軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131 アルプの見せる夢

若緑の庭に眩しい光が降り注ぎ、鮮やかに咲くバラを照らし出している。

噴水の音がすぐ近くで聞こえる。高い塀の向こうには王城の影が見えた。空は青く、白い雲がのんびりと流れていた。

「王都……?」

リゼットはぼんやりと呟く。

声が身体に響く。光が肌に当たる感触がある。

(あれ……? なんだか、長い夢を見ていたような……)

白昼夢にしてはずいぶん長い夢を。

リゼットは自分の姿を確認する。普段着用のドレスを着て、噴水の傍の椅子に座っていた。お気に入りの場所だ。

暖かい日だまりに包まれながら、落ち着いて考える。

――自分は誰か。リゼット・クラウディス。クラウディス侯爵家の長女で、もうすぐ正式な後継者となる。

――ここはどこだったか。王都にある侯爵家の屋敷。その中庭。

日差しが眩しい。目を細めていると、後ろから誰かが近づいてくる気配がする。

振り向くと、銀髪の青年が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「リゼット、こんなところにいたんだね」

「アドリアン……」

――そう。彼は従兄のアドリアン。もうすぐ彼と結婚して、次期侯爵となる。

貴族として、領主として。国のために、民のために、領地のために生きる。跡継ぎを生んで血脈を繋げる。

それがリゼットの使命であり、生まれた意味だ。

定められた運命に、疑問を挟んだことなどない。

でもどうしてだろう。ひどく落ち着かない気持ちになる。

どうしてアドリアンは赤い三角帽子を被っているのだろう。正装には似合わないそれを、ごく自然に被っている。不思議に思う自分がおかしいような気持ちになる。

「こんなところで、うたた寝なんて。リゼットは最近は頑張りすぎだ。結婚式が近いからって、もう少し休んだ方がいい」

そうだ。もうすぐ結婚式だ。

従兄であるアドリアンと結婚して、母から爵位を引き継ぐ。

ずっと前から決まっていたことだ。

――そう。リゼットが生まれたときから。いや、生まれる前から。

父と母は、リゼットに爵位を譲った後は領地の方でゆっくりと過ごすことになっている。

仲睦まじい父と母の姿はリゼットにとって憧れだった。お互いを支えあえる、あんな夫婦になりたいと。

アドリアンはリゼットのよき理解者だ。

幼いころから仲が良く、祖母の修行もよく一緒に受けた。性格はややのんびりしているが穏やかで、頭もよく、剣の腕も立ち、騎士としても強い。

伴侶としてなんら不足しているところはない。

――でもどうしてか。

アドリアンと結婚して生きていく姿が想像できない。

リゼットの不安を感じ取ったかのように、アドリアンは微笑む。

「大丈夫だよ、リゼット」

青い瞳がじっとリゼットを見つめる。

「リゼットは何も心配せずに、侯爵として、国と民のために前に進めばいい。君の行く道は、僕が支える」

アドリアンの指がリゼットの頬をなぞる。

その手を緩やかに押しのけた。

「違う……」

――何かが違う。

いまの自分は幸せなはずだ。想像していた通りの、望んでいた通りの未来が来るはずで。なのにそれを受け入れられない。

「何も違わない。何も間違ってないよ」

「…………」

「君の行く道は明るく、祝福されている」

声も眼差しも優しいのに、不安を掻き立てられる。

「――それともリゼット。君は国を捨てるのかい?」

青い瞳がじっとリゼットを見つめる。

「家を捨てるのかい? 領地を見捨てるのかい? 国を、領を、捨てるのかい? 先祖代々受け継がれてきたものを、君は捨ててしまえるのかい?」

「アドリアン……」

「みんな、君を待っているのに……そんな恐ろしい選択をするのかい」

言葉が一番痛い部分を刺す。

胸が、皮膚が破れて血が出ているように、ずきずきと痛む。

「――はい」

リゼットは認めた。己の罪深さを。身勝手さも、欲深さも、罪悪感も。

どれだけ非難されようとも。

「私は、私の選んだ道を進みます」

それがどんなに不格好で、みっともなくて、世界に非難されるような道でも。

リゼットは顔を上げた。青い空には太陽がない。こんなに晴れているのに。

立ち上がり、アドリアンを――彼の姿をした何者かを見据える。

【鑑定】アルプ。猫の姿の夢魔。霧となって人間の身体に入り込み、悪夢を見せる。

背中に手を回すと、そこには杖があった。握り慣れたユニコーンの角杖が。

杖を手に取り、剣を振る動作で赤い三角帽子を斬り飛ばす。

ふぁさっと帽子が飛んだ瞬間――アドリアンの姿をしたものが霧となる。

霧は疾風のごとき勢いでで屋敷の中に入っていく。地面に帽子を残して。

(追いかけないと――)

追いかけて、倒さないと。

「リゼット――!」

踏み出そうとしたとき、後ろから声をかけられて立ち竦む。

その声を聴き間違えるはずがない。困惑しながら振り返る。

「レオン……?」

レオンハルトだ。

王都のクラウディス侯爵家の屋敷の中庭に、レオンハルトがいる。

「え? ここは、私の夢ですよね。どうしてレオンが――ああ、そうだ。夢だから……」

「君を助けにきたんだ」

夢だから。リゼットの都合のいいようになっている。

たとえ夢でも嬉しかった。勇気が、元気が湧いてくる。

「ありがとうございます。ではアルプを探しに行きましょう」

「アルプ……? そうか、アルプか――」

レオンハルトは呟きながら赤い三角帽子を拾う。

「帽子をなくしたのなら、もう化けたりできないはずだ。猫を探そう」

夢なのに、まるで本物のようだ。リゼットの知らないことまで知っている。

(レオンなら、夢に入る方法を知っているかも……)

もしかすると本物かもしれない。

そう思うと急に恥ずかしくなる。夢を見られていること。ドレスを着て立ち回りをしている姿を見られていること。

――深くは考えないことにする。

目が覚めたら忘れるだろうから。

「で、では行きましょう!」