作品タイトル不明
74話
宿に戻ってから、私達はこれと言った会話もしないままベッドに横たわり天井を見上げていた。
カスミは窓からじっと外を眺めて動かない。
「カルデノは、バロウの事をどう思う?」
ふと気になり、隣のベッドで同じく横になっているカルデノに問いかける。
「どう思うか、か。聞いていて憐れだと感じたな。前世の様子を窺いたいがために今生を捧げるなんて共感が出来ない。新しい自分と言うものを受け入れられないまま時が過ぎ、それが一過性のものであったにも関わらず、この世に生まれた瞬間から胸にあったその感情を無視出来ず意地になっていたんじゃないかとも思える」
「一過性? 意地?」
「ああ、言っていただろうすぐに生まれ変わったんだって。前世でどれほど生きていたかは知らないが、恋人までいたらしいんだからそれなりだろう。そんな愛着を持った人生がいきなり終わって新しい人生がいきなり始まる。様々あった思いをいきなり切り替えられるはずは無いだろうな。だからまあ、自分を薄情な奴と思いたくなかったんじゃないか」
「前世の記憶を差し置いて、新しい自分を楽しめないって事かな」
「何を思ったのかは、本人にしか分かるわけはないがな。私達の言っている事だって全くの見当違いな可能性だってある」
とは言え本人が語った話を聞けば、外れではないのが分かる。バロウは記憶を持ったまま生まれ変わって、つまり外見が子供でも頭の中は変わらず大人のままだった。記憶など無くなっていれば良かったのに。カルデノはそんなバロウを憐れだと言ったのだ。
「もう寝よう。明日も行くんだろう」
「うん」
カスミにも同じく呼びかけると、枕元で横たわりすんなりと目を閉じる。
私がバロウと逆の立場なら、どうしていただろう。閉じたまぶたの裏に光景を想像して見る。
生まれ変わって、誰とも会うことが出来なくなって。それで、それで……。
「…………」
多分泣いて、それからを悲観してみて。と想像は出来るが現実味はなく、まぶたの裏は真っ暗でどのような光景も思い浮かんでは来ない。想像だけでバロウの気持ちを推し量る事は出来ない。
「本当にすまなかった」
バロウは玄関先で土下座して見せた。
朝早くからバロウの家に向かった。居なかったらどうしようか、?のために涙を使える人とは言え、最後に見たあの顔はどうだったろうか。
そんな風に考えながら向かったバロウの家はガジルさんと共に訪れた時とは違い玄関がしっかりと存在していた。
そしてノックをして扉が開いた瞬間、バロウはスッと私に土下座したのだ。
「…………」
バロウの後頭部が晒されている。何も言えなかったのはあまりに突然の事だったからで、私が何も言わないからかバロウも頭を上げる気配がない。
「……カエデ?」
「え……、あっ」
カルデノが不思議そうに私に声をかけ、それでハッとしてバロウに立ってくれと伝える。
「許してもらえたとは思っていない。それでも、顔を上げていいか?」
「はい、あの……ずっとこのままだと話も出来ないので」
そうだね。とバロウは困惑の表情でゆっくり立ち上がり、小さい声でもう一度謝ってから昨日部屋へ。
お茶とお茶菓子まで出され、それでも部屋は重苦しく沈黙していた。
昨日の話が本当なら、バロウは私を元の世界に帰す方法を考えていなかった。つまりまた今すぐに帰りたいのだと懇願しても通らない要求なわけだ。
数分して、バロウから口を開いた。
「君の、言っていた事は多分正しいんだろうと、考えたんだ」
「私の言った事ですか?」
そう、とバロウは頷く。
「だって僕は、死んだんだから」
声を荒げて両者言い合ったあの時の事か、と理解する。事実を口にしただけなのに、とてつもない罪悪感が胸にのしかかった。
「考えて見ればさ、生まれ変わってからは誰も僕の事を知らないんだ。僕は当たり前に前世の世界を見るためにここまで来たけど、回りからしたらきっと可愛くない子供だったし、無愛想な男だったし、礼儀のなってない仲間だった」
それはかつて共に過ごした人達への思いだろう。バロウの事を聞きまわってもほとんどの事が謎だった。出身地がどこだとか、思い入れのありそうな場所がどこかとか、今は何をしているかとか。本当に謎だった。リタチスタさんに出会っていなければ今頃途方に暮れていただろう。
「だから当然だけど初めて言われたんだ。僕はもう死んだって」
何故かバロウは小さく笑う。
「でもやっぱり今更諦められなくて。だから君を帰すと同時に僕も行けるようにしようと思うんだ」
耳を疑った。てっきりバロウが転移魔法を使う事を諦めたのだと思っていたばかりにその衝撃は大きかった。
「また無関係の人を使おうとしてるんですか!?」
「そうじゃなくて! 聞いてくれ!」
弁解しようと必死に両手をパタパタと振るバロウ。
「純粋に僕とカエデさんが元の世界へ行けるようにしようって事で、誰かを使うなんて事はもうしないよ」
「そ、そうでしたか」
だがそうだとしても、それは新たな魔法を作ると言う意味だろうし、どれほどの時間がかかるのか。
たずねて見るとバロウはあごに手を当てて考え始める。
「そうだね……。正確な事は言えないけど、さすがに何十年とかかったりはしないよ。一番苦労したのは世界同士を繋ぐって所だったわけだから。だから今一番の問題は消費する膨大な魔力をどうやって集めるかだよ。魔力の消費が少ないという理由で前回の方法を試したわけだけど、それでもその魔力を集めるのに数年かかったんだ。だから僕と君の二人分となると……」
指先で口を隠すように考え込み、うーんと一度唸る。
「気が遠くなるな」
「そんなにですか」
「うん。僕の体にある魔力を一旦別の容器に移し替える必要もあるし、それが魔石になるんだけど、晶石だって前に集めた時も中々苦労したんだ」
「そう言えばカフカに来る前、バロウがどこかで晶石を大量に買ったらしいって話を教えてもらったな」
「僕が? となると多分、ストルズの事かな」
カルデノの言う話はリタチスタさんが教えてくれたことだ。それも確か二年前との事で、本人も懐かしそうに頷く。
「ストルズは確かに魔石の採掘量が多くて、僕個人での消費だって言うのにかなりの量を購入させてもらったよ」
「二年前に晶石を買って、それで魔力を溜めるのにどれくらいかかったんですか?」
「そりゃ二年だよ。ストルズで買い揃える前からの物も足せばまだかかったかも知れないけど、晶石を買ってから君がこの世界に来るまでの二年間ずっと魔力を蓄え続けた」
ホノゴ山の様子を見たリタチスタさんが、膨大な魔力とは言っていた。そして今バロウが言った二年と言う年月が決して短くはない事も分かる。具体的ではないがこれでも私が巻き込まれた転移魔法は魔力の消費が少ないと言うなら、私とバロウの二人が元の世界に戻るために必要な魔力は一体どれほどだろう。
「じゃあ、私が帰るには二年以上の時間が必要という事、ですか」
くらりと視界が揺れた気がした。元はバロウにあえばすぐに帰れるのだと思っていた事も大きい。
「確かに僕一人だと、そうなるね」
でも、とバロウは声のトーンが上がる。
「他にも魔力の提供に協力してくれる人がいればペースは格段に上がるよ」
「……その、他の人っていうのは誰か、あてがあるんですか?」
「もちろん。と言ってもカフカにそんな知り合いはいないからギニシアになってしまうけど。一人は君も知ってるリタチスタなんだけどね。あの人は魔力の塊みたいな存在だから」
バロウが魔力の塊とまで言うリタチスタさん。魔力の平均もどの魔法にどれだけの魔力が使われるのかも分からないためピンと来ないが、王都からホノゴ山まで荷台を浮かせて移動したのは中々出来ない事だろうと、私もどことなく理解していた。
その事をバロウに話してみると、感服したように声を漏らした。
「重いものを浮かせるのはそれだけで魔力を消費するんだよ。更に連日の移動か……。その有り余る魔力で協力してくれるよう精一杯頼んでみよう」
「じゃ、じゃあすぐにでもギニシアへ行きましょう! リタチスタさんは王都にいるはず!」
興奮気味に伝えたが、バロウはそれを聞いてゆっくりと首を横に振った。
「どうして、ですか……」
「魔力を提供してもらうための言い訳を用意するのが一つ。僕は長いこと姿を見せていないしホノゴ山に残ってたって言う覚え書きのせいで多分、印象が悪い。それを一気に払拭出来るような理由を用意しないと、リタチスタは協力してくれないよ」
盛り上がっていた気持ちが急激に冷える。
「もう一つ、転移魔法の作り直しだ。こればかりは誰に協力してもらうわけにもいかない。カエデさんもカルデノさんも魔法の知識がない。だから僕一人で作らなきゃいけない」
目の前にまで迫ったと錯覚したゴールがどんどんと遠ざかり、思わず頭を抱えた。
「リタチスタに頼むための理由も魔法の作り直しも納得出来るが、ならその間私達はただ待ち呆けるしかないのか?」
それもそうか、と頭を抱えていた手を下ろす。カルデノの質問は確かに気にな事ではあった。バロウの話を聞いていると、バロウばかりが負担になっていて私達はまるでただ見ていろと言わんばかりの内容だ。
「いや。その間に君達は晶石を入手してくれ」
「あ、そっか晶石がないと魔力が溜められないんだった」
「そう。僕がリタチスタに使う言い訳を考えながら転移魔法を作り直す。その間に君達は晶石を集める。リタチスタ達と魔力を溜めながら進めた方が効率がいいのは分かってるけど……」
どう考えてもただ言葉一つで魔力を提供してもらうのは不可能に等しいとバロウは言う。短い時間を共に過ごしただけの私からしても、リタチスタさんは理由も聞かず協力してくれる人ではないように思う。
「見せ掛けだけでも別の魔法を作って納得させるしかない、か」
途端に険しい顔をして独り言のように呟くバロウ。
リタチスタさんはアルベルムさんを慕っていたようだが、バロウはどうなのだろう。魔法の研究を継ぐと約束を交わした事をどう思っているのか。
世界を渡る転移魔法を作りたいがためにアルベルムさんに弟子入りしたのだとすると、最初から研究を継ぐつもりはなかったのだろうか。
今は私もバロウもこうして落ち着いた状態で話を出来ている。波風を立てたくないためにその辺の質問を控える事にした。
「では君達には今言ったように晶石を買い集めて貰いたい。お金は僕が用意するからさ」
「分かりました」
「入手先でいくつか心当たりがあるんだ。えーとちょっと待ってくれ」
バロウは立ち上がって部屋の隅にある棚からペンと、四つ折にされた地図を持ち出してテーブルに広げた。
地図に直接ペンで目印を書き始めたバロウに、少し気になった事を質問する。
「バロウ……さんは、何かこっちで仕事とかしてるんですか?」
「僕の事、バロウでいいよ。呼びづらそうだ」
「え、いや……」
言われた通り、今までバロウさんだなんて口にする敬いの気持ちの一つもなかったため一瞬言葉に詰まったのだが、バロウは笑って許してくれた。
地図への書き込みで忙しくこちらをチラリとも見ないため、慌てて目を泳がせる私の姿は見られていない。
「いいんだ。こんな目に遭わされてバロウさんなんて、呼びたくないだろう。それで仕事はしてるかって話だけど」
自然に話題を私の質問の方へ持っていかれ、それっきり口を挟む隙すらなかった。
「仕事はしてないね。ずっと転移魔法について考えていたり、時には必要な物を買い揃えたりだけしてる」
「じゃあ、お金ってどうしてるんですか? 今も晶石を買うお金は出すって言ってましたし」
「僕が魔王討伐の任に当たった事は知ってるんだっけ」
「あ、はい。だから探し出せたみたいなもので」
「そうか。それで僕は国から大金を貰ったんだ。地位とか土地とか物とか、他にも色々貰えたらしいけど、そんなのは全部要らないからお金が欲しいって頼んでね。そうしたら後は好きなだけ転移魔法にかまけていられるから」
「な、るほど……」
どうやらバロウのすべての原動力は転移魔法だったようで、いや、これからもきっとそうなのだろう。なんでもないように思える事でもその執着は健在である。
地図への書き込みが終わったようで、バロウは一つ一つ指差しながら説明を始めた。
「まず、この丸で囲った場所が晶石の心当たりだ。まあ魔法石の産地だね」
地図には二箇所だけしか囲まれた場所はない。その内の現在地から近い方にレクレブと言う街がある。
「レクレブは多分、早朝から移動を始めれば次の日には着くと思う」
スッと指は海に近いホルホウと言う場所を次に指す。
「で、この海の近くのホルホウに行くには少し時間がかかると思うから、余裕を持った行動を取った方がいいね」
その他、地図の余白に目的地までの行き方が簡潔に書かれている。次はそこを指差す。
「こっちは行きやすい道のメモだ。買う晶石の数は多ければ多いほどいいから覚えておいて」
余白には新たに、晶石は出来るだけ沢山。と書きくわえられる。
「それと僕のココルカバンを貸すよ。あった方がいいだろう?」
「そうですね」
出来るだけ沢山と言われれば、本当に山のように買う事になるだろう。私やカルデノもココルカバンを持ってはいるが、それでも自分達の荷物を持つためであって山のように買う予定の晶石まで入れるスペースはない。
「本当はストルズにも行けたらいいんだけど、流石に遠いからなあ」
「ストルズですか、それはちょっとまずいですね」
何せ私の旅券は一往復分の権利しかない。それだけでなく旅券を用意してくれたアイスさんとは大きなしこりを残したままの別れとなったため、仮にストルズへ行くためにギニシアへ戻ったとして、もう一度カフカへ入るための旅券を得るためにアイスさんのもとへ行くのは気が重いと言うか、気まずいと言うか。
「私あの、多分ギニシアから出られるのはこれっきりかと思いますし」
「そう? 何か理由がありそうだね」
こちらの事情に興味が沸いたのか、バロウは少し前のめりになる。
「旅券の発行には本人の魔力が必要になるらしいじゃないですか」
「そうだね。手っ取り早いから。ああ、となると君はどうやって国境を越えたんだ?」
「それが、旅券の代理発行って言うのがあるらしくて、私もそれをアイスさんって方に頼んだんです。でもギニシアを出る前にアイスさんとちょっと、ありまして……」
なるほどね、とバロウは前のめりに傾いていた姿勢を戻し、そのまま椅子の背もたれに背中を預ける。
「それで、二度目を頼めないってことか。まあ代理発行なんて知らなかったけど、誰にでもおいそれと頼めるものじゃなさそうだからね」
晶石の入手のためにストルズへ行くというわずかな可能性が潰れた事により、カフカ国内の二箇所だけに決定した。