軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

草原の向こう、海を目指して

ヴァイデでの数日間の滞在を終えた夜、俺たちは宿の部屋で一枚の大きな地図を囲んでいた。

「さて、と」

俺は地図の上に広がる広大な南の領域を指でなぞる。

「約束通り、美味い肉は腹一杯食えたし。そうなると、次は美味い魚が食いたくなるのが人情ってもんだろう」

俺が冗談めかして指し示した先は、この大陸の南端に位置する、大きな港町だった。

「昔、世話になった人が話してくれたんだ。世界の果てみたいに、どこまでも青い海が広がってる場所があるってな」

その言葉に、クリスとロウェナが顔を上げた。

二人とも、生まれてこの方、海というものを見たことがないらしい。

その瞳が、未知なる景色への好奇心と期待にきらきらと輝いている。

「海……ですか! 物語でしか読んだことがありません! ぜひ、見てみたいです!」

「うみ! おさかな、いっぱい?」

「ああ、きっと山ほどいるだろうな。よし、決まりだ。次の目的地は、南の港町だ」

翌日から、俺たちは早速、長旅に向けた支度を始めた。

まず皆で武具屋へ向かい、ヴァイデを発つまでの間に、この街の職人に剣の手入れを頼んだ。

その後、店を出ると二人に向き直る。

「よし、各自、個人的に必要なものの買い出しを済ませてこい。三時間後に、市場の入口で落ち合う」

それぞれが街に散り、再び合流した時、俺はクリスに告げた。

「じゃあ、俺とロウェナで旅に必要な保存食や薬品類を揃えてくる。クリス、お前は先に宿に戻って、荷物の整理でもしておいてくれ」

「ですが、師匠! 買い出しは俺も手伝います!」

共有物資の購入に参加できないことを、クリスはひどく申し訳なさそうに食い下がった。

俺はその肩を軽く叩く。

「こういう面倒な準備は、旅慣れた年長者の仕事だ。お前は自分のことに集中しろ。気にするな」

俺はそう言って、有無を言わさずロウェナの手を引いて市場の喧騒の中へと歩き出した。

必要なものを手早く買い揃えていくが、ロウェナの足が、一軒の古本屋の店先でぴたりと止まった。

その視線の先には、色鮮やかな挿絵が描かれた数冊の絵本が並べられている。

「……えど、これ……」

おずおずと俺の外套の裾を掴み、上目遣いでねだってくる。

俺はわざとらしく大きなため息をついて見せた。

「仕方ないな。文字の練習になるっていうなら、特別だぞ」

結局、ロウェナが選んだ三冊の絵本を買い与える。

彼女はそれを宝物のように大事そうに抱きしめ、一日中ご機嫌だった。

全ての準備を終え、俺たちはヴァイデの南門をくぐった。

しかし、俺たちが進んだのは、港町へと続く広大な主要街道ではない。

そこから少しだけ東に逸れた、緩やかな丘陵地帯を越えていく脇道だった。

「師匠、こちらの道で合っているのですか?」

不思議そうに尋ねるクリスに、俺は前を見据えたまま答えた。

「ああ。少し、顔を出しておきたい場所があるんだ」

しばらく進むと、俺たちの目の前に、見慣れた牧場の柵が見えてきた。

以前訪れた時の荒廃した雰囲気は、どこにもない。

人間とオーガが一緒になって畑を耕し、壊れた建物を修理する槌音が響き渡り、そこには確かな復興への活気が満ち溢れていた。

俺たちの姿を認めた牧場主とモルグルが、笑顔で駆け寄ってくる。

「これはエドウィン殿! よくぞお立ち寄りくださった!」

「なんだ、クリス。もう俺の棍棒が恋しくなったか?」

「ち、違いますよ、モルグル殿! 道すがら、近くを通ったものですから、皆さんの様子が気になりまして!」

先日、あれほどカッコつけて別れた二人が、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに互いの肩を叩き合っている。

食事はまだ質素なものだったが、皆で一つの大鍋を囲み、同じものを分け合って食べるその光景は、ヴァイデのどんな豪華なレストランよりも温かかった。

オーガたちの食料を完全に賄うには、まだ牧場の生産量は足りていない。

だが、人間もオーガも、互いに食料を融通し合い、文句一つ言わずにこの苦しい時期を乗り越えようとしていた。

ロウェナは、すっかり仲良くなった牧場主の子供たちに駆け寄ると、ヴァイデで買ったばかりの絵本を広げ、覚えたての文字で一生懸命に物語を読み聞かせ始めた。

やがて、再び別れの時が来る。

「この絵本、あげる。また、くりすに、かってもらうから」

ロウェナはそう言って、一番お気に入りだった絵本を子供たちに手渡した。

名残惜しそうに、何度も何度も手を振り返る。

牧場主が、餞別にと大きな肉の塊を布に包んで差し出してきた。

「ほんの気持ちだ。どうか受け取ってくれ」

だが、俺はその申し出を、静かに手で制した。

「あんたたちが食う分だって、まだギリギリなんだろう。そいつは、この牧場を立て直すために使ってくれ。俺たちの分は、また今度、この牧場が豊かになった時に、最高のやつを食わせてもらうさ」

その言葉に、牧場主は目に涙を浮かべ、深く、深く頭を下げた。

「……必ず、最高の肉を用意して、待ってるぜ」

牧場に住む全員に見送られ、俺たち三人は今度こそ、本当の南への道を踏み出した。

どこまでも続く広大な草原。

その遥か先にあるという、まだ見ぬ海を目指して。

俺たちの新しい旅が、再び始まった。