軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 新生活

リュート、12歳。

魔人大陸は妖人大陸の正反対に位置している。

四季は無く、天気は曇りが多い。

大地もやせ細っており作物が育ちにくい。

必然、痩せた土地でも育ち栄養価の高い豆類が中心に栽培されている。

食事は妖人大陸と違って、朝と晩の2回のみ。

食事の内容も質素で豆のスープ、サラダ、簡単な肉料理、たまに魚。

味付けも塩のみが多い。

魔人種族はあまり食事に興味が無い種族なのか、地位が高くても一般庶民とメニューが殆ど変わらないらしい。

しかし午後のお茶会、夜の夜会には魂を注ぎ込む。

魔人種族の老若男女はお茶と甘いお菓子に眼がないのだ。

そのため輸入される小麦粉、砂糖、果物などはほぼ全てお菓子に変身する。 香茶(かおりちゃ) の茶葉も大量に輸入している。

小麦粉でパンを焼くぐらいなら、ケーキを作る! というお国柄なのだ。

妖人大陸などから小麦や砂糖を輸入する代わりに、魔人大陸からは鉄鉱、石炭、金銀銅、魔石、宝石の原石などを輸出している。

土地は痩せているが、代わりに広大な土地には資源が大量に眠っているのだ。

前世の地球でいうなら石油のあるアラブのような国だ。

しかし魔人大陸に『国家』というものは存在しない。

大きな事柄を決める際は一族の代表者達が集まり、会議をして方針を決める。

国家として統一しようと思っても、魔人種族は他種族と比べて種族が多いため難しい。

人魚種族と鳥人種族が同じ生活様式など出来るはずがない。考え方や方向性を統一することすら不可能。

そのため国家として纏めるまでに至らないのだ。

他種族からしてみたら国家未満の未開種族。

見た目や生活様式も魔物に近い者もいる。

故に、差別から戦争に発展したのは必然だったのかもしれない。

約1000年前、妖精種族&人種族&獣人種族連合vs魔人種族で戦争が勃発。

最初は烏合の衆と侮っていた妖人獣連合国家だったが、想像以上にいざという時の魔人種族たちの団結力は高かった。

最終的に引き分けに終わったが、魔人種族達の個人技能や魔力値の高さを考えれば、戦いが長引けば妖人獣連合国家が負けていた可能性もあった。

さらに魔人大陸には鉱山、石炭、貴金属、魔石、宝石の原石などが山ほど埋まっている資源大国。

見た目が魔物に近いからと差別して、敵に回してはいけない種族だと妖人獣連合国家は知る。

この戦争以後、魔人種族に対して差別的な態度を取るのはマナー違反という風潮が出来た。

魔人大陸に国家が存在しないため、オレを買ったダン・ゲート・ブラッド伯爵の爵位――『伯爵』は、彼が過去に妖人大陸の小国で活躍したため土地と一緒に与えられたものだ。

現在、土地は旦那様の知り合いが管理しているらしい。

一体どんな活躍をしたんだよ……。

ダン・ゲート・ブラッド伯爵はヴァンパイア本家の三男坊として生まれた。

跡取りになるのは絶望的。

だが生まれ持った魔術師としての才能のお陰で、彼は魔術師A級にまで到達する。

さらに魔術師学校を卒業すると、フロンティアスピリット溢れる旦那様はすぐさま 冒険者斡旋組合(ギルド) に自分を登録して、魔人大陸を飛び出してしまう。

魔物を退治してさらに盗賊も討伐、ドラゴンに喧嘩を売り、敵に回った 軍団(レギオン) を1人で壊滅させ、危険なダンジョンを走破――と、世界狭しと動き回り、様々な冒険を繰り広げた。

最初は魔人種族ということで周囲に距離を置かれていた。

しかし社交的で実力もありさらに紳士的な態度だったため、最初あった差別もすぐに吹き飛ばし、多数の友人や仲間を作った。

そんな旦那様が当時、海賊狩りをしていた奥様と出会った。

セラス・ゲート・ブラッド夫人は、元海賊狩りの女船長として名を轟かせていたのだ。

彼女も魔術師Bプラス級の実力者。

2人は出会ってすぐに一目惚れで恋に落ちる。

旦那様はその日のうちに 腕輪(ブレスレット) を奥様に手渡し、結婚。

当時の仲間たちは2人のあまりの早さに誰も付いていけず、皆一様に驚いていたらしい。

そして2人は魔人大陸に戻ると、貿易会社を起ち上げた。

奥様の、海賊狩りで鍛えた航海の知識。

そして旦那様の行動力&今までで築き上げた人脈のお陰で、すぐに会社は莫大な利益をあげた。

特に収益をあげたのが、ドワーフを雇い魔人大陸で宝石の原石・金・銀などを加工し輸出する事業だ。

材料発掘から、加工、輸送まで全部会社内部で行う。

その分、高品質にすることが可能になり、さらに顧客好みのデザインを実現し、細かいオーダーにも応えるシステムを構築したのだ。

お陰で顧客からの評判は良くひっきりなしに注文が舞い込んできた。

他の魔人種族達もマネしようとしたが、旦那様のようにはいかず、ドワーフたちと文化的摩擦を起こしてしまう。

また旦那様とは違い妖人大陸などに住む上流階級者とのツテが無い。

そのため品物を作っても売りさばく相手がいないのだ。

これではいくら品物を作っても意味がない。

そんな風に他者が苦戦している横で、旦那様の事業は急成長を続けた。

現在は2人ともほぼ引退状態。

事業は基本的に部下達に任せており、時々様子を見に行く程度だ。

仕事以外の日は、何をしているかというと――

奥様はお茶会を開いたり、似たようなご夫人方と集まって色々な集まりを開いている。趣味人だ。

旦那様はひたすら筋力トレーニングに取り込んでいた。

とにかく筋肉を育てるのが好きらしい。

廊下で仕事中に旦那様と出会うと、一瞬で上半身の服を脱ぎポージングをとる。

「リュート! 我が輩の筋肉はどうかね! キレているかね!」

「は、はい。とても素晴らしくキレてます。育っていると思います」

「そうか、そうか! はははははははははっははははは!」

返答に満足すると、上半身裸のまま廊下の角に消える。

続いて廊下の角から、メルセさんの『キレてます、素晴らしいです』という声と、再度旦那様の笑い声が聞こえてきた。

そこまで皆に聞かなくても……

また月に数度、旦那様と奥様2人で小旅行に出かけたりもする。

まるで新婚時代のように、2人寄り添い仲睦まじく旅をするらしい。

誰しもが理想とする優雅なスローライフだ。

だが――旦那様の成功と優雅な日々、それを妬むのがヴァンパイア族本家の長男と次男、つまり旦那様の兄達だ。

本家の家柄は古く、土地もあり、一般的には彼らも上流階級者と言える。

しかし旦那様に、総資産では圧倒的に敗北している。

それがどうしても彼らは気に入らないらしい。

昔一度適当な理由をでっちあげて、長男と次男が旦那様に戦争を仕掛けてきた。

相手は本家ヴァンパイア族、約1000人。うち、魔術師は50人ほどだ。

対してブラッド家は、旦那様と奥様を筆頭に、戦える人材を集めても50人に満たなかった。

しかし結果はブラッド家の圧勝。

ブラッド家に味方する者たちは、奥様の元部下や旦那様に恩義がある冒険者仲間達だ。戦闘経験や忠誠心において、ヴァンパイア族本家の部下達など足下にも及ばない。

そして何より決定的だったのが、旦那様の存在だ。

旦那様の魔術師A級は伊達ではない。

魔術師A級は一握りの天才が努力してようやく到達できる領域。

その時の戦争では、旦那様はあらゆる魔術を浴びながらも傷1つ付かず、ヴァンパイア族本家の部下達を蹂躙した。

なのに誰1人と死者を出していない。

圧倒的力量差があるからこそ出来る芸当だ。

長男と次男は自分達の勘違いで戦争を仕掛けたことをすぐに謝罪する。

それを旦那様は笑って許した。

しかも謝罪以外は金銭も何も、ある理由から何1つ求めなかった。

その理由とは――『久しぶりに筋肉を震わせることが出来た楽しかったぞ! だがもう少し骨がないと我輩の筋肉に行使する喜びを与えられないな! ははははははははははぁっ!』

旦那様のこの台詞に奥様まで可笑しそうに笑ったらしい。

夫婦揃って大馬鹿なのか、器がでかいのか……

旦那様が好意で水に流したというのに、未だに長男と次男はこの時の戦争のことを根に持っているらしい。

再戦を狙っているが周囲から止められているという噂だ。

そんな旦那様達2人の一粒種であるクリス・ゲート・ブラッドの10歳の誕生日に、オレは間違って血袋兼世話係として買われた。

ヴァンパイアにとって血は珈琲や紅茶、タバコといった嗜好品に近い。

特に人種族の血が美味とされている。

妖人大陸には誕生日という概念が無い。

精々、15歳が大人になった成人の日だと喜ぶぐらいだ。

しかし魔人大陸には誕生日の概念がある。

10歳が一区切り。

15歳になると大人の仲間入りを祝福して祝う。

以降は歳をとっても祝ったりはしなくなる。

オレは一度、旦那様と奥様に尋ねた。

お嬢様の引きこもりについてだ。

「どうして旦那様方は、お嬢様の引きこもりを解決しようとしないのですか?」

何もしていない訳では無い、というのは分かっている。

誕生日にオレという血袋を買い与え、好転させようと切っ掛けを与える手伝いなどはしている。

だが、自室から出なくてもいいように風呂やトイレなどの生活環境を整えたりしているし、トラウマを克服するための治療(この異世界にあるか分からないが)を施している気配も無い。

オレからすると、まるでわざとお嬢様に興味が無いような態度を取っている気がする。

あんな可愛らしく、健気なお嬢様に両親が興味を持っていない――ってことはありえ無いとは思うが、聞かずにはいられなかった。

旦那様、奥様は目を合わせ黙り込む。

「……リュートは 大陸海燕(たいりくうみつばめ) という鳥を知っているかしら?」

奥様が突然、よく分からない質問をしてくる。

オレは首を横に振った。

「大陸海燕は渡り鳥で、妖人大陸と魔人大陸の間にある中心海を飛んで行き来しているの。でも、そんな大陸海燕も永遠に飛べる訳じゃないわ。わたくしが海賊船狩りをしていた頃、よくマストに止まって休憩してるのを見たものよ」

奥様は 香茶(かおりちゃ) で喉を潤す。

「今のクリスも、休憩している大陸海燕と一緒だとわたくし達は考えているの。少し休んでいるだけで、何時かまた飛び立つ。だからわたくし達はそれまでの間、たっぷりと休める環境を作ってあげたかったのよ」

「……奥様達はお嬢様を信用しているのですね」

「いいえ、違うわ。娘を信頼しているだけよ」

「ははははははあははは! 我輩とセラスの子だ! そのうち部屋どころか、魔人大陸から飛び出すかもしれんな!」

「昔のわたくしや貴方のようにですか。本当にそうなりそうね。血は争えませんもの」

そして2人は楽しげに笑い出す。

彼らは、娘を信頼している。

「…………」

前世でオレは引き籠もってしまった。

お嬢様と同じように外の世界が、またイジメられるのが怖くて引き籠もってしまった。

あの時、オレの両親は何も言わず引き籠もることを許してくれた。

もしかしたら、旦那様達のように、オレを、自分達の息子を信頼していたのかもしれない。

いつか勇気を出し、自分の足で部屋を出てくれることを……。

しかし結果、オレはそのまま家に居続け、挙げ句の果てに両親に追い出された。

知り合いの金属加工工場へ行くか、100万を持って家を出るか。

そう言われた時、オレは『なんて酷い両親だ! 生んだ息子の面倒を見るのが義務じゃないのか!?』と憤慨した。

だが、両親はその時、どんな気持ちだったのだろう。

オレは自分のことばかりで、両親の気持ちなんて考えもしなかった。

精々、オレより優秀な弟がいるから、自分はお役目ごめんなんですね――と、拗ねていただけだ。

もし前世の日本に戻ることが出来たら、両親と向かいあって話したい。

酒でも飲みながら意見を交わしたい。

そして相手があの時何を想い、願っていたのか……オレは今更ながら知りたかった。

そして気が付けば旦那様、奥様、クリスお嬢様、メリーさん、メルセさん、ギギさん――皆と初めて出逢ってから約1年が経過した。

現在のオレは、クリスお嬢様の護衛者兼執事見習い兼血袋として生活をしている。

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12歳になった、現在のオレの生活スケジュールはというと……。

1日はまずベッドから抜け出し、執事服に着替えるところから始まる。

窓を開け、朝の新鮮な空気で部屋を満たす。

たまに窓のすぐ下に、コマネズミがいる。彼らは害虫などを食べてくれる益獣だ。

見た目は完全にハムスターだ。

魔人大陸の生き物らしく、甘い物も好きみたいであまったクッキーなどをたまにやると喜んで食べる。

いつか鶴の恩返しならぬ、コマネズミの恩を返して欲しいものだ。

自室を出るとメイド長の魔人種族・ハム族のメルセさんと合流しお嬢様の部屋へ向かう。

眠っているお嬢様を起こすためだ。

ノックして部屋に入るが、大抵お嬢様は朝になっても大きなベッドで眠っている。

大人3人が余裕で眠れる天蓋付きベッドで、小柄なお嬢様が眠る姿はとても可愛らしい。

このまま寝顔を鑑賞したいが心を鬼にして起こす。

引き籠もっているとはいえ、生活リズムを崩し夜型になっては健康に悪い。

「お嬢様、朝ですよ起きてください」

「~~~」

クリスお嬢様は五月蠅そうに身をよじりオレに背を向けた。

声をかけるが大抵起きない。

なのでオレは窓を塞いでいる分厚い暗幕のようなカーテンを全開にする。

今日も天気は曇りだが、光は差す。

約1年前、お嬢様はイジメが原因で外を極端に怖がっていた。

そのため、あの頃の窓は常に暗幕のような分厚いカーテンに閉ざされていたが、今は違う。

彼女が日光を怖がることはなくなった。

しかし未だに自室を出ることは出来ない。

無理に出ようとすると吐き気を催す。最悪の場合、貧血のように青白い顔で気絶してしまう。

それだけお嬢様の心に刻まれた 心の傷(トラウマ) は深いのだ。

だが、日光を浴びることは克服できた。

この調子でゆっくりと 心の傷(トラウマ) と向き合い改善していけばいい。

幸い家にはお金があり、ヴァンパイア族は長命で美貌も衰えないらしいからだ。

お嬢様は日光を浴びると、眩しそうに目蓋を擦り眼を覚ます。

起きなかったら、メルセさんが布団を剥がし肩を揺さぶる強硬手段を取る。

「お嬢様、おはようございます」

「おはようございます」

『おはようございます。メルセさん、リュートさん』

今日はどうやら日光で起きてくれた。

寝ぼけ眼でミニ黒板に朝の挨拶を書く。

お嬢様が起きるとメルセさんが自室にある浴室へと彼女を連れて行く。

オレは彼女が朝の身支度をしている間に、朝食の準備を済ませる。

一階の調理室へ行くと、魔人種族・リザード族のマルコーム料理長が朝食を作り終え、ワゴンに乗せ準備を終わらせている。

「おはようございます、マルコームさん。お嬢様の朝食を受け取りに来ました」

「…………(こくり)」

マルコームさんは使用人の中で一番の無口だ。

見た目は二足歩行のトカゲで、調理服に袖を通し、手入れがきちんとされている包丁を握り締めている。

見た目は血の滴る肉が主食のような強面だが、実際は肉類が一切食べられないベジタリアン。だが、大の甘党で、普通の料理よりお菓子作りの方が得意らしい。

彼は丁寧に頭を下げて、オレにプリンやカスタードクリーム、ミル・クレープの作り方を習いたいと言ってきたことがある。

もちろん出し惜しみせず、オレが知っている限りのレシピを彼に教えた。

お陰でたまに午後のお茶会や夜会で余ったお菓子を優先的に分けてくれるようになる。

ワゴンで料理を運ぶ。

2階へは肉体強化術で体を補助、力業で運んでいる。

お嬢様の自室にあるテーブルに料理を並べ、身支度が終わるのを待つ。

お嬢様が食事をしている間はオレとメルセさんは給仕に徹する。

食事が終わると後片付け。

お嬢様のお世話を他のメイドさんに頼み、オレ達は使用人食堂で遅めの朝食を済ませる。

朝食を済ませると、メルセさんはお嬢様の元へ。

オレは執事長のメリーさんの元へ向かう。

午前中はメリーさんによる魔人大陸語&執事としての勉強会が開かれる。

魔人大陸語は簡単な読みと日常会話は問題ないが、書く方はまだ慣れていない。

また執事としては未熟も未熟。

メリーさんから頭の下げ方、足運び、言葉遣い、姿勢、お茶の運び方、手紙の出し方、一般教養――などなどブラッド家の執事として恥ずかしくないレベルにするため、厳しく教えられる。

午後はお嬢様のお茶会準備。

お嬢様がお気に入りの『ミル・クレープ』を、マルコームさんが気合いを入れて準備する。

7日に1回ペースで、お嬢様の幼なじみの女性たち――『3つ眼族、バーニー・ブルームフィールド』『ラミア族(下半身が蛇)、ミューア・ヘッド』『ケンタウロス族、カレン・ビショップ』が遊びに来る。

その日はマルコームさんもさらに気合いを入れてお菓子を準備する。

彼女達は、引き籠もっているお嬢様のために、数年もの間ちょくちょく遊びに来ているらしい。

せめて使用人として彼女達の友情に報いるため、マルコームさんだけではなく、メルセさん、ギギさん、メリーさん、他メイドさん達も気合いを入れて応対する。

彼女達は純粋にお嬢様に会いたくて来ているようだ。

お茶会で楽しそうに女子トークを弾ませている。

3つ眼族、バーニー・ブルームフィールドは、お嬢様と趣味が合うらしく可愛い小物や面白かった本、街中で買って食べたお菓子など女の子らしい話をする。

ラミア族、ミューア・ヘッドは、お嬢様と同い年とは思えないほど妖艶で色っぽい。

大抵は聞き役で、このグループのまとめ役、お姉さん役という立ち位置だ。

お嬢様も相談がある時は、ミューアとこそこそ会話をしている。

ケンタウロス族、カレン・ビショップは皆の弄られ役だ。熱血で、可愛い小物より剣が好きという武人系女子。

よくミューアにからかわれ、その反応にお嬢様達が楽しげに笑う。

お茶会が終わると、警備長の獣人種族、狼族のギギさんと戦闘訓練だ。

彼も元奴隷で、10年前に貯蓄して、旦那様から自分を買い取ったらしい。

魔術師Bプラス級の実力者だから出来た芸当だ。

普通、奴隷が自分を買い戻すことなどそうそう出来ない。

奴隷の身分から解放された後も、旦那様の下に付き警備長として働いている。

本人曰く、

「家族はとうの昔に死んだ。帰る場所など無いからここにいる」

現在は一使用人として正当な給金を貰い働いている。

執事服からラフな運動着に着替える。

練習は裏庭で行っていた。

戦闘訓練をするのはいざという時、お嬢様を守るためだ。

練習メニューは体力作りのため城外周マラソン、体術、剣術の練習。

体術はひたすらギギさんと組み手を行う。

剣術は木刀を持ち、素振りとギギさんとの打ち合いをする。

夜、夕食をお嬢様の自室へ運ぶ。

食事が済み片付け終えると、他メイドさんと交替してオレとメルセさんは使用人食堂で夕食を摂る。

寝る前の夜会。

最近、夜会でお嬢様が気に入っているお菓子はプリンだ。

マルコームさんはプリンを皿の中央に置き、フルーツを並べ飾り付ける。

冷たいプリンと温かな 香茶(かおりちゃ) が癖になるらしい。

オレはお嬢様の側で給仕を務めながらたわいない話をする。

ラノベ、マンガ、アニメなど読んできたお話を聞かせるとお嬢様は喜んでくれた。

また20~30日に一度の割合で、血袋としての役割を果たした。

寝る直前、お嬢様の側に椅子を寄せ捲った腕を差し出す。

お嬢様は腕に薔薇色の唇を寄せ、真珠のような輝く犬歯で皮膚を『はむはむ』と甘噛みしてくる。

歯が皮膚に埋まっていく感触――白い喉を動かしお嬢様は血を味わう。

痛みは無く、むしろこそばゆい感じだ。

不思議なことにお嬢様が口を離すと、傷痕がまったく無い。

諸説あるが『ヴァンパイア族の唾液と魔力が無意識に交わり、魔術の 治癒なる灯(ヒール) と同じ効果を発揮しているのではないか?』というのが有力だ。

傷も小さいため、魔術師としての才能が無いお嬢様でも問題がないらしい。

飲む血の量も少ない。

精々、おちょこ1杯程度だ。

血袋の役目を終えると、お嬢様はオレの腕を小さな手で包み、傷が残っていないか確かめるように撫でる。

そして頬を染めて微笑んで、ありがとうとミニ黒板に書く。

心臓の鼓動が少しだけ早くなる。

そしてその後、メルセさんがお嬢様に付き添い寝る準備に取りかかる。

オレはここでお役ごめんだ。

「おやすみなさいませ」

『おやすみなさい』

お嬢様に挨拶をして自室へと引き上げる。

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夜、自分の私室へと戻る。

ブラッド家に買われ連れてこられた時、メイド服に着替えたあの部屋だ。

執事長のメリーさん。

警備長のギギさん。

料理長のマルコームさん。

メイド長のメルセさん。

以上は例外だが、本来、使用人に個室を与えられることは無い。

基本は大部屋で、長年務めても2人部屋が精々だ。

一番の新人なのに個室を与えられたオレは、かなりの特別待遇になる。

だが、他の使用人は嫉妬せず、あっさりとその事実を受け入れた。

理由はオレが人種族だからだ。

過去、人種族達と生活様式や習慣等々の違いで諍いになり、差別を受け、反発し戦争にまで発展した。

その自分たちが、新人で人種族だからと自分達の生活様式を押し付けるわけにはいかない。そういったプライドや様々な事情から、気を遣われ個室を与えられたのだ。

個室では皺にならないよう執事服を脱ぎ、ハンガーに掛け洋服ダンスにしまう。

ラフな恰好に着替えると、わずかな自由時間を満喫する。

マルコームさんから差し入られたお茶会・夜会のお菓子を食べたり、筋トレをしたり、ハンドガン作りの感覚を忘れないようにリボルバーやAK47制作のイメージトレーニングをする。

マルコームさんにお菓子のレシピを教えた代金や他使用人に雑用を代わった駄賃で買ったメモ、ペン、インク壺に覚えている限りメモを残したりもした。

お金を貯金して自分の無事を知らせる手紙を、エル先生に送ったりもした。だがスノーには上手く誤魔化して欲しいと頼んでおいた。

オレが魔人大陸で執事をしていることをスノーが知ったら、魔術学校を途中で放り投げ駆けつけて来てしまう。

そんな彼女の才能を潰すマネはしたくない。

だからもし心配で尋ねて来たら上手く誤魔化して欲しいと、手紙に書いておいたのだ。

「ふわぁ~、もう寝るか。今日も一日働いたな」

疲れが来たらベッドに潜り込む。

こうして一日が終わり。

そのままオレは、深い眠りの中へと落ちていった。