軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄の檻と、聖女の枷

優勝が決まった直後、俺は大会運営スタッフから、王都で最も格式高い高級宿のスイートルームを用意したと告げられた。

本来なら固辞するところだが、今回に限っては渡りに船だ。

人目を避けて移動できるし、何よりクリスたちと合流する場所として指定しやすい。

(宿の精算と荷造りを済ませてから合流してくれ、とミネルヴァに伝言を頼んだが……上手くいったか?)

俺はスタッフの案内で、裏口からその高級宿へと入った。

部屋は無駄に広くて豪華だ。

ふかふかの絨毯、天蓋付きのベッド、そしてテーブルにはウェルカムフルーツと高級ワイン。

だが、俺にそれを楽しむ余裕はない。

俺はすぐに窓へと駆け寄り、カーテンの隙間から外を覗いた。

「……嘘だろ」

宿の周りは、既に黒山の人だかりだった。

松明を持ったファンや野次馬が、帰ってきた英雄を一目見ようと詰めかけている。

さらに悪いことに、宿の出入り口には銀色の甲冑を着た集団が立っていた。

王宮騎士団だ。

「英雄殿! ご安心ください!」

窓から顔を覗かせた俺に気づいたのか、騎士団長らしき男が大声で叫んだ。

「不審者が入らぬよう、我々が鉄壁の警備を敷いております! 一晩中、蟻一匹通しませんぞ!」

騎士団が一斉に敬礼し、集まった群衆が「おおーっ!」と歓声を上げる。

(……余計なことを。これじゃこっそり抜け出せないじゃないか)

俺は頭を抱えてカーテンを閉めた。

完全に裏目に出た。善意という名の包囲網により、物理的な脱出経路が封鎖されてしまった。

それから一時間ほどして、クリスとロウェナが部屋に到着した。

二人とも、背中にはいつもの旅袋を背負っている。

「師匠、すごい部屋ですね! お城みたいです!」

クリスが目を輝かせて部屋を見回す。

「感心してる場合じゃない。荷物はそのままだ。解くなよ」

「えっ? くつろがないんですか?」

俺たちは旅人だ。荷物は常に最小限にまとめている。

いつでも移動できる状態は崩さない方がいい。

「機会を見てここを出る。正面は無理だが、警備の交代の隙か、あるいは地下水道を使ってでも脱出するぞ」

俺たちは旅装束のまま、ソファに腰掛けてその時を待った。

コンコン。

その直後、部屋のドアがノックされた。

ルームサービスか? それとも騎士団か?

俺は反射的に仮面をつけ、警戒しながらドアを開けた。

「こんばんは。連れの方々が到着されたとのことで、確認に参りました」

立っていたのは、護衛の騎士団長。

そして、案内役のミネルヴァと――なぜか、フードを目深に被った聖女だった。

「げっ」

俺が声を漏らす前に、聖女がニッコリと微笑んだ。

「団長。少し彼らとお話がしたいので、外で待っていてくださいますか?」

「はっ! ごゆっくり!」

騎士たちが退出し、ドアが閉められる。

部屋には俺たち一行と、聖女、そしてミネルヴァだけが残された。

「……わざわざご足労いただき恐縮です。俺たちは疲れているので、そろそろ休みたいのですが」

俺が牽制すると、聖女は部屋の隅に置かれたままの旅荷物に視線をやった。

「ええ。ですが、その割にはお荷物がそのままのようですね? まるで、これから夜逃げでもするかのような」

「い、いえ、これは整理するのが面倒で……」

「貴方が仲間を宿に呼んだ時点で、怪しいと思ったのよ」

ミネルヴァが淡々と言った。

「だから私が聖女様にお伝えしたの。『彼、逃げる気かもしれませんよ』ってね」

(このアマ……!)

俺がミネルヴァを睨むと、彼女は涼しい顔で受け流した。

俺が何か言い訳をしようと口を開いた瞬間、聖女が静かに、しかし有無を言わせぬ声で遮った。

「単刀直入に言います。逃げようとしても無駄ですよ」

「……どういう意味でしょう?」

「先ほど、治療させていただきましたよね?」

聖女は慈愛に満ちた、しかし目の奥が笑っていない表情で告げた。

「治癒魔法をかけた相手には私の魔力が含まれるので、大体の場所が分かります。時間が経てば薄れますが、当分は、貴方がどこへ逃げようと、レオ様の為に必ず見つけ出しますよ」

俺は息を呑んだ。

時間が経てば魔力は霧散する。

だが、治療した直後の今は、松明を持って夜道を歩くようなものだ。

どこに隠れようと、この聖女には筒抜けだということか。

物理的な包囲に加えて、魔法的な追跡マーカー。

完全に詰んだ。

「レオ様は明日の試合を心待ちにしています。……期待を裏切るような真似は、なさいませんよね?」

聖女の圧力に、俺は深く溜息をつくしかなかった。

「……肝に銘じます」

「よろしい。では、明日の正午に」

聖女は満足げに頷き、部屋を出て行った。

嵐のような訪問者が去り、部屋には重苦しい空気が残った。

パタン、とドアが閉まると同時に、俺はミネルヴァに詰め寄った。

「おい! どういうつもりだ!」

俺は声を潜めつつも、怒りを露わにした。

「聖女にチクったのはお前か。味方だと思ってたんだがな」

「人聞きが悪いわね。味方だからこそ、あえて聖女様を呼んだのよ」

ミネルヴァは悪びれもせず、勝手に部屋の高級ワインを開け始めた。

「恨まないで欲しいわね。貴方のためを思ってしたことよ」

「俺のためだと? 逃げ道を塞ぐことがか?」

「ええ。もし今、貴方が逃げ出してみなさい。大会の目玉である『勇者戦』をすっぽかされたとなれば、国王の面目は丸潰れ。ただの騒ぎじゃ済まないわ」

ミネルヴァはグラスに赤ワインを注ぎながら、諭すように続けた。

「『仮面の剣士』の正体を探る動きは、昔以上に過熱するでしょうね。国を挙げての大捜索が始まるわ。そうなれば、『気ままな旅』なんて二度とできなくなる。……ここで戦って義理を通した方が、結果的に貴方の自由は守られるのよ」

「…………」

ぐうの音も出ない正論だった。

確かに、ここで逃げれば俺は「国家的な指名手配犯」予備軍だ。

ギルド職員として、俺の性格と立場を理解している彼女なりの配慮か。

……やり方は強引だが。

「……分かったよ。逃げられないことは認める」

俺はソファに深々と沈み込んだ。

「物理的にも魔法的にも塞がれた。これじゃあ王都を出た瞬間に捕まる」

「観念して戦いなさいよ。相手はあの勇者よ? 光栄じゃない」

「お前なぁ……」

俺は頭を抱えたが、嘆いていても事態は好転しない。

逃げられないなら、方針を変えるしかない。

「作戦変更だ。明日は出る」

「おぉ! やっぱり戦うんですね、師匠!」

クリスが嬉しそうに声を上げるが、俺は手を振ってそれを制した。

「ああ、戦うさ。……だが、まともには戦わん」

「どういうことですか?」

「徹底的に『つまらない試合』をして負ける」

俺は指を立てて説明した。

「いいか。レオナルドという男は、自分と対等に戦える強者を求めている節がある。だから俺に執着している」

「はあ」

「ならば、逆にガッカリさせればいい。序盤から腰が引けた戦い方をして、攻撃を食らったら大げさに吹っ飛び、『ああー、やっぱり勇者様には敵わないやー』と情けなく降参するんだ」

いわゆる、塩試合だ。

観客が白け、勇者が呆れるような無様な敗北。

「そうすれば、奴も『なんだ、期待外れか』と冷めるはずだ。俺は賞金を持って、ガッカリされたまま消える。試合終了と同時に、即行で王都を出るぞ」

完璧な作戦だ。

これなら命も守れるし、後腐れもなくなる。

だが、ミネルヴァは呆れた顔でグラスを揺らす。

「……貴方ねぇ。そんな子供騙しが通じると思ってるの?」

「通じるさ。所詮はお祭り騒ぎのエキシビションだ。誰も本気の殺し合いなんて期待してない」

「相手はあの勇者よ? かえって事態を悪化させる予感がするけど」

「縁起でもないことを言うな。俺の演技力ならいける」

ミネルヴァは「やれやれ」と肩をすくめ、ワインを飲み干した。

彼女の目は、「この男、肝心なところで読みが甘いのよね」と語っていた。

「えーと……」

ロウェナが目を回していた。

「逃げるの? 戦うの? お泊りしないの? ろうぇな、もうわかんないよー」

大人たちの二転三転する会話についていけず、混乱しているようだ。

俺は苦笑して、彼女の頭を撫でた。

「全部だ。……とりあえず今日は寝るぞ。明日は忙しくなる」

結局、俺たちは荷物を解かず、旅装束のままふかふかのベッドに潜り込んだ。

最高級の宿だというのに、ちっともくつろげやしない。

そして翌日。

建国祭最終日、正午。

王都大闘技場は、昨日以上の観客で埋め尽くされていた。

逃げ道を塞がれた俺は、いつもの剣を腰に佩き、覚悟を決めて選手控え室を出た。

(仕事だと思ってさっさと終わらせて、この街とおさらばする)

目指すは、史上最低の凡戦。

全力で手を抜き、全力で弱く見せる。