軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70話

気が済んだ、と言うカルデノの言葉に偽りはないようで、少しだけ晴れやかであった。

「あの、ガジルさん」

「なんだ?」

私は気になったことがあり、ガジルさんに質問してみる事にした。

「ガジルさんは、カルデノが奴隷になるよう動いたのがタンテラだって、知ってたんですか?」

「……? ああ、知ってたけど。なんだ急に?」

首を傾げてみせるので、私は国境の街ルドでの事を話した。

「ルドでカルデノに聞かれましたよね、私を追い出そうと持ちかけたのは誰だって」

「え、ああ……」

どうやら自分の言葉を思い出したらしい。すぐさまどう返したらいいか、と考えるように目が泳ぐ。

「どうして……」

「カエデ」

カルデノが私の言葉を遮った。そしてそのまま言葉を続ける。

「行こう、今度こそ墓参りだ」

何を聞こうか分かっていたはずだ。今私が疑問に思っていることを分かっているはずだ。それなのにカルデノは私にそれ以上の言葉を許さず、コツンと一歩部屋の外へ踏み出した。

「……うん」

申し訳なさそうな表情のガジルさんをちらりと見て、カルデノの後を追い外へ出た。

「カルデノ……」

ヒソヒソ、こちらを見ながら小声で何事か話しているのが、内容までとは言わないが聞こえる。

ここの住人によるもので、目だけでキョロキョロと辺りを見渡せば物珍しいと語るように数人の狼族がこちらを見ていた。

「うん?」

話しかければ、カルデノは穏やかに答えた。どうやら周りの事など気にしていないらしい。それならば、と私も辺りを見渡す事はやめた。

「カルデノは、知ってたの?」

「ガジルが嘘を言ったことか」

「うん」

ルドでのガジルさんとの会話を思い出す。

確かカルデノから、私を奴隷にして追い出したのは誰だと質問したのだ。だからカルデノは自分でも誰のせいで奴隷になったのか分からないのだと思っていた。

その質問に対しガジルさんは、知らないと答えた。だが実際にはその逆で、タンテラが犯人と知っていた。

「カルデノはカルデノでタンテラなんて知らないふりして質問して、それでガジルさんは嘘を言ったよね?」

カルデノは家と家の細い道を通り抜け、小高い丘を目指して歩く。

「私なりに、確認だったんだ」

「確認?」

「そう。ガジルは最初からタンテラの仕業だと知っていた。そしてその事を私も知っていた。あの質問で確認したかったのはガジルが私と距離を取るべきかどうかだった」

丘の上までは緩やかな傾斜で、距離が少し長かった。まだ頂上にはつきそうにない。

人目はなくなり、ずっと髪に埋まるようにして隠れていたカスミが姿を現し、開放感から体を大きく伸ばすと、私の肩にちょこんと座って景色を眺め始めた。

「ガジルに再会した時は本当に、二度と口を聞こうだなんて思ってなかった。でも思い出したんだ、小さい頃ガジルに果物を貰ったこと。だから国境を越える前に話してみたくなった。質問の答え次第で、一緒にここへ来てみてもいいかと確かめたかった」

「じゃあ、あの時ガジルさんがタンテラの仕業だって素直に答えたら、あそこで別れたりしなかったってこと?」

「ああ」

カルデノは真っ直ぐに前を向いたまま困ったような顔で頷く。私はそんな横顔を覗いていた。

「タンテラの名前を出してほのめかして置いて、それでも真相は知らないと言ったのは、ここが故郷で、ガジルにとってちゃんと帰るべき場所なんだと思ったから」

一緒にテンハンクへ帰ってきたりしたら肩身の狭い思いをするのは、ここで暮らすガジルさん一人だけ。だから質問の答えで一緒に来ない事を選んだ。

テンハンクを大切な故郷だと仮にガジルさんが思っていなかったとしても、ここに暮らしている事に変わりはない。だからカルデノの質問は、少しずるいなと思った。

ずるいなんて言葉を使うのは正しくないのかも知れない。でも、それでしっくり来るのだ。

「今思えば、あの質問はずるかったんじゃないかと思うんだ」

「え……」

「うん? どうかしたか?」

私が変な声など出すから、カルデノは真っ直ぐ前を見ていた顔をこちらへ向けた。

「ううん。なんでもない。ただ口に出すのはなんだけど、ごめん私も同じ事思ってた。ちょっとずるい質問だなあって。だってどっち道一緒に行きたがってたガジルさんを拒否するか、一緒にここに来てもガジルさんに肩身の狭い思いをさせたんだから」

「……ああ、そう言う考え方か」

「あれ、違った?」

「うーん……」

丁度丘の上に到着し、沢山の墓石が目に入る。この丘の上自体が墓地になっているらしく綺麗に整頓された土地には伸び放題の雑草などもない。しかし緑が無いという意味ではなく、綺麗な花が沢山咲いていた。

「いや、まあこの話はもう終わっておくか」

「えー、気になってるのに」

私が思っていた事と違うらしいが、カルデノは本当に教えるつもりがないらしい、楽しそうに口角を上げながら、墓地を囲むように生えている色とりどりの花の中の一輪、白い花を手折る。

「何も用意してなかったのは申し訳ない。カエデもカスミも、どれか適当に花を用意してくれるか?」

「うん」

白、黄、赤、青、紫、沢山の色の花が咲いている中、屈んで手を伸ばす。カスミも肩から降りて沢山の花の上を何度も何度も往復しながら迷っているらしい。

「コルダさんは、白い花が好きだったの?」

カルデノが手にしていたので、何となく気になって聞いてみる。

「さあ? そもそも花に興味もなかっただろうな」

「そうなの?」

カルデノが白い花を選んだのは、単なる気まぐれだったらしい。

そんなカルデノが白い花を摘んでいたため、私も何となく同じ白い花を摘んでいた。

カスミも間もなく、小さな体でも摘めるほど小さく可愛らしい青い花を一輪手にして、戻ってきた。

等間隔で半円型の墓石が並ぶ墓地の中ゆっくりと足を進め、カルデノは迷いなく一つの墓石の前で立ち止まった。

「ここだ。ここがコルダの墓だ」

それはやや苔の生した墓石で、カルデノは手でなでるようにしてその苔をむしり、たった一輪の花を供えた。私もカルデノの隣で同じ花を供え手を合わせる。カスミは私の行動を確認して地面に降り立つと、そっと花を供えて同じく両手を合わせた。

「それは?」

「え?」

私が胸の前で両手を合わせているのが不思議なのか、首を傾げた。

「ああこれ。合掌っていうんだけど、詳しい理由とかは知らないんだ。習慣で」

ただ習慣で、意味を問われると知らないだなんて恥ずかしいな、と手を下ろした。カスミは恐らく私の真似をしたのだろう。

「そうか、花みたいなものだな。私も墓に花を供える事を知っていても意味までは知らない。何となくだ。多分何か大切な理由はあるんだろうと思うがコルダはそんな細かい事を気にする人じゃない。きっとここで踊ったって怒りもしない」

「そっか。心が広い人なんだね」

「ふふふ。心はそこまで広くなかったな。ちょっとコルダの分の肉をつまみ食いしたらすごい勢いで怒られた事がある。ほんの少しだったんだ」

そもそも自分の物でもない肉をつまみ食いするのが悪いのでは。

カルデノは他にもポツポツと、幼い頃の記憶から順に、昔あった出来事を色々と話してくれた。

コルダさんはここに住む誰からも好かれていて、いつも中心にいたのだそうだ。

「別に親らしい親だったわけじゃない。教えられた事をやっても褒めてくれるわけでもなかった」

逆に理不尽に叱られた事があるとか。他にも一緒に離れた街へ出かけた事、一緒に料理した事もある、と声は弾んでいた。

「楽しい事だけ思い出そうとしてるのかこうして思い出せば、結構楽しく暮らしていたんだな」

「コルダさんとの暮らし、楽しかったんだね」

「そうだな。楽しかった。生きてればまだまだ元気な歳だ。生きてて欲しかった」

「……コルダさんは、どうして亡くなったの?」

それからカルデノは、コルダさんの異変に気付いた時の事を話してくれた。

「ある時ふと、コルダの食欲が落ちている事に気付いたんだ。いつもおかわりしていたのが、急にとは言わなくても短期間で」

だからカルデノは体に異変がないかと問い詰めたらしい。

「コルダは体調不良を隠してたし聞いても答えなかったが、様子が変だった。あの時初めて、強引にコルダを医者のいる所へ連れて行った」

「コルダさん、病気だったの……」

「ああ」

カルデノはコルダさんのお墓を見つめる。

「それから数年でこの世を去ってしまった。どうしたって治らない病だったんだ。コルダは誰にも言うなと口止めして、私は何もしてやれなくて悔しかった」

カルデノは屈んで、悲しげな色を浮かべる目を閉じる。

生きていて欲しかったと言うのだ、悲しかっただろう。それにコルダさんが亡くなってからカルデノはひとりだった。

きっと楽しい事ばかり思い出そうとしていると言う言葉は嘘でも勘違いでもなく、つらい事の方が多かったのではないだろうか。

私は屈んだカルデノのつむじのあたりをじっと見つめたまま、どんな言葉をかけるでもなく、ただ待った。

私は親しい人を亡くした事はない。この先、嫌でも経験しなければならない誰かの死は思うだけで胸が苦しい、胸が痛い。

カルデノはコルダさんの死を乗り越えたのだろうか。想像するだけで泣きたくなるような辛さを経験して、大切な人に二度と会えなくなり、冷静でいただろうか。

もしもこの先私にその時が来たとして、冷静に生きることが果たして私には出来るだろうか。

そんな事をぼんやりと考えいると、カルデノがスッと立ち上がる。

「もう、行こうか」

「え、もういいの?」

そしてコルダさんの墓に背を向け歩き出す。

「ああ、十分だ」

「で、でももう二度と来られないかも知れないんだよね? 本当にいいの?」

カルデノがいいと言うのだからいいのだろう。本人が納得していると言うのに何故か私が焦ってしまうが、カルデノはそんな私が面白いのか笑い、足を止めた。

「どうしてカエデがそうなる?」

「どうしてかな。なんか、どう言うのが正しいか分からないけど、勿体ないって思っちゃって」

多分、自分の気持ちが重なっているのだと思う。

いつかカルデノやカスミと別れが訪れ、その時こんな風にあっさりとお別れするのもされるのも寂しくて、まるで生きている間に自分の死を経験するような、それと同時にこの世界で出会った全ての人の死を味わってしまうような。

「勿体ないとは斬新だな。でも……」

カルデノの言葉が止まる。

「カルデノ?」

どうかしただろうかとカルデノの顔を見上げると、この丘に来るために使った道、墓地の入り口にもなっている方を見ていて、私も同じくそちらへ目を向けた。

「あ、タンテラ……」

タンテラがいた。タンテラから怒りの様子は受け取れず、どうやらあれから冷静になってここへ来たらしい。

「カルデノ、やっぱり来たのね」

「ああ」

ゆっくりとこちらとの距離を詰めてくる。カルデノは逃げるでも歩み寄るでもなく、やがてカルデノの目の前で足を止めた。

「さっきはガジルの言葉に乗せられて変な事を口走ったかも知れないけど、私は本当に心からお前に悪いなんて思わない」

「そうか」

「コルダの事はやっぱりどうしたって許せない。お前が引っ張ってでも医者に連れて行くべきだった。早くに病が見つかれば今も生きていたかも知れないって思わずにはいられない」

声は震えていた。それがすべて怒りから来るものではないとひと目で分かったのは、タンテラが目に涙を湛えていたから。

そしてタンテラの勘違いに気付く。

「カルデノ。お前にはもう、二度と会いたくなかった」

「……行こう、カエデ」

カルデノはタンテラを置き去りに、来た道をゆっくりと歩き出した。

私はカルデノの背中を追うだけ。ゆるやかな坂を下りながらタンテラを振り返ると、タンテラは墓石の前に膝をついてうなだれていた。

カルデノの横に追いついてみれば何かを憂うような表情で、力強いと思わせるいつもの活力はなかった。

「カルデノ。タンテラにコルダさんの病気の事を言わなくて良かったの? カルデノが悪いって勘違いしてたのに」

「あいつは私を心底嫌ってる。今更何を言ったって聞く耳を持つわけが無いんだ。それに、きっと怒りの矛先はあった方がいいだろう」

「……そうかな」

「きっとな。私は怒りの矛先がなくて、もどかしかったから」

「…………」

タンテラがカルデノの言葉に耳を貸さないのなら、それは仕方のない事だ。でも誰かを恨むより、病気なら仕方ないよねと言って済んだ方が、恨む側も恨まれる側も楽ではないか。

やがて丘をから下り切り、ふと気が付くといつの間にか辺りが薄暗くなっていた。まだ日が沈み切る時間ではないが、山に囲まれたこの地形では日照時間が短いのかも知れない。

今日一日、本当はただコルダさんのお墓参りに来ただけだと言うのに色々あった。

もう隠れて歩く必要もなく、帰りはティクの森を通らないで普通に道を歩いて帰れる。

「カスミがティクの森に吹き飛ばしちゃった人、大丈夫かな」

ティクの森と言えばその人だ。あの時はどうなったか確かめる心の余裕などなく走り去ったが、今になって心に引っかかる。

「別に大丈夫だろう。それを聞いたときのタンテラも焦ってなかったしな」

「うーん……」

まあ、確かめようが無いのだから仕方がない。さすがにここで歩き回り聞きまわり、とウロウロする勇気はない。だが、辺りを見回すくらいなら、とぐるり視線を廻らせる。

「あ、ガジルさん」

見つけたのは先程までお邪魔していた、長と呼ばれる男性の家の前。玄関の扉を塞ぐように寄りかかり、ぼさーっとそらを見上げていた。

「ガジル?」

カルデノが声をかけると、ハッとしてこちらに向き直る。

「よ、よう」

「ああ。……色々世話になったみたいで、助かった」

「気にすんなよ。俺も好きでやった事だ」

「…………」

「…………」

お互い、会話がない。こっちが気まずくなるほどだ。

「あ、えーと……」

ガジルさんが口を開くが、中々続きが出てこない。恐らく会話の内容を今考えていると思われる。

「そ、そうだ。この国にはまだ居るのか?」

「ああ、まだやる事が全く出来てない状態だから、これからだ」

「やる事? それってなんだ?」

会話が続いた事が嬉しいのか、ガジルさんの声は弾んでいるものの、カルデノからはさっさと会話を打ち切ってここから離れてしまいたいと、語るような空気を感じる。

「ちょっとした人探しだ」

「誰を?」

カルデノは私にちらりと視線を寄越す。何を言いたいのか理解出来ず、誤魔化すように首を傾げると、仕方なさそうに言葉にしてくれる。

「探してる人が誰だとか、ガジルに説明していいのか? 一応カエデの用事だからな、確認を取っておこうかと思った」

「あ、そっか。別にいいんじゃないかな」

「そうか?」

「うん。私達が探してる人はバロウって人です。聞きたい事があって」

「んん?」

ガジルさんは腕を組み顎に手を当てながら、渋い表情でどこか宙に目を向けた。

「バロウって、なんか聞いたことある気がすんな」

「本当か? どこでだ?」

「いつですか?」

私とカルデノの二人同時に詰め寄られると、ガジルさんが一歩後ずさった。

「あ、ああ……。どこでとかは覚えてねえけど、確かアンレンに住んでるはずだぜ、この辺じゃあ目立つ家に住んでるから覚えてる」

私達が目的としていた場所とも一致している。

「俺は詳しく知らねえが、有名な奴らしいぜ。知ってる人は知っている、みたいな」

そりゃあ魔王討伐に向かった内の一人なのだから有名だろう。しかしガジルさんは何故有名なのかまでは知らず、ただ名前だけ聞いたことがあると言う。

「探してるってんなら、今からでも俺が案内するか?」

私とカルデノは顔を見合わせる。

「どうする?」

カルデノが私に問う。

「うん……」

本当なら案内してもらえば探す手間は省けるし、すぐにでもお願いしてしまいたいところだが、カルデノのガジルさんに対する気持ちもある。

カルデノは自分が関わればそれだけガジルさんが、ここでの生活が肩身の狭いものになってしまうと思っている。

ガジルさんは何だかんだ優しい人だ、そうして気を使っている事に感づけば、気にするなと口にするかもしれない。

「んー。うーん……」

「そんなに悩むほどなのかよ……」

私があまりに悩むあまり唸り声を出すと、ガジルさんは困ったように眉尻を下げる。

「そうじゃないんですけど……」

と言いつつそうなのだ、すごく悩んでいる。

「……よし」

ではもう、いっそのことカルデノに決めてもらおう。私はカルデノを見上げた。

「カルデノはどう?」

「私か?」

カルデノは突然自分に同行の決定権を委ねられ、キョトンとした。

「そうだな……」

当然だが悩み出す。やはりこのままガジルさんの同行を断るだろうか、と私が考えていると、カルデノは意外にも、思っていたであろう事を口にした。

「ガジルは、何も思わないのか? また肩身の狭い思いをしないか?」

ガジルさんは口を半開きに一瞬反応が遅れたが、すぐにドッと笑い出した。

「ははは! お前ってそんな事考えてたのな!」

真剣に問うものであったと言うのに何故かケラケラと笑われ、カルデノは目に見えて機嫌を悪くする。口など見事なへの字に曲がっていて、ガジルさんはハッとして口を閉じた。

「で、だな。えー、俺は何もねえよ。昔こそ長旅する度に変な目で見られたりもしたんだが、ここの連中も俺はこういうもんだって慣れたみたいだからな」

「…………」

カルデノの表情が少し和らぐ。

「だからまあ、帰ってきたら少しくらい何か聞かれたりもするだろうが、お前が心配するほどじゃねえんだ」

「……そうか」

表情が和らいだかと思うと、次は明らかにほっとした顔で、はて、と首を傾げる。

カルデノはこんなにも分かりやすい顔をしていただろうか。

「なら、道案内を頼む」

ガジルさんが同行する方向で話が纏まり、私は頷く。

「そうだね。今からになりますけど、お願いしていいですか?」

「おう任せろ」

ガジルさんはニッと笑って歩き出した。