軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25 第二王子の花嫁の座

ルビとルイが一緒に竜の力の鍛錬を始めてから、ひと月が経った。

ルビの竜病は、日に日に回復していった。肌の鱗は近くで見ないと分からないほど消えて、愛らしい素顔があらわになった。もっとも、イースにとっては病気がひどいときも一番愛らしいのはルビだったけれども。

引っ込み思案だった性格も病気の回復やルイとの友好の深まりに伴い、少しずつ明るくなった。

「――っう、ごほっ……」

一方で、イースの体調は、日を追うごとに悪くなっていった。

目覚めてから洗面所に駆け込んで咳をすると、洗面器が真っ赤に染まり、血の気が引くのを感じた。

鏡に映る自分を見ると、やつれていて顔色も悪い。

元気になって、より前向きに生きていこうとしているルビともっと一緒にいたい。けれど無常にも、自分の命は消えかけていた。

(ルビ……)

おもむろにブラウスのボタンを外して、番契約の印を確かめる。

サリアスを憎みながら印に爪を立てると、血が滲んだ。

◇◇◇

汚れた洗面台を綺麗にし、朝の支度を整えてから、仕事へと向かう。

今日は、ルイの部屋に行く前に、メイド長室に呼び出されていた。集まったのは、イースだけではなく他のメイドたちも。顔ぶれを見ると、若くて未婚の者だけだった。

「今年もついにこの時期が来たわね」

「ええ、今年こそ絶対に私が選ばれるんだから……!」

集められたメイドたちは、どこか浮き足立った様子で、こそこそとお喋りに花を咲かせている。

なぜ彼女たちがそんなにはしゃいでいるのか分からず、気になって、近くにいたメイドに話しかけてみる。

「あの……皆さんがとても盛り上がっていらっしゃるのはどうしてですか?」

「あなた、知らないの? 二週間後が――バラの祝日ってこと」

「バラの祝日……?」

それは、ザナルティア竜王国伝統の祝日――未婚の若者の幸せを祈るための日。王宮ではその特別な祝日に、盛大なパーティーを開くのが恒例だという。

「パーティーまでの一週間、王宮のあちこちに、バラの刻印が入った招待状が隠されるの。それを見つけた幸運な女性は、私たちみたいな使用人も身分関係なくパーティーに参加できるのよ」

「国中の未婚の貴族令息も招待されるから、運良く見初められれば、貴族夫人になれるチャンスだわ……!」

メイドは両手を重ね合わせて、うっとりと目を伏せ、想像を膨らませている。

しかも、招待状を見つけた女性には、一流の仕立て屋から無料でドレスや靴、装飾品まで提供されるそうだ。

「――とにかく、私たちみたいな庶民でも、たった一日だけお姫様になれる魔法みたいな特別な日なんです」

「そのために王宮のメイドになったようなもんだし」

「ね。私も素敵な貴族と結婚したぁい〜」

楽しそうに話す彼女たちを微笑ましく思うと同時に、貴族たちの闇の面も知っているイースの心中は、複雑だった。

裏切りや牽制、権謀術数が渦巻いていて、あちこちに不倫関係があった。少なくともイースは、大貴族と呼ばれるサリアスに選ばれても幸せではなかった。

それでも確かに、華やかなドレスやアクセサリー、かっこいい貴公子とのダンス、乙女が憧れるようなキラキラしたものは、イースも好きだ。

「招待状、見つかるといいですね」

どこか他人事のようにそう言ったとき、扉からメイド長が入ってきた。彼女は相変わらず気難しそうな雰囲気で、口角が下がっている。

集められた人々の前に立ち、眼鏡をくい、と指で持ち上げる。メイド長の鋭い眼光に、イースは息を呑んだ。

「本日皆さんを呼んだ理由は、もう分かっていますね。二週間後に控えたバラの祝日についてご説明するためです。今回のパーティーは、去年とは違います。なんと――第二王子殿下も参加されるそうです」

ざわり。第二王子の参加を聞き、室内がざわめく。第二王子ヴィルハインは、社交界に滅多に顔を出さないと言われている。そして、彼は結婚適齢期でありながらまだ婚約者がいない。

「国王陛下は第二王子殿下に、バラの祝日で花嫁候補を選ぶようにと仰せになりました。これがどういう意味かあなたたちにも分かりますね? あなた方の中から――第二殿下の花嫁が選ばれる可能性がある、ということです」

王族の婚約者になるということは、普通の貴族夫人になるのと訳が違う。国家の象徴になる、この上ない名誉を得られるのだ。

しかし、番制度を重んじるザナルティア竜王国は身分差に寛容とはいえ、家柄も当然判断材料のひとつになるため、平民が選ばれることは相当稀だ。

「まぁ、これはあくまで可能性の話ですが――」

「私が王子妃になれるかもしれないってこと!? そうなったらどうしましょう」

「皆さん、くれぐれも殿下に失礼のないように――」

「第二王子殿下はとても恐ろしい方って噂よ。でもすっごく美しいとか。お会いしてみたいわ〜」

「私の話を聞いてくださ――」

「大変だわ、今日からダイエット頑張らないと」

「皆さん!!」

額に怒筋を浮かべたメイド長が、バラの祝日の注意事項について説明するが、メイドたちはすっかり王子の花嫁候補になった気分で聞く耳を持たない。

唯一真面目に話を聞いていたのは、イースくらいなものだった。

だって、真剣に話をしているメイド長が気の毒だったから。

◇◇◇

「その――ヴィルっていう近衛騎士が、バラの祝祭パーティーに出るかどうか調べてほしい? あー、たぶん出るだろ」

メイド長室の呼び出しを終えて、庭園の竜木まで行ったイースは、ルイにそう尋ねた。

「てか、その男のことあんたは何も知らないんだな」

「ええ、名前くらいしか」

「ふ。その名前も偽名だぜ」

「え……!?」

イースは、目を見開く。

「あの方のこと、知ってるんですか?」

「知ってるも何も……いや、そのパーティーに行けば分かると思うぜ」

「…………」

ヴィルにはこれまでたくさん親切にしてもらったが、知らないことばかりだ。パーティーに行って彼のことが何か分かるなら出席したい。そう思ったとき、ルビが口を開いた。

「姉様もパーティーに出たいの?」

「招待状はたったの五枚しかないんですって。王宮の使用人は数百人もいるのよ? 使用人以外の人も王宮に招待状を探しに来るそうだし、見つかりっこないわ」

「でも、あれば行きたいってことだよね」

「ま、まぁ……それは」

イゾルテ王国にいたときは、サリアスの支配下にいたせいで常に心にゆとりがなかったが、なんのしがらみもなくパーティーに出られるなら、見える景色も違うのかもしれない。

好きなドレスを着て、好きな人とダンスを踊れたなら……。そこまで考えて、イースは自分には縁のない世界だと諦めながら目を伏せた。

そんなイースの様子を、ルビがじっと見つめていた。

講義後に、教師がイースに話しかけてくる。

「ルビ君はとても才能がおありのようです。将来有望ですな」

毎日のルーティーンである瞑想のあとに、ルイとルビは異能の訓練も行っているのだが、ルビは着実に治癒能力を磨いていっている。

数ある異能の中でも治癒はとても珍しいそうで、ルビは教師から一目置かれていた。

竜族の血が濃く現れているルビ。

母親は素性がはっきりしないまま亡くなってしまったが、もしかしたら王族に近い高貴な女性だったのかもしれないと想像した。

「ルイ様だけではなく、弟まで指導していただきなんとお礼を言っていいか……。本当にありがとうございます」

「竜族の才能を伸ばすことが私の仕事ですから。それに、ルビ君へ講義をお命じになったのはルイ様ですし。いつもどこか寂しそうにしていたルイ様が最近とても楽しそうなご様子で、私も喜ばしく思っております」

教師が視線を動かした先、ルビとルイが芝生の上でボールを蹴って遊んでいる。ふたりが仲良くなったことは、イースにとっても嬉しいことだ。ずっと、ルビに友達ができてほしいと思っていたから。

「竜の異能は、様々な種類があると伺いました。ルビとルイ様の他には、どんな力があるんですか?」

「そうですね……火や風、土を操る力、身体能力を向上させる力、植物の成長を速くさせる力、千里眼、物に宿る思念を読み取る力……色々あります。ただ、竜の血が薄ければ、どんなに優れた異能であっても威力はとても弱くなります」

「……先生は、人を操る異能をご存知ですか?」

それは、ヴィルの異能だ。

すると、教師は顔色を変えどこか恐れるように答えた。

「その力は、我々が『指令』と呼ぶ恐ろしい力です」

「恐ろしい……力?」

「この国を建国した国王もその力を持っていたのですが、あまりに強かったために、彼の死後長らく、他者に干渉する能力は倫理的な観点から危険視されてきました。そして、数百年ぶりに、建国の王と同じ『指令』を持って生まれたのが――」

彼は少し間を置いてから、その名を口にした。

「ヴィルハイン・セレスティア第二王子殿下です」

そのとき、第二王子の近衛騎士を名乗るヴィルと第二王子本人が結びつき、イースは言葉を失った。