軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話 1日目:プリン

「ふわぁぁぁぁ~」

1日目、朝。

オレは柔らかなベッドの上で眼を覚ます。

6畳程の広さの部屋。

この部屋は仮ではあるが、オレの個室だ。

壁に掛かっているのはメイド服ではなく、執事服だ。

昨日、羊人族のメリーから渡された。

オレは彼の部下で、お嬢様付きの執事見習いという立場になるらしい。

「……今日から3日の間に、お嬢様に血を吸ってもらうことが雇用条件か」

もしそれが達成出来なければ、奴隷館へ返品される。

再び奴隷館に戻されたら、今度こそ男娼目的で買われるかもしれない。

「そうならないためにも、頑張ってクリスお嬢様と仲良くならなくちゃ!」

オレは気合いを入れて布団から起き上がる。

執事服に着替えて廊下に出るとハムスター耳のメイドさんが既に待ち構えていた。

「お、おはようございます、メルセさん」

「おはようございます、リュート」

この一見無表情の彼女こそ、ブラッド家のメイド長である獣人種族、ハム族のメルセだ。

正統派メイド服に袖を通し、手を体の前に重ねている。

胸は薄く、スレンダーで背丈も高い。

一目で仕事が出来るメイド――という感じだ。

「すみません、お待たせしたみたいで」

「いえ、私もちょうど来たところですから、気にしないでください」

メルセは表情を変えず淡々と話す。

「では、これからリュートは3日間クリスお嬢様のお世話をするということなので、私の補佐についてもらいます」

「よろしくお願いします」

彼女は今までお嬢様の世話をしてきたメイドだ。

そのためオレは彼女の補佐としてお嬢様の世話をすることになる。

またメルセはオレのお目付役という立場でもある。

それを決めたのは執事のメリーだ。

メリーはオレに対して条件を提示した。

●お嬢様と男性を2人っきりにさせないため、メルセをお目付役とする。

●メルセの指示に従うこと。

●お嬢様の血袋にならないと、追い出されると言って同情を惹かないこと。

●他、追加事項ができたら素直に従うこと。

以上、4つだ。

お目付役で、かつ表情変化が乏しいためか、オレはメルセがちょっと苦手だった。

掃除が終わった部屋の窓枠を指でなぞり、『これで掃除をしたつもりですか?』と言ってきそうというか。鬼姑やOLのお局様のようなイメージだ。

だが、そんなオレのマイナスイメージとは裏腹にメルセは――

「私はギギさんの意見に賛成です。歳の近いリュートが側に居る方が、お嬢様に何かしら変化があると考えています。だから残れるように頑張ってください。応援しています」

「ありがとうございます! メルセさん!」

誰が鬼姑、OLのお局様だって?

メルセさんは天使だった!

彼女はオレを促し歩き出す。

「ではまず初めにお嬢様を起こしに行きましょう。私がお嬢様の朝の支度を手伝うので、リュートはその間に調理場に行き朝食を運んできてください。調理場の場所は分かりますか?」

「はい、多分大丈夫です」

「もし分からなければ側にいる使用人に声をかけてください」

「分かりました」

オレ達はそんなやり取りをしながら、お嬢様の部屋の前に辿り着く。

メルセさんが扉をノックする。

「お嬢様、失礼いたします」

「失礼します」

メルセさんはお嬢様の返事を待たず扉を開け、中へと入る。

オレもやや気後れしながら後に続いた。

鼻を女子特有の甘い匂いがくすぐる。

部屋は暗かった。

窓には分厚いカーテンが引かれている。

枕元のランプは消され、唯一の光源は開いた扉から入り込む光だけだ。

改めて部屋を観察する。

部屋は教室2つ分ほどで、かなり広い。

観葉植物、踝まで埋まりそうな絨緞、姿見、机、テーブル、ソファー、衣装棚、ぬいぐるみや輝く本物の宝石を使ったアクセサリーがかざられていた。奥にはさらに部屋があり、バス、トイレ、キッチンも完備されている。

伯爵達は金をかけ、本気で完全に引きこもれる部屋を造ったようだ。

元引きこもりが言うのもあれだが――娘の更正のために使えよ……と思わなくもない。

「クリスお嬢様、朝ですよ。起きてください」

メルセさんが天蓋付きベッドの中央、羽布団に埋もれるお嬢様に声をかける。

黄金色の髪をベッドに広げ、あどけない顔をしたお嬢様が寝息をたてていた。

かすかに赤みを帯びた頬は柔らかそうで、つい指でつつきたい衝動にかられてしまう。

大人が3人横になっても余裕あるベッドに、子猫のように丸まり眠る姿はとても可愛らしい。

「お嬢様、起きてください」

「…………!?」

メルセさんに肩を揺すられ、ようやく目を覚ます。

しかしオレの姿が視界に入ると、トロンとした目を限界まで大きくして驚愕する。

すぐさま羽布団を被り直した。

お嬢様は、警戒も露わに不安げな視線を向けてくる。

メルセさんが警戒心をほぐすため、オレの紹介をしてくれた。

「今日からお嬢様の血袋兼世話係をする、執事見習いのリュートです。リュート、お嬢様にご挨拶を」

「おはようございます、クリスお嬢様。今日からお嬢様の血袋兼世話係をする執事見習いの人種族、リュートです。以後、お見知りおきを」

昨夜、メリーから習った挨拶をする。

右手は指先を伸ばし左胸に、左手は拳にして腰へ回し、頭を軽くさげる。

これが全世界的に正式な挨拶の仕方らしい。

女性は左手をスカートの裾を掴み、少し持ち上げる以外は男性と一緒だ。

お嬢様は昨日も使ってたミニ黒板――魔術道具を使う。

『男の子、怖いので世話係にならなくても結構です』

そしてお嬢様は昨日同様に隠れてしまった。

以後、声をかけても姿を現さない。

1日目、朝……一番初めからコミュニケーションに失敗してしまう。

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クリスお嬢様はオレが部屋に居る間は怖がって姿を現さなかった。

そのため仕方なく、朝食は部屋の前まで運び、中へはメルセさんに任せる。

オレとメルセさんはお嬢様の朝食を片付けると、使用人食堂で遅めの朝食を摂った。

「まずお嬢様の警戒心を取らない限り、リュートがブラッド家に残るのは不可能ですね」

豆スープに、豆サラダ、厚切りベーコンを食べながらメルセさんが断言する。

しかし魔人大陸に来てから豆料理が異様に多くなったな。

「オレもそう思いますが、実際どうやってお嬢様の警戒心を解けばいいんでしょうか?」

「そうですね……」

メルセさんは豆スープを食べる手を止め考え込む。

「……リュート、短い間でしたが一緒に仕事が出来てよかったです」

「諦めるの早すぎですよ!」

「冗談です」

メルセさんの冗談は真顔過ぎで、冗談に聞こえない。

彼女は豆サラダにスプーンを伸ばし提案する。

「お菓子を作ってみてはどうですか?」

「お菓子を?」

メルセさん曰く――魔人種族は甘いお菓子類が大好物らしい。

お嬢様も例に漏れず、甘いお菓子に目が無い。

お嬢様の部屋で行われる午後のお茶会では小さい体に似合わず、ケーキ類を良く食べる。

だからメルセさんが作り方を教えるから、リュートの手でお菓子を作りお嬢様に食べてもらう。

今からでは午後のお茶会には間に合わないから、夕飯の後に開かれる 夜会(やかい) (これもお嬢様の部屋で行われる)にゼリーやクッキーを作って出すことを勧められる。

つまり、餌付けして警戒心を解き、距離を縮めようという作戦だ。

「なるほど良い案ですね。ちなみに……ゼリーってあるんですか?」

「妖人大陸には無いのですか? スライム粉を使い作るお菓子です。水のように透き通った柔らかい固形内部に果物などが入ってるんですよ」

スライムで作るのかよ……。

「ゼリーがあるなら、プリンもあるんですか?」

「プリン? いえ、初めて聞く名前ですね。それはどういうものなんですか?」

メルセさんが可愛らしく小首を傾げる。

ふむ、どうやらこの世界にプリンはまだ無いらしい。

「ゼリーに似た柔らかい固形の食べ物です」

「夜会にちょうど良さそうなお菓子ですね。そのプリンをリュートは作れますか?」

「大丈夫です。昔、作ったことがありますので」

「それなら朝食が終わった後、必要な材料を教えてください。夜会までに間に合うよう準備しますので」

「ありがとうございます!」

こうして、クリスお嬢様の警戒心を解きほぐすための『お菓子大作戦』が始まった。

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午後のお茶会をメルセさんに任せて、オレはプリンを作るため調理室にお邪魔する。

メルセさんには夜会でオレが作ったプリンを出すことを、お嬢様に話しておくよう頼んである。

後はプリンの味をお嬢様が気に入るかどうかだ。

プリンの材料は卵、牛乳、砂糖――以上だ。

前世の、1人暮らし時代。

たまに料理に凝りたくなる時があり、何度か作った。

卵は孤児院で世話をしたこともある孔雀鶏の卵。

毛長牛からとれた牛乳。

砂糖は妖人大陸から輸入した物だ。

この世界は意外と香辛料、調味料の類が揃っている。

お陰で材料を揃える手間は殆どかからなかった。

料理を作る側からしたら有り難い話だ。

早速、プリン作りを開始する。

まず小鍋に砂糖と水を入れ、中火にかける。

ガスコンロなんて便利な物は無いから、燃える薪を出し入れして火加減を調整。

黒蜜のように色を変え、とろみが付いたら火から離し陶器で作られた器に移す。

卵、牛乳、砂糖を混ぜてプリン液を作る。

茶漉しを通して、ボールにプリン液を流す。鍋に水を張り、沸騰するまで火にかける。

カップの底にカラメルソースを入れてから、慎重にプリン液を注ぎ入れた。

後はお湯に入れて蓋をして10分。

火から外して、さらに10分待つ。

カップを取り出して冷蔵庫で冷やせば完成だ。

こちらの世界の冷蔵庫は、氷を一番上に入れて冷やす古いタイプの物だ。

スペースを空けてもらい他の食材の匂いが移らないよう慎重に冷やす。

準備完了。

後は夜会まで待つだけだ。

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夜寝る前にお茶を飲む習慣を魔人大陸では『夜会』と呼ぶ。

会と言っても夜の為大げさなものでは無くこじんまりとしたもので、時折旦那様達も来るが、基本はお嬢様とお付きの者達のみのようだ。

オレは今日の夜会のために、手作りしたプリンを持参した。

3回目となるお嬢様の部屋。

お嬢様はオレの姿を見ると、再び羽布団を被りベッドの影に隠れる。

予想通りの反応だ。

最初はメルセさんに任せて、オレはお嬢様が気に入ったどうか結果だけを聞くつもりだった。しかしメルセさんが提案を却下。

お嬢様との距離を縮めるためにも、オレが部屋に入ってプリンを作ったと直接アピールした方が良いと力説されたのだ。

『それにこんなに美味しいお菓子なら、絶対にお嬢様は気に入ります。だから、自信を持ってください』

お嬢様に出すにあたって、メルセさんに味見をしてもらった。

あまり表情を変えない彼女には珍しく、一口食べるとプリンの美味しさに頬を紅潮させ驚いていた。

オレはそんなメルセさんの反応に自信を持ち、三度目の正直としてお嬢様の部屋を訪れたのだ。

「お嬢様、こちらは自分が作りました『プリン』という名前のお菓子です」

「…………」

お嬢様は『プリン』という聞いたことが無い名前のお菓子に反応して、羽布団の隙間から目だけを出して様子を窺う。

オレは彼女を怯えさせないようにゆっくりとした動作で、皿の上でカップを逆さまにする。

二、三度腕を振ると、プリンが皿の上に落ちフルフルと左右に揺れた。

「!?」

お嬢様がその動きに釘付けになる。

オレは手応えを感じた。

カラメルソースがプリン液とやや交じっており、完成品を知っているオレからしたら見映えが悪いが、お嬢様は初見だから問題無いだろう。

「卵、牛乳、砂糖で作りましたお菓子です。ゼリーのように柔らかいので、スプーンですくってお食べください」

皿に木製のスプーンを添えて、メルセさんに手渡す。

メルセさんは慎重な手つきで受け取ると、ベッドの影に隠れるお嬢様に差し出した。

「…………」

しかし、お嬢様が皿を受け取る気配を見せない。

気にはなっているが、未だ異性に対する恐怖感が勝っているようだ。

(クソ! 『お菓子大作戦』は失敗か!?)

そう思った矢先、メルセさんがスプーンでプリンをすくい、お嬢様の口元へと運ぶ。

「お嬢様、『あーん』してください」

「…………」

差し出されたスプーンを前に逡巡したが、『はむっ』と効果音が付きそうな感じで、お嬢様が差し出されたプリンを口にする。

「…………!!!?」

お嬢様の白すぎる肌が、花が咲くように赤くなる。

瞳は星が瞬くように輝き、幸せそうに口元が綻んだ。

メルセさんはすかさず2口目を差し出す。

「お嬢様、『あーん』」

次は迷わず差し出されたスプーンを口にする。

そのまま皿のプリンをぺろりと食べきってしまった。

メルセさんが煎れ直した 香茶(かおりちゃ) を小さな手のひらで包みながら、お嬢様は口内に残った甘みを洗い流し、吐息をつく。

そんなお嬢様に、オレは怯えさせないよう穏和な口調で話しかけた。

「自分が作ったプリンは、お嬢様のお口に合いましたでしょうか?」

完食した皿と表情を見れば一目瞭然だ。

お嬢様は予想通り、香茶のカップから一度手を離しミニ黒板に文字を書く。

『初めて食べるお菓子で、とっても美味しかったです』

「お嬢様さえよろしければ明日の茶会と夜会に、またわたしが作ったお菓子をお持ちしても宜しいでしょうか?」

お嬢様は少しだけ躊躇ったが、ミニ黒板から顔を出しこくりと頷く。

『明日もプリンが食べたいので、よろしくお願いします』

「かしこまりました」

オレは心の中でガッツポーズを取りながら、丁寧に頭を下げる。

『お菓子大作戦』の1回目はひとまず成功だ!

この調子でお菓子を作り、お嬢様に心を開いてもらおう。そして、お嬢様の血袋兼お世話係になって、なんとてしてもブラッド家に残るんだ!

オレの貞操のためにも!

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以下は余談になる。

お嬢様の部屋を後にすると、執事長のメリーに呼び止められた。

旦那様と奥様がお呼びらしい。

疑問を抱きながら、彼らの待つ部屋へ行くと――

「はははははは! 本当に美味しいなこの『プリン』というお菓子は! これだけでもリュートを買った甲斐があったというものだな!」

「あら貴方ったら、まだリュートを正式に家へ迎え入れた訳でありませんよ」

「ははははははっ! そうだった、そうだった!」

「もう貴方はうっかり屋さんなんですから」

旦那様と奥様に呼ばれた理由は、お嬢様も食べたプリンを自分たちも食べたいから持ってくるように――という指示だった。

2人は余分に作っておいた残り2つを、談笑しながら美味しそうに食べる。

筋骨隆々で肌が黒く、2メートル以上ある背丈の伯爵が、プリンをちまちま食べる姿はかなりシュールだった。

奥様は楚々として絵になっていたが……。

しかしそのプリンは、今夜にでも久しぶりに食べようと楽しみに取って置いた物だ。

まさか『自分用なんで』と断るわけにもいかず、泣く泣く差し出した。

うぅぅ……久しぶりにプリンが食べられると思ったのに。

こうしてオレはお嬢様との距離を無事縮めて、1日目を終えた。