軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第174話 雪山と遭難

(…………っ)

視界が暗い。

目は閉じているのに、意識だけが覚醒した時と同じだ。

(オレは一体、何を……)

まだ意識の半分が眠っているのか、考えようとしても纏まらない。

なんとか零れる意識を総動員して思い出す。

(確か……白狼族の村が襲撃されて移動中、敵に襲われたんだ。オレはアイスを庇って敵の攻撃を受けて崖から落ちたんだ)

アイスとは短い付き合いだが、反射的に体が動いてしまった。

最後に見た光景は、スノーが必死の表情で腕を伸ばしているシーンだ。

(そうだ! オレを助けるため、スノーも一緒に崖から落ちたんだ!)

意識は興奮しているが、体が重い。

まるで全身を鉛に入れ替えられたようだ。

それでも必死に動こうとする。

ゆっくりとだが目蓋が開いた。

最初に目に飛び込んできたのは温かな光だ。

「す……の……」

「リュートくん! よかった目が覚めて!」

オレは一体、どうなっているんだ?

「ぐぅ……ッ!?」

状況を確認するより、腹部から鋭い痛みが襲いかかってくる。

意識を取り戻したせいで、敵から受けた傷の痛みを認識してしまったのだ。

「リュートくん、痛いだろうけどもう少し我慢してね。もうちょっとで治癒出来るから」

スノーは頬に血をこびりつかせていた。

最初、彼女が負傷しているのかと肝を冷やしたが、どうやらオレの血らしい。

スノーは無傷だ。

彼女は魔術師Aマイナス級だ。

あの程度の崖から落ちても、抵抗陣や肉体強化術、他魔術の力で負傷することなどありえないだろう。

現在スノーはオレの服を脱がせ、傷を魔術で治癒している。

しかし、スノーは攻撃魔術が得意で、治癒魔術はあまり得意ではない。

そのため治癒に手こずっているらしい。

今度は体だけではなく、意識まで重くなる。

体力を消費させたせいだろう。

目蓋を開き続けることが出来ない。

「大丈夫、安心して眠っていいよ。リュートくんは絶対にわたしが守るから」

スノーの声音が耳朶に響く。

その言葉に安心したのか、オレはあっさりと再び意識を手放してしまう。

この時、最後に見た光景は、曇天から降ってくる雪と、額に汗を浮かばせ懸命に治療するスノーの表情だった。

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再び目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。

眼を細めると天井が近く、白い。

「――ここは」

「リュートくん、起きたんだ。おはよー」

「スノー……?」

場違いな明るい声音。

首だけを動かし、声の主に視線を向ける。

スノーは手に湯気が昇るカップを持ち、腰を屈めて部屋に入ってくる。

そうか、ここはスノーが作った雪洞シェルターの中か。

分かりやすく言うと『かまくら』だ。

オレが今寝ている場所は、スノーが居る地点より高くなっている。

彼女が今居る場所は、冷気を溜めるための土間だ。

「スノー、今どういう状況だ……くッ!」

オレは起き上がろうとしたが、視界がブレ再び横になる。

まるで朝礼で貧血になった女子のような感じだ。

スノーが慌てて制止する。

「駄目だよ無理しちゃ。傷は魔術で塞いだけど、流れた血までは増やすことが出来ないんだから」

「血? ああ、そうか。あの傷ならしかたないか」

腹部を貫通したせいで、血はだだ漏れだっただろう。

まさに貧血状態だ。

「リュートくん、喉渇いていない? 外の雪を温めて白湯を作ったよ。体が温かくなるよ」

「ああ、もらうよ」

スノーの手を借りて、体を起こす。

彼女の支えを受けながら、渡されたカップの温かさが手のひらに染みた。

「よくこんなカップが都合良く見付かったな」

「違うよ。土系の魔術で作ったんだよ。雪も火系の魔術で溶かしたんだ」

『茶葉が出せないのが残念だけど』とスノーは悪戯っぽく笑う。

体の冷えている自分としては、白湯でも有り難い。

しかし魔術は本当に便利だな。

オレはゆっくりと白湯に口づけ嚥下する。

「温かくて美味しいよ」

「よかった、喜んでもらえて」

白湯のお陰で少し体は温かくなったが、手足はやはりまだ冷たいままだ。

現在、オレ達はスノーが作った雪洞シェルター内に居る。

彼女曰く、外は大吹雪。

1メートル先すら見えないらしい。

助けも来ないが、追っ手も来ない状況だ。

スノーはそんな中、木の枝を折り大量の葉を集めてくれた。

その上にオレのポンチョを敷いて簡易ベッドを作ったのだ。

ポンチョはピストルベルトに畳んで固定していた。

ピストルベルトとは、 ALICE(アリス) クリップを固定するベルトのことだ。

ただ ALICE(アリス) クリップをそのままピストルベルトに固定したらズボンが装備の重さでずり落ちてしまうため、サスペンダーで支える。

『ピストルベルト』+『サスペンダー』を組み合わせた物を『ベルトキット』と呼ぶ。

今、オレの体にかけ布団がわりに使っているポンチョはスノーの分だ。

それでもやはり体が凍えそうなほど寒い。

火を焚くわけにはいかない。上手く空気穴を作らないと一酸化中毒になる危険性があるためだ。

他に体を温める方法はというと――

「リュートくん、寒くない?」

「あ、ああ、大丈夫、とっても温かいよ」

スノーは衣服を脱ぐと、オレが横になっているポンチョの下に滑り込んで来る。

オレも裸になり、互いの素肌で温め合っている状態だ。

腕の中、スノーが愛おしそうに体を擦りつけてくる。

彼女の柔らかな肌、胸の感触。

懐かしく、甘い体臭。

絡まる足。

火やお湯とは違った体の芯をじんわりと包み込むような温かさが全身を包み込んでくる。

このまま溶けてしまっても後悔しないほど気持ちがいい。

「ふふふ、こうして抱き合って心臓音を聞いていると、昔の孤児院時代を思い出すよ」

スノーは幸せそうに目尻を細め、背中に回した腕へさらに力を込めてくる。

「確かに夜、スノーに叩き起こされて食堂の窓の下で話をしたよな」

その時、スノーは自分を捨てた両親に会いたい、会ってなぜ自分を捨てたのか理由を知りたい、と願った。

また出来るなら、両親と一緒に暮らしたい、と。

今ならその願いを叶えるのは難しくないだろう。

スノーの両親が彼女を孤児院に置き去りにしたのは、ちゃんとした理由があった。決して、彼女を嫌い見捨てた訳ではない。

もし彼女がそれを希望するなら……

「ねぇ、リュートくん」

オレが口を開く寸前、彼女が声をかけてくる。

「お父さんとお母さんに何か言われたの?」

隠し事の件だ。

彼女達の尋問で口を割る前に、スノーの両親がイグルーを訪れ有耶無耶になった。

オレは逡巡して、今度は包み隠さずスノーに隠していた事実を告げる。

自分がスノー両親の務めていた小国、ケスラン王国の王族の血を引くこと。

大国メルティアに命を狙われる可能性。

『番の指輪』やオレ両親のこと。

だから、スノー達は自分から距離を取った方がいいかもしれない、こと。

全てを包み隠さず話した。

「……リュートくん、本気でそんなこと思っているの?」

「す、スノー?」

スノーは体を起こすと、オレを押し倒しジッと瞳を覗きこんでくる。

血を失い過ぎたせいで腕に力が入らず、抗うことが出来ない。

スノーはオレの話を聞いて、怒っていた。

毛が怒りで逆立っているかと錯覚するほどの怒気。

彼女がこれほど怒っている姿を初めて見た気がする。

エル先生が本気で怒った時の恐怖に勝るとも劣らない迫力に、心底震え上がる。

「わたしが……ううん、 わたし達(・・・・) が、それぐらいのことでリュートくんの側から離れるわけないでしょ。リュートくんは自分のことはあんまり顧みないのに、わたし達や他の人に対して優しすぎるよ。それがリュートくんの美点のひとつだとしても、過ぎれば毒になることを忘れないで」

「す、スノー……」

彼女は怒りを宿していた瞳を、笑顔に変える。

スノーはまるで母親のように、頭を抱き締めてきた。

いつかの夜とは逆に、今後はオレが彼女の心臓音を耳にする。

「リュートくんがわたしのことを絶対に助けてくれるように、わたしもリュートくんを何があっても助けるよ。わたしだけじゃないよ、みんなも何があってもリュートくんを助けに来てくれる。わたしはみんなを信じているから」

それに――と彼女は続ける。

「前に話したけど、わたし今の生活が本当に楽しいんだ。リュートくん、クリスちゃん、リースちゃん、シアさん、メイヤちゃん、それに騎士団のみんなが居てくれていつもとっても幸せなんだよ。この幸せを守るためなら、どんな困難も楽々乗り越えちゃうよ」

子供時代、スノーは自身の身を顧みず、ゴブリン達から子供を守ろうとした。

本当に彼女は心が強い子だ。

オレ自身の弱さが嫌になる。

だが、そんな彼女が幼馴染みで、最愛の妻なのだ。

彼女の夫として見合うよう努力しないといけないな。

「スノーありがとう。愛しているよ」

「えへへ、わたしもリュートくんのことが世界で一番大好き! 愛してるよ!」

そしてオレ達は唇を重ねる。

腕を回し、互いに溶け合うようなキスをする。

愛しい――ただその感情だけが、胸から溢れ出てくる。

唇を離すとスノーが首筋に顔を埋めてくる。

密着する胸が深く上下運動をする。

匂いを嗅いでいるらしい。

まったくぶれないなこいつは……。

オレが微苦笑していると、首筋に顔を埋めたまま彼女が告げる。

「それじゃリュートくん、ちょっとだけお休みしててね。……後は、わたしに任せて。きっとリュートくんを助けてみせるから」

「スノー?」

意識が突如遠のく。

スノーは……何をやろうとしているんだ?

理由が分からず、混乱するが血を失いろくに動けないオレに為す術はない。

意識は抗うことも出来ず暗い海に落ちる。