軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

歪められた契約

オーガの言葉は、夜の冷気よりも鋭く俺の思考に突き刺さった。

『金獅子』――街の経済を裏で操る存在の名を、なぜこの森の主のような魔物が知っているのか。

張り詰めた空気の中、オーガは俺の構えが解かれていないのを見て、棍棒をゆっくりと地面に下ろした。

それは敵意がないことの証か、あるいは圧倒的な余裕の表れか。

「……お前たち、金獅子の手の者ではないのか?」

オーガは、今度は疑念のこもった目でこちらを問い返してきた。

「ここ数日、我らの動きを嗅ぎ回る者がいると報告を受けていた。てっきり奴らの差し金かと思ったが……どうやら違うようだな」

尾行していたのは、やはりこいつらだったか。

俺が狼から首輪を見つけたことを察知したわけではないだろうが、俺の存在が奴らの計画にとって想定外だったことは間違いない。

「金獅子と手を組むつもりはない。俺はただ、護衛としてここの牧場を守っているだけだ」

俺の答えに、オーガは深く、重い息を吐き出した。

その息遣いには、怒りよりもむしろ、諦めに似た疲労感が滲んでいた。

「ならば話そう。我らがなぜこのような真似をするのかを」

オーガは語り始めた。それは衝撃的な内容だった。

「我らは、『金獅子』と契約を結んでいる。奴らに危害を加えないこと、そして育った家畜だけを襲うこと。その見返りとして、奴らは我らの存在を黙認する……そういう取り決めだ」

さらに、オーガは信じがたい事実を口にした。

「奪った家畜の一部は、奴らに渡している。我らにとっても不本意な契約だがな」

(……なんだそりゃ)

言っていることが真実なら、これは茶番だ。

『金獅子』は亜人を利用して家畜を強奪させ、市場の品薄を加速させる一方で、その魔物からもピンハネしていることになる。

マッチポンプどころの話ではない。

目の前のオーガたち――三体のオーガにワーグ、そしてまだ数十匹は残っているであろう狼の群れ。

戦って勝てない相手ではない。

だが、こいつらを倒したところで、元凶である『金獅子』が健在である限り、第二、第三の被害が出るだけだ。

「なぜそんな馬鹿げた契約を受け入れた? お前たちほどの力があれば、もっとマシなやり方があっただろう」

俺の問いに、オーガの表情が苦渋に歪んだ。

「我らも、好きでやっているわけではない……」

彼らは元々、ここから遠く離れた山地で静かに暮らす一族だったという。

しかし数ヶ月前、人間のならず者――野盗の集団に集落を襲われ、住処を追われた。

生き残った者たちで流浪し、食うにも困ってこのヴァイデ近郊に流れ着いたのだ。

「最初は、真っ当に仕事を探すつもりだった。だが、街へ向かう途中、最初に出会ったのが奴だ……仮面をつけた剣士だった」

またしても、あの仮面の剣士。

「奴は圧倒的な力で、我らの仲間を数人、見せしめのように斬り捨てた。そして警告した。『街に近づけば皆殺しにする』と」

オーガは拳を強く握りしめる。

「その時に、先の契約を持ちかけられた。食うに困っていた我々には、不本意だったが従うしか選択肢はなかったのだ」

しばしの沈黙が流れる。

彼らは加害者であると同時に、被害者でもあった。

そして、その構図を作り上げた元凶は、ヴァイデの街の中にいる。

俺はゆっくりと息を吐き、剣を鞘に戻した。

「事情は分かった。だが、このまま略奪を続ければどうなるか、お前たちも分かるはずだ」

俺は店主たちがいる見張り台の方を指差す。

「お前たちが奪った家畜のせいで、街では多くの人間が困窮している。この事態が知れ渡れば、街は本格的な討伐隊を組むだろう。そうなれば、今のような生ぬるい戦いでは済まなくなるぞ」

「……!」

オーガたちが息を呑む。

街の代表を名乗る『金獅子』との取り決めがあったのに、なぜそうなるのか。

彼らの顔には困惑と焦燥が浮かんでいた。

「金獅子がお前たちとの約束を守る保証はない。むしろ、邪魔になれば切り捨てるだろうな。討伐隊が来れば、お前たちはただの魔物として狩られるだけだ」

俺はオーガのリーダーを真っ直ぐに見据えた。

「事情を聞いた手前、俺もそれは本意じゃない。だが、護衛としてここにいる以上、これ以上の略奪は見過ごせん」

「……どうしろと言うのだ」

「今は一度引け。俺が街に戻り、状況を変える道を探す。悪いようにはしたくない。俺の対応が決まるまで、待っていろ」

オーガたちは互いに顔を見合わせ、しばらく議論していたが、やがてリーダー格のオーガが頷いた。

「分かった。信じたわけではないが、貴様の力は本物だ。今の我らに、貴様と争ってまで得るものはない。……だが、時間は稼げんぞ」

オーガたちが狼の群れと共に闇に消えていくと、見張り台から店主や牧場主が駆け寄ってきた。

「エドウィン殿! 一体何を話していたんだ!?」

「オーガだと!? この辺りには住んでいなかったはずなのに……」

俺は彼らに向き直り、重い口を開いた。

「どうやら、この一件の犯人は、あのオーガたちだけではないようです。むしろ、元凶は……俺たちが住む街の中にいる」

俺は先ほどの事情を説明し始めた。

店主たちは、自分たちの商売敵が、魔物さえも手駒にして市場を操作していたという事実に、ただ愕然とするしかなかった。