軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95 リヴァイアサン

「ダンジョンの壁をぶち破るなど――」

フォンキンは息を止め、目を見開いてそちらを見た。

壁に空いた穴の前に立つレオンハルトの金髪が、オレンジの光を受けて輝く。

エメラルドグリーンの瞳は金色に揺らめいていた。

その手には剣。そして盾。

「……その剣は、アダマント合金……それに、その血……竜殺しの末裔か」

レオンハルトは答えない。

だがその威圧感は、彼を何倍にも大きく見せた。

「ち、近寄るな。この女がどうなっても――いくらアダマントとて、ミスリルは斬れんぞ!?」

声を戦慄かせながらランプを掲げる。それを、暗がりから飛んできた矢が貫いた。

「――――ッ!?」

ランプが落ち、割れる。

その一瞬の隙を突いてレオンハルトが一気に距離を詰める。フォンキンは魔法を使おうとしたが――

【聖盾】

発動途中の魔法ごと、魔力防壁がフォンキンを突き飛ばす。

「ぐ……これだから脳筋は好かん」

倒れて呻くフォンキンに、レオンハルトの剣が振り下ろされる。

フォンキンは顔を引きつらせ、姿を消した。転移魔法だ。

剣の刃先が床を抉る。レオンハルトはすぐに剣を抜き、流れるようにミスリルゴーレムに肉薄し、リゼットを捕らえていた腕を斬り落とす。あっさりと。

解放されたリゼットの身体が宙を浮く。床に落ちそうになったところを、物陰から出てきたディーに受け止められ、一緒に転ぶ。

「セーフ……」

「ディー……ありがとうございます」

レオンハルトが気を引いている間にディーが弓でフォローする。そういう作戦だったのだろう。

ミスリルゴーレムが動く。

リゼットを捕らえておくという命令から解放されたミスリルゴーレムは、純粋な敵――己の片腕を奪ったレオンハルトにその巨体で襲いかかる。

レオンハルトはそれをあっさりと躱し、ミスリルゴーレムの背後に回る。

ドワーフ謹製のアダマント合金の剣は、ミスリルゴーレムの可動部をあっさりと斬ってしまう。温めたナイフでバターを切るように鮮やかに。

ミスリルゴーレムはそのまま倒れ、起き上がらなくなった。

「なんだこのゴーレム。中は鉄じゃねぇか……しかもサビだらけ。あいつ、手入れサボってたな……?」

ミスリルゴーレムの内部を覗きながらディーはがっかりしたように呟く。

「リゼット!」

レオンハルトがリゼットの元へ駆け寄ってくる。

息が上がっていて、呼吸が浅い。額には汗が浮かんでいる。その表情からも、心配させてしまったのだと伝わってくる。

「怪我は?」

「ありません……でも、魔力を根こそぎ吸い取られてしまったみたいで。すぐ回復すると思いますから」

レオンハルトは自分のアイテム鞄の中から、食料を出してくる。主にモンスター料理の残りを。

リゼットはそれを受け取り、ひたすら食べた。

魔力の回復には、モンスター料理が一番だ。

(おいしい……)

車輪蛇の串を食べながらリゼットは涙を零した。

やはりモンスター料理からしか得られない魔力はある。

「ほら、これも食え。なんでもいーからどんどん食え」

リゼットの荷物を回収してきたディーも、保存していたモンスター料理を次々に渡してくる。

「おふたりとも、ありがとうございます……」

焼きムカゴを食べる合間に、リゼットは二人に礼を言う。

「大変だったんだぜ。あの後床に穴が開いて、ゴーレムごとお前が消えて、穴は閉じちまうし。お前を探して右往左往で、壁壊して進んだ方が早いって滅茶苦茶な結論になって――」

話を聞いていた刹那、足元に奇妙な感覚がまとわりついた。

「なんだこりゃ……水? どっかから漏れ出してんのか?」

ディーが怪訝な声を上げる。そのときには既に部屋の中は水浸しだった。

しかも水はみるみる増えていき、床に置かれていたものたちを浮かばせ始める。

「これは、海水か……?」

レオンハルトの表情が険しくなる。

鼻をつくのは塩気のある匂い。

ランプに照らされた水面はわずかに揺らめきながらその嵩を増していく。

【鑑定】海の水。塩分と微量の金属とエーテルを含む。

レオンハルトが座ったままのリゼットを抱え上げる。

「急いで階段まで戻ろう」

「っておい、ゲートは?」

「あんなもの、信用できない。どこに繋がっているかわかったものじゃない!」

レオンハルトとディーが言い合いながら走り出す。

リゼットはレオンハルトに抱えられたまま、食べることに専念した。少しでも早く魔力を回復させないと。

激しい水音を立てながら、海水が満ちてくる中を走る。走る。

水位は上昇し、足首までだった水は既に脛まで来ている。

どんどん浸水していく。

(この階層を水に沈めるつもり……? うう、水面を歩く魔法が使えれば、もっと楽に移動できたのに!)

階段が見えてくる。

ディーの的確なルート選択の賜物だ。

水は既に腰まで来ていた。

もう少し。

階段に飛び込む直前。

――床が、抜けた。

床が消え、周囲の壁が消え、階段が遠ざかる。下には深い深い穴が空き。

(転移魔法――? いえ、ダンジョンを、作り変えた――?)

落ちる。

高い崖から落ちるように、底の見えない穴に落ちる。

真っ黒な水の中に。

落ちながら見えたのは、ドラゴンだった。

巨大な青いドラゴン。全身が氷のような鱗で覆われ、その背の巨大な鱗は盾のように連なっていた。

――なんて、美しいモンスターなのだろう。

【鑑定】リヴァイアサン。海の竜王。全身は二重の鱗で覆われ、いかなる武器も通用しない。海を自在に操る。

漆黒の大波が、何もかもを飲み込み。

リゼットたちは海に沈んでいった。