軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 星と海と幸せな時間

「なんて贅沢なのでしょう……」

湯船に浸かりながらリゼットは感嘆の声を漏らす。

カナトコの宿の浴場は六人ほどが入れるほど広かった。洗い場と湯船は石造りで、湯船の角の取れた石は湯の熱でしっかりとあたたまっていて背中を預けても気持ちがいい。

その広さを独り占めしている贅沢。

天窓からは星が見える。視界まで絶景という贅沢。

浄化魔法でいつも清潔にはしているが、たっぷりの温かい湯に浸かるのは格別だった。

ゆっくりと芯まで温まって、心身ともリラックスしてから浴場から出る。外の休憩スペースではレオンハルトとディーが武器の手入れをしていた。

「はぁ、いいお湯でした。お次どうぞ」

「んじゃお先」

ディーがリゼットと入れ替わりで浴場に入っていく。

リゼットは剣の手入れ中のレオンハルトの方へと行く。武器や防具の手入れを見るのは好きだった。丁寧に汚れを拭き取るところも、傷んだ場所を手際よく応急処置していくところも。

「この剣もかなり傷んできたな……」

拭き上げた剣を見ながら、レオンハルトは難しい顔で呟く。

「カナトコさんに見てもらってはどうですか? ここには鍛冶場もあるみたいですし」

「そうだな。相談してみるよ」

「レオンの剣も盾も良いものですよね。よく手入れされていますし」

「ありがとう。ドワーフの鍛冶師が打ってくれたものなんだ」

レオンハルトは少し誇らしげに言う。

ドワーフは火と鉄を自在に操り、手先が器用なため名匠が多い。伝説になるような武器防具はほとんどがドワーフ製だ。

リゼットもいつかドワーフ製の包丁が欲しいと思った。カナトコの使っていた包丁はとても切れ味が良さそうだった。

「リゼット、この星空を見て何か気づかないか」

レオンハルトはふっと剣を下ろし、窓の外を見つめる。

リゼットは顔を上げ、レオンハルトの視線の先を追う。休憩スペースの窓は大きく、外の景色がよく見える。

そこから見えるのは満天の星々だ。

「きれいな空ですよね。どうかしたんですか?」

「いや、大したことじゃない。ディーとも話したんだけど、星の位置が微妙に違うんだ」

「星の位置ですか?」

リゼットはもう一度夜空を見上げる。しかしただの星空にしか見えない。星の位置はいくつかは知っているが、正確な位置を覚えているわけではないため特に違和感はない。

「別の世界か、別の時代の空なのかもしれないな」

「それは不思議な話ですね……」

「ダンジョンのことはわからないことだらけだ。だからこそ多くの人を引き付けるんだろうな」

「その気持ちはよくわかります」

ダンジョンの中にいればいるほど不思議なことが増えていく。

「でも、どうして気づいたんですか? 星の位置なんて、私にはさっぱりです」

「船旅中によく夜空を見ていたから」

「――レオンは遠い国から来られたのですね」

レオンハルトが振り返り、目が合う。

「海は、話には聞いたことがあります。海産物を食べたこともありますが、海はまだ見たことはありません」

――海。

女神は始祖の巨人を倒した後に、それまでの大地を死という海で満たした。巨人が復活しないための封印を施した。

しかしその「死」そのものである海にも生命が息づいているという不思議さと生命の力強さが、リゼットを引き付ける。

「実際の海とはどんなものなのでしょうか」

「きっとリゼットも気に入ると思うよ。君さえよければ案内する。海の旅路も、星の見方も、いくらでも」

レオンハルトの言葉は、リゼットの中で遠い夢の光景だった海を、いつか手の届く現実のものにする。知らないはずの潮騒の音が一瞬聞こえた気がした。

「ありがとうございます。とても――とても楽しみです」

全員が入浴を済ませたころ、夕食ができたと食堂に呼ばれる。食堂のテーブルには、たくさんの料理が並んでいた。

「おお、すげえ……こんな品数、初めて見たかもしれねぇ」

メインのウサギのローストに、野菜とウサギを卵でまとめたキッシュ、野菜たっぷりのポタージュスープ、新鮮なサラダに、焼き立てふかふかのパンもある。そして酒まであった。

「いただきます」

手を合わせて食事と命と作ってくれたカナトコに感謝し、早速食べていく。

「すごくおいしい……!」

大胆ながらも繊細な調理と味付けにあっという間に夢中になる。

「くーっ、うっめえ! この酒もいい酒だな!」

「ああ、どれもとてもうまい。特にこの肉、いくらでも食べられそうだ」

「おかわりもあるぞ。好きなだけ食べるといい」

夕食後に部屋に戻るとディーはあっという間に寝てしまう。

リゼットは念の為に部屋に結界を張り、ベッドに腰かける。

「おいしかったですね」

「ああ」

「ずっとここにいたいくらいです」

食事を思い出すと胸がふわふわとする。モンスターの素材も使っているのにあの雑味のなさ、旨味の濃さ、プロの仕事だ。できることならずっとここで暮らしたいほどだ。

「確かにおいしかった。けれど俺は……」

何か気にかかることでもあったのか、言葉を濁す。

「――俺は、リゼットの料理にいつも助けられている」

レオンハルトははっと息を飲み、首を横に振る。

「ああいや、料理だけじゃなく、君と冒険ができていることは、すごく幸運なことだなって」

「レオン……」

「……って、何を言っているんだ俺は。とにかく、いつも感謝しているんだ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

就寝の挨拶を返して、リゼットもベッドに横たわり、シーツと毛布を上にかける。

胸がふわふわしている。レオンハルトの言葉のおかげだ。自分のつくる料理が仲間の役に立っていることが、とても嬉しかった。