軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

起きた

どれくらいの時間が経っただろう。カルデノの怪我は治したし、出血しているところは他に見当たらない。

けれど、一向に目を覚まさないのだ。時折声をかけてみるがピクリともせず、次第に辺りが暗くなる。森の中が薄暗いからではない。日が沈んできている。

私が不安を表に出すのと同様に、カスミも不安が顔に出ていた。

このまま目が覚めなかったらどうしたらいいのか。今もどうしたらいいのか分からないのに、そう思ってしまう。

「カルデノ……」

何度目の呼びかけだろうか。またカルデノには届かずじまいだろうと決め付けていたが、まぶたがかすかに動いた気がした。

「カルデノ?」

まさか、まさか目を覚ましたのだろうか。さらに名前を呼ぶ。

「カルデノ。カルデノ起きたの?」

「ん……」

閉じられていたまぶたがゆっくりと開き、見慣れた金色の目が覗く。

「か、えで。大丈夫か、怪我は……?」

聞きなれない弱々しい声に。何度も頷いた。そしていの一番に心配される自分が情けなくて、ぐっと拳を握る。

「だ、大丈夫。カルデノがかばってくれたから何ともないよ! それよりカルデノはどう? どこか痛くない?」

「ああ」

いつも気丈なカルデノからは想像出来ない弱々しい声。その直後、のそりと体を起こした。

「起きて大丈夫なの? なんならもう少し寝てたって……」

「もう、暗いな」

カルデノは、どことなく焦点の合わない目を辺りにめぐらせた。

「いつまでもここにいるのは危険だ。少し移動しよう」

「わかった。えと、どこに移動しよう」

「どこか、背面に壁が欲しいな」

背面に壁。どこか洞窟でもあればいいのだろうか。

カルデノはふらふらと立ち上がり、よろめく。私はそれを支えるように、カルデノの腕を持った。

傷は治すことが出来たが体調まで万全とはいかないようだ。

カスミがトントンと肩を叩いてきた。

「な、なに?」

カスミは自分を指差し、こくこくと頷く。一体何を伝えようとしているのか。カスミは自分が何かを請け負うと、そう言おうとしている、それは何か。

話していた内容は、どこか場所を移ろうということ。それを今から探さなければという時に、カスミは自分を指差した。

「カスミが探してくるって、こと?」

カスミは大きく頷いた。そうして高い位置にまで飛び、すいっとどこかへ飛んでいってしまった。

「ひとりで大丈夫かな……」

カルデノの体調の悪さも心配だが、カスミが一人で行ってしまったことも心配だった。

「すまないカエデ。長いこと気を失っていたようで」

「なんで謝るの……」

謝られることなんて無い。むしろ足を引っ張っている私が謝りたいくらいだ。申し訳なさでうつむき、カルデノの顔が見れなかった。

「カエデを守るのが私の役目だ。今は何も無かったからいい。けどもし私が気を失っている間に何かあったらと思うと……」

カルデノは手で顔を覆った。こんなに自信のないカルデノをはじめて見た。

「私、いつもカルデノに助けられてるよ。すごく頼りにしてるし、カルデノが気を失ったのだって、私を守ってくれた結果でしょ?」

気に病む必要はないのだと分かってほしかった。

カルデノは顔を覆っていた手を下ろした。私はそっとカルデノの顔を見る。少し複雑そうな、悩んでいるような表情を浮かべて私を見ていた。

「どうしたの?」

何を言いたいのか。しかしいくら待ってもカルデノが答えることはなく、やっと口を開いたかと思えば、なんでもない。の一言だけだった。

やがてカスミが戻ってくると、どうやらよさそうな場所を見つけたらしい。すぐさま案内された。

案内されたのは、岩肌のくぼみだった。洞窟と呼ぶには浅く、けれど岩肌に背中を預ければ屋根がかかる程度のくぼみ。そこで休むことになった。

持ってきていた食料を食べ終わると、カルデノはうとうとと船を漕いでいた。

「カルデノ?」

「ん、ああ。すまん」

カルデノは寝ずにいようとしているらしい、しかし体は休もうとしている。

「寝ていいよ。体を休めないと」

「私が寝て、何かあったらどうするんだ」

「え、と……」

どうしたらいいか、即座に思い浮かばなかった。もし狼でも出たら私は何も出来ないし、でもカルデノには休んでいてもらいたい。

悩んでいると、カスミがすいっとカルデノの目の前に飛んだ。カルデノの耳元で何かを言うと、カルデノは小さくため息をついた。

「カスミは周りの気配を察知するのが得意だし、簡単な動物なら風で吹き飛ばせるし、もし駄目ならすぐに私を起こすと言ってる」

「カスミ……」

そうだ。忘れていたが、大人の男性を吹き飛ばすほどの風を使えるのだった。

私ひとりではどうにもならないが、カスミも一緒ならば少しは安心できた。

「カスミに頼っちゃうけど、お願いしていいかな?」

カスミはコクコクと何度も頷く。

「なら、私もお言葉に甘えて少し寝るとする。本当に何かあればすぐに起こすんだ。いいな?」

「うん、わかった」

カルデノは岩肌に背中をあずけ、すぐに寝に入った。それからほどなく、スースーと寝息が聞こえてきた。

辺りは暗くて、キーキーと何か鳥のような鳴き声も聞こえるし、ざーっと風がふく度に音にまぎれて何かが歩み寄ってくるんじゃないかという恐怖が襲ってきた。

心細かった。カスミを手招き、カルデノを起こさないように配慮して、何を話すでもなくただふたりでくっついていた。

どれだけそうしていただろう。カルデノには起きる気配も見られず、よく眠っているようだ。私も少しだけ眠気に誘われて大きくあくびをした。

ふと、私の膝の上で寝転んでいたカスミが起き上がった。

「どうかした?」

静かに、と言いたげに、カスミは人差し指を立てた。私はそれにしたがって口を閉ざした。

ちょうど風が吹き、ザーッと揺れて擦れた草木が音を立てた。

カスミが何に警戒しているのか分からない。いや、おそらくこれが昼間であろうと、目の前に何者かが姿を現さなければ私は察知することも出来ない。

数十秒ほど耳をそばだてていたカスミは、寝ているカルデノに目を向けた。

カルデノを起こしたほうがいいのだろうか。でも今起こして、もしカスミの勘違いだったら。もしただの小動物だったら。そう思うとすぐ隣にいるカルデノの肩を揺することは出来なかった。

「ねえ、なにがいるの?」

小声で聞いてみた。カスミが何に気が付いたのか、何を警戒しているのかが分かればそれだけでカルデノに頼るか否かが判断できる。

カスミは私を見た。そして私の肩に移動して耳元で何かを伝える。

あいかわらず小さなカスミの声を聞き逃すまいと、耳に神経を集中させる。

「虫の、たぐい?」

聞き取れた言葉をオウム返しにする。どうやら合っていたようで、カスミは何度も頷いた。

そしてカスミは頭上を指差した。けれど岩の窪みの天井を見たところで、何も居ない。

私が首をかしげると、今度は岩の窪みから少しだけ外に出て、外から上を指した。

つまりこの岩のくぼみの上のほうに、虫のような何かがいると言いたいのだろう。

だが所詮は虫では? だが小さな虫にいちいちカスミが警戒はしないだろうし、では虫とは一体?

私の疑問に答えるかのように、カスミは腕を目一杯広げた。その動作にすぐぴんと来た。

「大きい虫なの……!?」

何度も頷くカスミ。少し大きい程度ではこんなに焦らないだろう。しかしカスミの顔には明らかに焦りの色があった。

虫と言えど人を襲わない確証はない。もしそれが今ここに降りてきたらと、体がこわばった。

「ど、どうしよう。カルデノを起こしたほうがいいの?」

しかしカスミも困ったようで、すぐには返事をくれない。

けれど裏を返せば、私達でどうにか対処出来る程度の虫の類ということではないだろうか。

パリパリ。そんな音が岩の窪みの外、それも上の方から聞こえてきた。

なんの音だろうか。確認しようと顔を覗かせてゾッとした。

顔ほどの大きさもある蜘蛛が窪みの上の岩肌を這い、ツツッと糸にぶら下がって降りてきたのだ。

慌てて窪みの中に引っ込み、これでもかと言うほど奥の壁にくっついた。もうこれ以上奥には行けない。もし、もしあの大きな蜘蛛がこの窪みの中へ来たら。そう考えただけで鳥肌が立った。

カスミは大きく目を見開き、怯える私と大きな蜘蛛を交互に見る。

蜘蛛はツルツルと糸でくだり、とうとう私の目の高さまで降りてきた。

「こっち来ないで、こっち来ないで、こっち来ないで……!」

ぺとり。蜘蛛が地面に降りた。

あっち行け、あっち行け、あっち行け。

そんな願いをまるで聞こえた上で私を追い詰めるかのように、最初から決めていたように、カサカサと不気味な足音を立ててこちらへ歩み寄ってきた。

「ひぇ……!」

恐怖からほとんど声が出ず、出来る行動は少しでも距離を取ろうとするくらい。

カスミが慌てたように私と蜘蛛の間に割って入り、風を使って蜘蛛を外まで飛ばした。

蜘蛛の姿は見えなくなり一安心したが、正直泣きそうだった。

それから朝まで何事もなく過ごせた。目を覚ましたカルデノはすっきりとした顔をしていて、やはり昨晩は起こさなくて良かった、そう思えた。

「おはようカエデ」

「お、おはよう……」

元気のない私を、寝不足のせいだと判断したらしく、背負うから少し寝たらどうかと言われた。理由はそうではないのだが。

「大丈夫。それよりはやく森を出ないと」

いつまでも森をさまよっていては、もしかしたらノアさんとの約束の日に間に合わなくなることも考えられた。

まずは落ちる前の斜面の上に戻る必要があるだろうと、斜面を見上げる。しかしほとんど崖と呼べるその斜面は、到底登れるものではない。カルデノもそれには頷いた。

「ここから登れたなら最短だったが、仕方ない。崖に沿って歩こう」

そして私達は、崖に向かって左側へ歩き出した。崖に沿って歩いていれば登れる場所があるかも知れないと考えたからだ。

それから暫く歩いた。疲れていたがそれを口にすることは出来ない。こんな状況のカルデノに心配をかけてしまうからだ。