軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長兄の手紙と、次なる旅への夜明け

東の空から差し込む白み始めた光が、破壊された扉の残骸と、床に散乱する無数の武器を冷たく照らし出している。

血と汗、そして焦げた木の匂いが淀む本邸の寝室では、Bランク冒険者たちによる手際の良い事後処理が進められていた。

武装を解除された傭兵たちが一箇所に集められ、太い麻縄で次々と縛り上げられていく。

その部屋の片隅で、無造作に転がされていた肉塊が、低いうめき声と共に身をよじった。

「……う、ここは……。離せ! 私を誰だと思っている!」

脂ぎった顔を土埃で汚したウォルシュ子爵が、縛られた両腕を振り解こうと無様に暴れ回る。

自身が完全に制圧されたという現実を直視できず、血走った目で周囲の冒険者たちやクリスを睨みつけた。

「貴様らのような素性の知れぬゴロツキ共が、貴族である私を拘束するなど許されると思っているのか! 王都の法廷が黙っていないぞ! 全員、反逆罪で縛り首にしてやる!」

往生際の悪い、権力を盾にした甲高い喚き声。

クリスのこめかみに青筋が浮かび、静かに手元の槍を握り直して一歩前へ出ようとした。

だが、その胸の前に、すっと細い腕が差し出される。

「……もう、見苦しい真似はおやめください、ウォルシュ子爵」

泥だらけの衣服を纏いながらも、その立ち姿には、ハイモア家を背負う者としての揺るぎない威厳が備わっていた。

アーサーは冷ややかな瞳で子爵を見下ろすと、懐から一通の封書を取り出した。

「王都の法廷がどう裁くか……。それは、王都にいる『長兄上』に任せましょう」

「なっ……長男だと?」

封蝋には、ハイモア家の紋章。

アーサーはそれを子爵の目の前に突きつけ、淡々と、だがはっきりとした声で文面を読み上げた。

「『ウォルシュ子爵がハイモア領で行っている悪行の証拠は、すでにこちらで押さえつつある。何とか領地で子爵の身柄を確保し、王都まで連行してほしい。そうすれば、こちらで確実に処断できる』……と」

それは、王都で密かに動いていた長兄から、アーサー宛に届いていた密書だった。

ハイモア家の兄弟たちは、決してバラバラになっていたわけではなかったのだ。

それぞれの場所で、愛する家族と領地を守るために戦っていた。

「そ、そんな馬鹿な……! 私の根回しが……!」

王都の政治的な逃げ道すら、すでに完全に塞がれていた。

その事実を突きつけられ、子爵の顔面から一気に血の気が引いていく。

まさにその時。

窓の外から、整然とした多数の足音と、馬の嘶きが響き渡った。

傭兵たちの荒々しい足音とは違う、訓練された金属の擦れ合う音。

「……到着したようですね」

アーサーが窓の外へ視線を向けると同時に、寝室の入り口に、銀色の胸当てを身につけた数人の男たちが駆け込んできた。

ハイモア領の、正規の衛兵隊。

アーサーが密かに手配をかけ、この本邸を完全に包囲させていたのだ。

「遅参いたしました、アーサー様!」

踏み込んできた衛兵隊長が、その場に片膝をついて深く頭を下げる。

「ご苦労。……ウォルシュ子爵と、彼に雇われたすべての傭兵の身柄を拘束してください。王都への護送の準備を」

「はっ!」

冷徹な指示。

衛兵たちが容赦なく子爵の両脇を抱え上げ、部屋の外へと引きずっていく。

「ま、待て! 話せばわかる! 金ならいくらでも――」

遠ざかっていく惨めな命乞いの声。

ハイモア領を覆っていた暗い雲が、今、完全に払拭されたのだ。

「本当に、ありがとうございました。あなたたちが来てくれなければ、僕たちはここで終わっていた」

事態が完全に収束した寝室の片隅。

クリスは、壁際で一息ついていたBランク冒険者たちに向かって、深く、深く頭を下げた。

陽動から突入まで、彼らの完璧な仕事ぶりがなければ、父の命は守れなかった。

だが、リーダーの白髪交じりの男は、くわえていた葉巻に火をつけながら、鼻でふっと笑った。

「俺たちに礼を言う必要はねぇよ、坊ちゃん。……数十人がひしめく本邸に正面から突っ込むなんて自殺行為、最初は当然断ったんだ」

紫煙を細く吐き出しながら、男は呆れたように肩をすくめる。

「だがな。あんたの弟が、『領民と家族を見捨てて逃げるくらいなら、ここで共に死ぬ』って、俺たちの前で土下座までして一歩も引かなかったんだ。……貴族の矜持ってやつを、血を吐くような声で訴えられてな」

男の視線の先。

衛兵隊長と的確な事後処理の打ち合わせをしているアーサーの背中がある。

「あんなものを見せられちゃ、Bランクの意地として、乗らないわけにはいかなくなったのさ。……まったく、人使いの荒い、立派な領主様になるぜ」

ニヤリと笑う男の言葉に、クリスは静かに目を伏せた。

(……ああ。アーサーはもう、立派なハイモアの当主だ)

泥と汗にまみれたクリスの胸の奥に、言葉では言い表せないほどの深い誇りと、温かい感動が込み上げてくる。

自分が逃げ出したことで彼に背負わせてしまった重圧は、計り知れない。

だが、弟はそれに押し潰されることなく、自らの足で立ち上がり、人々を動かすほどの強さを身につけていたのだ。

クリスは再びベッドの傍らへ戻り、穏やかな寝息を立て始めた父の顔を見つめた。

もう、苦しそうな皺は刻まれていない。

(……ここはもう、大丈夫だな)

誰に聞こえるでもなく、心の中で静かに呟く。

当主の座に戻るつもりはない。

アーサーが領地を内側から導くのなら、自分は家族を外の脅威から守るための『剣』であり続ける。

そのための力をつけるべく、クリスは槍を固く握り直し、静かに部屋の扉へと向かって歩き出した。

破壊された扉を抜け、冷たい石造りの廊下へ出る。

そこには、壁に背中を預け、腕を組んで目を閉じている見慣れた男の姿があった。

「……終わったか?」

足音に気づいたエドが、面倒くさそうに片目を開ける。

奪った敵の鎧はすでに脱ぎ捨てられており、その衣服にはいくつもの真新しい裂け目と、乾いた血の跡がこびりついていた。

「はい。……師匠も、本当にありがとうございました」

クリスが改めて深く頭を下げると、エドは「やめろ、むず痒い」と頭を掻いた。

「俺は、お前が死んだらあの食いしん坊がうるさいから手伝っただけだ。……お涙頂戴の兄弟劇は、もう満足したか?」

「ええ。もう、思い残すことはありません。いつでも出発できますよ」

晴れやかな笑顔を見せる弟子に、エドはやれやれと息を吐き出す。

「出発の前に、まずは宿に戻って飯と風呂だ。……今頃、ロウェナの奴が腹を空かせて、孤児院の柱でも齧って暴れてるかもな」

エドの口から出た、あまりにも日常的で、平和な響きを持つ言葉。

その温かい響きに、クリスの肩からスッと力が抜け、堪えきれない笑いが込み上げてきた。

「そうですね。……急いで帰りましょう」

長かった死線から、いつもの騒がしくも温かい日常へ。

朝日が差し込む廊下を、二人の冒険者が並んで歩き出す。

ハイモア領を包んでいた暗い夜は完全に明け、彼らの向かう先には、眩しいほどの新しい朝の光が満ちていた。