軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 ドワーフ兄弟

最初にディーが崖を登っていく。身長の倍ほどの高さを、軽い動作で難なく。

ほどなく上からロープが垂らされ、リゼットがレオンハルトとディーの助けを借りながら苦戦しつつ登り、その後すぐにレオンハルトが上がってくる。

崖の上に広がっていたのは、破壊された森の姿だった。トロルが這いずり回った部分の木が倒れ、地面には道ができていた。

「ひでえもんだな。でかかったからなぁ」

「はい……」

「なんだ? まさかあいつらのこと心配してるのか?」

「いえ、その……」

リゼットが言い淀むと、ディーは呆れたように空を仰ぎ、大きくため息をついた。

「ホント、びっくりするほどお人好しだな。落ちるところまで落ちたのはあいつらの責任だ。お前にだけは同情されたくねーだろーよ」

「彼らも、運が良ければ生き延びているだろう。それよりも、どうする?」

倒れた木の下に、下へ降りる階段と、帰還ゲートが浮かんでいる。

階段を下りて次の階層に進むか、帰還ゲートでいったん地上に戻るか。

レオンハルトは、帰還ゲートを見つめながら言う。

「一度戻ったとしても、再びここに来るまではそう時間はかからないだろう。だが地上に戻ったとしても、食料やアイテムの補充は厳しい」

――基本的に。ダンジョン探索中に地上へ戻るのは、探索が失敗したとき――もしくは補給のためだ。だが、いまはランドールは外部からは遮断された状態。戻ったところで補給はできない。

「冒険者ギルドに行きゃ、新しい情報が出てるかもしれねーぜ?」

「有益な情報が集まるのには、まだ時間が足りない気もする」

補給もできず、情報も得られなければ、戻る意味はない。

「このまま進む場合は、もう地上には戻ろうとしない方がいいだろう。ここが最後の機会だ」

レオンハルトとディーがリゼットを見る。

二人はリゼットに、リーダーとしての決断を求めている。

「上の様子も気になりますが……」

「へ? 戻る気あるのか? すげえ……お前にも戻るって選択肢があったのか……」

「――私は、まだまだ行けると思います。撤退するとしたら、限界を感じてからにしたいです」

「やっぱなかったか……」

地上の様子は気になるが、戻ったところでリゼットたちには何もできないだろう。アイテム鞄に詰め込んだ食料も、これから探索を進めていくことを考えると、自分たちの分さえ不十分だ。

このダンジョンがどれだけの深さがあるのか、これから先に食べられるモンスターがどれぐらいいるのか。それを思うと簡単には振る舞えない。食料は、重要だ。

いまのリゼットの第一の目的は、ラニアルに会うことだ。そしてダンジョンをクリアする。もしくは街の封鎖を解いてもらう。

そうすれば、すべての問題は解決する。きっと。

「んじゃま、リーダーの言うとおり――」

「ああ、進もう」

全員で階段を下りようとしたところで、森の方から人の気配が近づいてくる。

「やれやれ。とんでもないことになっておるのう」

低い声は、どこか安心できる響きがある。

声のした方向を見ると、ずんぐりとした二つの影が移動しているのが見えた。

(あのシルエットは……)

ドワーフだ。

「カナトコさん、カナツチさん!」

リゼットは大喜びで名前を呼び、手を振る。

そこにいたのは、赤茶色の髪と髭も、ずんぐりとした体型も背も顔も瓜二つのドワーフだった。

ノルンのダンジョンで交流があったドワーフ兄弟との再会を喜ぶリゼットだが、ドワーフたちはリゼットたちを見てきょとんとしている。

(……もしかして、人違い?)

内心焦る。

「……お、おお、おおー!」

「懐かしい顔じゃ」

「いま絶対忘れてただろ」

「ヒューマンというのは見分けがつきにくくていかん」

お互いに和やかに笑いながら合流する。

リゼットもどちらが兄のカナトコで、どちらが弟のカナツチなのか区別がつかないので黙っておく。

「二人もここに来ていたんだな。また会えて嬉しいよ」

レオンハルトが嬉しそうに笑う。

「うむ。元気そうで何より。剣の具合はどうじゃ」

「ああ。とてもよく斬れて助かっている。折れないし欠けないし曲がらないし、最高だ」

レオンハルトの感想を聞いて、剣を打ったカナトコは満足そうな顔でうんうんと頷く。

「それにしても、旦那たちもこのダンジョンに巻き込まれていたとはのう」

「ああ。二人もなのか?」

「わしらは元々、タガネに呼ばれてここに来たのじゃ」

「タガネさんって――市長の方ですか?」

ランドールに飾られていた、動く絵画の中に現れた、ドワーフの女性。

「うむ。酔狂にもここの長なんかをやっておるあいつじゃよ」

「ここは元々ドワーフの鉱山じゃった。廃坑になっておったが、タガネのやつ、いつの間にかエルフなんぞを引き込みおって、坑道跡を利用して人工的にダンジョンをつくっておった」

――そのエルフとは、ラニアル・マドールのことだろう。

「同郷のよしみで来てみたはいいが、冒険者に武具を提供してやってほしいとか言ってのう。じゃが、いまはとてもそんな気になれん」

「兄者はこだわりが強いからのう。もうちっと仕事をしてくれればわしも楽なんじゃが」

「気の乗らぬ仕事は受けぬ。じゃが、このダンジョンは興味深い」

その言葉にディーが反応する。

「なんだ? 珍しい鉱石でも出てきそうってか? ドワーフの廃坑だもんな。こりゃ期待できるな」

「うむ。旦那たちも良いものがあったらぜひ持ってきてくれ」

「あ、ああ。わかった」

リゼットはアイテム鞄から一冊の本を取りだす。防水紙に包まれた古い本を。

「ではこちらはどうでしょう。宝箱から見つかったのですが」

「エルフの本か……こういうのは買い取り先が限られるからのう……残念じゃが値が付けられん」

「ではこちらはどうでしょう」

再びアイテム鞄から、油紙にくるんで凍らせた、ペガサスのたてがみ部分の脂を取り出す。

「ペガサスの脂です。馬油にして美容品として販売すれば、女性が好むかと」

馬油は美容品として重宝されている。美しいペガサスのものとなれば、貴族女性も欲しがるかもしれない。リゼットならそのようにして売る。

「ほう……これは、状態も良いな。よし、買い取ろう!」

「ありがとうございます。あとこちらはペガサスの風切り羽根と、羽毛です」

麻袋に入ったペガサスの羽根を見せる。

「ほほう。ペガサスの風切り羽根となれば、旅の守りとしても売れるし、羽ペンにすれば酔狂者が喜ぶかもしれん……羽毛も状態がいい。これも買い取るが……」

ドワーフのギラギラした目がリゼットを見つめた。

「ここまで来たのなら、あれは? あれもあるじゃろう?」

「ええ、もちろん」

リゼットは口元に笑みを湛え、満を持してアイテム鞄から出したそれを広げた。

「ペガサスの革です!」

「お、おお……おおおお、お……」

「これはなかなかの上物……」

カナツチもカナトコも、丸い目をキラキラと輝かせてペガサスの革を見ている。

「やはりお主は見る目がある! 全部でこれぐらいでどうじゃ」

カナツチは木製の計算機を取り出し、取り付けられている珠をパチパチと鳴らして金額を弾き出す。

それはリゼットも使ったことのある種類の計算機だったので見方はわかった。

「いいえ、これくらいは――」

パチンと珠を弾いて金額を修正する。

「いやいや、これくらいで勘弁してもらわんと――こいつもつけるから」

「まあ、卵ですか。それに、ミルクの実まで! この赤い香辛料は?」

「これは辛くて刺激的なやつだ。うまいぞ」

「とっても興味深いです!」

――交渉成立。

ゴールドと共に、香辛料の袋と、大きな卵と、ミルクの実を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。

「ふふっ、いい取引ができました。これで食事も幅が広がります」

「君は本当にたくましいな……」

レオンハルトが若干呆れつつも感心したように言う。リゼットは微笑んだ。

「さて、そろそろ行くとしよう。お主たち、死ぬでないぞ」

「あの、よかったら私たちと一緒に行きませんか?」

出発しようとするドワーフ兄弟に、リゼットは声をかける。

「無理じゃ。ドワーフの拓く道を通れるのはドワーフのみじゃからのう」

「うむ。縁があったらまた会おう」

「ええ、それではまた」

ドワーフの二人は階段を使わずに森の中へと消えていった。どんな道を使ってどこへ向かうのか。気にはなったが聞かない。

「では私たちも行きましょう!」