね。心底腐りきっているわけではないようだわ、と思いながらも本当に気分が悪くなってきたので返事をせずに目を瞑る。

……ああ、私は全く理解していなかった。

フリティラリア公爵家の凄さを。

これだけの広大な敷地を、領地を所有し、美しく維持するお金と権力を持っているのだ。

もし、この一族が本気で私たち一家を放逐しようとしたら、それは赤子の手をひねるようなものだ。

同じ貴族だというのに、これほどまで差異があるとは思わなかった。

そして、王太子が属するハイランダー王家。

あの一族の権力ときたら、この公爵家以上なのは間違いない。

破滅だ。間違いなく、こんな権力者に睨まれたら破滅するわ。

……よし。絶対、絶対、絶対、決めた!

私は二度と、絶対、攻略対象者には関わらない。今回が最後だわ。

城の門を通ってから信じられないほど長い時間馬車に揺られた後、私たちはやっと公爵家の城―――ええ、館ではなく城だった―――の前に着いた。

城の敷地内のあれこれを目にしたことで豪華さに耐性が付き、これ以上は驚かないと思っていた私だったけど、それは全く甘い見通しだった。

公爵家の城は…… 黒百合(フリティラリア) 公爵家の紋章から「黒百合城」とも呼ばれる城は、……威風堂々とした、荘厳にして美しい要塞だった。

貴重な黒石を切り出して作られた黒壁に、黒紫色の三角の屋根が幾つも連なっている姿は、目を一杯に見開いても視界に収めきれないほどの大きさで、恐ろしいまでの圧迫感があった。

目を凝らして見ると、何羽もの精巧な黒鳥の像が、屋根から地上を睥睨している。

私は言葉もなく、目を見開いたまま硬直した。

む……、むりむりむりむり!

きっと、この城は客用寝室だけでも50部屋以上はあるだろう。

見張り櫓が幾つもあるし、およそ鑑賞用の城じゃあない。

こんな城を建てるなんて、大金持ちで、現実的で、慎重で、地に足が付いた一族だわ。

改めて誓いましょう。私は絶対にこんな一族には近付きません!

けれど、恐る恐る城の玄関に足を踏み入れた私を待っていたのは、刺すような視線をしたフリティラリア公爵家の嫡子だった。

黒紫のシャツに黒の上衣を合わせ、姿勢よく立つ黒髪黒瞳の公子は、フリティラリア公爵家の紋章である一輪の黒百合のようだった。

―――美しく、神秘的で、何者をも近寄ることを許さない孤高の花。

その黒百合のような貴人が、かつんかつんと靴音を響かせながら階段を下りてくる。

ひたりと視線を私に合わせたままに。

「おや……ダイアンサス侯爵令嬢ではないか。こんなところまで、何をしに来た?」

片手を腰に当てたラカーシュその人が、作りものの笑みすらない表情で、私を見つめていた。