軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第273話 クリスと思い出街デート――そして、そこには『絶望』が待っていた

恩のあるギギさんに『エルさんに結婚を申し込もうと思うのだが、どうだろうか?』と相談された。

滅茶苦茶邪魔をしたいが、まさか本当に実行するわけにもいかず……

『い、いいいいい、いいいんじゃないですか』と震える声音で返事をした。

この答えにギギさんは、頷き『ありがとう、リュート』と嬉しそうに微笑んだ。

ギギさんはエル先生に贈る結婚腕輪資金を貯めるため、暫く 冒険者斡旋組合(ギルド) で稼ぐといいだす。

腕輪を買った後、妖人大陸までギギさんを新型飛行船ノアで連れて行く約束もした。

……別にオレはエル先生とギギさんの結婚を認めた訳じゃない。

しかし、ギギさんには奴隷時代助けてもらった恩があるし、エル先生も彼に想いをよせているのは明白だ。

でも2人が結婚する協力をするとなると、『ぐぎぎぎぎぎ』と歯ぎしりする気分になる。

『いっそ本当に2人の結婚を妨害するか?』とも考えたが、エル先生の悲しむ顔を想像したら吐き気を覚えるほど胸が痛くなる。

でも――とよく分からない葛藤を繰り返していると、クリスがオレ達の泊まっている客間へと顔を出す。

彼女は恥ずかしそうにミニ黒板を掲げた。

『リュートお兄ちゃん、もし明日お暇なら一緒にお出掛けしませんか?』

「お出掛け?」

『はい! その家の近くの街へ、久しぶりに2人で出かけられたらなと思って』

近くの街――執事時代、クリスと一緒にカレンの誕生日プレゼントを買いに行った街か。

オレとクリスにとって思い出深い街である。

確かに折角の機会だし、出かけるのは悪くない。

それに部屋に居たらずっとエル先生とギギさんのことを考えてしまいそうだ。

「了解。それじゃ明日一緒に行こうか」

『ありがとうございます! 明日、楽しみにしてますね!』

こうして、オレはクリスとデートの約束をした。

明日は思い切り気分転換をしよう。オレはそう決めて、ギギさんとエル先生のことを自分の頭の中から追い出すように努めた。

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翌日。

使用人の男性に馬車を出してもらい、オレとクリスは2人で近くの街へデートに出かけた。

前来た時はギギさんが護衛をしてくれたが、今日は彼は朝早くから屋敷を出た。

エル先生に贈る結婚腕輪資金を作るため 冒険者斡旋組合(ギルド) へと向かったのだ。

歯ぎしりしそうになる気持ちを落ち着かせる。

折角、今日はクリスと2人で思い出の街をデートするのだ。

負の感情に支配されたらもったいない。

オレとクリスを乗せた馬車は、約1時間かけて近くの街へと向かう。

街は平野にあり、高くはないが壁に囲われている。

前に来た時と殆ど変わっていない。

昔と同じように門で検問を受けた後、街の中へと入る。

大きな建物は無く、一般庶民達が集まって出来た商業都市といった感じだ。そのせいか雑多で、行き交う人も多い。

馬車預かり所に馬車を預ける。

場所代と角馬の水代を渡す。

ここまで連れてきてくれた使用人に馬車のことを任せて、オレ達は街へと出かける。

「相変わらずこの街は人通りが多いな」

『ですね……』

商人の丁稚、露店商、主婦達の買い物、ごつい男達が荷物を運び、うるさいぐらい何人もの声が響き渡っている。

さらに特徴的なこととして、他大陸とは違い、魔人大陸では多くの種族が入り交じっている。そのせいでカオス具合がより一層深まっていた。

しかし不快感はなく、むしろそれは街の活気につながっている。

いつまでも眺めている訳にはいかない。オレ達もこの活気の渦に潜り込もう。

オレは2、3度咳払いをしてからクリスに手を伸ばす。

「それじゃ僕たちも行きましょうか、クリスお嬢様」

『はい! 行きましょう!』

執事時代のように『お嬢様』と呼んで手を差し出すと、クリスは可笑しそうに微笑む。

オレも自然と笑みが漏れ出た。

オレ達は互いに微笑み、互いに手を握り締める。

まるで昔の執事時代に戻ったように、オレ達は雑踏の中へと歩き出した。

今回のデートに明確な目的があるわけではない。

ただ久しぶりに魔人大陸のブラッド家に戻って来たため、昔を懐かしみ折角だからと街へ来たのだ。

オレとクリスは雑踏の中を歩きながら、両脇に並ぶ露店を見て回る。

気が付くといつのまにか雑踏を抜け出し、人気もまばらな区間に出る。

先程の露店とは違い、人通りは少なく歩く人々も仕立てのいい服に袖を通していた。

「ああ、ここって前にカレンの誕生日プレゼントを買った店がある通りか」

執事時代、クリスと一緒にカレンの誕生日プレゼントを買った宝石店がある。

高級店が集まった区間のため、一般市民はこちらに来ることは殆どない。

『お兄ちゃん、折角なのでそのお店によりませんか?』

「そうだな。ここまで来た訳だし行ってみるか」

オレはクリスに手を引かれて、宝石店へと向かう。

商品を買うつもりはないが、見るぐらいいいだろう。

向かった宝石店は白い石を使った白亜の店だ。

昔と変わらず白い高級感のある店構え。

前世の日本の銀座一等地にあっても通用する高級感がこの店にはある。

オレ自身、昔は一介の執事でこの手の店に入るのに気後れした。

現在は 軍団(レギオン) トップだった 始原(01) を打ち破った新進気鋭の PEACEMAKER(ピース・メーカー) 代表である――のだが、やはり生来の気質か二の足を踏んでしまう。

逆にお嬢様であるクリスは、コンビニレベルの気軽さで店へと入って行く。

オレは彼女に手を引かれ、緊張しながら扉を潜った。

「いらっしゃいませ。これはブラッド様、ご無沙汰しております」

『はい、ご無沙汰してます』

以前、カレンの誕生日プレゼント購入を担当してくれた老紳士風店員さんが、再び応対してくれる。

店内にはオレ達しかいない。

「今日はどういったご用件でしょうか?」

『近くまで寄ったので、久しぶりに立ち寄らせていただきました』

「それはそれは、是非ごゆっくりしていってください」

『ありがとうございます』

クリスと老紳士店員は、朗らかに言葉をかわす。

こういうやり取りは未だになれないな。

オレが黙っていると老紳士店員が気を利かせて話を振ってくる。

「こちらの方は前にブラッド様とご一緒に執事としておこし頂いた……」

「はい、その節はお世話になりました。今は執事を辞して、 軍団(レギオン) の代表を務めていますが」

「執事から、 軍団(レギオン) 代表とは随分差がありますね」

「確かに自分でもそう思います」

オレの返答にクリスが可笑しそうに微笑む。

釣られてオレ達も微笑みを漏らした。

老紳士店員がまるで孫達の成長を見詰めるように目を細める。

「可愛らしい彼女様ですね。是非、大切にしてあげてくださいね」

「いえ、彼女ではありません。クリスは自分の妻です」

クリスは嬉しそうに左腕にある腕輪を見せる。

老紳士店員はなぜか嬉しそうに破顔した。

「これは失礼しました。ブラッド様、遅くなってしまいましたが、ご結婚おめでとうございます」

『ありがとうございます!』

お礼を言った後、老紳士店員と話をして店を出た。

次に来るときは、妻達全員を連れて買い物に来ると約束をして。

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宝石店を出た後、オレとクリスは露店のある通りに戻る。

そして、2人でぶらぶらと歩いて回った。

小物雑貨を冷やかし、花屋で色とりどりの花々を眺める。

衣服店に顔を出し、店員とクリスがたわいない会話を交わす。

執事時代、宝石店を出た後、一緒に見て回った道をオレ達はなぞっているのだ。

狙ってやった訳ではなく、気付いたら同じように回っていたのだ。

だが、ここまでなぞったら最後までやり通した方が面白い。

言葉にしなくても、互いに同じようなことを考えていたため次に向かった店は、露店で売っている揚げ菓子を買いに行く。

前世、地球でいう揚げパンに近い。

パンに似た食べ物を油で揚げ、砂糖と香辛料をまぶした品物だ。

大きさはコンビニで売っている肉まんぐらいで、値段は銅貨2枚――約200円である。

この揚げ菓子は、この街の名物品でクリスが学生時代、立ち寄りカレン達と一緒に食べた思い出の品だ。

ブラッド家に居る皆にも食べさせたいが、冷めると途端に不味くなるため買って持ち帰ることは推奨されない。

行儀悪くオレ達は歩きながら食べる。

クリスは小さな口を動かし、美味しそうに食べる。

オレも食べるが、わざと半分残す。

クリスが食べ終わったのを見計らって声をかけた。

「お嬢様、よかったら僕の分も食べませんか?」

彼女は意図を理解し、オレの食べかけをちらちらと盗み見る。

『リュートお兄ちゃんの分をとるなんて悪いです』

「気にしないで下さい。自分はもうお腹いっぱいなので」

『それでは遠慮無く、いただきますね!』

昔、この場所で交わした台詞を思い返し、2人でやり取りをする。

なんだかくすぐったく、口元がつい弛んでしまう。

クリスも同様らしく、目が合うと可笑しそうに微笑んだ。

オレ達は互いに笑い合いながら、雑踏を歩く。

さすがに歩き疲れたため、休憩がてらお茶を飲むことになった。

昔、2人で入ろうとした食堂を発見。

前回とは違って昼時を過ぎていたため、席は空いていたがオレ達は外のベンチに腰掛けた。

これも執事時代をなぞる行為である。

オレ達は昔したように木製のコップに注がれた果実水を買ってベンチに座り、並んで喉を潤す。

「確かこうして2人で並んで休憩していた時、あのオジ達……ピュルネッケン達と顔を合わせたんだよな」

『ですね』

ピュルネッケン達が今、どうなっているのか知らない。

知りたくもないが。

もしまたブラッド伯爵家に手を出そうというなら、海を越えてオレ達 PEACEMAKER(ピース・メーカー) の全戦力をもって叩きつぶしてやる。

でも、とクリスが文字を書く。

『あの人達が騒動を起こしたから、こうしてリュートお兄ちゃんや PEACEMAKER(ピース・メーカー) のみんなと出逢えて、今一緒に過ごせているとも言えるんですよね』

「クリスの言う通り、そういう面もあるか……。でも、だからといって、あんな辛いことはあんまり起きて欲しくないかな」

『ですね。けど、わたしはリュートお兄ちゃんと一緒ならどんな辛いことでも、一緒に乗り越えられると信じています』

クリスはトラウマになってもおかしくない『ヴァンパイア事件』を思い起こしてなお、オレと一緒ならどんなことでも乗り越えられると断言する。

オレだってそうだ。

クリスと一緒なら、絶望的状況でも乗り越えられる自信がある。

さらにスノー、リース、ココノ、メイヤ、シア、他 PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバー達が一緒なら、世界を敵に回しても勝ってみせる。

皆と一緒なら、なんだってできる。

そんな熱い想いがオレの胸を満たした。

クリスも同様の想いを胸にしているらしく、オレの手を掴む力が強くなる。

「これからもずっと一緒に居てくれよな」

『もちろんです! ずっと一緒です』

「クリス……」

「りゅー、と、お兄ちゃん……」

気付けば彼女の瞳は潤み、そっと目蓋が閉じられる。

オレもクリスが愛しくて、彼女の頬に手を添え顔を近づける。

「……いいですね、幸せそうで」

「「!?」」

背筋も氷る呟き。

オレとクリスは、声に気が付き視線を向ける。

そこには魔物大陸で仕事をしているはずの受付嬢さんが立っていた!

彼女に似た受付嬢さんは他大陸にも居る。

なのになぜ『あの』受付嬢さんだと一目で分かったかというと――星の瞬きすら飲み込む黒いオーラを放っていたからだ。

クリスと作っていた2人の世界は、ブラックホールより黒いオーラによって飲み込まれ砕かれる。

クリスが幸福そうな表情から一転して、泣きそうな顔でオレにすがりついてくる。

オレだって泣きそうだ。

あまりの黒いオーラに泣きそうになりながらも、尋ねる。

「ど、どうして魔物大陸で仕事をしていた受付嬢さんが、こ、こんなところにいるんですか?」

彼女は魔物大陸、港街ハイディングスフェルトでギギさんに振られてから、『仕事に生きる!』と断言。

聖母のような光をまとって、真摯に働いていたはずだ。

なんに今はあの時の光が嘘のように消えて、周囲の風景を歪めるほど黒いオーラを放っている。

人通りの多い通りのはずなのに、彼女の周りだけは人が避けるように通り過ぎる。

屈強な冒険者すら、ドラゴンを前にしたように下を向いて避けていくのはシュールを通り越して、恐怖心すら抱く。

「……実はリュートさん達に宣言した通り、結婚を諦めて仕事に生きようと頑張ったんです」

話を振られ受付嬢さんがぽつぽつと語り出す。

「頑張って、冒険者さん達にあったクエストを出したり、アドバイスをしたり。頑張って、人材育成や魔物部位剥ぎ取りのマニュアル作成をしたり。頑張って、頑張って、仕事をして 冒険者斡旋組合(ギルド) の不正や汚職などの暗部を暴き、上司や幹部達を告発して辞任させて人生の落伍者に追い落としたりしてたら………………左遷されちゃいました」

やり過ぎだよ!

途中まではしっかり仕事していたから、感心していたのに!

最後で受付嬢の仕事を飛び越え過ぎだろう!

なんで受付嬢が上司や幹部達の暗部を暴いてるんだよ!

いや、告発自体は立派な行為だよ?

でも、何事も限度ってものがあるじゃないか!

「『魔物大陸だと女性は危険だから』『実家に近いほうが働きやすいだろ?』と言われて、今はこの街にある 冒険者斡旋組合(ギルド) 倉庫で働いているんです。倉庫っていっても今は誰も来ない建物なんですけどね。そこで日がな1日、机に座っているだけなんです。ずっと1人で……自分自身の将来みたいに……皆から笑顔をもらえる『受付嬢』という仕事を頑張ろうと思ったのに、どこで間違えたんでしょうね……ふふふふふふ……いっそ、 冒険者斡旋組合(ギルド) を辞めて冒険者にでもなってやろうかしら」

多分、最初から全部間違っているんだと思います。

恐らく上層部も、色々な問題を知る彼女を強制的に辞めさせることが出来ず、左遷させたのだろうな。

「ところでお2人はどうしてここに? 獣人大陸に 軍団(レギオン) の本部があるはずですよね?」

「えっと、クリス……妻の実家に用事が、あッ……!?」

オレは自身の失言に気が付く。

空気が氷る。

受付嬢さんを取り巻く黒いオーラの色が濃くなり、範囲が広がる。

「嫁……実家……家族に挨拶……へぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇええッ!」

そこに――絶望――が存在した。

クリスは受付嬢さんに睨まれ、壊れたオモチャのようにガクガク震えていた。

オレも彼女に睨まれ、今にも泣き出し心臓が止まりそうだ。

さっき『クリスと一緒なら、絶望的状況でも乗り越えられる自信がある』と思ったが、無理です。

この絶望は彼女と一緒でも乗り越えられません。

PEACEMAKER(ピース・メーカー) が一緒でも無理です。

死んでしまいます。

これならまだ 始原(01) ともう一度戦った方がマシだ!

「そ……」

オレは膨れ上がる重圧から逃れたい一心で、震える声で呟く。

「そ、そういえばき、奇遇ですね。ギギさんも今、こっちに来ていて……お、お金を稼ぎたくてクエストをこなしているんですよ」

「え、ギギさんが冒険者としてクエストを?」

受付嬢さんの圧力が消える。

まるで重力1000倍から、通常に戻ったような解放感だ。

受付嬢さんがこの情報を聞き、考え込む。

彼女のなかでどんな方程式が展開されているかなんとなく察した。

ギギさんが冒険者をしている → 自分も冒険者として一緒にクエストをこなす → 危険なクエストを一緒にこなしていくうちに芽生える恋心 →ゴールイン!

また冒険者になればギギさん以外の男性とも知り合いになれる → 冒険者として一緒にクエストをこなす(以下略)。

「私、 冒険者斡旋組合(ギルド) を辞めて冒険者になるわ!」

受付嬢さんは暗黒オーラを吹き飛ばす太陽のような笑顔を浮かべて断言する。

「左遷されたからと言ってくよくよするより、心機一転新しいことにチャレンジする方が人生を豊かにするわよね! ありがとうリュート君、クリスちゃん! 辞める切っ掛けを作ってくれて! それじゃ私、用事ができたから失礼するわね!」

受付嬢さんは瞳を星のように輝かせて、雑踏を走り抜ける。

オレとクリスが返事をするより早く、その背中は見えなくなってしまう。

暫くしてクリスが、悲しそうな瞳で見つめてくる。

違う、違うから!

別に彼女の重圧から逃れたくてギギさんや他男性冒険者を生け贄に捧げるマネをしたわけじゃない!

ただ気付いたら、先程の台詞を口に出していたんだ!

しかし、どれほど言い訳しても、オレの良心は痛み、罪悪感が潰れそうなほどのしかかってくる。

オレの無意識の台詞によって、この世に魔王を越える 受付嬢さん(大魔王) を解き放ってしまったのは事実なのだから……。

その日の夜、ギギさんがクエストを終えブラッド伯爵家へと帰ってくる。

彼を待っていたオレは、すぐさま声をかけた。

「ギギさん、お疲れ様です!」

「どうしたんだリュート? こんなところで」

「ギギさんとエル先生が上手くいくよう応援したくて! オレ、ギギさんのこと応援するんで頑張ってください!」

「そうか……ありがとうリュート……」

ギギさんは言葉少ないが、心底嬉しそうに微笑みを返してくれる。

そんな好意的態度がオレの良心に激痛を、罪悪感の重量が数倍に増す。

もし今回の一件でギギさんが受付嬢さんに寝取られたら――考えただけで胃が痛くなる。

ごめんなさい、ギギさん。

オレは好意的な態度を取られるほどの奴じゃないんです。

やって良いことと、悪いことがあると知っています! でもわざとじゃないんです! 気が付いたら口に出ていたんです!

本当にごめんなさい!

とりあえず今のオレに出来ることは、ギギさんを応援することぐらいしかなかった。