軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93 第五層の研究施設

階段を下りた先に待っていたのは、黄味を帯びて輝く工房だった。

オレンジがかったランプの明かりがくすんだ金属に反射し、鈍色がかった光景を作り出している。

ランプの中で燃えているのは油でも蝋でもなかった。そもそも何も燃えていない。ただ光だけがそこにあるかのようだった。

地面や壁、そして天井にまで、露出した木の根のように絡まり合った金属の筒が入り乱れていた。

ごうんごうんと、どこかで低い音が規則的に繰り返されている。

モンスターの息遣いともまた違う。

そんな景色がどこまでも続いていた。

「いままでとは随分趣が違うな……かなり高度な施設のようだ」

「金属をこんなに緻密に加工できるなんて……いったいどのような技術を使っているのでしょう」

壁の金属の筒を興味深く眺めていると、ふと気づく。

「この匂い……もしかしてどこかに油があるのかもしれません」

「油?」

レオンハルトがきょとんとした顔で繰り返す。

「はい、油です。道具の手入れには大量の油が必要と聞いたことがあります。ここにならあるかも」

「そんなもん何に使うんだよ」

ディーに問われ、リゼットは当然とばかりに答えた。

「フライとか、フリッターとか」

「そうかよ……」

「パイア肉をたくさんの油で揚げればカツレツができます!」

絶対においしい。自信がある。

「それは食べてみたいけれど、あまり期待はしないほうが良さそうだ」

レオンハルトは言って剣と盾を構える。

金属管の根の奥の方で、何かの気配が動いた。

「キマイラ、か――?!」

レオンハルトがキマイラと呼んだものはリゼットの知るキマイラではなかった。

通常のキマイラは、獅子をベースにして山羊の頭と竜の尾と翼がついたモンスターだ。

だがこれは三種類どころではない。

獅子の頭とゴブリンの頭、そして牡羊の頭が巨大な蜘蛛の身体の上に乗っている。尾の部分で揺れているのは蛇。

『愚かろかろか愚かな人間。愚ろろろろかな人間んんん』

「気色悪いぃ!!」

ディーが悲鳴を上げた。

キマイラらしきモンスターは、人間としか思えない流暢さで言葉を垂れ流す。

【鑑定】????

(鑑定できない――?)

リゼットが戸惑っている間に、更に一匹、もう一匹と、同じモンスターのようでいて、混ざっているものが微妙に違うモンスターたちが、奇妙な言葉を吐きながら集まってくる。

壁の隙間から。あるいは天井から。

【火魔法(神級)】【敵味方識別】

「ファイアストーム!!」

リゼットは炎の嵐ですべてを焼き尽くした。

激しい炎が周囲にいたモンスターをすべて灰にする。

しかしその余韻が収まる前に、再び同種類のモンスターがもぞもぞと這い出てきた。

「何匹いるんだよ……!」

ディーが悪態をつきながら手近にあったレバーに手をかける。

――ガコン、とレバーが下がると、壁にあった金属の筒の一部から大量の蒸気が吹き出した。

高熱の蒸気にまともに当たったキマイラは全身を硬直させその場に倒れた。

「ディー、すごいです! もうここの仕掛けがわかったのですか?」

「いや、てきとー……」

乾いた声を漏らす。結果に自分自身が慄いているようだった。

「いまので最後みたいだな」

「気色悪ぃなここ。金目の物見つけて早いとこ退散しようぜ」

いままで以上に警戒しながら探索を続ける。

そして、このダンジョンでの探索中に初めて扉を見つけた。

小さな扉だ。通れなくはないが、ヒューマン用としては小さい扉。

「こいつは……三つの鍵が連動してるな。ここまで慎重ってことは、中に見られたくねえ盗られたくねえものがあるってことだ。任せとけ」

ディーは得意げに言ってピッキングツールセットを取り出す。

解錠を行う間、リゼットはレオンハルトと共に周囲を警戒しつつ待つ。

「不思議な場所ですね」

「ああ。色々と見てきたけれど、ここは飛び抜けている……」

レオンハルトは周囲を見ながら難しい顔をしていた。

「さっきのキマイラも……なんて言うか、生々しい悪意を感じる……」

「なんとなくわかります。なんだかねっとりとしていますね」

しつこくまとわりつくような、そんな悪意。

「ひとりだったら、もっと怖かったかもしれません」

いまは仲間がいるから怖くない。

「ほら、開いたぞ」

「さすがです。ディーの前では鍵は敵ではありませんね」

鍵開けが成功し、レオンハルトが小さな扉を押し開く。

そこは部屋だった。広くもなく狭くもない、普通の部屋。ただし床は物だらけで、ガラクタにしか見えないようなものが所狭しと転がっている。

部屋の隅にはそれがうず高く積まれていた。

扉をくぐって中に入る。

「ここは物置か?」

「いやー、散らかってるけどなんとなく整理されてるようだぜ。片付けられないやつの部屋って感じだな。本人は片付いているつもりのやつ」

ディーの言葉に、レオンハルトはわずかに眉を顰める。

リゼットが部屋の中を見回していると、唯一、壁際に置かれている机の周りだけが綺麗に整っていた。

机の下にはバケツ。

「お、これ油じゃね? なんか黒いけど」

「見せてください!」

【鑑定】鉱物油。鉱石オイルからできた潤滑油。毒。

「……これは、食べられそうにありません」

リゼットは拳を握りしめる。

たとえ解毒したとしても、きっと味は良くない。どうせ食べるならおいしいものを食べたいし食べてほしい。

油のことはひとまず諦めて立ち上がる。

机の上には、開かれた本が置かれていた。その右上には鉱石インクのガラス瓶。

本はどうやら書きかけだった。片側の途中までだけに文字が綴られている。

「古代文字ですね……」

リゼットは古代文字は読めない。ページをめくって読める場所がないかと探していると、いつの間にか背後に女神二人が現れていた。

『ほうほう。これはこれは』

『なるほどなるほどー』

ルルドゥとフレーノが仲良く並んで本を覗き込んでいる。

『これはダンジョンの主の日記だな。ダンジョンづくりの記録が記されておる』

ルルドゥが興味深そうに言い。

『好きな人への詩もありますよ。――ああ我が愛しのジョセフィーヌ、もはや君のことしか考えられない。他の存在はすべて遠い世界。君だけが真実であり、この愛がなければ僕もここに存在できない……』

フレーノがややたどたどしいながらも情感たっぷりに読み上げる。

「まあ……情熱的ですのね」

その様子を見ていたレオンハルトが顔を青ざめさせていた。

「プライバシーも何もあったものじゃない……なんて恐ろしいんだ……」

「おい、そのへんにしといてやれよ」

ディーが憐れんだように言う。

女神ふたりはレオンハルトとディーの方を見て、現れた時と同じように唐突に消える。女神というのは神出鬼没である。

「詩はともかく、ダンジョンをつくった方の直筆の記録なら、すごい財宝になる予感がします。この古代文字もノームやエルフの方々ならきっと読めるでしょう!」

「確かに重要な資料になるだろうけれど、それを世に出すのは……正直、同情を禁じえない」

レオンハルトは青い顔のまま斜め下を見つつ、口元を押さえて言う。

「そうですね……大切な私物かもしれませんし」

もし自分の日記を書いていたとして、それが白日の下に晒されたらと思うと、流石に気が咎められる。

リゼットが日記を元の場所に置いていこうとすると、ディーが手に取った。

「お上品だな、お前ら。いいじゃねーか。ダンジョン探索中に見つかったものは冒険者に権利があるんだから。ってことでいただいて行こうぜ!」

その時、部屋の片隅で、何かが動き始める音がした。

ガコン、ガコンと重い金属音が。

「何の音でしょう」

音のした方向を見ると、部屋の隅――うずたかく積まれたガラクタらしきものの中に、一体のゴーレムを見つけた。

しかしそれはただの人形のように、物に埋もれたまま動かない。ゴーレムの上に乗っていた金属の塊がひとつ床に落ちる。

ディーは本を机に戻し、大きく息を吐いた。

「バランスを崩しただけかよ。脅かしやがって」

レオンハルトはゴーレムをじっと見つめる。

「これはミスリルだ」

「――ミスリル? あの希少金属の? 魔導具によく使われるミスリルですか?」

【鑑定】ミスリルゴーレム。ミスリル銀でできた疑似魔法生命体。主の命令に忠実に従う。

ミスリルは魔力伝導率が高く、更には軽いために魔法使いの武器や防具としてもよく使われる。

「へ? これ全部ミスリル? ってことはつまり……大儲け?」

「そうだな。これだけの量があれば、どれくらいの財産になるか……」

「よっしゃ! ようやくまともなお宝だ!! 解体しようぜ!」

意気揚々とミスリルゴーレムに手を伸ばしたディーの腕を、ガラクタの中から生えた手がぐっとつかんだ。そして、部屋の反対側の隅へ投げ飛ばす。

リゼットが一瞬そちらに気を取られた瞬間、ミスリルゴーレムはその腕でリゼットの腕をつかみ取った。

(え――)

がくりと、足の力が抜ける。

ミスリルゴーレムが立ち上がる。上に乗っていたものがガラガラと落ち、床に降り積もる。ミスリルゴーレムはそれを大きな足の裏で粉砕する。

「リゼット!!」

レオンハルトが剣を抜く。

ミスリルゴーレムは足元のゴミをレオンハルトに向けて蹴り上げる。防御姿勢を取ったレオンハルトを、リゼットを捕らえている腕とは別の腕で薙ぎ払う。

(力、が……)

リゼットは困惑した。身体にまったく力が入らない。

常に身体に満ちていた魔力が一気に奪われ、思考すらままならなくなる。

――魔力枯渇状態。

身体がふわりと浮き、ミスリルゴーレムの背に乗せられる。下りてきた、抗いきれない眠気に押し潰されるように、リゼットは意識を失った。