軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第310話 魔王vs旦那様

魔王レグロッタリエの登場にオレは、飛行船ノア・セカンドの照準を壁内側の敵から魔王へと切り替える。

操縦を担当しているココノは、M2を発砲しても旦那様達に被害が及ばない位置にノア・セカンドを移動させる。

お陰でレグロッタリエを十分に観察することができた。

彼はウイリアムとの一騎打ちに乱入してきた時より、さらに変貌を遂げていた。

背中から生えた翼はさらに増えて、合計4枚に。

瞳孔は縦に伸び、血のように真っ赤に染まっている。体の大きさ、筋肉量もさらに増大し、下半身は黒々とした獣のものに変化している。

扱う魔力量もさらに増大したのか、周囲を漂う黒い魔力が増えていた。

呼吸をするたび、口から炎のように黒い魔力が漏れ出ている。

より凶悪な魔王の姿に変貌しているのだ。

「貴殿が魔王レグロッタリエか?」

旦那様の問いに魔王レグロッタリエは、凶悪な人相で目を細める。

「ああ、そうだ。むしろ貴様は何者だ? 俺様の直部下を殴り飛ばした上、攻撃を防ぎもせず傷ひとつつかないなんて。こいつは魔術師A級ぐらいは瞬殺できるよう改造したつもりだったんだが。くそ、まだまだ改良の余地はあるということか」

「やはりそうか……しかもかなり強引な改造を施しているな。これは改造というより、むしろ拷問に近い責め苦。彼がどうして未だに正気を保って動いているのか分からぬほどだぞ」

旦那様の台詞の意味が分からず、オレは首を捻ってしまう。

クリス、リースに視線を向けるが、彼女達も同様だった。

唯一、魔王レグロッタリエが感心したように口笛を吹く。

「よく気づいたなオッさん。そいつに気づくとはオッさんこそ、常人離れした観察眼だぞ」

「ははははっはあ! いいや、観察眼ではないぞ。先程、殴った際、筋肉に触れて分かったのだ。筋肉は嘘をつかぬからな!」

「き、筋肉?」

レグロッタリエも予想外の返答だったらしく、どう反応していいか分からない表情を浮かべる。

彼は気持ちを切り替えて自慢気に話を切り出す。

「ま、まあいい。オッさんの言う通り元々こいつは魔術と薬物で魔術が使えるように改造していたが、俺様が『魔法核』を手に入れた後、さらに体中を――それこそ魂や脳味噌、筋肉繊維の一本レベルで弄ってやったのさ。お陰で魔術師としての才能が無い凡人が、今じゃ大抵の魔術師共を楽に潰すレベルに到達している。すげぇだろう? ただちょっと苦しみが酷いぐらいだが。こんな風に」

レグロッタリエが指を鳴らす。

まるでテレビのスイッチが入ったようにエイケントがうめき声を漏らす。

「――ろじでぐれ。ごろじでぐれッ。だのむ、ごろじでぐれぇぇえ!」

エイケントは 面頬兜(フルフェイス) を被っているせいで表情までは分からない。

しかしそのスリット越しに漏れる声は正直に言って人のものとは思えないものだった。

オレ自身、この異世界に転生してそれなりの修羅場を超えてきたつもりだ。しかし、彼のあげるその苦痛と絶望の声を聞いて震え上がってしまう。

声を聞いただけで吐き気をもよおすレベルだ。

再びレグロッタリエが指を鳴らすと、オルゴールの蓋を閉めたように哀願の声が止む。

レグロッタリエが残忍な笑みを浮かべ、得意げに語る。

「普段はうるさいから魔術で強制的に止めてるが、暇な時に目の前で叫ばせると超笑えるぜ。なぁマジウケるだろ?」

「外道め……」

旦那様が愉快そうに笑うレグロッタリエを前に、ぽつりと呟く。

かなり小さな呟きだったはずなのに、飛行船ノア・セカンドに居るオレの耳にまで聞こえてきた。

「ッ!?」

旦那様を中心に、空気が変質したのを肌で感じる。

ピリピリと肌がひりつき、本能的に旦那様から距離を取ろうとする。

(初めてだ……旦那様が怒っている姿を見るのは……)

偽冒険者に騙され、ブラッド家で執事として数年過ごしたが、旦那様が怒っている姿を見た記憶がない。

たとえ実の兄弟に罠に嵌められ奴隷として売られても、豪快に笑って流したほどだ。

そんな旦那様が今、本気で怒っていることを離れた位置にいながらも理解する。

「……ギギ、タイガ殿も彼を連れて離れてくれ。リュート達も手出しは無用。魔王達の相手は我輩がする」

「ハッ! 調子に乗るなよオッさん。だが丁度いい。今現在、俺様の力がどれほどのものか試させてもらうか。エイケント、オマエは城に戻ってろ」

レグロッタリエの命令を受けたエイケントは、機械人形のように黙って指示に従い城――グラードラン山へと戻る。

ギギさん、タイガ、オレ達も二人から距離を取った。

旦那様が首に手を置きごきりと音を鳴らす。

レグロッタリエはにやけた笑みを浮かべ、四枚の翼を広げて見せた。

その態度は完全に旦那様を見下している。

「シャアァッ!」

最初に動いたのはレグロッタリエだ。

周囲に漂う黒い魔力が槍状になり旦那様へと殺到する。

「ふんぬばぁ!」

旦那様は回避をせず、全力の右ストレート。

魔力が拳から放たれ、光の柱のように黒槍ごとレグロッタリエを飲み込む。

しかし、レグロッタリエは黒い魔力で盾を形成。無傷で一撃を防ぐ――が、すでに旦那様の姿は正面には無い。

瞬間移動レベルの速度で背後へと回り込んでいた。

振り下ろしの右。

レグロッタリエはすでに気づいており、挑発的な笑みを作り黒い魔力で盾を形成。

旦那様の攻撃を再び防ごうとする。

だが、旦那様の右手は盾を突き破り、レグロッタリエの左腕を易々と切断してみせる。

これには流石のレグロッタリエも驚愕の声をあげた。

「馬鹿な! 俺様の黒盾を破っただと!?」

よく見れば旦那様は拳をとき、指を一直線に伸ばしている。

早い話が手刀だ。

拳ではなく、手刀にすることで貫通力をあげて黒盾を突破したのだろう。

「悪いが逃がさぬぞ」

レグロッタリエは驚きながらも慌てて距離を取ろうとするが、旦那様はそれを許さない。

体格に似合わない圧倒的速度で肉薄し、勢いを殺さず拳を振るう。

ギリギリで拳と自身の間に黒盾を滑り込ませるが、突然旦那様の拳が爆発。 爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー) のような全身を覆う魔力の壁を自ら爆発させることで攻撃に転用したらしい。

オレ達も旦那様と正面から戦ったことがある。

だが、あの時もまだ本気を出しておらず、手加減されていたらしい。

黒盾のお陰でダメージは無いが、近距離での爆発のためレグロッタリエは大きく体勢を崩し、地面へと転がってしまう。

その隙を逃すほど旦那様は甘くない。

「ふんぬばぁぁあ!」

大地を鉄床とし旦那様は拳を振り下ろした。

1度では終わらない。2度、3度、4度――鉄球のようにがっちりと固めた両腕を交互に何度も振り下ろす。

相手に攻撃、回避、逃走の隙を与えないように、高速で何度も何度も拳を叩きつける。

レグロッタリエは一発拳を受けるたび、地面へと埋まっていく。

旦那様が地面ごと殴りつけるたびに、微震のように大地が揺れているようだ。

飛行船ノア・セカンドの中に居るのにかかわらず、拳を撃ち込む音がここまで聞こえてくる。

まるで人型掘削機のようだ。

見ているだけで背筋が寒くなる。

いくら魔王とはいえ、あれだけの攻撃を受けたら原型を保っていられないのではないか?

「ぬるばぁあ!」

最後のトドメとばかりに、旦那様が深く拳を叩きつける。

大地はさらに陥没し、ひび割れがそこを中心に広がる。

ミサイルでも落ちたように土煙も一緒に舞い上がった。

しばらくすると、風が吹き抜け土煙を拭い去る。

旦那様は大地に拳を打ち付けた状態のまま微動だにしていなかった。

ゆっくりと拳を大地から引き抜くと、旦那様は手に着いた汚れを払うように両手を叩く。

「さて、偽者は倒させてもらったわけだが。次こそは魔王本人と拳を交える栄誉を賜りたいのだが……それとも貴殿は、人前には出られないほど臆病者なのかね?」

旦那様の指摘に反応し、ひび割れた大地から黒い煙が漏れだし再び魔王レグロッタリエの形を作る。

旦那様と再び距離を取り対峙した。

魔王レグロッタリエは驚きの表情を作り出していた。

「……マジかよ。魔力で作り上げているとはいえ、本物のと寸分変わらない姿形、中身を作り出しているんだぞ。見破るなんてマジ何者だよ」

「はははははっはああ! 言ったであろう! 筋肉は嘘をつかぬと!」

旦那様が大笑いしながら、断言する。

すぐに笑い声を止めて真剣な表情を作り出した。

「さぁ早く城から抜け出し我輩と勝負するがいい。それとも直接、城まで訪ねた方がいいかな?」

「ふん、どちらもごめんだね。それに十分、時間稼ぎはさせてもらったしな!」

彼の勝ち誇った声と同時に、グラードラン山を中心として黒い魔法陣が浮かび上がる。

まるで蓋を開けたようにあの黒い煙があふれ出し、どんどん広がっていく。

その範囲はさらに拡大し、ついには旦那様のすぐ目の前まで迫ってくる。

「旦那様! オレ達の船に乗ってください!」

オレは慌てて声をかけ、旦那様も一瞬、迷いを見せたがすぐに肉体強化術で身体を補助し、高度を落とした飛行船ノア・セカンドに乗り込む。

旦那様が乗り込むと、すぐにオレ達も戦線を離脱。

さらに黒い煙は広がり続け、区切っていた壁すら飲み込む。

幸い人種族連合側は、追撃を食い止めたお陰で部隊を立て直すことに成功。

カレン達に習い、黒い煙に冒され倒れた仲間を助け出すことに注力していた。そのため広がる黒煙の範囲に生存者はいない。

だが、生きている者を優先したため、遺体までは回収できていないようだ。

壁を乗り越え、さらに広がり――黒い煙はようやくその広がりを止める。

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 人種族連合の諸君! 美味しい命をどうもご馳走様! お陰でこうして 黒煙結界(ネグロ・ドーム) を完成させることができたよ!」

黒煙結界(ネグロ・ドーム) の内側から、魔王の嘲笑の混じった声が戦場全てに響き渡る。

魔王レグロッタリエは愉快そうに話を続ける。

「毒煙に満ちた結界は広がり続ける。どこまでも広がり、最終的には妖人大陸を丸ごと全て飲み込むだろう。勇敢なる者はこの毒煙に満ちた結界に入り、俺様を倒すがいい! そうすればこの結界の浸食も止まる。さぁ! 勇者の名を得たい者は遠慮無く足を踏み入れるがいい! 目の前まで辿り着けたら相手をしてやるよ! ひゃひゃひゃひゃひゃ!」

魔王の嘲笑混じりの笑い声はどこまでも響き渡る。

黒煙の力を文字通り体で味わった、目の前で見た人種族連合達にこの煙に満ちた世界に足を踏み入れるのは不可能だ。

しかし放置すれば魔王の言葉通りどこまで広がり、最終的には妖人大陸を丸ごと飲み込まれてしまう。

止める唯一の方法は魔王レグロッタリエを倒すしかないらしい。

あの毒煙に満ちた世界に入り、魔王を倒す。

もうそれはほぼ不可能ということじゃないか?

遠目に見える人種族連合の兵士達の顔には皆、絶望の色が浮かんでいた。

そんな彼らを嘲笑うように、魔王レグロッタリエの笑い声が響き続けた。