軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 地上への帰還

第六層には下へ降りる階段はなかった。

全員、全身とアイテム鞄に持てるだけドラゴン素材を持って帰還ゲートを通ると、そこはダンジョンの入口の前だった。

リゼットにとっては随分と懐かしい光と空気だった。

そして見える世界は、リゼットの知るものと大きく異なっていた。

抱いたのは郷愁ではなく違和感。

――結界が。

世界を覆う女神の結界が、いまにもほころびそうなタペストリーのように薄く、ぼろぼろになっていた。

あまりの惨状に、リゼットは眩暈がした。

(何をやっているのメルディアナ……)

結界の修復は聖女の仕事。

結界が破綻しかかっているということは、聖女メルディアナが仕事をしていないということだ。

そしてここまで破綻しかけているというのに、聖女メルディアナはいったい何をしているのか。聖女の身に何かあったのか。

「リゼット」

レオンハルトに頭から布をかけられる。

顔が見えないように。

「ありがとうございます」

賞金首になっていることをすっかり忘れていた。

冒険者たちの疑惑の目を受けながら、リゼットたちは予定通り教会へ向かう。

教会騎士ダグラスに取り次いでもらい、ノルンの女神教会内に入る。

通された先は教会の聖堂だった。

扉の前や壁の窓際には教会騎士が立ち、リゼットたちを取り囲んでいる。その雰囲気は友好的なものではない。

教会側からのリゼットへの心象はよくないらしい。

女神を描いたステンドグラスを眺めながら待っていると、三人の神官が聖堂に入ってくる。

先頭に立つのはリゼットがノルンに来て最初に会った若い神官だった。

彼の説明から逃げるようにしてダンジョンに向かったことをなんとなく覚えていた。

リゼットは被っていた布を取ると、挨拶もせずに本題に入る。

「女神教会に買っていただきたいものがあります。ダンジョン最下層で見つかった、女神の聖遺物です」

「聖遺物ですと……?」

向けられたのは疑惑の目。

簡単に信じられる話ではないのはリゼットもわかっている。

リゼットはアイテム鞄の中から燃える炎を取り出した。

「はい。こちらが火の女神の毛髪です」

見た目はただの炎。

しかしよく見ればそれが燃える髪の集まりだとわかるはずだ。

聖堂の中がざわめく。

「1億ゴールドでいかがでしょうか」

「1億ですと……?」

「女神の聖遺物です。むしろ安いと思いますが? 無理なら他にも換金ルートがありますので、そちらで――」

「お待ち下さい。いま鑑定師を呼びますので」

神官が冷静さを崩さずそう言ったとき、聖堂に新たな人物が入ってくる。

エルフだった。

黒いローブを着た黒髪緑眼のエルフ――『黒猫の錬金釜』の錬金術師ラニアル・マドール。

「はいはーい、いつもご贔屓ありがとうございます! 錬金術師兼鑑定師ラニアル・マドールですよー。こんなこともあろうかと教会に来ていて正解でした!」

担当神官は突然の登場に驚いていたが、錬金術師ラニアルを追い返そうとはしない。本当に教会付きの鑑定師のようだ。

錬金術師ラニアルは跳ねるようにリゼットの方へやってきて、早速燃える髪を【鑑定】する。

「こちらが女神様の御髪ですねー……」

いつの間にかギャラリーが増えている。

聖遺物の話が教会内で駆け巡っているのか、聖堂の中には教会で働く人々や、神官になるための修行をしている修道者が集まりつつあった。

「……うん、これは本物です! 間違いなく火の女神ルルドゥ様の御髪です!!」

ざわめきと動揺と興奮が聖堂内に広がる。

「ええっ? これが1億でっ? なんてお買い得! 教会が買わないんならあたしが買いますよー」

「し、しばしお待ち下さい」

リゼットの担当神官は冷静に努めようとしているものの戸惑いを隠せない。

この地方教会の中に、重大な話を判断できるような上の人間がいないのかもしれない。

動揺の広がる聖堂の中に、堂々と入ってくる人間がいた。

壮年の貴族男性は愛想のない表情でリゼットの近くまで来ると、リゼットを睨む。

「あらこれは、クラウディス侯爵代行」

リゼットは恭しく一礼する。

父親であり、リゼットに懸賞金をかけた疑いがあるクラウディス侯爵代行。

この地に縁者が来ていると教会騎士のダグラスが言っていたが、まさか本人が来ていて、しかもこの場に乗り込んでくるとは。

そして侯爵代行の後ろには、全身ヴェール姿の女性が立っていた。

か細く弱々しい、いまにも折れそうな小枝のような女性が。

「我が娘よ。それをこちらに渡しなさい。お前には過ぎたものだ」

リゼットは首を傾げる。

「おっしゃる意味がわかりませんわ。私と侯爵代行とはなんの繋がりもないはずですが」

「父親に向かってなんだその態度は!」

「侯爵代行。親子の縁を切るとおっしゃられたのはそちらですのに。もうお忘れになられました?」

リゼットが聖女侮辱の罪で捕らえられた時、確かにそう言った。なのに都合のいい時だけ親子に戻るつもりなのか。

呆れているとクラウディス侯爵代行が入ってきたのとはまた別の奥の扉が激しく開いた。

「話は聞かせてもらった! そのあたりにしておくんだ、リゼット」

颯爽と聖堂に現れたのは、若い男性だった。切り揃えられた青銀の髪に豪奢なコートの貴公子が、護衛を連れて胸を張って入ってくる。

「まあ、次から次へと……今度はベルン次期公爵様まで。いったいいかがなされました」

リゼットは呆れながらかつての婚約者のベルナール・ベルン次期公爵を見つめる。

メルディアナに聖痕が移った直後に真実の愛に目覚めたと言って、更にはリゼットを妻に相応しくないと糾弾して婚約破棄した公爵家の跡取りを。

「聖女メルディアナから手紙ですべて聞いている。それが本当に女神の聖遺物なら、それは聖女であるメルディアナのものだろう」

聞く価値もない妄言だった。リゼットは視線を逸らし、侯爵代行と次期公爵を交互に見る。

「それで、どちらが1億ゴールドで買ってくださるのですか?」

「リゼット。私の助言が聞けないのか。君は昔から――」

「話を逸らさないでくださいませ。無償で横取りなさるおつもりですか?」

「な……」

ベルン次期公爵が口ごもる。完全にそのつもりだったようだ。

「買ってくださる気がないのでしたらお話は終わりです。教会とお話の続きをさせていただきますのでお引き取りください」

「――教会が買いましょう。1億ゴールドで」

そう言ったのは神官ではなく、侯爵代行の後ろにいた頭から長いヴェールを被った女性だった。

その声の響きを聞く前からリゼットは彼女が誰なのかはわかっていた。

肌の一片も出さず顔が見えなくても。

声が少し変わって聞こえるのはヴェールのせいだろうか。

(メルディアナ……)