作品タイトル不明
第268話 アルトリウスの終わり
「我が準備した2人で暮らす家に――一緒に行こうじゃないか……ッ!」
窓からさしていた星明かりが、雲に隠れる。
同時に2人の姿も暗い闇の中へと消える。
「――ギャァッ!?」
雲が流れ、星明かりが再び戻る。
悲鳴を上げた人物――アルトリウスの左太股に深々とナイフが突き刺さっていた。
さすがのアルトリウスも予想外の痛みに拘束を緩めてしまう。
その隙を逃さずピンク髪の女性は右腕を素早く振り上げ、アルトリウスの肋骨目掛け肘打ちを叩き込む。
「ぐゥッ……!」
アルトリウスは息を詰まらせ、さらに拘束が弛んだ。
彼女は彼の左腕を掴むと、捻りながら背後へと回り込む。
足を払い冷たい床へとアルトリウスを拘束する。
その時の衝撃で長いピンク色の髪が床へと落ちた。
アルトリウスは痛みを感じながらも、首を背後にめぐらせ声を上げる。
そしてようやく自身が罠に嵌められたことを知る。
「カツラ!? 貴様、エル嬢の偽者か! 謀ったな!」
エル先生役をやったのは、シア直属の護衛メイドの1人だ。
エル先生とは背格好が近い人物。
唯一、髪色が違うためカツラを被ってもらっていた。
アルトリウスがエル先生に執着していることを知り、シアに頼んで替え玉を準備しておいたのだ。
彼女はトイレに先回りして待機。
エル先生と入れ替わり、廊下へと出たのだ。
「当然だ。このオレがまだ危険の可能性があるうちに、エル先生を一人フリーにするはずないだろう」
アルトリウスに気付かれないよう隠れていたオレ、リース、ギギさん、旦那様が姿をあらわす。
クリスは狙撃ポジションについて、他 PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバー達は彼を逃がさないよう武装して建物を囲んでいる。
本物のエル先生は、トイレの窓から抜け出し、別の場所に避難してもらっている。
護衛としてスノー&シアが付いているから安心だ。
オレ達の姿を確認すると、アルトリウスが睨み付けてきた。
オレ自身、手にした 戦闘用(コンバット) ショットガン、SAIGA12Kの銃口をアルトリウスへと向ける。
「この……魔王の手先め! エル嬢をどこへやった!」
「誰が魔王の手先だ。だいたい、この前の戦いで『負けた方が、勝った方の条件を無条件に受け入れる』と決まったと思ったんだが? なのに後からエル先生を狙いやがって。これって条件違反じゃないのか?」
オレは溜息をつきながら指摘するが、アルトリウスは睨み付けたまま眼光を緩めない。
絶対にオレ達に屈さないと、その目が如実に語っていた。
一応、相手は正面から戦った 始原(01) のトップだ。
形式的にだが、降伏を促す。
「とりあえず、こちらとしてはこれ以上貴方と戦うつもりはない。 魔術防止首輪(これ) を大人しくつけて、 始原(01) から迎えが来るまで大人しくこちらの指示に従うなら、これ以上の乱暴はしないが……どうする?」
「ふっ……決まっている」
アルトリウスが乾いた笑みを漏らし、敵意を漲らせた声で告げた。
「誰が貴様ら魔王の手下に屈するか! 我は人種族最強の魔術師S級、アルトリウス・アーガーだぞ! 貴様らをここで撃ち倒し、エル嬢を見事救い出してくれる!」
アルトリウスは叫び声を上げると、魔術を展開。
この狭い廊下に前回のように大量の魔物を召喚しようとした――が、
「ま、魔力が……ぐぅ、上手く巡らせられない!?」
当然、このケースも想定していた。
偽エル先生が刺した小型ナイフには、痺れ薬がタップリと塗ってある。
そのため体が痺れ、思考も鈍り、魔力が上手く巡らせられないでいるのだ。
どうやら、交渉の余地はないらしい。
オレは躊躇わず、SAIGA12Kの 引鉄(トリガー) を絞る。
銃口からビーンバッグ弾、非致死性 装弾(ショットシェル) が飛び出しアルトリウスの顔面にぶち当たる。
「ぐがぁ!?」
流石の魔術師S級も魔力なしでは至近弾に耐えきれず、気を失う。
オレは再び溜息をつきながら、指示を出す。
「彼に魔術防止首輪を付けて、傷の治療をした後は地下牢へ入れておいてくれ」
この指示に皆が頷く。
気絶したアルトリウスの首に魔術防止首輪が付けられ、身に付けていた鎧などが外されていく。
それらが終わると、リースが治癒魔術で足のナイフの傷とビーンバッグ弾で撃たれた箇所を癒す。
治癒が終わり、武装解除された彼を、4人がかりで地下牢へと運び込む。
こうしてようやく、アルトリウスとの戦いが終わりを告げた。
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その日の深夜――アルトリウスを捕らえた後、結局、祝賀会は早々に打ち切られた。
地下牢へ続く扉の前には、武装した PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバーが2人一組で歩哨をしている。
アルトリウスが囚われている地下牢へ行くためには、この入り口を必ず通る必要がある。
彼を地下牢に入れた後、入り口から人がいなくなったことは1秒たりともない。
つまり、彼女達の目を欺き地下牢へ入ることは、本来何人にも出来ないはずだ。
……しかし今、アルトリウスが入れられている牢屋の内側に、1人の黒い影が降り立っていた。
影は頭から黒い外套を被り、ズボン、手袋、ブーツ、顔を隠す仮面を身に付けている。
何者かは自らの姿を外部に漏らさぬよう徹底していた。
お陰で男なのか、女なのか性別すら分からない。
影は未だ気絶し横たわっているアルトリウスの首に巻かれた魔術防止首輪に触れる。
いつの間にか、魔術防止首輪は影の手に握られていた。
影は首輪を床に落とし、今度はアルトリウスの体に触れる。
そして、二人は暗い闇の中へ忽然と消えてしまった。
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「――ッ、ここは……?」
アルトリウスが目を覚ます。
まず目に入ったのは、夜空に輝く星々と黒い仮面だ。
「!? 何者だ! ッゥ……」
「……何だ、もう起きたのか。相変わらず頑丈だなぁ、アルトは」
「その声はランスか?」
アルトリウスの言葉に、黒い影のような衣装を身に纏っていた人物が、空気穴すらない仮面を取り素顔を晒す。
頭から被っていた外套も取ると、女性と見間違うほど整ったランスの顔と金髪が星空の下に晒される。
さらによく見れば、彼の背後に1人の女性が立っていた。
その容姿にアルトリウスは見覚えがあった。
ハイエルフ王国エノール、妖精種族、ハイエルフ族の元第一王女であるララ・エノール・メメアだ。
彼女は随分前から行方不明。
PEACEMAKER(ピース・メーカー) 、リュートとの会話から魔王復活を目論む『黒』に所属していたことを知った。
そんな彼女がなぜアルトリウス達と同じ、『黒』を追っていたはずのランス・メルティアと一緒に行動を共にしているのだ?
「……そうか、そういうことか」
アルトリウスが目の前の状況と所持する情報から、友人であるランスの立ち位置を推測する。
ゆっくりと立ち上がり、歯噛みする。
「初めて直接、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) 団長であるリュートと会話をした時、魔王復活をララ嬢から聞いたのかと指摘され困惑した。なぜなら、魔王復活の情報は、ランス――オマエから聞かされたのだからな。しかし、ララ嬢と一緒に行動しているということは……『黒』と繋がっていたという訳か。どうりで我らが全力で捜索してもメンバーが1人も捕まらないわけだ」
『黒』を追っていた自分たち 始原(01) の情報が、ランスを通して『黒』のメンバーであったララに伝えられていた。
故に『黒』メンバーを捕らえることができなかったのだと自嘲してしまう。
アルトリウスは目の前に立つ友人を睨み付ける。
「ランス……なぜ、すぐに協力し『黒』のメンバーを捕らえなかったのだッ!」
激昂するアルトリウスを前にして、ランスは表情を変えずに喋り出す。
「……もちろん、アルトには悪いと思っていたよ。騙していたりしてさ。でも、僕にもある目的があってね。魔王復活を止めたり、5種族勇者の秘密が漏れるより重要な目的がさ」
「目的? それは一体どんなものだ」
「あー、説明してもいいけど、もし話を聞いたら友として協力してくれるかい?」
「……話の内容による」
「分かったよ。それじゃ教えてあげる。僕がやろうとしているのは――」
3人が居る場所。
PEACEMAKER(ピース・メーカー) と 始原(01) が戦った獣人大陸の平野に風が吹く。
ランスの話は風が吹く音に紛れて第三者には聞こえなかった。
アルトリウスが話を全て聞き終えると、暗闇でも分かるほど青い顔をする。
彼は思わず声をあげる。
「馬鹿な! そんなこと出来るはずがない!」
「出来るよ。だから僕はこうして『魔法核』を手に入れたんだ」
ランスはアルトリウスに見せるため、魔法核を取り出す。
魔法核は本物であると主張するようにその存在感を放っていた。
その内包する力に、アルトリウスでさえ息を呑む。
彼は魔法核からランスに視線を戻すと、青い表情で指摘する。
「もし……仮にそんなことが出来たとしたら、五種族勇者の真実が世間に知られる以上の災禍を迎えることになるぞ! 正気か!?」
「もちろん、理解しているさ。その上で長い間、準備してきたんだから。黒すら利用してね」
ランスの返答に苦虫を噛みつぶした表情をアルトリウスは浮かべる。
今度は彼の側で佇むララへと話を振る。
「ララ嬢もランスのやろうとしていることを知っていて、協力しているのか!? もし実際にそんなことが起きれば、ララ嬢とて人事では済まされないのだぞ!」
この問いかけにララは涼しい顔で答える。
「もちろん。全てを知った上でランス様に協力していますよ。ランス様の為なら、自分の命――いえ、親や妹の心臓だって笑いながら抉りだしてみせます」
「ッ――!?」
かつて家族と呼んでいた存在すらも、彼女は笑顔で殺すことが出来る。
それはつまり、見ず知らずの奴等なら罪悪感すら抱かず殺害できるということだ。
アルトリウスはその言葉に背筋に冷たい汗を流す。
「こ、この凶人共が!」
アルトリウスは叫び声を上げると、2人から距離を取り魔術を展開。
魔法陣から魔物が姿を現す。
「この世界と人々のため――5種族勇者の子孫、アルトリウスが貴様等を殺して止めてみせる!」
「……やれやれ。この世界では数少ない友達だから、わざわざ PEACEMAKER(ピース・メーカー) の地下牢から助けてあげたのに。その言い草は酷いんじゃないかな?」
「黙れ! 貴様はもう友でもなんでもない! この世界の裏切り者共め!」
アルトリウスは PEACEMAKER(ピース・メーカー) に敗北した後、まだ魔物を補充していない。
そのため攻撃に使用できる魔物の数は数千ほどしかいない。
しかし、相手は魔術師A級とBプラス級のみ。
現状の戦力でも十分殺害は可能だ。
さらにアルトリウスとランスは付き合いが長いため、互いの能力を熟知している。
アルトリウスは攻撃系の魔物をランスとララへ放つ。
最初にランス達に到達した狼型の魔物が内側から破裂し、死亡する。
これがランスの特異魔術だ。
魔力を気体にして魔物の内側に注入、破裂させて殺害することができる。使い方によって大量の魔物や人、敵を一気に殺害することができる。
アルトリウスはランスの特異魔術を警戒し、最初に距離を取ったのだ。
さらに念には念を入れ、翼竜に乗り2人から距離を取る。
空高く飛べば、ランスの魔力気体を吸い込むことはもうない。
地上では召喚した魔物の群れが、ランスとララへ猛烈な攻撃を仕掛けている。
2対1000の戦い。
上空からアルトリウスは、その戦況を見詰めていた。
誰が見ても、ランス達が敵う筈がない。
だが、彼はすぐに思い出す。
この場所で、同じように圧倒的戦力差を覆され大切な人を奪われたことを。
「――がっぁ!?」
気付いた時には遅かった。
激しい痛みに振り向けば――自身の背中から、誰かの腕が生えている。
手が自分の体内に突き立てられている、そう理解した瞬間、その腕がアルトリウスの背中の肉を突き破り、心臓を体内から掌握する。
今、アルトリウスの全てを支配している者こそ――ランス・メルティアだった。
「ば、馬鹿な! 何時のまに背後へ……! 」
「あれ? 教えていなかったっけ? これが僕の2つ目の特異魔術『転移魔術』だよ。僕は距離を関係なく瞬時に移動することができるんだ」
この力で地下牢に閉じこめられていたアルトリウスを助け出し、彼の首に付いていた魔術防止首輪を外したのだ。
「馬鹿な!? 2つ目の特異魔術だと!?」
ランスの言葉にアルトリウスが目を丸くする。
彼は血を吐き出し絶叫した。
「特異魔術は魂の質が通常とは異なるため起きる現象! そのため1人に一つが原則のはず! 1人の人間に2つの特異魔術などありえない!」
さらに付け足すなら、転移魔術はそれだけで他魔術が一切使えなくなるほど高度な魔術である。
『転移魔術の使い手を含む集団と戦う時は、奇襲に備えて抵抗陣を用意しておく』のが常識なほど、警戒される希少で極悪な能力なのだ。
実際アルトリウスの転移ゴブリンも、転移魔術以外はほぼ使えない。
転移という破格の能力に特化しているせいだ。
ランスが特異魔術師だとしても、転移以外にも魔術を使用できることじたい破格なのだ。
「ぐッ……」
ランスの魔術によって心臓が破壊される。
薄れる意識で彼は愕然とする。
(もし二つの特異魔術が使用でき、さらにその一つが転移魔術など――魔術師S級レベルではないか……ッ)
口から再び血が溢れ流れる。
意識も保つことが難しくなった。
最後にアルトリウスが思ったのは5種族勇者や 始原(01) のことではない。
「エル嬢、我は……」
たった1人の女性のことだった。
そして――魔物達の姿が煙のように消え去った後。
残ったのは心臓を抉られ、地面に落下したアルトリウスだけだった。
一方、ランスはいつの間にか再びララの側に立っていた。
まるで一歩もそこから動いていないという態度で……。実際、転移で移動したため、確かに一歩も動いてはいないが。
「やれやれ、折角助けたのに結局、自分の手で殺害することになるなんて。これじゃまるで僕が口封じのために殺したようなものじゃないか」
「計画を知り、妨害しようとしたのですからしかたなかったと思いますが」
ランスは魔術で水を作り出し、血で濡れた手を洗う。
ララはポケットから取り出したハンカチを彼に差し出しながら、フォローする。
彼は笑顔でララのハンカチを受け取り、手を拭いた。
「ありがとう。さて、つい勢いで殺しちゃったけど…… アルトリウスの死体(これ) 、どうしようか?」
「このまま放置しておけば、血の臭いに引かれた魔物が処理すると思いますが?」
「さすがにそれは、元友人としてどうかと思うんだよね。火葬でもしようか、それとも僕の力で地中深くに転移させようか。どうしたもんだろうね」
ランスは手にかけたアルトリウスの死体を前に、映画俳優のように演技臭く肩をすくめてみせた。