軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93 『魅了』の能力 1

「……お姉様?」

コンラートが心許ない様子で、おずおずと口を開く。

そんな弟を見ながら、以前、コンラートが話してくれたダリルの人生を、私は思い返していた。

―――ダリルは『魅了』の継承者だったけれど、幼い頃に病に倒れて公爵家を出たという。

その際、東星と出会い、新たなる命を得る契約を持ちかけられたと。

ダリルが東星と契約を交わしたのは命の火が消える直前で、ダリルは『魅了』の能力を、東星はダリルの新しい命を、それぞれ差し出したという話だった。

けれど、ダリルが東星の要求に応じて『魅了』の能力を1度も行使していない現状では、契約は成り立っていない……というのが、コンラート自身の推測だ。

だとしたら、コンラートは、……ダリルは、死ぬ直前に時を止められているだけで、まだ死んでいないのかもしれない。

私はそっと手を上げると、片方の瞳を押さえた。

……そういえば、私の瞳には『魅了』と『ウィステリア公爵家』の両方の印が入っているという話だった。

つまり、コンラート(ダリル)が自らの意思で、『魅了』の印とともに『ウィステリア公爵家』の印を入れることが出来たのだとしたら、彼自身は未だ『ウィステリア公爵家』の一員ということだ。

そのことは、ダリルがまだ『死んではいない』ことの証明になるのじゃあないだろうか。

だとしたら、現時点での『魅了』の正当な継承者は未だダリル、……の精神が入っているコンラートのはずだ。

私は無言でコンラートを見つめると、そっと小さな両手を掴んだ。

「コンちゃん、お願いだからお姉様に力を貸して。コンちゃんは、……今だってウィステリア公爵家の一員だと思うの。そうして、公爵家の正当な『魅了』の継承者は回復魔術を行使できるはずだから、ジョシュア師団長を助けてちょうだい!」

コンラートはごくりと唾を飲み込むと、血だらけのジョシュア師団長を振り返った。

その顔は緊張で強張っており、彼がジョシュア師団長を……前の生での兄を、何とかして助けたいと思っている様子が見て取れた。

けれど、コンラートが師団長の上半身に視線を移した途端、その出血の多さに改めて気付いたようで、泣きそうな表情になる。

「でも、……僕にはやり方が分からない」

私は自信満々な様子で頷くと、返事をした。

「それは大丈夫よ! お姉様も回復魔術の使い方は分からないけれど、ここにいるのは王国一の魔術師である、ハイランダー王国陸上魔術師団長様だからね。魔術について分からないことがあるはずないわ」

私の言葉を聞いたジョシュア師団長は驚いたように目をむくと、喘ぐように息を吐いた。

「……なんてことだ。麗しきご令嬢が、彼女の兄の大変な性質を継承しつつあるぞ」

それから、師団長は言いにくそうな表情で口を開く。

「ルチアーナ嬢、私はウィステリア公爵家の一員だが、魅了の継承者が回復魔術を行使できるという話は聞いたことがない。……勿論、魅了の能力の詳細な使用方法については継承者にのみ伝えられるため、私に秘されているだけかもしれないが」

どうやら、魅了の継承者が回復魔術を行使できるという話については、私の勘違いだろうと言いたいけれど、公爵令息としての礼儀正しさが邪魔をして、はっきりと言葉にできないようだ。

けれど、曖昧な表現ではあっても、師団長の言いたいことを理解した私は、そうだった! と、心の中で呻き声を上げた。

……そ、そうだったわ。このことはウィステリア公爵家の特殊能力継承者にだけ伝えられる話だったわ。

「えーと、まあ、つまり、今は可能性があることは、何だってやってみようということですよ」

私は誤魔化してしまおうと曖昧な言葉を呟くと、コンラートとともにジョシュア師団長に向き直った。

それから、弟の小さな手に自分の手を重ねる形で師団長に触れる。

「さあ、コンラート、師団長が口にする言葉を繰り返して」

そう言いながら、期待に満ちた眼差しで師団長を見つめると、彼は諦めた様にコンラートの手に自分の手を重ねた……というか、コンラートの手は直接師団長の胸部分に触れており、その上に私の手を重ねているから、……正確には、師団長の手は私の手に重ねられていた。

ええっ、と思って見上げたけれど、全く無自覚のような……あるいは、既に意識が朦朧としてきているのか、自分の手が触れているのはコンラートの手だと信じている様子の師団長を見て、開きかけた口を閉じる。

いいでしょう、いいでしょう。それどころではない状況ですから、手を握るなんて行為は些末事ですものね、ノーカウントです。

などと、心の中でごにょごにょと呟いていると、ジョシュア師団長が気怠い様子で言葉を発した。

「光魔術だ。そして、初の1の、…… 慈雨(じう) だ」

魔術は世界との約束事だ。

お遊びで呟けるものではない。

だからこそ、師団長は正しい発声ではなく、区切りをずらして、イントネーションを変えて、コンラートに魔術の使用方法を師事した。

だというのに、さすがは私のコンちゃんだけあって、背筋を伸ばすと正しく発声する。

「光魔術 <初の1> 慈雨!」

コンラートが声を上げた瞬間―――世界とつながった瞬間、私はぐっとコンラートの手に重ねていた自分の手に力を入れた。

ゲームのシナリオを知っている私は、コンラートが回復魔術を使えることに確信があったけれど、同時に、初めての行使で正しく使えるはずがないとも思っていた―――唱えるだけで魔術を行使出来るのならば、誰だって魔術の訓練など必要ないし、魔力の多寡だけで強弱が決まってしまうからだ。

恐らく、ジョシュア師団長はコンラートが回復魔術を発動できるはずはないと思っていて、だからこそ、魔術発動の手順を簡単に口にしたのだろう。

コンラートの背中に覆いかぶさっている私には、コンラートの体内を魔力が凄い速さで移動しているさまが感じられた。

同様に、コンラートも魔力の流れを感じ取っているようで、驚いたように目を見張る。

私はふっと小さく微笑むと、安心させるかのように呟いた。

「大丈夫よ、コンちゃん」

その声は私の心情を反映したかのように、自分自身にも自信満々に聞こえた。

―――ええ、大丈夫。

私は今、コンラートに魅了されている状況だから。

だから、コンラートのためならば、何だって手助けできるはずだ。

なぜなら、―――それが『魅了』の真の力なのだから。

『相手をどうしようもないほど惹き付け、自分のための行為をさせること』

それが魅了の本来の目的なのだ。

私はコンラートを抱きしめた形のまま、重ねた手の平に集中する。

すると、コンラートの体中をあてもなく巡っていた魔力が、出口を見つけたかのように一斉に弟の手の平へ向かって移動していった。

そのあまりの勢いに驚いたように、コンラートがジョシュア師団長の体から手を離す。

「落ち着いて、コンラート」

私はことさらゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。

実際問題として、コンラートの手が治癒対象者であるジョシュア師団長に触れていようが離れていようが、どちらでも問題ないと思われたため、腕の中にいるコンラートを落ち着かせることに集中する。

弟の肩がびくりと跳ねたのを見ると、私はさらに密着するようにコンラートの背中にくっつき囁いた。

「さあ、今よ、コンラート。師団長へ向かって放出して。……『慈雨』」

私の言葉に合わせるように、コンラートがぐっと体中に力を籠める。

すると、完璧なタイミングでコンラートの両手から光が溢れ出て、ジョシュア師団長に降り注いだ。