軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鉄の女の憂鬱と、路地裏の乾杯

王都に来てから数日が過ぎた。

俺たちは建国祭の「特需」にありつき、建設資材の運搬や、祭りの会場設営の手伝いなどをこなし、着実に路銀を稼いでいた。

夕暮れ時。今日の現場作業を終え、俺たちは大通りから一本入った路地を歩いていた。

「ふぅ……今日もよく働きました」

クリスが肩を回しながら、心地よい疲労感を噛み締めるように息を吐く。

泥臭い仕事だが、その表情は晴れやかだ。

「ああ。稼ぎも十分だ。今日は宿の飯じゃなくて、外でパーッとやるぞ」

「ぱーっ!」

俺の言葉に、ロウェナが嬉しそうに飛び跳ねた。

目指す先は、俺が事前に目をつけていた大衆酒場『赤煉瓦の煙突亭』だ。

労働者向けの店で、安くて量が多く、何よりエールがよく冷えているらしい。

カランコロン、とドアベルを鳴らして店に入ると、むっとするような熱気と、ローストした肉の香ばしい匂いが押し寄せてきた。

店内は仕事終わりの人夫や、稼ぎの少なかった下級冒険者たちでごった返している。

「空いてる席は……っと」

俺が店内を見渡した時だった。

カウンターの隅で、一人静かに、しかし明らかにハイペースでジョッキを空けている女性の後ろ姿が目に留まった。

上等なスーツ姿だが、ジャケットを椅子の背にかけ、シャツの第一ボタンを外している。

どこか疲弊した、黒いオーラを背負ったその背中。

見覚えがある。

「……おや?」

俺たちが近づくと、女性が顔を上げた。

トレードマークの眼鏡を外し、眉間を指で揉んでいる。

ギルドの受付嬢、ミネルヴァだった。

「あら……『ストラーノ』さんたちじゃない。奇遇ね」

目が合うと、彼女は少しだけ虚ろな目でこちらを見た。

気まずい空気が流れるかと思いきや、少し酒が入っているのか、彼女はヒラヒラと手招きをした。

「ここ、空いてるわよ」

「……ギルドの時とは随分雰囲気が違うな。相席、いいか?」

「ええ、構わないわ。ちょうど、誰でもいいから愚痴を聞いてくれる相手が欲しかったところなの」

俺たちは向かいの席に腰を下ろし、エールと果実水、それに山盛りの腸詰めを注文して乾杯した。

ミネルヴァは既に三杯目らしいジョッキを傾け、深いため息をついた。

「……まったく、やってられないわ」

「随分と荒れてるな。何かあったのか?」

「何か、じゃないわよ。『全部』よ」

ミネルヴァはドン、とジョッキを置いた。

「建国祭の準備、それも『勇者一行』の受け入れ対応よ。上層部の連中は現場を知らないから、好き勝手なことばかり言ってくるの」

彼女は指を折りながら、鬱憤を吐き出し始めた。

「パレードのルートを自分たちが見やすいように変更しろだの、警備配置をやり直せだの、専用の控室の内装が気に入らないだの……。こっちは徹夜続きだっていうのに、あの人たちは『凱旋』だものね。優雅なものよ」

彼女の口調には、英雄への敬意や憧れなど微塵もない。

あるのは、厄介な業務案件を押し付けられた現場担当者の悲哀だけだ。

「英雄というのも、周りに迷惑をかける存在なんですね……」

クリスが、少し複雑そうな顔で呟く。

物語や噂で聞く華々しい勇者像に、多少なりとも憧れを抱いていたのだろう。

だが、現実は物語のように綺麗事だけではないと知って、少し肩透かしを食らったようだ。

「その通りよ、バナーレ君。有名人が来るってことは、それだけで災害と同じなの」

ミネルヴァはあおるようにエールを飲み干し、声を荒らげた。

「あーもう! どいつもこいつも酔っ払ってないで、もっと働きなさいよ! 人手が足りないのよ、人手が!」

それは、自分の部下や、要領の悪い関係者に向けた言葉だったのだろう。

だが。

運悪く、近くの席で飲んでいた男たちが反応してしまった。

「あぁん? 誰に向かって口きいてんだ、このアマ!」

ドカドカと歩み寄ってきたのは、薄汚れた装備を纏った三人組の男たちだった。

見るからに仕事にあぶれた冒険者崩れだ。

酔いも回っており、目が据わっている。

「俺らが働いてねぇってか!? あぁ!?」

「……あなたたちのことじゃないわ。被害妄想もいい加減にして」

ミネルヴァが冷ややかな目で言い返すと、男の一人が逆上して顔を真っ赤にした。

「なんだとぉ!? 女だと思って調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

男が粗暴な手つきで、ミネルヴァの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

ガタッ。

クリスが腰を浮かせた。

「座ってろ、 平凡(バナーレ) 。仕事以外でカロリーを使うな」

俺は手だけでクリスを制し、自分も席を立たなかった。

代わりに。

ドンッ!

飲み干した空のジョッキを、テーブルに叩きつけた。

分厚いガラスが木のテーブルを叩く重い音が、男たちの怒号を一瞬で断ち切った。

「……あ?」

男たちが俺を見る。

俺はジョッキから手を離さず、座ったまま、下から男たちを見上げた。

「おい兄ちゃんたち。せっかくの酒が不味くなる。……その辺にしておきな」

「うるせぇ! 関係ねぇ奴はすっこんでろ!」

「関係なくはないさ。この人は酔っちゃいるが、ギルドの本部職員様だぞ?」

俺が静かに告げると、男たちの動きがピタリと止まった。

「手を出しちゃ、明日からこの王都で仕事ができなくなるぜ? ギルドカードの停止処分なんて食らったら、路頭に迷うのはあんたたちだ」

脅しではない。

ただの事実を、淡々と説く。

そして、俺はほんの一瞬だけ、古強者の気配――場数を踏んだ者特有の重圧を瞳に宿した。

(……引けよ)

男たちは毒気を抜かれたようにたじろいだ。

纏う「只者ではない雰囲気」と、「ギルド職員」という言葉の重みが、酔った頭にも浸透したらしい。

「……チッ、シラけたぜ。行くぞ」

男たちは捨て台詞を吐き、逃げるように店を出て行った。

店内に再び喧騒が戻る。

ミネルヴァはふぅ、と小さく息を吐き、乱れた髪を直した。

「……助かったわ。勤務時間外に権力を振りかざすのは趣味じゃないの」

「賢明な判断です。酔っ払いの相手なんて、時間の無駄だ」

俺が肩をすくめると、彼女はフッと口元を緩めた。

「あなたたち、やっぱりただの田舎者じゃないわね。……ま、詮索はしないけど」

彼女は眼鏡を取り出し、カチャリとかけ直した。

その瞬間、疲れた酔っ払いから、いつもの「鉄の女」の顔に戻る。

「お会計!」

帰り際、ミネルヴァは俺たちのテーブルの伝票をひったくった。

「ここは払わせて。しがない事務員の、ささやかなお礼よ」

「いいのか? 結構食ったぞ」

「構わないわ。それとね……」

ミネルヴァは声を潜め、俺たちに顔を寄せた。

「明日の朝イチ、一般掲示板に『地下水路の清掃』が出るわ」

「……掃除か?」

「ただの掃除じゃないわ。増殖したスライムの駆除よ。かなり汚れる仕事だけど、緊急案件だから報酬は相場の三倍。……早い者勝ちよ」

彼女はウインクを一つ残し、颯爽と店を出て行った。

便宜を図るわけではない。

あくまで「公開予定の情報」を一足早く教えただけ。

ギリギリのラインをついた、大人の礼儀だ。

「聞いたか? バナーレ君」

俺はニヤリと笑って立ち上がった。

「明日は早起きだ。三倍の稼ぎ時だぞ」

「はい! ……でも、スライムですか」

クリスが少し嫌そうな顔をする。

王都での強力な理解者を得て、俺たちは明日の労働への活力を手に入れた。