軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 ラーノ奴隷館

リュート、11歳。

オレたちは約1年ぶりに船から降ろされた。

首には魔術防止首輪、手足は鎖で繋がれている。

時間は夜。

空は分厚い雲で覆われていた。

今にも雨が降り出しそうな天気だが、港で作業をしている人々は雨具を準備する素振りを見せず、作業を行っていた。

港の倉庫の向こうに見える街には、沢山の明かりが灯っているのが見える。

「順番に馬車に乗れ。先に男が乗れ。女は後から来る馬車に乗るように」

体格のいい角馬4頭に引かれて、格子つきの鉄箱馬車が目の前に到着する。

大地に立った感慨をゆっくり味わう暇もなく、格子付きの馬車へと移動させられる。

オレたちは逆らわず指示に従い20人ずつ乗り込む。

扉は外から閉められ、中からは開けられない仕組みになっている。

剥き出しの地面の割りにあまり馬車は揺れず、進んでいく。

格子窓から覗くと向かう先は港街のようだ。

そして馬車に乗って1時間ほど運ばれる。

「……着いたみたいだな」

馬車が5階建ての建物の裏手に回る。

建物には看板が掲げられていて、魔人大陸語で『ラーノ奴隷館』と書かれていた。

馬車が止まると、外から扉を開ける音が聞こえてきた。

扉が開くと10人以上の男たちが出迎える。

皆、革鎧に袖を通し、手には剣、槍などを装備していた。

それ以上に印象的なのは、全員が魔人種族だということだ。

2本足で立つトカゲのリザード族、1目のワンアイ族、腕が羽の鳥人族など――一見、魔物と間違えそうな男たちが並んでいた。

恐らく彼らは『ラーノ奴隷館』の雇われ兵なのだろう。

私兵たちが両脇に並んで作り出した道の先には、地下に降りる階段が存在した。

「馬車を降りたら、このまま真っ直ぐ階段を降りて地下へ行け」

道を作る私兵の中にいる、スキンヘッドで額に捻れた角を持つ男が口を開く。

彼がこの私兵たちをまとめるリーダーなのだろう。

オレを含めた奴隷たちは、誰1人逆らわずに地下へ向かう階段を降りて行く。

後ろから新たな馬車が到着する音が聞こえてくる。そして、新たな足音が地下へと降りて行く。

地下は簡素な作りだが、思ったより広く、素足で歩くとひんやりと冷たい。

天井には等間隔でランプが吊されている。

しかし炎の光ではない。

どうやら魔術で光らせているようだ。

オレたちが初めに案内された場所は風呂場だった。

私兵のリーダーらしき角男がオレたちに追いつき、風呂の説明をする。

「それじゃまずここで旅の垢を落としてくれ」

脱衣所は18畳ほど。

風呂場は教室2つ分ほどの広さで、風呂桶サイズの長箱にたっぷりとお湯が張ってある。

それが3つ準備されていた。

「ここで服を脱げ。タオルと石鹸を渡すから体と頭を洗うように。湯は好きなだけ使え。足りなくなったら追加するから、声をかけろ。ただし、貴族様みたいに中に入ったりするなよ。あくまであれは皆が体を洗うための湯なんだからな」

オレ達は指示通り、タオルと石鹸、桶を受け取り風呂場へと入る。

自分を含めて約40人が垢を落とす。

約1年ぶりに熱い湯を頭から浴びる。

湯船に入れないのは残念だが、浴びるだけでも気持ちが良い。

再度、桶で湯を汲みタオルを浸す。

用意された石鹸をタオルで泡立て、長旅で溜まった垢を落としていく。

この世界では石鹸は貴重品のはずだ。

なのに奴隷館側は惜しげもなく使わせてくれる。

風呂から上がると、服まで新しくなっていた。

タオルを絞り体と頭を拭き、服を手に取る。

新品ではないが清潔に洗われたシャツとズボンだ。

「風呂からあがった奴から食堂に行け。場所は風呂場から出て、奥へ行った突き当たりだ」

素足のままペタペタと指示通り奥に進む。

突き当たりに大部屋――食堂があった。

教室4つ分程の広さがある。

木で出来た粗い作りの長テーブルには、湯気が昇る豆がふんだんに入ったスープ、厚切りの肉、野菜炒めなど、簡単だが美味しそうな料理が置かれていた。

カウンターの奥から、おばちゃんが片言の妖人大陸語で声をかけくる。

「豆スープ! オ代ワリ自由! 好キナダケ食ベル!」

奴隷達が驚きに声をあげたのは言うまでもない。

長椅子に座り、皆久しぶりの豪華な食事を堪能した。

食事が終わると、食堂を出て右折。

奥に進むと大部屋がある。

そこには布団が敷いてあった。

どうやら大部屋に雑魚寝らしい。

だが体を横たえると、布団からは日光の匂いがした。

腹は久しぶりに満腹。

太陽の匂いがする布団に包まれ目蓋を閉じれば、旅の疲れも合わさってすぐに眠りに落ちてしまう。

後日、食堂のおばちゃんから聞いた話だが(もちろん魔人大陸語でだ)――大抵、奴隷として売られてきた人達は、自分の今後に絶望している。

特に、妖人大陸から反対側の魔人大陸まで、長い航海で運ばれてきた人達の絶望感は深い。

なので運ばれてきた当日は湯を沸かし、満足するまで食事を摂らせ、布団で眠らせる。

そうすると大抵の人達が、心を落ち着かせる。

港に着いた奴隷達に対して手厚いもてなしをするようになってから、悲観して自殺したり逃亡を目論み暴れる者達は激減したらしい。

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翌日、朝食は昨日の晩と同じ食堂で済ませた。

豆がふんだんに入ったスープ、豆サラダ。

なんで豆尽くし……?

昼頃になると、オレ以外の男たちが角男に呼ばれて、ぞろぞろと地下を出て行く。

彼らは鉱山夫として魔人大陸奥にある鉱山に売られるのが決定している。だから、翌日すぐという早さで連れて行かれたのだ。

一人頭、金貨20~50枚が相場らしい。

オレは人種族の子供で、魔人大陸語が日常会話程度なら話せる。

魔術も簡単だが使えるとあって、高値で買い取ってくれる上流階級に連絡を取っているらしい。

だいたい金貨200~300枚が相場。これで女の子だったら、もっと高値がついた――と、私兵リーダーの角男が説明してくれた。

鉱山夫たちの約10倍!

液体魔術金属が大樽ひとつ分が約金貨100枚だから、確かにかなりの額の買い物だ。

奴隷の他に、船は他大陸に寄り様々な品物を積み運ぶ。

妖人大陸に戻る時は魔人大陸の奴隷を買い、鉱物などを積んで他大陸へ持ち込む。

途中で船が沈没して財産を失うリスクはあるが、リターンが圧倒的に大きい商売だ。もちろん利権でガチガチになっていて、新規参入は難しいらしいが。

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「リュート、オマエの買い手がついたぞ」

「……マジですか」

ラーノ奴隷館で暮らし始めて5日目の夜。

食堂で夕食を摂っていると、反対側の席に座った私兵リーダーの角男……オブコフが何気ない調子で話しかけてきた。

彼は妖人大陸語が流暢に話せ、腕も立つためラーノ奴隷館の私兵のリーダーを務めているらしい。

鉱山送りの男達が居なくなって警備の警戒度が下がり暇になったのか、角男は魔人大陸語で話しかけてくるようになった。勉強の甲斐あって、日常会話程度なら問題なくこなせる。角男の名前は会話のついでに聞いた。

オブコフは豆スープを口にしながら話を続ける。

「明日、迎えに来るらしい」

「あの……どんな人か聞いてませんか? 性別とか」

「すまん、言い方が悪かった。買い手候補の目処が付いたらしい。だから、詳細までは知らないんだ」

口に含んだスープの豆をよく噛まず飲み込んでしまう。

オブコフはそれ以上何も喋らず、食事に取りかかった。

候補とはいえついに買い手が付いたのか……。

もし買い手が少年好きの変態男だったら、自殺ものだ。

(――いや、例え変態男に買われても、男娼行きになったとしても、絶対に諦めず生きてスノーがいる妖人大陸に戻ってやる!)

絶対になにがなんでもだ!

……だがどうせ買われるなら男より、美人の女性がいい!

前世では死ぬまで童貞のままだった。

生まれ変わった11歳の年月を入れれば体感として30歳過ぎ。初めての経験が男性で、後ろの穴なんて最悪過ぎる!

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翌日、午前中――オレはオブコフと私兵の1人に前後挟まれ、地下から最上階へと上がっていた。

オレの手には手錠が付けられている。

両足は1mの鎖で繋がれているため素早く動くことはできない。

首には相変わらず魔術防止首輪が付けられている。

魔力を使わず子供の体で逃げ出すのは不可能だ。

ラーノ奴隷館、5階。

豪華な部屋に通された。

恐らく接客用の部屋なのだろう。

革張りのソファー、蟲甲で作られたテーブル、重厚なデスク。

窓は無く、代わりに観葉植物が置かれ、風景を描いた絵画が壁にかけられている。

他にも品の良い備品が計算されて配置されている。

部屋に居た見覚えの無い二足歩行するカエルの魔人種族が、デスクの革椅子から立ち上がり握手を求めてくる。

生意気にも高そうな衣服に袖を通し、貴金属を身に付けている。

「ここまで大変だったろう。カエール族のラーノ奴隷館支配人ラーノ・メルメルだ。よろしくリュート」

「ど、どうも」

手を握り返すと、意外にも濡れておらず渇いていた。

名前から分かるとおり、このカエルがラーノ奴隷館のトップらしい。

「そう固くならくても大丈夫だよ。ワタシは人種族の子供を食べたりなどしないからね」

ラーノはオレの表情を見て、おかしそうに両頬の袋を膨らませる。

どうやら容姿のせいで魔物と間違われ、人種族の子供に何度も怯えられているようだ。

ラーノはオレにソファーへ座るようすすめる。

「何か飲み物でも飲むかい? 今は 香茶(かおりちゃ) ぐらいしか無いのだが、やはり子供には果実水の方がいいかな?」

「いえ、お気になさらず」

「そうかい? ならリュートを買ってくださるかもしれないお客様をお連れするから、座って待ってなさい。オブコフ達は部屋の外へ出て、扉の前で待つように」

「「はっ!」」

ラーノの後にオブコフ達が付いて外へ出て行く。

部屋にはオレだけが残された。

改めて部屋を見回す。

窓は無し。

唯一の出入り口である扉の前にはオブコフ達が控えている。

武器になりそうな物は、机に刺さっている羽ペン。花瓶を割ってその破片をナイフ代わりにする手もあるが、その程度の武器でここを抜け出すのは無理ゲーだ。

(焦るな。抜け出すチャンスは、いつか絶対に回ってくる!)

奴隷館にいる間は、警備が厳重過ぎて抜け出すチャンスは無いだろう。だが、買われた先にはあるかもしれない。

ここで無理をして買い手に警戒心を与えるより、従順な態度を取り隙を窺うのが賢明だ。

今オレに出来ることは、買い手候補が女性であるよう念じるぐらいだ。

ソファーに座ったまま、膝に肘を付け手を組む。

額を組んだ手に押し付け、オレは念仏のように小さく唱え続けた。

「神様、仏様、天神様! オレの買い手がどうか女性でありますように、オレの買い手がどうか女性でありますように、オレの買い手がどうか女性でありますように、オレの買い手がどうか女性でありますように、オレの買い手がどうか女性でありますように――ッ」

前世を含めて、今まで生きてきて一番懸命に願い続けていると、扉をノックする音が響く。

最初に入ってきたのはカエール族のラーノだった。

彼の後から、オレの買い手候補が入ってくる。

ラーノがどこか自慢げにオレを紹介する。

「こちらがリュートです。どうです、珍しいでしょう。黒髪、黒目の人種族の子供なんて。しかも日常会話だけですが、魔人大陸語も話せます。これほど素晴らしい人種族の子供なんて滅多に入りませんよ」

「はっはっはっ! 確かにこれは珍しい! こんにちはリュート君! 素敵な名前だな!」

彼の後に入ってきたのは――男だった。

しかもただの男ではない。

高級そうな衣服を身にまとっているが、背丈がやたらと高い。2メートル半はある。

しかも筋肉がボディービルダーのように発達していて、肌も黒い。

今にも服が弾け飛びそうなほどパンパンだ。

髭を生やし、唇はタラコのように分厚い。眉毛も濃く、金髪の髪はオールバックに固めている。

この目の前に立つ筋肉お化け紳士が、オレの買い手候補らしい。

脳内で椿の花がぽとりと落ちる映像が永遠にループし続けた。