軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本の中身

ジェイさんは本の表紙を開く。私達には何も感じることは出来ないが、ジェイさんは感嘆の息を漏らす。

「凄まじい魔力量だな。確かにこれはあの三人の内の誰かか……」

さらにパラパラとページをめくるので、もしや内容を読むことが出来るのでは? と考えた。

「あの、ジェイさんはその本に何が書かれているか、分かるんですか?」

しかしジェイさんは首を横に振った。

「いや分からない。ただ今言ったように、これは常人の何倍もの魔力が込められている」

それについては、そうなんですかと頷く他ない。見た目にはただの本なのだ。

「少しこの本の内部に触れるが、構わないか?」

「内部、ですか?」

ジェイさんは私へ何と説明していいか迷ったようで、つまりこういう事だ、と開いているページを指先でトンっと叩いた。

その瞬間、突如として青い何かが視界を覆いつくした。

「ひぇ!」

驚いて椅子から落ちると、その青は無くなっていて、代わりに頭上へ広がる青い帯が見えた。

「あ、驚かせてすまない」

ジェイさんが謝る視線の先にはカルデノが居た。ナイフの鞘に手を沿わせていた所を見ると、私と同じく、突然の事で驚いたのだろう。

「先生、これは?」

ノアさんはポカンとして部屋中を見渡していた。どうやらこの青い帯は本を中心に、何重にも輪を描くように広がっている。私の視界が青くなったのは、たまたま目の位置をこの帯が覆ってしまったからのようだ。

「これが内部だ。たったの一ページにこの陣の量は驚きだな」

ノアさんはそれを聞いて目を剥いた。

「これが、たったの一ページに?」

「あの、これは何ですか? 陣って?」

椅子に座りなおすと、陣と呼ばれた帯を改めて眺める。青い帯は絶えず一定の速度で回っていて、中には細かい字で何かが書かれている。しかし見たことも無い、グネグネとした文字だった。

「この陣は魔法だ」

「魔法……」

魔法と言えば先ほどの授業のように、炎を出したりギトのように物を浮かせたりする、そういうのが魔法であって、この陣という物を見せられて魔法と言われてもピンとこない。

「例えば魔晶石。あれには魔法が込められているんだが、この本のように内部を見れば、これと似たような陣が埋め込まれているんだ」

丁寧に説明してくれるジェイさんだが、その表情は曇っていた。

「でも先生、この陣は作りが複雑で、見てもちんぷんかんぷんですね」

ノアさんは触れられない陣に指を立てた。

「そりゃ簡単に理解できるんじゃあ、隠匿書は誰にでも作成出来てしまうだろう」

そうかと納得した顔を見せるノアさん。

「内部を見てますます確信した。これは間違いなく隠匿書だ。いや、隠匿本だな」

ジェイさんは本を閉じた。すると宙に浮いていた陣は霞のように消え去る。陣が消えたのを確認すると、ジェイさんは本を私に返してくれた。

「俺はさっき、隠匿書を作れる奴を三人知ってると言ったな」

「はい」

返された本を受け取ると、先ほどの陣が出てきたのが不思議で、少し見つめてから顔を上げる。

「その三人の名前は、ロレンツィ、リタチスタ、バロウと言う俺の兄弟弟子だ」

その三人の名前を頭の中で反芻する。まだ確定したのではない。本を作ったのがこの三人の誰でもない可能性もある。しかしこの三人の誰かが私をこの世界に連れて来た。そう思うと自然と手に力が篭った。

「しかしその魔力の量で言えばまずロレンツィは除外されるな。その膨大な魔力の量はリタチスタかバロウ、絶対にその二人のどちらかだ」

「教えてください!」

私は椅子から立ち上がった。抱えたままの本を持つ手に、ぐっと力が篭る。

「そのお二人は今、どこにいるんですか!? どうしたら会えるんです!?」

気持ちが高ぶり、思わず大きな声になってしまった。だがジェイさんはそんな私とは正反対に、静かに首を横に振った。

「すまないが、俺もわからない」

その言葉を聞いて、熱が冷めた。

「そう、ですか……」

すとんと、椅子に座る。

「リタチスタは、もう随分前に姿を見なくなった。もともとフラフラと旅に出る奴で、師匠であるアルベルムを、同じく師と仰いでいたのが不思議なくらい不誠実な奴だった」

名前からして女性だろうか。もしもそのリタチスタという人物が私をここへ連れて来たのなら、会うのは難しいだろう。

「次にバロウだが、魔王討伐の際、その一員として力を尽くした男だ。聞いたことはないか?」

「いいえ」

私は力なく答えた。

魔王討伐とは、立派な功績のある人のようだ。

「魔王、討伐?」

同じ言葉を、どこかで聞いたことがあった。この世界に来て、間もない頃だ。

「あいつもその任を終えた途端に簡単な挨拶だけして王都を出たんで、その先の事は知らないんだ。どこか小さな村で過ごしているのか、山奥でひっそりしてるのか、国を出たのか、大陸を渡ったのか」

「挨拶に来るくらいだ、手紙のひとつも届いたことはないのか?」

カルデノの質問にもジェイさんは首を横に振った。

「いいや。残念ながら」

ジェイさんは椅子から立ち上がると、凝り固まっていたのか肩を回した。

「俺はあいつらの兄弟子ではあったが、出来の違いは歴然だ。特にリタチスタとバロウなんて別格だった。あれを天才って言うんだろうな。何故あの才能を持ってして国に貢献しなかったのか。対して俺はあの師の下で教えを請う身であったというのに、こんな風に教室を開ける程度だ」

ジェイさんが別格と評するその二人。居場所も分からない二人だが、しかし私は引っかかっていた言葉があった。

魔王討伐、である。

「あの、ジェイさん」

「うん?」

「その今言っていた魔王討伐って、エリオットという人もいましたか?」

するとジェイさんは大げさと思えるほど大きな動作で腕を組んだ。

「ああ、エリオットはいたな。一人でドラゴンの討伐に成功したっていう」

やはりそうだ。リクフォニアでダリットが慕う兄なのだと教えてくれたその人だ。ジェイさんは居場所を知らないと言うが、もしかしたらかつての仲間ならば何か知っているかもしれない。兄弟子であるジェイさんにさえ手紙の一つも寄越さない所を見るとその可能性も低いだろうが、しかしないわけではない。

ダリットに頼めば、なんとか会うことは出来ないだろうか。

とは言え最後に会ったのもだいぶ前だし、どこに住んでいるのかも知らない。本当に頼めるのだろうか。

「カエデさん。居場所も分からない人を探すんですか?」

ノアさんは他人事ではなく、まるで自分のことのように心配してくれた。

「はい。この本を私に持たせた人には、どれだけ時間がかかったとしても会わなきゃいけない理由があるんです」

会って、私が居た場所に帰らなければならない。どうして私をここへ連れて来たのかを聞かなければならない。どうしてそうする必要があったのか、何故私だったのか。

ノアさんはそれ以上、何も言わなかった。

「バロウを探すにしろ、リタチスタを探すにしろ、居場所も知らずにすまないな」

「いえ、そんな……」

むしろジェイさんに会えなければ隠匿書を作る人の名前さえ知ることは出来なかった。

「ところで、さっき名前が出てきたロレンツィという人なんですけど、その人は何か知らないでしょうか?」

そう聞いてみたのだが、なかなか答えは返ってこない。

「どうだろうなあ……」

難しそうな顔をする。

「まあロレンツィの居場所はわかる。訪ねてみるか?」

「もちろんです!」

待ってろとだけ言って、ジェイさんは建物の二階へ一人で歩いていく。

「カエデ、もしそのロレンツィという奴を訪ねても居場所が分からないときはどうするんだ?」

カルデノに先ほどまで考えていた、ダリットに頼んでエリオットさんに会う、という話をしてみた。

「なるほど。断られるかも知れないが、頼まないよりは頼んだほうがいいな」

同じく私の話を聞いていたノアさん。

「カエデさんは、交友関係が広いんですねえ。アイスさんとお知り合いですし、エリオットの弟さんとまで」

「いえいえ。そうじゃないんですけど。そのアイスさん繋がりで。ダリットもドラゴンハンターの一人なので」

「ああ、なるほど」

カルデノの言うことの延長線ではあるが、もしエリオットさんに聞いても分からなかったら、どうしたらいいのだろう。

答えが出ないうちに、ジェイさんが二階から戻ってきた。

「ほら、これ持っていけ」

そう言って手渡されたのは、半分に折られた二枚の紙。

「これは?」

聞きながら開いてみると、一枚は地図のようなもの。もう一枚は手紙だった。

「一枚は地図だ。もう一枚は手紙」

どうやら思ったとおりのもののようだ。

「手紙には君達がどうしてロレンツィを訪ねることになったか、簡単に書いておいた。俺からの手紙を持っていれば怪しまれることも無いだろう」

確かに知らない人物が突然訪ねてきたとしても警戒されるだけだろう。その警戒を解くための重要な手紙だ。

「ありがとうございます」

「それとその地図は、ロレンツィの家の近くの地図だ」

地図にはその紙の端に「シッカ、コモ通り」と書いてある。

「コモ通りで一番大きい家だから、まあ間違えることは無いだろう」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

ジェイさんは気にするなと軽く首を振った。

「しかし何故君がこの本を託されたのか、心当たりはないのか?」

「いえ、心当たりも何も、そのバロウという方にもリタチスタという方にも、会った事すらないんです」

「会ったことも?」

ジェイさんは驚いた様子だったが、すぐに考えを切り替えたらしい。静かに目を閉じた。

「いや、そうだな。知っていれば名指しで居場所を聞いているか」

目を開くと、まだ抱えたままのレシピ本をじっと見つめられる。

「だが知りもしない赤の他人にわざわざ本を託すのも変な話だ。一方的に君を知っていた可能性はないか?」

兄弟弟子の事となると、疑問に思うこともあるのだろう。本当に不思議そうに聞かれたのだが私と、隠匿本を作った人物は住んでいる場所が次元レベルで違ったのだ。一方的も何も知る術がないだろう。

大体、それは私が質問したいところなのだ。

「それに、いつその本を渡されたんだ?」

「え……」

いつ、と聞かれると私自身も正確には分からない。目が覚めたらこの世界にいて、そしてリュックの中に本があった。

「寝て、起きたら荷物の中に紛れていたんです」

違和感なく、なおかつ最大限偽らないようにすると、こんな内容になってしまった。ジェイさんもノアさんも怪訝な顔をする。私ももっと上手い話し方があっただろうと後悔するが、一度話した内容は戻せない。ここからどうにか、もっと真実味の増す方法はないだろうか。

「ね、寝て起きたと言っても気絶させられたんです」

「気絶?」

ジェイさんは細い目をさらに細める。もう取り戻しがつかないのだろうか。

しかしその疑いの眼差しが、ふと和らいだ。

「ああ、リタチスタならやりそうだな」

「リタチスタ、さんですか?」

「ああ、あー、やりそうだ」

理由を話してくれる気配はないが、力の篭った握りこぶしが、以前覚えた怒りを風化させていない事を語っていた。

「兄弟弟子が迷惑をかけたようですまないな」

「いいえ。迷惑なんて……、かけられてますけど」

ジェイさんは盛大にため息をついた。

「俺もこの先、何か協力出来ることがあれば協力する」

「あ、俺も」

便乗する形でノアさんも楽しげに片手を挙げた。

「本当ですか? ありがとうございます」

実際にこれから先何か協力をしてもらうかは別として、こう言ってくれる人がいるとありがたい。

ノアさんがもう帰ると言い出したことをきっかけに、私達もジェイさんの教室をあとにした。