軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テンハンク2

こちらを睨むその女性は一人ではなく、背後に少なくとも男が二人確認出来る。いずれも同じ狼族のようだ。

その女性に対し、カルデノの表情は苦い。

「お前がノコノコとここへ戻って来るとは思わなかったわ」

まさか、と私は小さな声で呟く。

「あの人が、タンテラ?」

「ああ」

私の呟きにカルデノもごく小さな声で答えた。

「いいや、それ以前にお前がまだ生きているとは思ってなかった」

「何故、私がここにいると知っていた?」

タンテラの言葉を無視し、カルデノは食い気味に聞いた。確かにここで一番会いたくなかった人物と鉢合わせるなど、絶対とは言い切れないが可能性は低い。それに向こうは私達を待ち伏せしていたのだろう。

「お前、先ほどこちらへ来たらしいじゃない。ばれていないと思ったか?」

「なるほど、顔を隠して行くべきだったか?」

どうやらテンハンクへ行った時点ですでにカルデノが来たと伝わっていたらしい。となれば、いつも使っていたと言うこの道で待ち伏せするのは自然な流れか。

「にしても」

タンテラのギラギラした目が笑みに細まる。

「そこの小さいのがお前のご主人様? お笑いね」

カルデノはタンテラの視線を遮るように私の前に大きく出た。

「生憎と私はもう奴隷じゃないんだ。期待に沿えずすまないな」

「……はあ?」

タンテラの声が低くなる。

カルデノは私の手を握り、足幅を少しだけ開いた。

「カルデノ?」

その行動の意味が分からずにいると、カルデノ体勢を変えずタンテラに目をやったまま、唇も動かないような小さな声で言った。

「カエデ、逃げよう」

「何故お前は首輪をしていない! 奴隷に身を落としたお前が何故!」

タンテラの怒声にビクリと体が反応する。

奴隷の証である首輪。きっとタンテラはカルデノから一生外れる事はないと確信していたようだ。カルデノに言われるまで首輪の有無に気が付かなかったのがその証拠だ。

実際つい最近までカルデノは奴隷で、私が解放しなければ今も恐らく奴隷のままでいただろう。

「身を落とした? 落とされたの間違いだ」

「そんな事を聞いてるんじゃない!」

怒りに震えたタンテラの叫びを合図にしたようにカルデノは来た道を全力で走り出した。私は頭がカルデノの背中側になるよう肩に担がれ、後ろで一瞬反応の遅れたタンテラの表情が見えてしまう。先程と比べ物にならない怒りに鬼かと思うほど牙を剥き、背筋がゾッと冷えた。

「逃がすなあ!」

タンテラを含む三人が一斉に地を蹴りこちらとの距離を詰めようと追って来る。

ランタンを持つのはタンテラ一人であるため三人は極端に離れて行動しない。

そう思った矢先、タンテラの隣を走っていた男の一人がランタンの火を持っていないにも関わらず桁外れの速さでこちらへ迫ってきた。カルデノはそれを軽く振り返り視界に捕らえていたらしく、舌打ちを鳴らす。

「ランタンの火がないと危ないんじゃなかったの!?」

「魚に襲われる前にこっちの火の範囲に入ろうって魂胆じゃないか?」

言いながら通りすがりに石を一つ拾い、それを後ろから居ってくる男目掛けて投げつけた。

追って来る男性はそれを避けるために若干失速したものの、ほぼ効果はない。徐々にこちらとの距離が詰められる。

「カ、カルデノ追いつかれる!」

「分かってる!」

男がこちらに手を伸ばす。その距離はもう二メートルもない。

何か、カバンに何か入っていなかっただろうかとパニックに陥った頭で考え、ココルカバンに手を伸ばした。カバンが手に触れた時、カスミがヒョイと顔を覗かせた。

「あっ」

カスミ、と口だけが名前を呼んだ瞬間、担がれた私の真横を突風が吹きぬけ髪が舞い上がる。

「ぐあっ!?」

男はカスミの放った風に体を絡め取られ体が簡単に吹き飛び、後方へ大きく離れる。

タンテラは目を見開き、地面に体を転がした男を横目に見てしかし待つ事はしない。ランタンを持っているタンテラが足を止めないのは見捨てる行為に思えた。

タンテラは腰にぶら下げた小さな荷物の中から、紐のような形状をした物を振りかぶる。

「こっちに何か投げようとしてる!」

私の注意にカルデノが耳を傾け後ろを振り向いたが、それより早くタンテラが投げた何かがカルデノの足に絡みついた。

「!?」

「カルデ……!?」

カルデノはバランスを崩したように転び、私も地面に投げ出される。

「くそっ」

カルデノの片足には両端に重りのついたロープの端が絡み、もう片方の端の重りがまだ幹の細い若木へ何重にも巻きついていた。

「捕まえたあ!」

「うぐっ」

すでに追いついたタンテラが私の後ろから襟首を掴み無理に立たせられたため、首が絞まりむせる。

「手を放せ!」

足に絡んだロープを解き立ち上がったカルデノは腰のナイフを抜き叫ぶも、タンテラは私を盾のようにして扱い、カルデノの動きが止まる。

首が締まり、それを緩和しようと爪先立ちになる。

「この小さいのと随分と仲がいいみたいね」

当然のようにカルデノはその言葉に反応を見せない。私はタンテラの手から逃れようと必死にもがいた。

「動くなガキ。さっきの魔法も使うんじゃないわよ」

「……!」

どうやらタンテラは先程男を吹き飛ばした風を、私の使った魔法と勘違いしているらしい。

その先程吹き飛ばされた男が、側頭部に手のひらを当てながら合流、カルデノと私は完全に囲まれる形となってしまった。

「あんた怪我は?」

「かすり傷だ、問題ない」

派手に地面へ転がったかと思ったが、逆にそれがダメージを分散させる結果になったらしい事が会話から聞き取れる。

狼族三人をキョロリと見回したカルデノに全員が目を光らせる。迂闊に動くことも危うい。

「せめて、この小さいのが居なければ逃げ切れたかもね?」

あざ笑うようにそう言ったが、そんなタンテラにカルデノは言葉を返さない。

「くそっ、いちいち腹が立つ。まさかガジルが関係してるんじゃないでしょうね」

「ガジル?」

カルデノのとぼけた答えにタンテラは鼻で笑う。

「白々しい。ガジルは今日しばらくぶりに帰ってきたわ。そして二度と会う事もないだろうと思っていたお前も。これを偶然と思えと?」

私達とガジルさんが出くわしたのはまったくの偶然であったが、そう説明したところで信じはしないだろう。

「お前は今更、何をしようとここへ来た?」

怒りから表情は移り変わり、タンテラは次に不信感を露にする。

「…………」

カルデノは答えない。

何を言っても相手を刺激してしまうだろう。だがもし、もしテンハンクへ向かった理由を素直に答えて、それを受け入れてもらえるだろうか。

「私に復讐でも?」

「お前の顔を見るためになんて来るわけないだろう」

タンテラの頬がひくりと引きつるのが見えた。

「言うつもりが無いのは分かったわ。でも何をするか分からないお前を放って置く事はしない。どうせテンハンクへ戻ればガジルも居るし、まとめて話を聞いてやってもいい」

そこでようやくカルデノは反応らしい反応を見せた。手にしていた大振りのナイフを鞘に収めたのだ。タンテラは意外そうに片方の眉を吊り上げる。

「素直に戻ってきた理由を言えば、余計な手を出さないと約束出来るか?」

「……その理由、真偽の判断が出来ないのだから約束もしない。けどその理由は聞いてやるわ」

恐らく自分への復讐か何かと決め付けていたのだろうが、カルデノの言葉を聞いて目を見開いた。

「私はコルダの墓参りに来ただけだ」

「……へえ。墓参り? お前がコルダの墓参り?」

未だ掴まれたままの襟首がぎゅっと締まる。

「うっ」

「その理由で、よく戻ってきたもんだな!」

私の小さなうめき声をかき消すようにタンテラは叫んだ。

「コルダだってお前の顔なんざ見たかないだろうさ!」

そんなはずはない。カルデノを育てた本人が、そんな風に思うはずがない。だと言うのにカルデノは何も言い返さなかった。

「望みどおりお前をテンハンクに招待してやるわ。ありがたく付いてくる事ね」

カルデノは後ろ手に両手を縛られ、私はタンテラに上から下までジロジロと眺められる。

「……お前は魔法を使うはずね。少しでも怪しい行動を取ればその首をはねる。大人しくしなさいよ」

私は無言でコクコクと頷く事しかできなかった。カルデノは大丈夫だろうかと目を向けたが、申し訳なさそうに、悔しそうに目をそらされた。カルデノも、思う事があるのだろう。

ココルカバンは没収、カルデノと同じく後ろ手を縛られテンハンクまで連れてこられた。住人の視線がチクチク刺さる中をさらに人気のない場所まで歩かされる。そこには小さな小屋が三つあり、私とカルデノはそこで別々の小屋の中へ入れられた。

「ここで大人しくしてろ」

男に放り込まれた小屋は部屋の半分は木と鉄で組まれた格子に仕切られ、窓も高い位置に小さなものが一つだけ。小さな格子の出入り口から押し込められ閉じ込められる。

その男は、思い出したように私から取り上げたココルカバンに手をかけ、思わず声を飛ばす。

「か、返して!」

格子を隔てた私には、それ以外できない。

「はあ?」

男は面倒そうにこちらを見るが、ココルカバンの中にはカスミがいる。それに無くてはならないレシピ本も。

「なにか大切なものでも?」

そう言って無遠慮に開けられ、中身を探られる。返してとも止めてとも、声を上げた。だが男はそれらがまるで聞こえていないかのように、真っ先にレシピ本を手にする。

「本、白紙か」

ぱかっと中らへんを開いて何も書かれていないと分かると、鼻で笑う。

「ガキが大切にしたい物は意味分からないな。お絵かきでもしたいなら残してやろうか?」

ぽい、とその場にレシピ本が投げ出され、その他にココルカバンで持ち歩いていたポーションや魔石、現金などはこちらに不要と判断したのか、そのままココルカバンごとそっくりと持っていかれてしまった。

男が出て行った唯一の出入り口を呆然と眺め、それからゆっくりと息を吐いた。

「どうしよう……」

呟くが、自分でも思ってみないほど小さな声は小屋の中で消えてしまう。カスミは先ほどココルカバンを開けられても見つかったようではなかったし、ならカルデノはどうしているだろう。カルデノが連れて行かれた小屋にはタンテラも入っていった。

呆然としていても何も始まらない。とにかく両腕を縛るロープは解けないかと両腕を目一杯動かすも、ギシギシと音を鳴らすだけで外れる気配はなく、擦れた場所がジンジンと痛む。

「うぅ、取れない……」

ロープが押し当てられそうな角もない。これでは両腕の自由を諦めるしかないだろうが、そもそも脱出も不可能と思われるこんな場所で両腕が使えない事は絶望的。がくりと膝を付いた。無意識にカルデノへ助けを求める頭をブンブンと左右に振り払う。

カルデノも、今はとても逃げ出せる状況ではないだろう。今は自分の事だけでも自分でやらなければ。

「でも……」

やはりどうしたらいいのか分からない。幸いなのは見張りがいない事だろう。小屋の中をぐるりと見回す。

小屋の広さは六畳ほど。面積の半分は牢としての役目を担っていてこちら側には何もない。そして牢の外側となるもう半分側には汚れた木製の椅子が一脚置かれているだけ。出入り口は私から見て正面にある。

格子は木を縦と横に組み鉄を張って補強してあるため、二度三度体当たりしてもビクともしない。

頭の片隅に追いやっていた思いが、私にはどうにも出来ないと言う思いがジワジワと胸を締め付けてくる。

「……どうしよう」

また呟き、窓から差し込んだ光が照らす床を呆然と眺めた。

その時、その光に影が差した。一体何だろうかと窓を見上げる。

「カ……っスミ……!」

寸の所で声を飲み込む。小さな窓からカスミが身を乗り出し、小屋の中に滑り込んだ。