作品タイトル不明
第360話 選択
空にプロジェクターのごとく映るランスが、なぜこの異世界から魔力が消失したのかを簡単に説明する。
彼自身が『 神核(しんかく) 』を手に入れるため、この世界の海の中心に浮上させた地にある術式を利用し、魔力の欠片を全世界から奪った、と。
『うふふふ、もうすぐ大きな神様がみんなを救ってくれるの。小さな神様を世界中から集めて大きな神様になるの。そしたら世界は幸せになるんだよ』
精神が壊れ、魔物大陸で娼婦として働いていた魔人種族、悪魔族、ミーシャの言葉を思い出す。
その話を聞いた翌日、ミーシャが遺体となって発見された。
今ならなぜあのタイミングで彼女が殺害されたのか、誰が犯人なのか理解できる。
殺害した犯人はランスと繋がっていたララだ。
彼女はあの段階で世界中から魔術核の欠片を集めるヒントを第三者に与えないようミーシャを殺害したのだ。
ちなみに話は変わるが、ランスの声はまるで正面で会話をしているようにちょどよく耳に届いてくる。
これも『 神核(しんかく) 』の力なのだろう。
『さて、これから復讐を始める訳だが……本格的に始めるにはまだ少し時間があってね。だからまず復讐相手の一人である彼に嫌がらせをしようと思う』
ランスの言葉に目を剥く。
オレは誰よりも彼の言葉に集中する。
『 神核(しんかく) を手に入れた今、僕には第三者を好きに魔術師化させることができるんだ。魔術師A級だろうがS級だろうが、僕が決めた力を、すぐに与えることができる。だからもし彼や彼女達を殺した者には――希望する力を分け与えてあげよう』
ランスの胸前に正方形のパネルが出現し、クルクルと周囲を回り出す。
パネルにエル先生やギギさん、ソプラ&フォルン、タイガに魔人大陸にいる旦那様や奥様。
北大陸のアム、アイス、シユ。
雪山奥地に居るスノー両親。
竜人大陸はリズリナ。
オレの親しい、大切にしている人達のパネルがクルクルと回転する。
『後は PEACEMAKER(ピース・メーカー) 、新・純潔乙女騎士団メンバーを一人でも殺せたら、魔術師AやSでも好きな級の力を与えよう』
世界中が沸き立つのを肌で感じる。
この異世界は魔術師の社会的地位は高い。
級が高ければ高いほど社会的影響力も増大する。
たとえ最低ランクの魔術師Bマイナス級でも、魔術師になれば引く手あまたで仕事に困ることはない。
勝ち組生活が待っている。
また今まで魔術師になりたくても魔力が足りず諦めた者、魔術師として高い地位に居たのに奪われ現在途方に暮れている者。
さらに魔力が失われ約1ヶ月。
魔力無しの生活に対して、不満の感情がほぼピークに達していた。
もしランスの言葉に従い自身が希望する魔術師の力を手に入れることができるなら……オレ達を殺そうとする者が大量に現れるだろう。
上空に自身の姿を写し、全世界の人々に話しかけることができる奇跡を目の前にしているのだ。
『魔術師として好きな級の力を与える』という言葉が、虚偽である可能性は限りなく低い。もしくは『低い』と信じ込ませるだけの説得力がある。
何より、今は魔力を奪われているため戦闘能力は激減。
高名な冒険者でも、不意をついたり、集団で襲えば殺害できる可能性は十分高い。
ランスは楽しそうな笑顔で話を続けた。
『迷っている人達は早く決断し行動するのをお勧めするよ。なぜなら PEACEMAKER(ピース・メーカー) に恨みを持つ者達を僕が直接力を与えて、すでに解き放っているからね。早くしないと彼らに獲物を捕られて魔術師になれないよ』
エル先生達のパネルが消えて、今度はランスが直接力を与えたという者達の姿が映る。
獣人大陸には赤い甲冑の群れ。
まるで真っ赤な蠍の群れが移動しているようだった。
映る景色からココリ街へと向かっているのが分かる。
その中に一体だけ明らかに体格が違う甲冑が居た。両手に大剣を持ち、映像からでも尋常ではない殺気が漲っている。
すぐに元純潔乙女騎士団団長だったルッカを連想した。
彼女は確か 始原(01) の本部地下牢に閉じこめられていたが、姿をくらましたらしい。
どうやらランスが連れ出し、力を与えたようだ。
次は北大陸の映像が映る。
元北大陸を治める上流貴族のオールが、吹雪く白い雪のカーテンを切り裂き、雪原を進む。
彼は巨人族の胸元に上半身を覗かせている。
手足は埋まっているため、まるでサナギ孵化の途中経過を見せられている気分だ。
彼は狂気を宿した瞳で寒さなど気にせず、ひたすら前へと進んでいた。
さらに映像が切り替わる。
次は魔人大陸。
ダン・ゲート・ブラッド伯爵の兄である太った男・ピュルッケネン、細い男・ラビノが荒野を進む。
彼らは二人一つに融合し、巨大な肉スライム状態で移動してた。
全身に触手が蠢き、近付く魔物達を一撃で屠っていく。
最後は竜人大陸。
海上を歩いて移動する巨人の姿があった。
巨人の表面はまるで金属のような光沢を持ち、両腕に指はなく剣のように鋭く尖っていた。
ランスが一通りの映像を確認したのを待って、話を再開する。
『そして最も PEACEMAKER(ピース・メーカー) と繋がりが深い妖人大陸、アルジオ領ホードにある孤児院には、僕が力を注ぎ復活させた彼ら以上の怪物を向かわせてもらったよ』
あれ以上の怪物が、エル先生やソプラ、フォルン達がいる孤児院に向かっているのか!?
『ちなみに目標の人物達を狙う場合、彼らにはちゃんと共闘するよう言い含めているから安心してメンバー達の命を狙ってくれ。ただし共闘したとしても、怪物達が PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバー・関係者達を殺したら、魔術師にするという話は無しになるよ。あくまで PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバー・関係者達を殺害した人に力を与えるから。さっきも言ったように早い者勝ちだ』
空気が変わるのを理解する。
『怪物達の戦いに巻き込まれ命を落とすかも』から、『圧倒的戦力差から PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバーを殺害できる。そして自身が魔術師S級に……』という欲望の炎に火がつき、空気が熱くなり始めたことに。
ランスはこうなることを分かって、怪物達を放った。
『どうせ提示されたメンバー達は、魔術も無いため怪物達に殺される。だったら、自分が――』と心理的ハードルを下げてきたのだ。
さらに『早い者勝ち』を強調することで、競争心を煽る。
『確か PEACEMAKER(ピース・メーカー) の理念は「困っている人、救いを求める人を助ける」だったよね?』
ランスはまるでオレを見ているかのように笑いかけてくる。
『僕を倒せばこの世界に魔力が戻るかもしれないし、怪物達が止まるかもしれない。僕は 中央海(ちゅうおうかい) の中心に居る。君が持つ飛行船なら約1日か半日ぐらいで辿り着けるはずだよね? でも、僕を倒しに来る場合、確実に大切な人達は無惨に死ぬことになるけど。それをちゃんと理解した上で判断して欲しいな』
彼は笑顔で続ける。
『この世界ではご立派な理念を掲げていたけど、君はどっちを選ぶのかな? 理念に従い大切な人達を見捨てるのか? それとも昔、僕を見捨てたように今度は世界の人々全員を見捨てるのか?』
飛行船ノアで今すぐ迎えばエル先生達は余裕で助け出せる。しかし、北大陸にギリギリ到着ぐらいで魔力が切れて動けなくなる。
その場合、旦那様達を見捨てるのか?
だったら、逆にエル先生達を助けて、ランスが居る海に行けば――駄目だ。孤児院の子供達やエル先生達全員を乗せた場合、重量が多くなりすぎて魔力が足りずに辿り着けない。
だったら、飛行船ノアをエル先生達へ。オレともう一人でレシプロ機で――いや、レシプロ機の航続距離じゃランスの居る場所まで辿り着けない。逆にレシプロ機でエル先生達のところへ向かっても1、2人の戦力が増えたところで魔術が使えない現状意味が無い。ならば――と、今ある戦力で皆を助け出す方法を高速で模索するが、その方法が見つからない。
全身を冷や汗が伝う。
だが拭う心の余裕がない。
まるで断崖絶壁に立たされ、今も足下が崩れそうな恐怖や焦燥感に襲われる。
それでも必死に考える。
考えずにはいられない。
エル先生達を選べば、旦那様達やリズリナ、アム達を助け出すことができない。
またこの異世界全土には、今すぐ魔力が戻らないと死ぬ人々が大勢いる。
本当にランスを倒せば魔力が戻るかどうかは分からないが、彼を1分、1秒でも早く倒せば助かる命が多数ある。
それらを見捨てて、自分達の身内、親しい人々だからと選択すれば以後、誰も PEACEMAKER(ピース・メーカー) の理念を信用しないだろう。
選ぶも地獄、選ばぬも地獄。
なぜか目の前に前世の記憶、相馬達に裸で正座をさせられた田中がこちらに救いを求める姿を思い出す。
オレは前世、悔やんだ選択肢の前に再び立たされることになった。