軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話 お兄ちゃん

「……どうしてこうなった」

オレは誰にも聞こえ無い程の小声で呟く。

両手で顔を押さえ現実逃避すらしてしまう。

勇気を振り絞り手をどけて、現実を直視すると――旦那様が巨漢に似合わない軽快なフットワークでシャドーボクシング的なことをしていた。

上着を脱ぎ、金属製かと疑うほど照り光る筋肉を太陽に晒している。

そしてオレと旦那様の間には、審判のように立つギギさんがいる。

中庭の端にはパラソルの下、真っ白なテーブル、椅子が2つ。そのうちの1つに奥様が座り、メルセさんが淹れた 香茶(かおりちゃ) を美味しそうに飲んでいた。

テーブルの上には、料理長マルコームさん力作のフルーツ添えプリンがお茶請けに置いてある。

完全に観戦モードだ。

さらに視線を上へと向けると、窓からお嬢様が中庭を見下ろしている。

(昨晩、あんなことを言ったせいで……)

オレは今更ながら再び後悔の念にかられた。

昨晩、夜会が終わった後、ギギさんの自室を尋ねた。

お嬢様がオレ達の訓練に興味を持ち、見学したい旨を伝えるためだ。

話を聞いたギギさんは……

「お嬢様が、見学……ッ」

片手で目元を隠し、オレに背を向ける。

背を向ける瞬間、目元に光るものがあったのは気のせいだろうか。

ギギさんは背を向けたまま会話を続けた。

「分かった。なら明日はお嬢様の部屋から見える中庭で訓練をする。間違わず来るように」

「了解しました」

「明日はお嬢様の御前で行う。今まで以上に気合いを入れて訓練を行うつもりだ。覚悟を決めておいてくれ」

それだけ告げ、ギギさんは部屋に戻ってしまう。

彼の声音は初めて聞くほど気力に満ちあふれていた。

よっぽどお嬢様が窓からとはいえ、外に眼を向けるのが嬉しいのだろう。

オレ自身少しでも役に立てるように頑張ろうと、改めて決意を固める。

だが、ギギさんは――オレの想像以上に気合いを入れ過ぎていた。

「それではこれより旦那様とリュートの模擬戦闘をおこないます」

ギギさんが気合いを入れすぎた結果、再びオレと旦那様との模擬戦闘特訓を行うことになったのだ。

お嬢様が『オレVS旦那様』模擬戦闘を切っ掛けに、特訓へ関心を抱いた。だからギギさんはその興味を繋ぎ止めるため、再度のリベンジマッチを組んだんだろう。

もちろん、オレへの配慮など一切無く……だ。

オレは昨日の恐怖を思い出し、生まれたての子羊に筋弛緩剤を打ち込んだようにがくがくに震えていた。

一方、旦那様達はというと――

「貴方、頑張ってね。でも手加減を忘れちゃ駄目よ。貴方が本気になったらリュート、形が残るか怪しいんだから」

「ははははははは! 大丈夫、我輩はこう見えても手加減が上手いのだよ。その証拠に昨日模擬戦闘をしたリュートは元気いっぱいだろ!」

「まぁ本当ね。気合いが入りすぎて、動きがぶれて見えるわ。なんて頼もしい子なのかしら」

違います、奥様。

ぶれて見えるのは武者震いでは無く、恐怖で体の震えが止まらないからです。

もういっそ夕方ぐらいまで隠れてやり過ごすか?

旦那様に正式に買ってもらって以降、訓練のためにも魔術防止首輪は付けていない。

首輪は買った主の裁量で付け放しだったり、外したりする。

もちろん逃亡することも可能だ。

しかし、腕にある魔法陣で主と設定された人物なら位置を特定出来る(オレの場合はクリスお嬢様が主だ)。

逃げ出せば、心証を悪くして他所に売り飛ばされるかもしれない。

だが、夕方まで隠れて旦那様と模擬戦闘を回避するぐらいは許される筈だ……ッ。

オレの現主であるお嬢様に視線を向けると――

『お父様、リュートさん、2人とも頑張ってください。応援しています!』

ミニ黒板を窓から出し激励を送ってくれる。

眼が合うと恥ずかしそうに、はにかみながら小さく手を振ってきた。

ちくしょう! 可愛いなぁもぉおおぉぉッ!

オレも笑顔で手を振り返す。

男、リュート逃げ場無し!

ギギさんがお嬢様にも聞こえるよう声を張り上げ、ルールを説明する。

「では旦那様とリュートの模擬戦闘を始めます。リュートは旦那様の攻撃を10秒間耐えきったら勝ち。もちろん回避だけで無く、攻撃するのはあり。旦那様は10秒以内にリュートを倒せれば勝ちです。2人ともよろしいですか?」

「うむ」

「……はい」

オレ達からの返事を聞くと、ギギさんは奥様がいる端まで下がる。

右腕を高く上げ、再度オレ達を交互に見た。

「それでは模擬戦闘――始め!」

ギギさんの合図と共に兎に角、背後に飛ぶ!

同時に肉体強化魔術で眼と足を強化。回避に特化する。

これなら10秒ぐらい時間は稼げるはず――だが、オレの目論見は甘過ぎた。

「!?」

気付けば目の前に旦那様が居て、右腕を振り上げている所だった。

反射神経を強化しているのに、まったく反応出来ない。まるで映画フィルムの途中を抜き去ったように突然、目の前にいたのだ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!」

オレは悲鳴に誓い雄叫びをあげ、右ストレートをサイドステップで回避!

拳が空振り旦那様の脇があく。隙。攻撃を加える?

旦那様と目が合う。

無理!

距離を取らないと!

どちらへ逃げる? 後方、右、左、意外性をついて上か?

旦那様と距離を取りたい一心で、全魔力を足に注ぎ後方へと飛んだ。

しかし、再び旦那様の姿を見失う。

「!?」

気付いた時には、巨大な影が背後から太陽の光を遮っていた。

体中から冷たい汗が噴き出る。

本能が死をはっきりと予感した。

オレが記憶しているのはここまでだった。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

「無理ですよ、無理無理。旦那様を相手に10秒も逃げ回るなんて。旦那様の強さは最早反則レベルです」

その日、夜会でお嬢様の給仕をメルセさんと務めながら、愚痴を垂れ流した。

結局、オレは背後から旦那様の一撃でノックアウト。

時間にして3秒で敗北してしまった。

治癒魔術をかけてもらったが、念のため後半の剣術訓練は中止。

夜まで休憩するようにと言い渡された。

夜会の時間になるとメルセさんと一緒に、お嬢様の給仕を務める。

話題は今日の午後にやった模擬戦闘だ。

『でもお父様相手に3秒も持つなんて凄いですよ』

「ありがとうございます。でも、逃げ回ってようやくですから……正直、格好悪すぎです。しかもこれから毎日、10秒を越えるまで特訓を繰り返すなんて。ギギさんも無茶振りが過ぎますよ」

わざとらしく肩を落とすと、お嬢様がオロオロする。

その姿が可愛らしい。

彼女はミニ黒板に文字を書く。

『次は距離を取るのでは無く、距離を詰めてはどうでしょうか? お父様のフェイントに気を付けて冷静に対処すれば、きっと10秒を持ち堪えることが出来ると思いますよ』

「フェイントなんてしてましたか?」

『はい。最初の攻撃の後、リュートさんを後ろに逃がすための追撃のフェイント入れてましたよ』

つまりオレは自分の意思で動いているつもりだったが、全て旦那様の掌の上だった訳か。

(まるで追い込み漁みたいだな)

旦那様はオレの行動を知っていたから、あれほどの超反応が出来たようだ。

「しかしお嬢様は良く分かりましたね。魔術も使っていないのに」と、口から出そうになり慌てて口を押さえる

トラウマを踏むほど無神経では無い。

「?」

お嬢様が首を傾げた。

オレは喉元まで出かかっていた言葉を誤魔化すため、焦った調子で尋ねてしまう。

「ほ、他に何かアドバイスはありませんか? お嬢様の助言があれば明日、10秒の壁を越えることが出来るかもしれませんから。気付いたことがあれば、是非教えて頂けると嬉しいです」

お嬢様は特に不信感を抱くこと無く、自分が気付いた問題点、攻略法を伝授してくれる。

密着するほどの近距離戦なら、腕の長さ、鍛え抜かれ盛り上がった筋肉が邪魔で素早いパンチは打てない。

確かにこれだけでも近距離戦を挑む価値は大だ。

他にも旦那様の細かい癖などを教えてくれた。

こうして、夜会は明日の伯爵攻略会議の場となった。

その後、昨夜と同じようにギギさんの自室を尋ね、お嬢様が明日も訓練を見学する旨を伝える。

ついでに気になった疑問をぶつけてみた。

どうしてお嬢様は魔術を使って肉体を強化した訳でも無く、オレ以上に旦那様の細かい動きを眼で追えたのか。

ギギさんは呆れながら説明してくれる。

「ヴァンパイア族は夜目が利き、視力、そして動体視力も良い。お嬢様はその中でも飛び抜けて眼がいいと、リュートが来た初日に奥様が説明しただろ」

忘れてた。

でも、眼が良いというレベルじゃないだろあれは……。

2階の自室の窓から旦那様の動きを魔術の補助無しに細かく捉えるなんて。

「リュートが想像する以上に、お嬢様の眼は飛び抜けて良いんだ」

ギギさんは昔を懐かしむように腕を組む。

彼曰く――

お嬢様が引き籠もりになる前、城の裏手にある森が 大蝙蝠(ジャイアント・バト) の巣になった。

大蝙蝠(ジャイアント・バト) は2メートルもある巨大な蝙蝠で、家畜や子供、大人すら連れ去り血を吸い尽くす。

森は城から約1キロしか離れていない。

危険だと判断した旦那様が処分を決定する。

夜、 大蝙蝠(ジャイアント・バト) が巣に集まるのを待って纏めて退治することになった。

旦那様と奥様は周囲の制止を笑顔で押さえ、自分達で仕留めに出かけてしまう。

部下達を連れて2人は森へ行ってしまった。

念のため警備長のギギさんは城へ残る。

大蝙蝠(ジャイアント・バト) が旦那様と奥様に勝てる筈もなく、しばらく経って轟音と共に森全体が揺れた。

勝負が付いた音だった。

しかし運が悪いことに1匹の 大蝙蝠(ジャイアント・バト) が逃走。

城の方へと逃げてくる。

ギギさんが魔術で倒そうとしたが――

大蝙蝠(ジャイアント・バト) は矢に射抜かれ森と城の間にある平野に落下する。

大蝙蝠(ジャイアント・バト) を射抜いたのはクリスお嬢様だった。

彼女はどこから持ち出したのか弓と矢を手に、風が強い夜、暗闇に溶け込み飛行する 大蝙蝠(ジャイアント・バト) を一矢で射抜いたのだ。

しかも約5センチも無い眼孔を正確に射抜き脳を潰していたのだ。

大蝙蝠(ジャイアント・バト) は額が固く、矢では射抜くことが出来ない。

だから眼を狙うのが弓を使う者の常識だが、子供が風の強い夜に、一矢で狙い違わず射抜いたのだ。戦慄するなという方が無理である。

「俺は射抜かれた 大蝙蝠(ジャイアント・バト) の死骸を前に確信した。もしクリスお嬢様に魔術師としての才があったなら奥様と旦那様を超える逸材になっていただろう……と」

ギギさんはしんみりと項垂れる。

だが、すぐに顔を上げた。

「すまん、最後のは忘れてくれ……兎に角、今、お嬢様は訓練を見学することで前向きになりかけている。これはまたとないチャンスだ。リュートはお嬢様の助言に従い明日の訓練でなんとしても10秒の壁を突破するんだ。そうして擬似的に目標を達成する感動を味わわせることでお嬢様に自信を取り戻す切っ掛けを作るんだ。責任重大だぞ」

「なら模擬戦闘の時、旦那様に手を抜くよう助言してくださいよ」

無駄にプレッシャーをかけてくるギギさんに、拗ねた口調で要求をしてみた。

しかしギギさんに『それじゃ訓練にならんだろ』と一蹴されてしまった。

やれやれ。ほんとに至れり尽くせりだ、全く。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

翌日、午後。

再び体術訓練――伯爵との模擬戦闘の時間が訪れる。

昨日同様、旦那様は上半身裸でシャドーボクシング。

奥様はパラソルの下、真っ白なテーブル横の椅子に座り、メルセさんが淹れた 香茶(かおりちゃ) を美味しそうに飲んでいた。今日のお茶請けは『季節のフルーツ入りミル・クレープ』だ。

奥様は暢気にお茶を飲みながら『貴方、リュート、どっちも頑張って』と力が抜けた応援をしてくる。

お嬢様は眼を輝かせて、2階の自室窓からこちらを見ている。

ミニ黒板にオレを応援する文字が大きく書いてあるのが見える。

ギギさんがオレと旦那様の間に立ち、ルールを確認する。

「条件は昨日と同じです。リュートは旦那様の攻撃を10秒間耐えきったら勝ち。旦那様は10秒以内にリュートを倒せれば勝ちです。2人ともよろしいですか?」

オレ達は了解の返事をした。

ここまでは昨日までと同じだ。

なぜか旦那様が模擬戦闘前に握手を求めてきた。

「ははははっははは! 今日も頼むぞ、リュート!」

「こ、こちらこそ胸を借ります」

旦那様は握手を交わした手をすぐには離さず、トーンを抑えた口調で話しかけてくる。

「ギギから聞いたぞ。クリスと協力して擬似的に目標を達成することで、自信を取り戻させる作戦だとか」

「あくまでギギさんの目論みで、達成できた所で本当にお嬢様が自信を取り戻すかどうかは分かりませんが……。も、もしかして今日の模擬戦闘はいつも以上に手加減してくれるとかですか?」

「ふふふ、それはありえんぞ。我輩としてもリュートとの模擬戦闘は楽しいからな。物事を楽しむコツは真剣に取り込むことだ」

ですよねー。分かってましたとも。

ちょっと淡い期待を持っただけじゃないか。

握手を解くと旦那様は開始位置へと戻る。

ギギさんもお茶を飲んでいる奥様の所まで下がった。

オレは2階の自室窓からこちらを見守るお嬢様に視線を向ける。

眼が合った。

彼女はハラハラとした表情で、胸の前で手を握っていた。

――可愛い女の子と深夜遅くまで作戦を立てたんだ。ここで覚悟を決めなければ男じゃ無い。

オレはお嬢様へ向けて、右拳を握り締め力強く突き付ける。

お嬢様の真っ白な頬に朱色が指す。

互いに無言で頷き合う。

お嬢様と立てた作戦通りにすれば、きっと魔術師A級の旦那様から10秒ぐらいならもぎ取れる!

オレは深呼吸で肺の空気を入れ換え、目の前の圧倒的な肉壁のような旦那様を睨み付けた。

ギギさんが右腕を高々と上げる。

「それでは模擬戦闘――始め!」

「うぉおおおおおお!!!」

「!?」

昨日とは正反対にオレは正面から旦那様に突撃する。

もちろん魔力で眼、足を強化済み。

これには旦那様も意表を突かれたらしく、中途半端な右ストレートを放っただけだ。

強化した動体視力で反応。

体を沈め回避!

そのまま止まらず距離を詰め、右腕を強化して旦那様の腹部に拳を叩き込む。

「くッ!」

固い鉄板とゴムの複層構造のような腹筋にオレの拳が痛くなった。

旦那様はその程度の攻撃など意に介さず、肉薄するオレへ左腕を振り上げる。

昨日の攻撃に比べると動作が遅い。

お嬢様の言う通り、密着するほどの近接では長い腕と鍛え抜かれ膨れた筋肉が邪魔して動作が遅くなる。

(これなら十分回避できる!)

旦那様はまとわりつくオレを撃ち抜くように、左拳を振り下ろすがあっさり空振る。

拳が届く前にすでにサイドステップで回り込む。

「ッ!」

背筋に悪寒。

旦那様の射抜くような視線、肌を突き刺すプレッシャー。空振った左腕が追撃の動作を取る。

旦那様の攻撃力を知っていれば知っているほど、この程度のフェイントで怖じ気づき距離を取ろうとしてしまう。

オレはこのフェイントによって、良いように動かされたのだ。

体が命令を無視して背後へ後退しようとする。

奥歯が鳴るほど噛みしめ、無理矢理それを押し止めた。

旦那様はオレが動かないのを察すると、攻撃を切り替える。

サイドステップで回り込んだオレに、左フックを振り回す。

背骨を反らし、スウェイで拳をやり過ごした。

「おっと!」

無理な体勢からのフックだったらしく、旦那様の体が泳ぐ。

チャンスだ!

再び右腕に魔力を集中!

全力の右ストレートを打ち込む――が、視界でお嬢様が大きく首を振っている! なぜ!?

その答えは旦那様が教えてくれた。

彼は軽い動作でストレートを自身の左手でいなした。

ボクシングで言うところの『パーリング』という技術だ。

体が泳いだのはワザとで、オレはまんまと旦那様の罠にかかってしまったのか! お嬢様はそれにいち早く気付き、首を振っていたんだ。

悔やんでも今更、遅い。

気合いを入れて打ち込んだ拳をいなされ、今度はオレの体が泳ぐ。

一瞬の隙に、旦那様の固めた拳の右フックが襲ってくる。

風切り音が殆ど銃弾のそれと変わらない。

首を肉体強化術で補助する時間は無い。

0コンマ数秒後、自身の頭と胴体が綺麗に別れる未来図が脳裏をよぎった。

「そこまでです!」

ギギさんの声と同時に、旦那様の右フックが停止する。

顔と拳の距離は10センチ無い。

「10秒経ちましたので、この模擬戦闘はリュートの勝利です」

「…………よ、よっしゃぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁッ!!!」

ギリギリの勝利!

オレは思わず勝利の雄叫びを上げていた。

旦那様が残念そうに首を振り、奥様に視線を投げている。奥様はそれを見て微笑んでいる。

そしてオレは彼らを放置して、2階の窓から見守るお嬢様に声をかけた。

両腕を突き上げ、歓喜と感謝の言葉を贈る。

「お嬢様! やりました! 旦那様から10秒もぎ取りましたよ! 全部、お嬢様のお陰です!」

お嬢様は頬を先程よりも赤くし瞳を潤ませ、窓から落ちそうになるほど身を乗り出し、小さな手のひらで懸命に拍手してくれた。

その拍手に応えるよう、オレは何度も手を突き上げる。

オレとお嬢様の間を2人だけの繋がり、達成感が満たす。

どれぐらい見つめ合っていただろう。

恐らく時間的には数秒に満たない。

理性が回復すると、主を負かしてその前で狂喜乱舞するのはあまりに失礼過ぎる。

しかも使用人が1人娘と見つめ合うなど。

自分の過ちに今更気付き慌てて謝罪する。

「す、すみません! はしゃいでしまい申し訳ありません!」

「はははははっは! 気にするな! それこそ勝者の特権というものだ!」

「ええ、気にする必要はないわ。むしろもっと胸を張っていいわよ。まさか昨日今日で10秒持ち堪えるなんて、素晴らしい上達ぶりだわ」

「いえ、全てお嬢様のご指摘があればこそです。自分はただそのアドバイスに従って動いたに過ぎません」

ここぞとばかりに引き籠もりお嬢様の株を上げておく。

「謙遜する必要は無い。旦那様の攻撃を10秒も凌ぐなど魔術師Bマイナス級の魔術師でも難しい。リュートは奥様の言葉通りもっと胸を張るべきだ」

「ギギさん……」

試練を課したギギさんが肩を叩き褒めてくれる。

珍しく口元が小さく崩れ、微笑みを浮かべていた。

オレは思わず目元に涙が浮かぶ……だが、そんな感動をギギさん本人がぶち壊す。

「次は旦那様の攻撃を20秒受けきる特訓に入るぞ」

「は、はぁぁああ!? ちょ! どういうことですか!? っ、イテテテ! ギギさん肩に置いた手の指が食い込んでます! 力入れすぎですって!」

顔を上げると、ギギさんの眼に確かな殺気が篭もっていた。

「リュート……分かっているとは思うがあくまでお前は使用人。身分を弁え分別に見合った態度を取るように。分かったか?」

なんで当の両親が気にしていないのに、ギギさんが怒っているんだよ!

そりゃ赤ん坊の頃からお嬢様を見守っていたから、娘のように思っているんだろうけど……だからと言って旦那様との再戦なんて無体過ぎる! 職権乱用だ!

鬼! 悪魔! ギギさん!

心の中で思いつく限りの悪態をつく。

だがもちろん、ギギさんが下した決定は覆されなかった。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

その日の夜会。

オレとメルセさんがいつものように給仕を務める。

今夜のお茶請けは、フルーツの盛り合わせだ。

料理長のマルコームさんが林檎のような果実を、オレが教えた通り兎の形に切っている。

お嬢様は可愛いと嬉しそうに笑ってくれた。

もちろん今夜の話題は、お嬢様と協力してクリアした旦那様との模擬戦闘についてだ。

「お嬢様の助言のお陰で、なんとか旦那様の猛攻を凌ぐことができました。改めてお礼を言わせてください」

『私は何もしてません。リュートさんが頑張った成果です。今日のリュートさんはとっても格好良かったです』

お嬢様は恥ずかしそうにミニ黒板を前に出す。

だが明らかにお嬢様の助言があったお陰の結果だ。

もしオレ1人だったら、今日も旦那様に手も足も出せず惨敗していただろう。

お嬢様に自信を持ってもらうためにも、オレは進言する。

「いいえ、本当にお嬢様のお陰です。もしお嬢様がいなければ、今日もオレは手も足も出ず負けていました。旦那様に勝てたのは全部、お嬢様のお陰です」

『いいえ、リュートさんの頑張りです。私がいなくてもきっと1人で解決してましたよ』

「そんなことありえません。お嬢様のお陰です」

『リュートさんの頑張りです!』

「お嬢様のお陰です」

『リュートさんの頑張りです!』

「お嬢様のお陰ですって!」

ぷっ――と、どちらからともなく笑いがこみ上げる。

お嬢様はミニ黒板で口元を隠しながら恥ずかしそうに笑った。

オレも照れ笑いを浮かべる。

お嬢様が指を走らせる。

『では、今日の勝利は私たち2人のものということでいいですか?』

「はい、2人の勝利です」

落としどころを確認し合い再び互いに微笑む。

お嬢様は機嫌良さげに、頬を染めながら文字を書く。

『実は私、ずっと『お兄ちゃん』に憧れてて……もし迷惑じゃなかったら、リュートさんのことを……お兄ちゃんって呼んでもいいですか?』

そう言われて、ちらっとメルセさんの方を見る。……別に反対はしていないようだ。恐らくお嬢様の引き籠もりを治すためならば、ということなのだろう。

「もちろん大歓迎です。お嬢様のような可愛らしい妹が出来るのに、反対する奴はいませんよ。でも、一応互いに立場があるので、出来ればあまり人目の無いところでお願いします」

『ありがとうございます! リュートお兄ちゃん』

か、可愛いぃいいぃ!

金髪、ロリ、守ってあげたい妹系キャラ。

本当に保護欲がそそられる少女だ。

『リュートくん!』

不意に、スノーの言葉が頭の中で再生される。

いやいや、これは違う。

あくまで妹! 義理の妹的可愛さを愛でているだけだ。

決してそういう意味などでは無い!

『どうかしましたか、リュートお兄ちゃん?』

「な、なんでもありません。失礼しました」

オレは誤魔化すように笑顔を浮かべ、お嬢様の心配を払拭する。

メルセさんが黙ってこちらを見続けているのがやや怖かった。