軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第274話 ヴァンパイヤ風邪

受付嬢さんに会った翌日――オレはクリスの自室で床に正座させられていた。

正面にはスノー、リース、ココノが立ち。

クリスが心配そうに少し離れた場所で、こちらを見守っている。

スノーはジト目になって腰に手を置き、まるでダメな子に言い聞かせる若妻のように、頬をふくらませて怒った顔で言う。

「……リュートくん、わたしもエル先生が誰かと結婚するのは寂しいよ。できればもう少し、『わたし達のエル先生』として居て欲しいと思ってる。でも、同時にエル先生には幸せになって欲しい。それはリュートくんも同じだよね?」

「……はい、同じです」

「なら、なんでギギさんのことを あの(・・) 受付嬢さんに話しちゃったの?」

昨日、受付嬢さんに『ギギさんがお金を稼ぐため冒険者として活動している』と話したことがスノー達にバレてしまった。

オレ&クリスの態度が怪しかったため、2人同時に問い詰められ話してしまったのだ。

結果、こうして嫁達にお説教を受けている。

オレはスノーの視線を受けて、冷や汗を流しながら慌てて弁明する。

「もちろんオレだってエル先生やギギさんには幸せになって欲しいと思っているよ! 受付嬢さんの件に関しては、2人の幸せを邪魔しようと嗾けたわけじゃないんだ! 口を滑らせただけだよ! 他意はなかったんだ!」

「でも、リュートくんのエル先生に対する態度はちょっと度が過ぎているところがあるし……無意識に妨害しようとしたんじゃ……」

スノーの言葉に他嫁達も『あぁ……』と納得したように呟く。

いや、だからっていくらなんでもあの受付嬢さんを嗾けるマネなんてしないよ!

……しないよね?

「ですが、これで本当に受付嬢様とギギ様が結婚されたら、エル先生様がおかわいそうです」

「うぐッ!?」

ココノはエル先生の心情を想像し、共感。

彼女はその光景を考えてしまったのか、目尻に涙を潤ませる。

オレ自身もココノに倣い想像する。

受付嬢さんにギギさんが寝取られたのを知って、孤児院で密かに涙するエル先生――想像しただけで発作的に拳銃を自身のこめかみに当てたくなる。

ギギさんも性格上、エル先生を第二夫人になんてしそうにない。

ギギさんが受付嬢さんと結婚した場合、エル先生は二度も大切な人を失うことになるのだ。

事の重大さは理解していたが、改めて自分がやらかしたミスに足が震える。

「とりあえず現状を把握しなければ、対策も打てません。シア、状況の報告をお願いします」

「かしこまりました」

リースの言葉にいつのまにかシアが音もなく、オレ達の前に姿を現す。

シアは忍者か何かなのだろうか?

「いえ、自分はメイドです」

「……心を読むのは止めてくれないか」

思わず素で返事をしてしまう。

先日の事件発覚後、リースはシアに『現在受付嬢さんがどこで、何をしているのか』の情報収集を命じていた。

シアはその命令を受け、昨日今日で情報収集を終えたらしい。

彼女は表情を変えず淡々と報告する。

「受付嬢様は、 冒険者斡旋組合(ギルド) へ辞表を提出。即時、退職を要求するも留意を求められております。留意する場合、待遇改善として上層部に上がるポストを提示されていますが、受付嬢様はこれを拒否。上層部と相談するため時間が欲しいと縋られているようです」

つまり、 冒険者斡旋組合(ギルド) を辞められて、暗部の情報を流されると危惧し、慌てて冷遇改善をしようとしているのか。

上層部ポストといっても権限や名前だけの席はいくつかある。それらに彼女を座らせようとしているのだろう。

冒険者斡旋組合(ギルド) からすれば情報を流出させられるより、ずっとマシだ。

しかし、彼女が求めているものは昇進でも、賃金の値上げでもない。 冒険者斡旋組合(ギルド) と受付嬢さんの要求が噛み合っていないため、実際に彼女が辞めるまで時間がかかりそうだ。

これならギギさんにちょっかいを出す暇はないだろう。

オレは情報を整理して、最悪の事態にならないと知り安堵の溜息を漏らす。

嫁達も同じように息を漏らした。

しかし、シアがさらなる情報をもたらす。

「さらに、こちらはまだ裏が取れていない不確定な情報ですが……業を煮やした受付嬢様が、有無を言わさず辞職を強行する可能性があります。『私には時間がないの! 残り少ない結婚幸せチャンスを邪魔する奴は、許さないんだから! 親の結婚プレッシャーに比べれば貴方達の脅しなんてそよ風レベルなんですからね!』と絶叫したのを数人が耳にしたとかしないとか……」

「受付嬢さん……ッ」

なぜかオレは涙が流れそうだった。

もう誰か幸せにしてあげてよ!

オレは彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

しかし、ギギさんとの仲を応援するかどうか話は別だ。

リースがシアの情報を聞き終え、現状を整理する。

「つまり、 冒険者斡旋組合(ギルド) 側は受付嬢さんを引き止めていますが、今にも強行して辞職しそうなのですね。ギギさんがあとどれぐらいで、目標資金を貯められるか分かりませんが、あまり悠長に構えている時間はないということですね」

「ならどうする? わたし達でギギさんのお手伝いする?」

「ですが、ギギ様の性格上、その申し出はお断りされる可能性が高いと思います」

スノーの案をココノが否定する。

確かにギギさんの性格を考えたら、断られるのが目に見えている。

『ならギギさんが目標金額を早く達成するようにお祈りをするぐらいしかありませんね』

「あぁ、それぐらいしか方法はないか」

「……いえ、もう一つだけ方法があります」

クリスの案にオレが答えると、リースが真剣な表情でその言葉を否定する。

その場に居る全員の視線が彼女に注がれる。

リースは震える声音を精一杯抑えて、案を提示した。

「……ギギさんがエル先生の結婚腕輪資金を貯めるまで、受付嬢さんが接触するのを妨害するんです。それが恐らく……たった一つ、私達できる役目です」

彼女の案に皆が絶句する。

あの受付嬢さんの妨害をするだと!?

それは『死』と同義語ではないか!

リースが無理矢理笑顔を作り、オレに向き直る。

「もちろん夫の責任を背負うのも妻の役目。その際は……私もリュートさんにどこまでもお供致します」

「わたしも! リュートくんと一緒に行くよ!」とスノー。

『私もお兄ちゃんと一緒に大魔王と戦います!』とクリス。

「わたしは何もできませんが、妻としてリュート様や皆様と共に地獄の底までお供します」とココノ。

妻達が震える足を叱咤し、名乗りをあげる。

これにシアも声をあげた。

「……護衛メイドとして、自分も皆様とどこまでもお供します。たとえ、そこが地の果てであろうとも」

「みんな……ありがとう……」

オレは思わず涙ぐむ。

受付嬢さんの邪魔をする――そうなった場合、無事でいられる確率は限りなく低いだろう。

それでも参加するという彼女達を前に『感動するな』と言うのが無理な相談だ。

オレはなんて素晴らしい妻とメイドを持ったのだろう!

そして、オレは妻達と自室で抱き合う。

メイドであるシアはその光景を幸せそうに眺め小さく頷いていた。

こうしてオレ達はミッションインポッシブル的な『ギギさんが結婚腕輪資金を稼ぐまで、受付嬢さんとの接触の妨害をする』というオレ達史上最大の作戦へ向けて、戦略・戦術会議をそのまま開催することとなった。

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「……一体何をしているんだ、リュート達は?」

今日も夕方近くにクエストから帰ってきたギギさんが、ブラッド家屋敷の様変わりように呆れた声を漏らす。

朝、屋敷を出た時は、愛するいつものブラッド家だったのに、夕方戻ると難攻不落の要塞に変わっていた。

城壁上部には鉄条網が張られ、所々にPKM( 汎用機関銃(ジェネラル・パーパス・マシンガン) )が設置されている。さらに周囲には地雷が埋められ、バリケードが張られ、 8.8cm対空砲(8.8 Flak) が複数設置されている。

ブラッド家使用人どころか、旦那様まで楽しそうにヘルメットを被って土木作業をしている。

スノー達も一生懸命、屋敷要塞化の協力をしていた。

そんな彼女達を指揮するオレに、帰ってきたギギさんが声をかけてきたのだ。

オレは彼に振り返ると、笑顔で挨拶をする。

「お帰りなさい、ギギさん! 今日も クエスト(お仕事) お疲れ様です!」

「ただいま……それでいったいリュート達は何をしているんだ?」

「ちょっと色々あって、屋敷を要塞化しなくちゃいけない事情になりまして……」

さすがに『受付嬢さんがギギさんと接触する際に篭もるため最終防衛陣地を構築しています』とは言えない。

手順としては――オレやスノー達が話し合いブラッド家を最終防衛陣地にして、一時ギギさんを屋敷へと連れ込む。

そして受付嬢さんが攻め込んできた所を、地雷、鉄条網、PKM、 8.8cm対空砲(8.8 Flak) などで時間を稼ぐ間に、ギギさんにはオレとクリスが使った秘密の抜け穴を使用してもらい屋敷外へと逃げてもらう。

森の小屋にはすでにレシプロ機が待機しており、ココノがギギさんを空中輸送。

素早く街へ移動してもらい、飛行船で大陸外に逃げ延びてもらう予定だ。

この程度の作戦で受付嬢さんから逃げられるかどうか不安は残るが……。

「屋敷を要塞化するほどの事態? どこか 軍団(レギオン) でも攻め込んでくるのか?」

「それくらいならまだ良かったんですが……」

始原(01) レベルの 軍団(レギオン) が複数攻めて来てくれた方がまだマシだ。

落ち込むオレにギギさんが狼狽える。

「よくわからんが、もし俺に出来ることがあるなら遠慮無く指示してくれ。なんでもするぞ」

「いえ、大丈夫です。ギギさんはただ自分の身の安全だけを考えていてくれれば」

「? そうか? 良く分からないが気を付けよう」

「ちなみにギギさん、訊きたいことがあるんですが……結婚腕輪の資金は後どれぐらいで貯まりそうですか?」

それによって作戦が多々変わってくる。

後2、3日で貯まってくれるならありがたいが、もし数週間かかるようであれば受付嬢さんが参戦してくる可能性が跳ね上がる。

イコール、彼女と事を構える可能性も同時に高くなるということだ。

できれば受付嬢さんと事を構えたくない。

オレだってまだ命は惜しい。

そんな心配をしていると、ギギさんはとんでもないことを言い出す。

「結婚腕輪の資金はすでに溜まっているぞ」

「……はぁ!? マジですか!」

「ああ、元々材料費自体は高い物ではないからな。狼族では抜けた犬歯を1つは自分が認めた友人に贈り、1つは自分の愛する人に贈るという風習があるんだ。その犬歯を利用して腕輪を作ろうと思って材料費を稼いだんだ」

「じゃ、じゃ今日はなんでわざわざクエストをやりにいったんですか!?」

「リュートの使う新型飛行船、『ノア?』と言ったか……あれの飛行船代を稼ごうと思ってな。あれならすぐエルさんの居る妖人大陸へ行くことが出来る。だが、通常の飛行船より速いだろ? だから、それ相応の運賃を支払わないといけないから、今日も頑張って稼いできたんだ」

オレは立ち眩みしそうになる。

そんな理由で今日もクエストに行っていたのか!?

「なに他人行儀なことを言ってるんですか! お金なんて無くてもギギさんを妖人大陸へ送り届けますよ!」

「いや、ちゃんと対価は得るべきだ。友人、知人だからといって優遇されるのは間違っている」

「友人、知人から無理を押して頼み込んでくるなら話は別ですが、オレ達自身がやりたいんです! そう言うことなら今すぐに妖人大陸へ行きましょう! 一刻も早く!」

「今からか? さすがに早すぎるだろう。クリスお嬢様ももう少しご実家でゆっくりされたいだろうし」

「大丈夫です。クリスも必死になってすぐに行った方が良いと言いますから絶対に!」

オレはギギさんの背中を押し、作業をしているクリスの元へと連れて行く。

彼女も一通りの話を聞くと、すぐに妖人大陸へ行くよう進言してきた。

それはもうギギさんが後ずさりするほど必死に!

しかし、ギギさんの結婚ということで旦那様、セラス奥様も同行したいと言い出す。

結果、今すぐに出発は難しく最速で明日の昼前の出発になった。

翌日、昼前。

予定通り、オレ達はブラッド家を後にして、新型飛行船ノアで妖人大陸へを目指す。

シアの調査では未だに受付嬢さんは、 冒険者斡旋組合(ギルド) 側と揉めており辞職にはまだ時間がかかるらしい。

オレのせいでギギさんが受付嬢さんに寝取られなくて本当によかった!

一応、念のため最大速度で魔人大陸を後にする。

再度魔人大陸へ来た時、受付嬢さんにいい人が見付かっているのを願わずにはいられなかった。

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新型飛行船ノアはすぐに妖人大陸へと舞い戻ってくる。

今回はギギさんの結婚ということで、旦那様、セラス奥様、メルセさんが一緒に付いてきた。

メルセさんは旦那様&奥様のお世話のため同行した形になる。

移動途中、問題が起きた。

クリスが熱を出して寝こんでしまったのだ。

オレ達は慌てて、治癒魔術をかけるが回復する兆しは無し!

元々治癒魔術は病気に効き辛い。体力を回復させる程度で、後は本人次第のところがある。

なので急いで近場の医者がいる街へ移動しようとしたが……旦那様&奥様が安心するよう声をかけてきた。

「落ち着くがいいリュート。クリスがかかったのは『ヴァンパイヤ風邪』だ」

旦那様&奥様が『ヴァンパイヤ風邪』について説明してくれる。

『ヴァンパイヤ風邪』はヴァンパイヤが一生に一度だけかかる風邪のことらしい。一度かかったら再発はしない。

他種族がかかる心配もないらしい。

この風邪にかからず一生を終えるヴァンパイヤも居れば、子供の頃すぐにかかるのもいるとか。

なんだか盲腸とおたふく風邪を一緒にしたような病気だ。

6~7日ぐらい熱は続くが、命に別状はないと教えてくれた。

とりあえずクリスは熱が下がるまで飛行船のベッドで眠ることに。

クリスはギギさんがエル先生に告白するシーンを見られないことを残念がっていた。

しかし、まさか眠っているベッドの前で告白してもらう訳にもいかない。

兎に角、クリスは熱が引くまで安静にしているようにと釘を刺しておいた。

そんな一波乱がありながらも妖人大陸へと辿り着く。

大陸に入るとすぐにオレ&スノーの育ったアルジオ領ホードという小さな町が見えてくる。

ここにエル先生が営む孤児院があるのだ。

新型飛行船ノアを止めて、エル先生が居る孤児院へと向かう。

ギギさんは自身の犬歯を利用した結婚腕輪を作り終えている。

後は腕輪をエル先生に手渡せば、2人は夫婦になる。

(はぁ……ついにエル先生とギギさんが結婚か……)

覚悟していたことだが、溜息が漏れそうになる。

流石に受付嬢さんの一件もあるため、2人の邪魔をするわけにはいかない。

エル先生を悲しませるようなマネは出来ない。

しかし……しかし……ッ!

2人が結婚すると胃の辺りが重くなり、溜息が出そうになる。

(エル先生の幸せを望んでない訳ではないけど……)

「……リュートくん、また変なこと考えてるでしょ。ここまで来てギギさんの邪魔をするつもりなら、いくらなんでも怒るからね」

隣を歩くスノーが目ざとく釘を刺してくる。

さすが赤ん坊時代から一緒の幼馴染みで嫁。

オレの考えていることなどお見通しなのだろう。

オレは慌てて小声で返答する。

「ま、まさかそんなつもりないよ! オレだってエル先生やギギさんの幸せを願っているんだから」

「だったらいいけど。本当に変な気をおこさないでよね」

スノーに言質も取られてしまう。

今更、撤回する訳にもいかず、オレ自身、諦念的心情でギギさんの後に続いた。

皆は孤児院入り口から距離を取る。

ギギさんだけが、1人入り口の扉へと向かった。

彼1人が中に入り、エル先生に結婚腕輪を差し出し、プロポーズする。

エル先生が結婚腕輪を受け取った後、2人に孤児院外へ出てもらい祝福する予定だ。

ギギさんが結婚腕輪が入った箱を確認し、扉をノックする。

「んんッ! ふっぅ……」

緊張のためかギギさんが咳払いをする。

なぜかオレの右腕をスノー、左腕をリース、前を阻むバリケードのようにココノが立っている。

何これ? オレが妨害しないようという布陣に見えるんですけど?

そんなに信用ないのか? 無いんだろうな。エル先生関係については自分自身、自信がないほどである。

そうこうしていると扉が開く。

中から姿を現したのは――オレやスノーもお世話になった孤児院を手伝ってくれているオバさんだった。

「あらあら! えっと……たしか、ギギさん? だったかしら?」

「はい、獣人種族、狼族のギギと申します。エルさんはいらっしゃいますでしょうか?」

ギギさんはおばさんを怖がらせないように紳士的態度で接する。

おばさんは、エル先生の名前を出されると、頬に手を当て溜息をつく。

「それが聞いてくださいよ。エル先生ったら、今朝早く凄い人に連れて行かれちゃって」

『!?』

流石にこの展開は予想してなかった!?

エル先生が連れて行かれた!? 誰だ、その凄い人って奴は!

オレ達のエル先生に手を出すなんて不届き者が!

一体どこの誰が連れ去ったっていうんだ!?

ギギさんも慌てた様子で問いかける。

「え、エルさんが連れされられた!? いったいどこに! それに誰に連れ去られたというんですか!?」

「それがねとっても凄い人で、なんとあの魔術師S級、獣人種族、『 獣王武神(じゅうおうぶしん) 』って名乗ってて、もう驚いちゃったわ」

……えっ?

魔術師S級、獣人種族、『 獣王武神(じゅうおうぶしん) 』ってあの?

おばさんの言葉が嘘でなければ、エル先生は再び天才すら越えた『人外』『化け物』『怪物』と呼ばれる魔術師S級に連れ去られたことになる。

――どうやらエル先生とギギさんとの結婚は、天神様はもういないが恋の神様的何かによって妨害を受けているらしい。

当人のギギさんは、あまりの事態に暫し固まって動かなくなってしまった。