作品タイトル不明
78話
翌日の朝、前日メロに言われた通り海岸で待って一時間ほど。そもそも待ち合わせる時間などの指定もなかったためこうしてただぼーっとして待つ羽目になっていたのだが、昨日と同じく海からヒョコリと姿を現したのは、メロではない別の人魚だった。
「おはようございます、皆さん」
「……お、おはようござい、ます?」
その人魚は赤毛の女性で、メロよりもずっと年上に見えた。
「私はメロの知り合いです。今は人の目もありますからメロがあなた方を迎えに来る事が出来ないので、代わりに私がこうして。メロの所へ案内しますので、私の近くを海岸沿いについてきて貰えますか?」
あちらです。と手で指したのは右側の方角。メロの知り合いならば、と私達三人は海と陸地で別れて海岸線を歩き始めた。
しばらく歩くと船着場から離れ、やがて人の声の騒がしさが目立ち始めた。
私達は海の中を泳いで進む助成の後を歩いて追うばかりだが、女性は時折、陸から誰かに話しかけれては笑顔で応じる。
「あの」
「はい?」
女性は進むのを止めないまま返事をくれた。
「お名前をうかがってなかったなあ、と思いまして」
女性は、そうでしたねと頷く。
「私はフォニと言います。皆さんのお名前は、実はメロから聞いています」
「そうなんですか?」
「ええ、あの子とても楽しそうに、ずっと昨日の陸の事を話していました。それで助けていただいたあなた方の事も」
メロの輝くような笑顔が容易に想像できたし、昨日も少し話しただけで陸に強い憧れを抱いているのは分かっていた。
「何故でしょうね。危険な目に遭ったばかりだと言うのに」
何故、と聞かれても……、と答えが見つからない。
「興味があれば、多少危険な目に遭っても、その興味が尽きないんだろ」
私に代わるようにガジルさんが答える。
「多少ってのは言葉の綾だが。だから昨日も、わざわざ俺らに今日の約束を取り付けに来たんだろ?」
「……そうかも知れませんね」
フォニさんは表情を曇らせ、こちらから目をそらし、前方を指差した。
「あそこがメロとの待ち合わせ場所です」
指差された先は、海岸に建てられた大きな倉庫だった。丁度、一つ前の町で魔石を売っていたような。
建物が目の前に迫る。建物は海岸のギリギリに建てられていて、裏手からトンネル状に海へ数十メートル伸びている部分がある。
「ここは、勝手に入ってもいいのか?」
カルデノが建物を指差した。
「ええ、中に居る方にはお話をしていますから、あのトンネルの方へ案内してくれるはずですけど……」
フォニさんは自分の言葉に納得出来ていないふうに首を傾げる。
建物の正面でなく、勝手口のような場所があり、フォニさんはそこから入るように指示したので、カルデノが遠慮なくそこを開く。
「なんだ? あんたら誰だね。勝手に裏口から」
扉の近くに偶然、ここで働いているらしい男性に出くわす。不審人物として押し出すように外へ出される。
「フォニという人魚に、ここから入れと言われたんだが」
カルデノが海面で手を振るフォニさんを指差しながらわけを話すと、男性は納得がいったように口を開いた。
「ああ! そうかあんたらが。話は聞いてるんで案内するよ」
「では私は海からあちらへ行きますので」
フォニさんはそう言い、タプンという小さな音を残して水面下へ姿を消した。
「さあほら、こっちだ」
男性は人のいい笑みを見せて中へ入れてくれる。
中は想像していた通りに何の仕切りもない一つの大きな空間になっていて、今は閉じているが向かって右側に大きな扉が一枚あり、太く頑丈そうなかんぬきでしっかりと固定されている。
「トンネルはこっちだ」
キョロキョロする私達、いいや私がはぐれるとでも思ったのか、男性が手招きしながら言葉にする。
「あ、すみません……」
小さな声で謝罪し、特に気にしてなさそうな男性の背を追って私達三人は建物の奥へ進む。
トンネルへ続く場所にだけは扉があるらしく、鉄の扉が重い音を立てて開く。その先は外の海岸に、そのままトンネル状に屋根をかけたような作りだった。外から中が見えないように、中からも外は見えない。通常ある桟橋がスッポリと収まった広さのトンネル。その向こう側は閉じているわけではないので真っ暗というわけではないが、そこからの光だけでは薄暗いためか、明かりの点った石がいくつも中を照らしている。
海から人魚が上げたカゴを桟橋で受け取った人が別の場所へ運び、そこからカゴの中身を選別する作業、と作業が流れているのが見て分かる。
「お、見ろよ。海が明るいぜ」
ガジルさんが海を覗き込みそんな事を言う。確かに外は明るいためか、海を覗き込むと外の光が入り込んでいるため泳いでいる人魚達がそれなりにハッキリと見える。
「すごい、沢山の人魚が泳いでる……」
メロやフォニさんをすでに見てはいたが、こうして大勢を目にするとまた違った感動が湧き上がってくる。
海の中を泳ぐ色の中の一つが、こちらへスウッと近寄ってきて水面から顔を出した。
「お待たせしました!」
「い、いえ」
突然迷いもなく目の前に現れた事に驚きつつ、返事をする。
「メロも来ていますので、桟橋の一番先まで来てください」
案内するようにゆっくりと泳ぎ出したフォニさんの後を追うように、桟橋へ向かう。なるべく作業している人たちの邪魔にならないよう気をつけながら桟橋の先まで進むと、何故かそこから更に、海の中へ向かう木製の階段がありメロはそこに腰掛けて、上体を捻るようにしてこちらを見ていた。
「おはよう」
メロはにこりと笑いそう言った。
「お、おはよう」
反射的に挨拶を返す。
「あの、ここにいてもいいの? 姿を見られちゃいけないんでしょ?」
メロはフルフルと首を横に振った。
「だって、ここは陸の人には見えないでしょう?」
確かに言われれば、ここは桟橋の一番先だし、低い場所に腰掛けているからカゴを受け取って作業している人達には見えない。見えないが危うさを感じる。
私が微妙な顔をしているからか、メロの隣に来たフォニさんは苦笑いしていた。
「それはそうだね。ところでここはどんな施設なの?」
「ここは魔石の採掘場なの。正確にはここで採掘しているんじゃなくて採掘して来た魔石をここで陸に上げているんだけど」
なるほどそれで魔石を買いに来る人などが居ないはずだ。
「あの、それで、昨日は一方的な約束になってしまってごめんなさい」
「まあ、確かに待ち合わせる時間の指示くらいは欲しかったな」
ガジルさんが言うと、メロはもう一度申し訳なさそうに謝る。
待ち合わせに時間を指定されたとしても、メロが時計でも持っていなければ、朝早くだとか、そんなあいまいな指示になるだろうと思うが。
「もしかしなくても、待たせてしまいましたか?」
「いや、気にするほどじゃないぜ」
その言葉を聞いてメロとフォニさんはほっとしたようだった。
「ではあの、昨日言っていたお礼についてなんですけど」
と、メロは私達三人に目をくばる。
「確か、晶石を求めてホルホウまで来たんでしたよね」
「ああ」
カルデノが答えた。
「前に寄った街じゃあ買う量に制限があるとかだったんで、思ったほどは集められなかった」
「あ、そうだったね。ここじゃそう言う、制限みたいのはあるのかな?」
問うと、フォニさんが答えた。
「確かそのような制限は同じくあったかと思いますよ。詳しい事はここで働く陸の人に聞いたほうが確実ですけど……。それにしても、そんなに沢山の晶石を必要としてるのですか?」
「はい。とにかく数を揃えないといけないらしくて」
私はバロウの顔を思い出す。今もきっと色々と考えをめぐらせているだろう。
「そうですか。でもそれなら丁度良かったですね、メロ」
「ええ!」
二人の間で何か通じ合うものなのだろう、確認もせずメロは大きく頷いた。
「実はお礼って、晶石をあなた達へ差し上げようと考えていたの」
「えっ、ほんと?」
思ってもいなかった内容に声がうわずる。お礼の品だなんてと思っていた先程までの自分が、まるでどこかへ消えてしまったようだ。
「喜んでもらえるみたいでよかったわ。受け取ってもらえるか心配だったの」
「そ、そう……?」
われながら現金とは思う。
「どれだけ必要かは分からないけれど、それでも精一杯、出来るだけまとめて持ってきたの」
「メロ、が?」
「え? そうよ。私がお礼をしたいと言ったのだからそうするのは当然じゃない」
フォニさんが補足するように言葉を繋げる。
「昨日、あなた達と約束をした後すぐ、暗いと言うのに一人で晶石を取りに行ったんですよ」
「大変じゃなかった?」
無理はしなかっただろうか。そんな心配をよそにメロはやはり楽しそうに笑う。
「ちっとも大変なんかじゃなかった。晶石を集めることがもっともっと困難だったとしても、私は絶対にお礼をしたわ」
「……どうして?」
とても義理堅いのか。確かに何度もお礼を言われたし今もこうして言葉以外でもその気持ちを表してくれている。
「あなた達と、もっとお話がしたくて。その……」
だんだんと声が小さくなるのが何故か、訪ねるとフォニはメロを見て笑うのをこらえているようだった。
「ちょっと、ええと、口実と言うか」
「このお礼が、成人するまで陸の人と話す最後の機会だと、メロは母親によく言い聞かせられて、だから無理にでもこうしてお礼をしようと考えたんですよ」
姉妹ではないのだろうが、この二人はとても仲がいいようだ。本来は人魚以外に姿を見せてはいけない歳のメロに、こうして私達と会えるよう協力したり。
「はやく普通に陸の人と話せるようになるといいね」
「そうね。あと五年の我慢だわ……。今、晶石を持ってくるからちょっとだけ待っててくれる?」
「うん」
メロはそう言って階段から横にするりと体を滑らせて海の中へ姿を消す。
「晶石はここの真下あたりに取り置いているので、すぐに戻ってきますよ」
「海の中って事、ですよね?」
「ええ、そうですよ」
人魚であるメロやフォニさんにとって、海底に物を置いたりするなんて事は当たり前なのかも知れないが、私にとってはそうじゃない。どこにいるだろうかと探すように海を覗き込む。
「そんなにも珍しいですか?」
フォニさんがきょとんとしたように私に言った。
「え?」
質問の意味が分からなかった私は思わず聞き返す。
「ええと、人魚がですか?」
「はい。初めて私達人魚を見たとは思えないほど、メロとの接し方は落ち着いていましたし」
「そんなそんな、やっぱり初めて見た時には驚きましたよ。ね、カルデノ?」
「ああ。人魚なんて初めて見たからな。あまり驚いて見えなかったのはここに来るまでに結構話したからじゃないか?」
「まあ、そうでしたか。そうですよね。ごめんなさいね変なことを聞いてしまって」
「いえ」
私がそう答えた直後、覗き込んだままの海面からメロがぽこりと顔を出した。
「なんだか楽しそうな声がしたような?」
その手には細かい目の、袋状の網が持たれていて、その大きさは胸に抱えるほど。しかし運ぶ動きにあまり重さを感じないが、それよりもその袋の網目からは沢山の晶石が顔を覗かせていた。
「さあメロ、それを渡すんでしょう?」
フォニさんが優しく声をかける。
「うん」
メロはもう一度階段に腰かけ、手に持った袋を桟橋の上にそっと置く。
「助けてくれて本当にありがとうございます、皆さん。この事はずっと忘れません」
「気にするな。大した事じゃなかったぜ。なあカルデノ?」
「ああ」
メロが救われたのは返事をした二人のお陰だ。だからメロはその言葉を聞いて笑い、続いて私に眼を向けた。
「カエデも、沢山私とお話してくれてありがとう。色々な事を聞けて嬉しかった。本当に嬉しかった」
私は、うんと頷いた。メロは私と話していた時、本当に楽しそうだったのだ。
「色々とあるの、ほら見て」
そう言ってメロは袋の中に手を入れてカラカラとかき混ぜるように見せてくれる。
「本当だ、色々あるね」
「そうでしょ。……でもあれっ? こんなの……」
「どうかしたの?」
不思議そうにしているメロに問いかける。
「うーん、なんだか……」
メロが何かを言いかけたかと思うと、桟橋に袋を残して海の中に倒れて沈んだ。
「メロ!?」
フォニさんの声が建物の中で反射した。