軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103 虹樹海 5

私がコンラートを抱きしめていた正にその時、再び戦いの火蓋が切られたようで、魔術が衝突する際に起こる破裂音が鳴り響いた。

驚いて振り返ると、兄と東星が互いに一歩も引かない表情で見つめ合っていた。

求めているものが相反しているので、どうあっても折り合いがつかなかったのだろう。

東星は世界樹を元気にしたくて、そのためには何を犠牲にしてもいいと思っている様子だったし、兄は私たちの保身を考えて、即座にこの森から離脱することを望んでいる。

普段の兄であれば、折衷案を見出すための交渉を持ちかけるのだろうけれど、コンラートが獣の姿に変態した今、一刻の猶予もないとばかりに、力でもって解決する方法を選択したようだった。

そして、そのコンラートはうさぎのような獣姿のまま、私の腕の中で小さな体を震わせていた。

時折ぴくりと痙攣しては、その体調が異常状態であることを示すため、私はコンラートを抱きしめたまま立ち上がると、ぐるりと周りを見回した。

この森を抜ける出口が、どこかにあるのではないかと考えたからだ。

けれど、辺り一面が深い霧に覆われているため、周囲の様子を把握することは難しく、辛うじて確認できるのは恐ろしい威容をした巨樹のシルエットだけだった。

なぜだかその姿から目を離すことが出来ずにじっと見つめていると、ふっと世界樹の枝に茂る葉の形が思い浮かぶような気がしてくる。

そんな自分に驚いて、私は目を瞬かせた。

私がこの森に来たのは初めてだ。

そして、この世界の元になっている乙女ゲームに『世界樹』は登場しないから、その葉の形を知るはずもないというのに。

それなのになぜ、……と思考を続けようとしたところで、魔力を纏った風の矢が飛んでくるのが見えた。

はっとして身構えたけれど、風の矢は凄い勢いで目の前を通り過ぎ、地面を抉って足元に生えていた草を散らした。

どうやら東星の攻撃が流れてきたようだ。

慌てて攻撃が飛んできた方向に首を巡らすと、兄に加えてジョシュア師団長が東星と対峙しているのが見えた。

2対1の布陣であるにもかかわらず、戦力が拮抗しているように見える。

ああ、そうだ。この場所は東星のテリトリーだから、彼女の力を底上げするとの話で……と考えていると、兄と師団長が防ぎきれなかった東星の攻撃が、再び私に向かってくるのが見えた。

新たに襲ってきた風の矢を防ぐため、咄嗟に両手をかざしたけれど、私が呪文を唱えるより早く、ラカーシュが前に立ちはだかった。

そして、冷静な声で呪文を紡ぐ。

「火魔術 <修の5> 炎粉盾!」

ラカーシュの言葉とともに、ぱらぱらと炎の粉をまき散らしながら半円状の炎の盾が出現した。

飛んできた風の矢は派手な音を立てて炎の盾に衝突したけれど、わずかに盾の形を変えただけで、そのまま消滅する。

ラカーシュは冷静な様子で直立していたけれど、実際に東星の魔術を目の当たりにした私は、その威力に背筋が凍るような思いを味わった。

ばきり、ばきり、という派手な音が耳に残っていて、あれほどの威力の攻撃を防ぐなんて、ラカーシュの魔術は凄いと改めて思う。

そして、私の火魔術ではとても防ぎきれなかったとも思った。

助けられたのだとラカーシュに感謝する一方で、迷惑を掛けて申し訳ないとの気持ちが湧いてきて、私はラカーシュの背中に向かってしょんぼりと項垂れた。

「……ラカーシュ様、ありがとうございます」

自分が情けなくなるのはこんな時だろう。

私は魔法使いに違いないと言われながらも、魔法の使い方も分からず、肝心な時には貴重な戦力であるラカーシュを戦線から離脱させ守られている。

完全に足手まといだ。

私の声色から何事かを読み取ったのか、ラカーシュが背中を向けたまま口を開いた。

「ルチアーナ嬢、君がサフィア殿に魔力を分け与えたので、彼は戦うことが出来ている」

「えっ?」

ラカーシュの発言の意図が分からず、顔を上げてラカーシュを見つめる。

すると、彼は私を振り返ることなく、東星に視線を向けたまま言葉を続けた。

「それから、魔術についての常識的な話をすると、魔力を持っているだけでは魔術を行使できない。魔力が高ければ高い分だけ、使いこなすための緻密な魔術操作が必要になるからだ。そのため、私にしろ、エルネストにしろ、幼い頃から多くの鍛錬を積んできた。それも、魔術体系を習得済みの、高い伝達技術を持つ師の下にだ」

「……はい」

「仮に君が魔法使いだったとして、君は誰からも魔法について教わっていない。訓練をする機会も与えられなかった。これでは、魔法を行使できるはずもない」

ラカーシュの伝えたいことを理解した私は、驚きで目を見張った。

……まあ、ラカーシュは私を力付けようとしてくれているのだわ。

筆頭公爵家の嫡男であり、美貌・頭脳・魔力の全てを備え持った彼は、王族と両親以外は見下していたはずなのに、何段も格下の私のことを思いやってくれているわよ。

いつの間にラカーシュは変化したのかしら?

私は驚いてラカーシュを見つめた。