軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

師弟の絆と、迫り来る影

数台の荷馬車が軋む音と共に、ヴァイデの南門をくぐり抜ける。

俺たち一行の目的地は、ここから馬車で二日ほどの距離にある、小規模な牧場だ。

俺は馬に乗り、先頭を行く荷馬車の御者台の隣についた。

御者台には、今回の取りまとめ役である宿屋の主人が座っている。

「いやはや、エドウィン殿のような腕利きの方が護衛についてくださるとは、本当に心強い限りですよ」

主人は、心底安堵した様子で俺に深々と頭を下げた。

「いえ、道中の護衛を引き受けただけですよ。牧場での交渉が上手くいくかどうかは、俺では無理ですからね。そこは、皆さんにお任せします」

俺は謙遜しつつ、釘を刺す。

あくまで俺の仕事は道中の安全確保だ。

商談にまで口を出すつもりはないし、面倒事の中心に立つ気もない。

後ろの荷台からは、ロウェナの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

どうやら、同行している小間使いの若い女性とすぐに打ち解け、何か話をしているらしい。

その無邪気な声が、出発の緊張感をわずかに和らげてくれていた。

しばらく馬を進ませていると、主人がぽつりと呟いた。

「それにしても、一体どうなっているんでしょうかね。ヴァイデほどの街で、これほど肉が不足するなんて、長年商売をやってきましたが初めてのことですよ」

その声には、困惑と、隠しきれない不安が滲んでいる。

「レセヴォアの街ができた影響だけとは、どうにも思えなくてね……」

(まったくだ。面倒な匂いしかしやしない)

俺は内心で同意しながら、広大な草原を眺めた。

『仮面の剣士』を名乗る不審な存在と、肉の独占。

事態が単純でないことだけは確かだった。

***

エドたちを見送った後、俺は師匠の命令を実行すべく、ヴァイデの市街地で情報収集を開始していた。

まずは、人が集まる酒場だ。

昼間から開いている店を選び、カウンターでエールを一杯頼む。

(さて、どう切り出すか……)

俺は周囲の客たちの様子を伺い、一番話しやすそうな、人の良さそうな商人風の男に声をかけた。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが。『金獅子の咆哮亭』で用心棒をしているという剣士について、何かご存知ありませんか?」

俺の言葉に、男は一瞬こちらを向いたが、すぐに興味を失ったように視線を戻した。

「仮面の剣士だあ? そんなことより、兄ちゃん、一杯奢ってくれよ。そしたら、知ってることを話してやってもいいぜ」

「おいおい、あんな得体の知れない奴のことなんか聞いてどうするんだ。関わらないのが一番だぜ」

別のテーブルからも、冷やかしや忠告ともつかない声が飛んでくる。

何度か話題を変えて食い下がってみたが、得られた情報は、既に知っている噂話ばかり。

(ダメだ。これでは埒が明かない……)

酒場での聞き込みを諦め、俺は直接『金獅子の咆哮亭』へと向かった。

店の前には、昨日と同じように屈強な用心棒たちが鋭い視線を光らせている。

(あそこに入れば、何か掴めるかもしれないが……)

一歩踏み出そうとした時、エドの言葉が脳裏をよぎった。

『相手の実力も素性も分からんうちは、絶対に手を出すな』

俺は握りしめた拳を強く噛み締めた。

師匠は、俺の衝動的な性格を見越して釘を刺したのだろうか。

今の俺にできることは、何もない。

自分の無力さを痛感しながら、俺は悔しさを胸にその場を後にした。

***

旅は順調に進み、二日目に入っていた。

どこまでも続く草原と、時折現れる緩やかな丘。

単調だが、平和な道のりだ。

昼食後の休憩中、俺は一行から少し離れ丘の上に立ち、周囲の警戒にあたっていた。

その時、遠くの地平線に、陽光を反射する微かな光を捉えた。

(……尾行か)

一つではない。複数の影だ。

騎乗しているのか、俺たちとの距離を巧みに保ちながら、こちらの様子を伺っている。

単なる野盗にしては動きが慎重すぎる。

襲撃してくる気配はなく、ただ監視しているだけ。

(組織的な動きだな。偶然か、それとも最初から狙われていたか)

どちらにしても、面倒なことに変わりはない。

俺は店主たちを不安にさせないよう、この事実は伏せておくことに決めた。

丘を下りていくと、ロウェナが俺の異変に気づいたのか、駆け寄ってきた。

「どうしたの、エド?」

その心配そうな瞳に、俺は努めて穏やかな笑顔を返す。

「いや、何でもない。もう少しで最初の牧場に着くはずだ。肉が残ってるといいな」

「うん! おにく!」

ロウェナは嬉しそうに頷き、荷馬車の方へと戻っていった。

夕刻、俺たちは目的地の牧場に到着した。

しかし、目の前に広がっていたのは、豊かな牧草地ではなく、荒廃した無残な光景だった。

牧場の周囲を囲む柵は無造作に壊され、家畜小屋の扉は蝶番から外れて転がっている。

鼻をつくのは、家畜の糞尿の匂いだけではなく、微かに混じる血の生臭い匂いだ。

「こ、これは……一体、何があったんだ……」

店主の一人が、荷馬車から降りて絶句する。

俺はすぐに馬から飛び降り、周囲を調べ始めた。

地面には新しい荷馬車の轍がくっきりと残っている。

それも、かなりの台数。

所々に血痕が飛び散り、争った跡が見受けられた。

(家畜を無理やり連れ去ったのか。だが、この手際の良さ……ただの盗賊の仕業じゃないな)

俺が状況を分析していると、牧場主の家と思われる建物から、一人の男が憔悴しきった顔で出てきた。

「あんたたちは……ヴァイデの店の人か。見ての通りさ。もう、売れるような家畜は残ってないよ」

男の説明によると、数日前の夜中、武装した集団に襲撃されたという。

「成長した牛や豚は、根こそぎ連れて行かれた。抵抗しようとした者は殴られ、家畜の一部はその場で解体されてな……残ってるのは、まだ肉にならない子牛ばかりだ」

その言葉通り、家畜小屋の奥からは、親を探すような子牛の細い鳴き声が聞こえてくる。

ロウェナが、その光景を目の当たりにして、悲しそうに俯いた。

「ひどい……」

そして、俺を見上げて、泣き出しそうな声で呟く。

「おにく、ないね……」

俺はロウェナの頭を優しく撫で、決断を下した。

「店主さん、次の牧場へ急ぎましょう。ここから一番近い場所は?」