軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第388話 妖人大陸5

轟々と燃えさかっていた森の炎が消失する。

突然の事態に戦闘をおこなっていた者達の手が止まった。

続けて森から異音が聞こえてくる。

視線を向けると――背中からは4枚の翼が生え、体躯は大きく確実に2mは超え、下半身は黒々とした獣のものだった。

頭部からは悪魔のような角が生え、口から息に呼応するように黒い魔力が漏れ出る。リュート達によった倒されたはずの『 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエ』が、再びその姿を現したのだ。

「奴は 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエだ! 魔力のない我々がどうこうできる存在じゃない! 全員、今すぐ逃げろ!」

皆が闖入者に戸惑っていると焦った声でギギが指示を飛ばす。

『 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエ』と言えば、一時、ザグソニーア帝国を滅ぼしかけた本物の魔王である。

しかし、『 黒毒(こくどく) の魔王』はリュート達によって倒されたはず。

なのになぜこの場に居るのだ?

指示を出されはしたが半信半疑だったため、敵味方含めてすぐには動き出さなかった。

唯一、ギギの指示に動いたのは彼以外の当事者であるタイガとウイリアムである。

「ギギさんの話は本当よ! みんな急いでこの場から離れて!」

「メルティア王国兵士達を見捨てるな! このままでは気絶した者達はあの 黒毒(こくどく) の贄にされてしまう。抱えられるだけ抱え、移動せよ!」

当事者2人が声をあげたことで、皆は慌てて動き出す。

特にウイリアムの指示で帝国兵士達が動き出したのが大きい。

人は大勢が動くと、それに習う生き物である。

ギギとタイガは、孤児院卒業者達をエルの元へと逃がす。

ウイリアム達は彼自身が気絶させたメルティア王国兵士達を最低一人で両脇に2人、計4人抱えて移動する。

途中、角馬に兵士を俯せに乗せて、空いた腕でまだ倒れている者達を連れて行く。

お陰で気絶した兵士は問題なく保護できそうだった。

一方、先程まで包囲網によって潰されかけていたメルティア王国魔術師長、サジュマン・サニエ=アマンはというと……。

「奇跡だ! 今、まさに奇跡が我々にもたらされたのだ!」

感動で震えていた。

彼自身、突然姿を現した人物が『 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエ』と言われ戸惑った。

しかしギギ達当事者の反応を見る限り、本物だと納得する。

ではなぜ倒された『 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエ』がこの場に居るのか?

サジュマンは自身の考えを大声で叫ぶ。

「各大陸にはランス様が力をお与えになった怪物達が派遣された。しかし、なぜこの地にはその怪物が空に映し出されなかったのか疑問に思っていた。だがその答えがようやく分かった! この『 黒毒(こくどく) の魔王レグロッタリエ』こそがランス様が遣わした怪物なのだ!」

『おおおぉ!』

サジュマンの意見に無事だったメルティア王国軍達が納得の声をあげる。

確かにその主張は筋が通っていた。

サジュマンは興奮した声音で、魔王へと角馬で駆け寄り横へと並ぶ。

「この魔王は一度滅ぼされたが、ランス様の天神様に匹敵する力によって復活したのだ。恐らくランス様が、我々の窮地に気付き、この魔王を遣わせたのだ! これこそ神の思し召し! 魔王よ! その異形の力を神敵へ見せよ! 神国メルティア王国の栄光ある神兵士達よ! 魔王に続き、神に反逆する悪を討ち滅ぼすのだ!」

『オオオオオオォッ!』

サジュマンは剣を抜き、高々と声をあげる。

剣先は今まさに逃げ出すギギ達へと向けられていた。

この演説で落ち込んでいたメルティア王国兵士達の士気が回復し、大地を揺らすような声を張り上げる。

「ギギ殿、足を止めるな! 殿(しんがり) は我々が勤める! ギギ殿はとにかく速く皆の元へと戻るのだ!」

「アームス殿……ッ、恩に着る!」

カレンの兄であるケンタウロス族、アームス・ビショップが殿を買って出る。

誰かが殿を引き受けなければ追撃を受け、最悪全滅する可能性すらある。

ギギは歯噛みしながらも、アームスに託すしかなかった。

アームスは危険な殿役を引き受けたにもかかわらず、爽やかな笑顔で請け負う。

「任された! ビショップ家の名に懸けて誰一人、ギギ殿達の後を追わせは――ッ!?」

だが、彼の台詞は途中で切れる。

なぜなら魔王レグロッタリエが動き出したからだ。

――だが、それはギギ達へ向けてではない。

魔王レグロッタリエは、隣に並ぶメルティア王国の指揮官サジュマンの腕を掴むと角馬から引きずり下ろす。

力が入り過ぎて、サジュマンの腕は耐えきれず骨が折れてしまう。

「ぐがぁっぁ!? な、何をしている!? 自分は味方だぞ! 敵はあっちだ!」

サジュマンは声をあげ無事な腕でギギ達を指さすが、魔王は我関せず。サジュマンを両腕の剛力で押さえつけると、口を開き鋭い牙で首筋にかじりつく。

「ギャァアアァアァ!」

怖気を振るう悲鳴。

撤退していたギギや倒れている歩兵達を救出するウイリアム達の足を止めてしまう。

唯一、魔王だけは気にせずサジュマンを喰う。

骨や鎧など気にせず囓りつき、血を啜り、汚れるのも気にせず咀嚼を続ける。

あまりの光景を目にしたせいで、撤退するどろこかその場で吐く者、腰を抜かしへたる者、震えて動けなくなる者などが続出する。

ここで初めてギギは気付く。

以前の魔王レグロッタリエの瞳孔は縦に伸び、血のように真っ赤に染まっていたはずだ。

だが、現在はまるで死んだ魚のような濁った色をしていた。

口から漏れる言葉は言語になっておらず、理性をまったく感じない。

すでに亡くなっているサジュマンを両手で掴みながら、その口からだらだらと血を零している。

にも関わらず拭うおうともしない。

知能が下手な動物より低くなっている。

魔王レグロッタリエは見た目こそ復活しているが、魂、意識と呼ばれるモノは作り出せていない。

まるで出来の悪いゾンビだ。

魔王レグロッタリエは動かなくなったサジュマンを手放す。

赤く血で濡れた手で自身の顔を掻きむしった。

抉れるまで爪を立て、空へと向けて雄叫びをあげる。

「ピギャアッァアァァッァッァァッァッァアアッ!!!」

雄叫びと同時に、彼の全身から黒い煙が溢れ出す。

運悪く風が吹き、流された煙を近くに居た兵士が吸い込む。

「グガァァッ!?」

彼は喉を掻きむしり、血の泡を口から垂れ流す。

白目を剥きながら、地面をのたうち、もがき苦しんだ後――絶命した。

その光景にギギは背筋といわず、全身から冷や汗を溢れ出す。

魔王レグロッタリエの代表的な力である『黒毒』。

触れた者は毒に犯される。

解毒の魔術で治癒が可能だが、多量に浴びると命を落としてしまう。

前の魔王戦で、リュート達の頑張りも虚しく、黒毒におかされ命を落とした兵士達は多い。

だが、復活した魔王レグロッタリエの『黒毒』は前回の比ではなかった。

兵士は一嗅ぎしただけで、悶え苦しみ絶命してしまったのだ。

ランスは魔王を復活させる際、『黒毒』に手を加えて大幅に毒性を強くしたらしい。

「逃げろ! 今すぐ全員逃げろ! 魔王の『黒毒』が前とは比べモノにならないほど強まっている! 一息吸い込んだだけで死んでしまうぞ!」

ギギの必死の警告に、味方陣営だけではなく、メルティア王国兵士達までも蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ピギャアッァアァァッァッァァッァッァアアッ!!!」

魔王レグロッタリエは逃走を許さず、再び虚空へと吼える。

連動し、周囲を漂っていた黒煙が矢の形に変形。

周囲へ無差別に放たれる。

「ぐあぁぁッ!」

「た、助けッ――ぎゃぁあ!」

「ら、ランス様が遣わした味方じゃないのかよッ! ぐぎゃぁぁああッ!」

結果、一番魔王の側に居たメルティア王国兵士達が無数の矢を浴び、内側から黒毒に犯されて悶え苦しみ死ぬ。

たった一度の攻撃で無数の死体の山を気付く。

一息でも吸い込んだり、黒毒矢が刺さった場合、即死する。

復活前に比べて殺傷能力が極悪なまでに高まっていた。

「来るな! 来るなぁぁぁッ!」

最初の攻撃を魔術道具の杖を持つ兵士達が一斉に火炎を浴びせる。

意外にも炎は魔王レグロッタリエの皮膚、筋肉を焼く。

攻撃が通ることに気付いたケンタウロス族、アームスが部下達に指示を飛ばした。

「今だ! 一斉に矢を放て!」

彼の指示に従いケンタウロス族が、魔術道具の炎が切れた絶妙なタイミングで矢を放つ。

今度は魔王が無数の矢で全身を射抜かれる。

普通なら即死のダメージ。

だが、 神核(しんかく) の力を手に入れたランスがわざわざ力を注ぎ復活させた魔王だ。

この程度では倒せるはずなどない。

全身に突き刺さった矢は再生した筋肉によって押し出される。

焼けた全身もまるで何もなかったかのように復活していた。

ランスは魔王レグロッタリエに特別強力な防御方法を与えていない。

代わりに無限の再生能力を付与したのだ。

魔王レグロッタリエはたとえ細胞が一欠片でも残れば数秒で元通りに再生してしまう。

獣人大陸で新・純潔乙女騎士団が、ルッカの甲冑軍団相手にしたようにバラバラにして氷漬けにしても、その細胞を核に再生。

複数の魔王を生み出す悪手となる。

防御能力を付与しなかったのは、攻撃が通用するという希望を与え、最後は全て無駄だったと絶望させるためだ。

また攻撃能力は言わずもがな……。

ランス曰く、『僕自身の手でわざわざ怪物を作り出したんだ。手間暇、恨み辛みを込めて丁寧に、丁寧に』と。

もはや今の魔王レグロッタリエは、復活前とは比べモノにならないほど強化されていた。

彼はもはや『黒毒の魔王』などではない。

絶対の死――『 絶死(ぜっし) の魔王』と呼ばれる存在となったのだ。

「ピギャアッァアァァッァッァァッァッァアアッ!!!」

『 絶死(ぜっし) の魔王』が再び奇声をあげる。

全身から垂れ流れ続ける黒毒がより一層早く吐き出された。煙はまるで 黒煙結界(ネグロ・ドーム) のように、即死性の毒が周囲へと広がっていく。

その場に居る皆が今頃になって、森の燃えていた火炎が消えた理由に気付いた。

この強化された『黒毒』によって炎そのモノを死滅させたのだ、と。

メルティア王国兵士にはすでに戦意はなく、武器を手放し逃げ出す。

もう彼らがギギ達を狙うことはないだろう。

一方で、『絶死の魔王レグロッタリエ』の濁った瞳が、ギギ達をとらえる。

正確にはギギとタイガをとらえていた。

ランスは『エル、ギギ、2人の赤ん坊、タイガ』を優先に殺害。当然、邪魔をする者達も問答無用で殺すようにインプットしていたのだ。

目的を達したら後は、好き勝手に暴れていいと命じていた。

命令通り、ギギ達を殺した後の『絶死の魔王レグロッタリエ』は老若男女どころか動物、魔物、植物、空気に関わらず死に至らしめる『強化された黒毒』を撒き散らし、広げるだけの災厄になる。

『絶死の魔王レグロッタリエ』は主であるランスの命令に従い、周囲に展開していたメルティア王国兵士達をまずは一掃。

周囲に人が居なくなったところで、ようやくギギとタイガに視線を向けたのだ。

吐き出していた黒毒を矢の形に変形。

ギギ、タイガが居る集団へ向け一斉射撃しようと構える。

その数はあまりに多く、発射されれば多数の人死にが出るだろう。

ギギは慌てて皆を逃がすため指示を出そうとするが、もう遅い。

『絶死の魔王レグロッタリエ』は機械のように感情などなく躊躇いもせず発射させる――だが絶妙なタイミングで側面から高速で投げやりが飛来し、レグロッタリエに突き刺さった。

投げやりの勢いは強く、体を貫通してしまう。

ダメージは無いが、衝撃で狙いが大きく逸れてしまい黒毒の矢は、ギギ達とはまったく見当違いな森へと虚しく発射される。

黒毒の矢が突き刺さった木々が、病気を患ったように醜く枯れていく。

その光景に怖気を震わせるギギ達だったが、投げやりの投擲者であるケンタウロス族のアームスの掛け声に振り返る。

「ギギ殿、今のうちに撤退を! この魔王は自分が引き受けますので!」

「アームス殿!? いくらなんでも無茶だ!」

これにはさすがのギギも声をあげる。

相手はメルティア王国兵士とは比べ者にならい極悪な存在だ。

まだメルティア王国兵士を相手に殿を勤めた方が生存率は高い。

にも関わらず、アームスは魔王レグロッタリエを前に瞳をギラギラと輝かせる。

「何を仰るギギ殿。一度は諦めた魔王との戦いが叶うのですよ。本当にこの場に来てよかった。ですからギギ殿、自分達には構わず行ってください!」

ギギ達を避難させるためのお為ごかしではない。

アームスを含めたケンタウロス族達は誰しもが瞳に好戦的な光を灯していた。

ギギは何かを告げようとするが、言葉は出ず『申し訳ない!』とだけ叫び孤児院へと退避する。

アームス達が殿を勤めている間に、孤児院に立て籠もっているエル達を逃がそうと考えたのだ。

ギギ達が退避するのを見届けたアームスは、次に背後へ振り返る。

「ウイリアム殿達も早く退避を」

「何を仰るアームス殿。自分達も是非、戦わせてください!」

「……魔王の矢は恐ろしく強力です。魔術が無い今、ケンタウロス族の我々以外、あの矢を回避するのは難しいでしょう。ウイリアム殿達ではただ死にに行くだけです」

アームスの指摘通り、人の足では魔術が使用できない今は遅すぎて的にしかならない。

もっともな指摘を受け、ウイリアムは苦い顔をした。

一方、アームスは悪戯っぽい笑顔で、駄目押しをする。

「ウイリアム殿、今度こそは魔王討伐参戦の栄誉を譲って頂きますよ」

前回の魔王討伐は、人種族側で『魔王の首級』を独占するため、他種族を排斥した。

一応、適当な理由を付け断ったが、端から見れば意図など一目瞭然である。

これにはウイリアムも申し訳ない表情を浮かべることしかできない。

「……アームス殿、どうかご無事で。また後ほどお会いした際は、その時のことを再度謝罪させてください」

「ははは! ただの負け惜しみなのでお気になさらず――では、また後ほど!」

男臭い笑顔を零すと、アームスは放たれた矢の如く魔王へと突撃する。

その彼の後にケンタウロス族の部下達が迷い無く続く。

「全体で固まらず、少数で移動しろ! 纏まっていたら的になるだけだぞ!」

『応ッ!』

「さぁ、勇猛果敢なる勇者共! 魔王との一戦、存分に楽しもうぞ!」

アームスの心底楽しげな声と共に、ケンタウロス族は最小5人単位に分かれて魔王の周囲を駆ける。

放たれる黒毒矢の回避に重きを置き、攻撃も致命傷を狙うのではなく時間稼ぎの嫌がらせがメインだ。

馬の脚力を生かし、高速で移動し複数で囲って狙いを絞らせず攪乱する。

魔王レグロッタリエも黒毒矢でどれを狙えばいいか分からず、無駄撃ちが続く。

とはいえ、無傷という訳にはいかない。

黒毒矢がアームスの肩へと刺さる。

「若!?」

「狼狽えるな馬鹿者が!」

アームスは悲鳴に近い部下の叫びを怒鳴りつけた。

彼はナイフを抜くと、躊躇いなく突き刺さった黒毒矢ごと肩肉を切り落とす。

鮮血が空中を舞う。

アームスは機嫌良さげにナイフを投げ捨てながら、アドバイスを飛ばす。

「どうやら毒が回る前に切り落とせば問題無いようだ。オマエら、もし矢が刺さったその部分の肉ごと切り落とせ、腕や足に刺さって抜くのが無理だったら腕や足ごと切断すれば死にはしないぞ!」

あまりに乱暴な対処方法だったが、ケンタウロス族達は誰も彼もが好戦的な笑みを浮かべ声をあげる。

『絶死の魔王レグロッタリエ』を相手取り、黒毒矢の乱暴な対処方法を前にしてもその戦意は一向に衰えない。

しかし、彼らは知らない。

絶望に底などないことを――

不意に周囲が暗くなる。

まるで突然、夜が訪れたかのようだった。

この異変には『絶死の魔王レグロッタリエ』も思わず空を見上げてしまう。

ケンタウロス族達も同様だ。

いつの間にか夜が訪れた訳ではない。

空を大きな浮遊物が覆ったたため、地上が暗くなっただけである。

その大きな浮遊物は、羽根の生えた巨大な生物だ。

そんな常識外の飛行生物頭部に、一人の女性が座っていた。

彼女は木製の粗末な椅子を飛行生物頭部に置き、足を組んで当然とばかりに腰を下ろしていた。

女性は 魔人種族(まじんしゅぞく) らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリのような羽を背負っている。

年齢は20台前半。

冒険者斡旋組合(ギルド) 服に袖を通しているため短大を卒業して、就職した女性社員といった風体だった。

女性――受付嬢さんが妖人大陸へと降臨する。