軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第376話 北大陸2

(……温かい……いや、熱い!?)

元 筋肉(マッスル) 四天王の1人、人種族、 顔傷(スカー・フェイス) 、ジェンリコは暗闇の中、全身を包み込むような熱さに戦慄する。

(どうやら俺様はあの巨人族に踏み殺され、地獄におちてしまったようだな……。一度、 筋肉道(きんにくどう) から外れた身。兄貴のお陰で再び正道を歩むことができたが、やはりその罪は許されていなかったわけか……)

地獄におとされたというのに、ジェンリコは暗い意識の中で苦笑する。

(なら地獄で罪を償おう。もしまた兄貴に会う時があったら、ちゃんと胸筋を張って会えるように――)

『それが正道に戻してくれたせめてもの恩返し』とジェンリコは感傷に浸った微苦笑を漏らす。

しかし途中で違和感に気付く。

今、全身を覆う熱さに身に覚えがあったからだ。

さらに意識が暗闇から浮上する。

すると背中や首周りや半身に、金属より硬くゴムのように柔軟なのに、なぜか紳士的な優しさすら感じる。

この感触や熱さにジェンリコは覚えがあった。

意識が完全に覚醒する。

彼はゆっくりと瞼を開く。

目に飛び込んできたのは北国特有の曇天と、白い鳥の顔だ。

だがジェンリコはすぐに気付く。

巨木のようなぶっとい腕。

タイヤを限界まで詰めた胸筋肉。

鉄骨より太い首や鉄球がくっついているかと疑いたくなる肩周り。

ジェンリコの瞳から熱い涙が溢れ流れる。

「兄貴……ダンの兄貴……ゆ、夢じゃないのか?」

『やぁ我輩はピース君2号! 好きな物は筋肉トレーニングと甘い物だぞ!』

嘴から響いた台詞に場の空気が凍る。

感動で泣いていたジェンリコの涙が止まるほどだ。

白い鳩――自称、ピース君2号が、ジェンリコを尖塔の上に下ろすと着ぐるみの首を『カポッ』と外す。

下から出てきたのは太い眉毛に、金髪をオールバックにした髪型――ダン・ゲート・ブラッド伯爵が素顔を晒す。

「ははははっはっはは! 冗談だ、ジェンリコ! 久しいな! 元気にしていたか?」

「兄貴……ダンの兄貴!」

ジェンリコは感動で再び涙を流し、ダンへとタックルの如く抱きつく。

ダンは足場が不安定な尖塔の上、重量級のタックルを喰らっても身じろぎせず受け止める。

『オオオオオオオオッォォォォォオォッォォォォッ!!!』

ジェンリコと一緒に来ていたマッチョ達が尖塔の下に集まり、歓声を上げた。

まるでファンイベントにアイドル本人がサプライズ登場したような熱気である。

当然、アム、オール、他兵士達は完全に置いてけぼりだ。

ジェンリコがダンから体を離すと、問う。

「でも兄貴、どうして北大陸に? 魔力が消費した時期を考えると、時間が合わない気がするんですが……」

「何。とある知り合いの占い師が『友に危機が迫っている』と教えてもらってな! 準備を終えてからすぐに旅だったのだ!」

「兄貴……自分達のために……」

ダンの返答にジェンリコ達が再び涙を流す。

『まさか魔人大陸にいるはずのダン・ゲート・ブラッドが北大陸にいるとは……。あの兄弟達も運が悪い奴等だな。僕としてはここでダンを殺せれば、ランスに恩を売れるからありがたいけどね』

ダン達のやりとりにオールが勝手な感想を告げる。

彼の台詞に対して、ダンは大人が子供を窘める態度で断言した。

「貴殿が我輩を殺すのは不可能だ。傷を付けることすらできんよ」

『なに? 魔力もない分際で僕を馬鹿にしているのか?』

「事実を述べているだけだぞ。疑うなら試してみるがいい」

『上等だ!』

激昂したオールが、尖塔に立つダンへ向けて攻撃魔術を唱える。

ダンは『ピース君着ぐるみ』の頭をジェンリコへと預け、尖塔から退避させた。

――完全な余談だが、ダン・ゲート・ブラッド伯爵の『ピース君着ぐるみ』は完全な彼仕様になっている。

普通は一体型なのだが、体躯が大きすぎて収まりきれず、頭部分は外れるようになっていた。

『我が手に灯れ炎の槍! 炎槍(フレイム・ランス) !』

オールの声に従い無数の炎槍が産まれ、尖塔に立つダンへと襲いかかる。

ダンは逃げる素振りも、防御態勢もとらず自然体で攻撃を受けた。

尖塔が爆発、魔術の炎に包まれる。

『あ、兄貴ぃいいいぃい!』

ジェンリコ含めた筋肉達の野太い声。

「ふんぬばぁ!」

彼らの心配を払拭するように、ダンが気合いを入れた掛け声を発する。

魔術の炎は最初から無かったかのように吹き飛んでしまう。

そこには、『ピース君着ぐるみ』に汚れすら付いていないダン・ゲート・ブラッドが普通に立っていた。

「どうした。もう終わりなのかな?」

『ッ!? たまたま攻撃から逃れたからって調子に乗るな! なら逃げ場をなくしてやるよ!』

オールが激昂し、両腕をダンへと向け呪文を唱える。

『踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍(ストーム・エッジ) !』

氷×風の中級魔術。

無数の氷の刃が 機関銃(マシンガン) の如く、ダンへと向かい降り注ぐ!

短槍レベルの鋭い 氷柱(つらら) が、銃弾並の速度で襲いかかる。

しかしダンは逃げも隠れもしない!

防御態勢すら取らない!

その場に居た皆が、彼の全身を氷柱が貫く姿を想像した。

氷×風の中級魔術の 氷柱(つらら) がダンの鍛え抜かれた腹筋と激突! そのまま深く突き刺さ――らない!

むしろ 氷柱(つらら) が淡雪で作られた如く無惨に砕け散る。

無数の 氷柱(つらら) がダンの体に当たるも、その全てが刺さるどころか、着ぐるみに傷を付けることすらできず砕け散ってしまうだけだった。

最後の一本が砕ける。

その場に居る全員が黙り込む。

微かに流れる風の音だけがその場に流れる。

最初に沈黙を破ったのは、ダンだった。

「ふむ、もう終わりかね?」

『ッ!?』

さすがのオールも生身で正面から氷×風の中級魔術を抵抗陣も無しで受けきり、無傷なダンに恐れおののく。

本能的に後退ってしまいそうになるが、奥歯を噛みしめなんとか堪える。

『――その服だ! その着ている服に秘密があるんだ! その着ている服は魔術道具なんだろう!? だから僕の攻撃魔術を防ぐことができたんだな! だが、魔石の魔力には限りがある。その防御もいつまで続くかな!?』

「いいや違うぞ。我輩が着ているのはただの『ピース君着ぐるみ』だぞ」

気持ちを建て直し、常識的な理論でダンが攻撃魔術を受けても無傷だった理由を指摘する。

だが、その指摘もあっさりと否定された。

ダンはまるで出来の悪い生徒を前にしたように疑問を問う。

「なぜ自身の魔術が効かなかったのか本当に分からないのか?」

『クッ!』

「……そうか分からないのか。ならば教えよう。貴殿の攻撃が効かなかった理由を……」

ごくり、とオールが喉を鳴らす。

彼は思わずダンの言葉に集中してしまう。

「貴殿の攻撃が効かなかった理由……それは筋肉(魂)が篭もっていないからだ! 筋肉(魂)が篭もっていない攻撃など物の数ではない!」

『……そうか、手の内は明かさないわけか……』

話に耳を傾けていたオールの顔が、馬鹿にされたと勘違いして歪む。

『魔術が効かないなら! 直接、潰してやる!』

彼は尖塔に立つダンへと駆け寄ると拳を振り下ろす。

「とう!」

ダンは尖塔に拳が振り下ろされる前に離脱し、地面へと綺麗に着地する。

オールは足を振り上げ、蟻を踏みつぶすかのようにダンを殺害しようとするが、2m以上の体躯を持つとはいえ、巨人族に比べると小さく、さらに見かけによらず素早いため捕らえきれない。

ダンは未だ棒立ちのオール以外の巨人族の群れに紛れる。

結果、棒立ちの巨人族が壁になり、ダンの姿を見失い取り逃がしてしまう。

『クソ! クソ! この木偶の坊どもが邪魔なんだよ、クソが!』

オールの苛立ちは最高潮に達し、仲間であるはずの巨人族を殴り飛ばす。

完全な八つ当たりだ。

なのに巨人族達は反応せず、ただ一方的に殴られるだけだった。

顔は無いが――その表情はもの悲しく、苦痛を訴える雰囲気を醸し出す。

だが誰もオールを止めることはできない。

アム達にはその力はないし、義理もない。

巨人族は反抗せずなすがままだ。

「止めたまえ! そんな紳士的ではないことは!」

そんな中、唯一、オールのおこないに異議を唱える紳士がいた。

いつのまにか先程とは反対側の尖塔に立つ、ダン・ゲート・ブラッド伯爵が、傍若無人に振る舞うオールへとよく通る声で叱責する。

「仲間に対してなんということするのだ。紳士のやることではないぞ!」

『仲間? 紳士? こいつらは街の奴らを逃がさないための壁! 示威行為のための道具だ! 道具に何をしたところで問題ないだろうが!』

苛立ちと怒りでドス黒く歪んだオールが、ダンへと向き直る。

先程取り逃がした獲物が、再び自ら目立つ場所に姿を現した。

彼は強烈な殺意を真っ直ぐダンへと叩きつける。

もし一般人が、その殺意を向けられたらショック死するほどの強烈なものだ。

しかしダン・ゲート・ブラッド伯爵は、怯えるどころか――オールに対して憐憫の眼差しを向ける。

「悲しいな……無機物だから、筋肉(魂)が無いと思っているなど。たとえ彫刻でも、魂は篭もる。筋肉は宿る。筋肉(魂)は嘘を付かない!」

掛け声とともに一瞬で、なぜか『ピース君着ぐるみ』を全て脱ぎ捨てる。

北国の寒い地にもかかわらず、ダンはブーメランパンツ一枚の姿を惜しげもなく晒す。

「今、それを証明しよう! ふんぬばァッ!」

ダンは両腕を天に向けて折り曲げ、上腕二頭筋を『これでもか!』と強調する。

『ダブルバイセップス・フロント』というポージングだ。

ある意味、一般人がもっとも目にするポージングである。

故にそれだけ鍛えに鍛え抜かれた筋肉を余すことなく強調、ダイレクトに伝えられるポーズともいえる。

『さっきの奴といい、こいつといい……訳の分からんポーズをとりやがって。そんなに僕を馬鹿にするのが楽しいのか! ぶち殺してやる!』

ダンの突然のポージングに魅了されるどころか、腹を立てる。

再びダンへと近づき、叩きつぶそうとするが、

『!? ば、馬鹿なっ、ありえない!?』

足を止めると驚愕の表情で振り返る。

彼の視線の先には約100体以上の巨人族達が居る。

彼らはオールの命令に逆らわないようランスが『 神核(しんかく) 』をもちいて無理矢理従わせていた。

オールには絶対服従しろ、と命じられていたのだ。

だが、今、『 神核(しんかく) 』に縛られた強制力が、なぜか大きく揺さぶられているのだ!

指示を出す主のオールは、強制力が揺れていることに気付き驚愕で振り返ったのである。

ダンは流れるような動きで、『ダブルバイセップス・フロント』から両腕とも後頭部へと添えて、腹筋&脚をこれでもかと強調する。

『アブドミナル&サイ』だ!

後頭部に両腕を添えることで腹筋、 脚(サイ) を魅せるポージングである!

ダンの鍛え抜いたアルプス山脈のような起伏に富んだ腹筋、さらにはそれを支える野生のシロサイより太く、引き締まった脚!

そんな男の中の男。

筋肉の中の筋肉を魅せられ黙っていられるはずなどない!

オールは巨人族との繋がりが引きちぎれるの感じる。

枷から自由になった約100体以上の巨人族が、ダンに習うかの如く同じポージング『アブドミナル&サイ』を決める!

『ば、馬鹿な…… 神核(しんかく) によって縛り付けていたんだぞ……な、なのにその縛りが千切れるなんて……ありえない!』

「筋肉を縛るなど、たとえ 神核(しんかく) を使ったとしてもできることではない。筋肉はいつだって自由なのだから」

オールはダンの言葉に蹌踉めく。

前方のダン、後方の巨人族に挟まれる形になる。

さらにダンはポージングを変える。

次は体を斜め横に向けて、右手で左手首を掴む。

サイドチェストと呼ばれるポーズだ。

同じように約100体以上の巨人族もサイドチェストを取る。

「人種、性別、産まれ、宗教、立場、地位名誉、年齢――どれだけ表面が違っても筋肉だけは同じ! 故に筋肉に差別はないのだ!」

『ッ!?』

自分より圧倒的体躯も小さく、現在は魔力も無いダン・ゲート・ブラッド伯爵にオールは圧倒される。

気付けば自分が融合した巨人族との繋がりすら切れてしまう。

彼は慌てて体に向かって叫ぶ。

『動け! 動け! 僕の言うことが聞けないのか! オマエ達も僕のことを無視するのかぁぁっぁッ!』

不意にオールの脳内を過去が駆け抜ける。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

とあるパーティー。

白亜の城に皆が集まった。

まだ幼いオールが、客達に元気よく挨拶をする。

しかし、その挨拶は無視され仮面のように作られた笑顔で尋ねられる。

『アム様はどこにいらっしゃいますか?』

『次期当主であらせられるアム様はお忙しいでしょうが、是非一言ご挨拶だけでも』

『今日は私の娘が来ておりまして、アム様にご挨拶させて頂ければと』

いつも優先されるのは魔力を持った魔術師の兄アムだった。

それでも努力すれば、いつか自分自身を認めてくれる、見てくれると信じていた。

自分に付けられた家庭教師の授業を受け、テストで満点を取った。

貴族としての礼儀作法も、担当教師が驚く速度で習得。

美術、芸術品の目利き、製作にも合格を貰う。

領地経営や戦争時の戦略・戦術の勉強にも独自に勉強し、財務&軍事担当者達と対等に話をできるまでになる。

――なのに、

『さすがアム様だ! もうあれほどの魔術を使えるとは!』

『将来、魔術師Bプラス級は間違いないですね』

『いやいや、アム様ならA級入りするかもしれませんよ』

『なんにせよ、アム様がいらっしゃるならノルテは安泰ですね』

どれだけ努力しても誰も自分を見てはくれなかった。

魔力がないから、魔術師ではないから誰も自分を認めてはくれない。

いない者として扱われる。

誰しもが次期当主である実兄アムへ取り入ろうとするばかり……。

気付けばいつの間にか努力するのを諦めた。

魔力を持たない、魔術師ではない自分自身に愛想が尽きてしまったのだ。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

脳内を一瞬で過去が過ぎ去る。

頬に熱い雫の流れを感じる。

オールはいつのまにか涙を流していたのだ。

その事実に彼が驚く。

どうやらオールの意思に反して、体が……筋肉が涙を流しているのだ。

そんなオールを前に、慈愛に満ちた表情でダン・ゲート・ブラッド伯爵が告げる。

「筋肉が悲しんでいる。ならば救おう――魂も、その筋肉も全て!」

ダンは『アブドミナル&サイ』から、オールに対して背を向けると力強く両腕折り曲げる。

『ダブルバイセップス・バック』と呼ばれる背中の筋肉を魅せるポージングだ!

背中の筋肉が盛り上がり、まるで天界から舞い降りた天使の羽根の如く形を作る。

尖塔の上、雪が積もった白い世界に筋肉の天使が舞い降りる!

オールは両目から涙を流し続け、ただ一言呟く。

『美しい……』と。

ダンが背中を向けたまま、笑顔をオールへと向ける。

「はははははは! 筋肉はいいぞ! 努力すればするだけ、ちゃんと応えてくれるからな! 頑張った分だけ成長してくれる! 育ってくれる! 筋肉は素晴らしいだろう! 少年よ! 筋肉(自分) を鍛えろ! そして、まずは自分で自分を認めるのだ!」

『ははは……僕の完敗だ……』

オールの呟きと同時に、同化した巨人族の体が足下から崩れる。

こうして北大陸の戦いは幕と閉じた。