軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力

首にグッとナイフが食い込み、ひゅっと息を吸った。

「カエデちゃん、君の奴隷に、動くなと命令するんだ」

しかし首にナイフを突きつけられた恐怖が大きく、そんな命令を出来るはずがなくただカルデノに目で助けを求めた。

「ほら、一言でいいんだよ。動くなって」

涙のにじみ出た目をぎゅっと瞑り、一度深く呼吸をした。

「私に命令させて、どうする気ですか」

声は震えていた。

「さあね、けど君が命令しないならどうしようかなあ」

楽しそうに抑揚のついた声は、今この状況で私の恐怖心をなで上げ、意地悪く笑う顔が用意に想像出来てしまった。

「カエデ」

カルデノの声が聞こえ、そっと目を開けた。

「カエデ命令しろ、何とかなる」

「何とかって……」

何をされるか分からない、もしかしたら殺されてしまう可能性だってあるのに、そんな曖昧なものをどう信用しろと言うのか。しかしカルデノの声は落ち着いていて、いつもと変わりの無いものだった。

「ほら君の奴隷も言ってるじゃないか」

知らぬ間に半開きになって乾きかけていた口を一度閉じ、私は意を決した。

別にサージスに背中を押されたからではない。カルデノの声を、顔を見たら、本当にどうにかなるんじゃないかと、そう思ったのだ。

「う、動くな」

カルデノはその言葉を聞いた直後、わずかに眉間にシワを寄せて難しい顔でこちらを凝視した。

サージスは私の腕を後ろに押さえつけ、首に突きつけられていたナイフを傍らにいた女の子に手渡した。

よく見れば女の子は羊族か何かのようで、小さな巻角と垂れた耳がついていた。

少し獣寄りの顔は全く表情を変えず、サージスを見上げた。

「あいつをそのナイフで殺せ」

「はい」

小さな口でそう答えると、一歩カルデノのほうに踏み出した。

「や、やめて!」

腕を振り払おうともがくが、さらに強く押さえつけられるだけで逆効果でしかなく、ナイフを持った女の子は一歩、また一歩とカルデノに歩み寄る。

「カルデノ!」

逃げてくれと、動いてくれと言いたかったが、口を押さえられたせいでモゴモゴと、音にならない声しか出ない。

女の子がカルデノの目の前に立ち止まり、ナイフを振り上げた。

何故逃げ出さないのか、何故何も言わないのか、もう一度カルデノの名前を呼ぼうとした時、カルデノは女の子の振り上げたナイフを片手で掴み、わき腹を蹴り飛ばした。

「ぐっ!」

女の子の小さな悲鳴のあと、こちらとの距離を縮めるために大きく踏み出し拳は私の髪を掠めそのままサージスを殴り飛ばした。

女の子に気をとられたままだったサージスは何の抵抗も無く後ろに吹っ飛び、しかしふらふらとすぐに立ち上がった。

「なんで、動けるんだ!」

怒りに表情を歪めるサージスだが、殴られた頬の痛みからか、覇気は感じられない。

解放された私はカルデノの背に隠れた。

「立てるのか……」

「首輪の効力がなんで! お前は奴隷じゃなかったのか!」

「いいや、奴隷だ」

「じゃあ、なんで…」

まだ何かを言いたかったようだが、それは遮られた。

「あら、おかしいわねえ」

サージスはびくりと肩を跳ねさせた。

後ろから聞こえた声に私が振り返ると、アイスさんがゆっくりと歩いてきた。

「ついさっき、この子にもう関わらないでって言ったばかりだと思ったんだけれど」

アイスさんの歩みは、サージスの前に立ちふさがるようにして止まった。

「なんで、あなたがここに」

サージスは拳を握った。

「私のことはいいわ、それより、今のこの状況を説明してくれないかしら」

アイスさんはやんわりと笑った。

「まあ見ていたから説明はいらないのだけれど。約束を反故にされて残念だわ、言った通りこの事はあなたの家に報告させてもらうからね」

「そ、そんな待ってください!」

アイスさんに掴みかかろうとしたようだが、すっと身をよじったアイスさんにかすりもしなかった。

「待つなんて、出来ないわ」

サージスは数歩後ずさった。それを追うようにゆっくり歩み寄るアイスさん。

そのふたりの間に、先ほどカルデノに蹴られた女の子がふらふらしながらも立ちふさがった。

「サージス様に、何かしようと言うなら、私が身代わります」

「あらそう?」

アイスさんは何の遠慮もなく女の子のみぞおちに拳をめり込ませた。

「あ、ぅっ」

女の子は膝から崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。

わずかの躊躇もなく行われた行動に、私は目を見開いた。まさかいつも微笑みを湛える温厚そうなアイスさんがそんな事をするとは、微塵も思っていなかったのだ。

アイスさんは女の子を跨いでさらにサージスに歩み寄った。

サージスはダラダラと止まらない冷や汗をあごから伝わせ、荒い呼吸のまま地面に尻餅をついた。

「どうしたの? 突然座り込んだりして」

語りかける言葉自体は優しげなものだが、何処か胸をざわつかせる空気を含み、鳥肌が止まらない。

アイスさんがサージスに手を伸ばしかけたとき、サージスはパタリと倒れてしまった。

気絶、したのだろうか。

まさかアイスさんが怖いあまりに、なんて事はあり得ないだろうが。少しの間サージスの様子を伺っていたアイスさんだが、やがてこちらに振り返った。

「大丈夫だった? 怪我はない?」

「え、あ、はい」

「良かったわ」

いつもの笑顔を向けられ、ふっと息を吐いた。

「いえ。それより、約束って?」

先ほどサージスと交わしていた会話の、約束というのが気になっていた。

「ああ、それね」

アイスさんの家に言った時にいた先客と言うのはサージスで、その時に私に関わるなと忠告、この約束が破られた折にはサージスが何をしたか、全てサージスの家に報告すると言ったそうだ。

「い、家から仕返しされたり、とか」

「これは家で言えば出来の悪い三男、上の2人が優秀だから三男がまさか盗みをしていたなんてわざわざ露見させたくも無いでしょうし、カエデちゃんはなんの心配もないわ」

倒れた二人をわけもなく担ぎ上げ、にこりと笑いかけられた。

「2人は連れて行くから、お泊りの準備は焦らないでね」

それだけ言って去っていく後姿を、見えなくなるまで眺めていた。

「カエデ?」

カルデノに声をかけられてハッとした。

「ごめんぼーっとしてた。さっきはありがとう」

「いや、もっと早くあの羊族の存在に気が付いていれば、こんなことにはならなかった」

私の擦りむけた手の皮を見て、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げため息をついたカルデノ。

「多分家に侵入された時に気配を感じなかったのはあの羊族だろう。さっきもまったく分からなかった」

「仕方ないよ。私なんて何も出来なかったし」

ふと気になった事があった。

「さっき、なんですぐに動かなかったの?」

サージスからナイフを遠ざけるのが狙いだったなら、女の子にナイフが渡った時点で動けばよかったのに、おかげで寿命が縮んだかもしれない。

カルデノは家の方にゆっくり歩き出した。

「奴隷の首輪には、命令を無理やりにでも聞かせる力があるんだ。ギリギリまで動かない方が油断を誘えただろう」

「そう、だね……?」

無理やり? と思いつつとりあえず頷いておいた。

家がもうすぐ目の前になると、カスミがすーっと飛んで来た。

「あ、カスミ」

手を出すと、カスミはその上に着地し、泣きそうな顔で私の首の辺りを触ろうと手を伸ばしてきた。

「あ、大丈夫だよ、怪我とかしてないから」

先ほどのやり取りが見えていたのだろう、しゅんとした表情でうな垂れた。

「もうちょっとしたら帰ってくるから、待っててね」

ほんのり寂しそうな顔で頷き、またアイスさんの家に戻るまで、ずっと頭の上で髪の毛にしがみ付いていた。

「これがアモネネの蜜で、これがマンドラゴラの花ね」

アイスさんの自室のテーブルに改めて並べられた、魔力ポーションの材料。アイスさんはアモネネの蜜をしげしげと見る。

「これで作れたらどれくらいの効果があるのかは試したいわね」

アイスさんに、さあさあ早くと急かされ、恐る恐る頷いた。

「生成」

一瞬の光の後、テーブルにはレシピ本で見た魔力ポーションが20本ほど転がっていた。

コルク栓された試験管のように細長いビンに入った液体は少し透明感のある紫色で、正直体に良さそうには見えない。

「これが魔力ポーション?」

アイスさんはすぐにひとつを手に取り、コルクの栓を抜いてスンと匂いを嗅ぎ、栓を閉めてから口を開いた。

「無臭ね、マンドラゴラの花は結構香りがするのに」

「どうして匂いを嗅いだんですか?」

「うーん、飲んで使うような印象を抱いたから、匂いだけでもどんな物か知りたくて」

確かに材料はアモネネの蜜にマンドラゴラの花、アモネネの蜜は高級甘味料だし、ひょっとしたら甘いのかも知れないといった印象も受ける。

「アスル、外で魔力を減らしてからこれを飲んでみて」

「俺、ですか」

アスルの顔からは心底嫌なのが伝わってくる。しかし諦めているのか、アイスさんから魔力ポーションを受け取った。

「カエデ、これは飲んで問題ないのか?」

「え、多分」

私を見たまま口が引きつったようだが、私も何とも言えない。

「まあ花と蜜だ、問題ないだろう」

カルデノがそう言ってくれた事で私はほっとしたのだが、それならばとアスルは魔力ポーションをカルデノに突き出した。

「ならまず先に飲んでみてくれ」

「いや、そっちが平気だったなら私も飲もう」

「お前、言っていることがおかしいんじゃないか?」

「問題ないと言っただけだ、飲むなんて一言でも言ったか?」

「同義だろう」

決して声を荒らげているのではない、しかしアスルもカルデノも一瞬たりとも互いに目を逸らさずに言葉を返しあっていた。

「なら、私が飲んでみるよ」

私の言葉に、カルデノが珍しくぎょっとした顔でこちらを見る。

「魔力の回復具合とかは分からないけど、私が作ったものだし」

きっと飲みたくない原因はこの色のせいでもあるだろう。

アスルの持つ物とは別の、テーブルに置いてある魔力ポーションをひとつ手に取った。

栓を抜いていざ飲もうと傾けた瞬間、横から伸びてきたカルデノの手が魔力ポーションを抜き取り、そのまま止める間も無く一気に仰いだ。

ゴクリとかすかに飲み込む音が聞こえ、私達三人が見つめる数秒、しんとした時間が過ぎる。

カルデノは姿勢を正すと、空のビンをテーブルに置いた。

「ど、どう?」

カルデノの無反応に、つい聞いてしまう。

「なんと言うか、甘い」

「……他には?」

「んー、少しとろみがあるな」

思い切り蜜の特徴が出ている気がする。

しかしカルデノがなんともなさそうなのでホッとした。レシピ本に載っていて、私が作ったものとはいえ、あの色で得体の知れないものであるのには間違いない。

「これで体に害が無いことが分かったわね、あとはどれほどの効果があるかだわ」

アイスさんはにこりと笑って自分の隣りに座るアスルの肩に手を置いた。

「次はアスルの番ね」

「……はい」

アイスさんの家の広い庭でアスルが魔法を使い始めてどれくらい経ったか、モグラと遭遇した時と同じ氷魔法が地面に刺さっていたり転がっていたりと、カルデノとずっと見ているが、飽きる物ではなかった。

宙に二本、大きくそして鋭い氷が出来上がり、また地面に突き刺さって芝生の生え揃った地面をえぐった。

「アスルは氷の魔法が得意なの?」

また宙に氷を作り始める。

「得意と言うか、今は氷魔石しか持っていないからな」

「氷魔石?」

そういえばリクフォニアの銭湯で水の魔法をはじめて見た時に、魔石かと聞いて、そうだと言われた記憶があった。

何となくアスルのイメージで魔法が使えると思っていたが、そんな事はなくて、単に魔石を使っているのだ。

「おーい」

突然上から声がして見上げると、アイスさんが屋敷の二階の窓からこちらを見下ろしていた。

「魔力はどれくらい使った?」

「もう半分は使いましたよ」

作っていた氷二本をまた地面に突き刺した。

アイスさんはそれを見届けると、窓枠に足を掛け、躊躇なく飛び降りてきた。

私が驚いて固まっている内にゆっくりとアスルに近づく。

アスルもカルデノもアイスさんの行動に何も言わない、変に思っているのは私だけなのか、そっとカルデノの表情を伺ってみるが、やはり何も思ってはいないようだ。

「もう使ってみてもいいんじゃない?」

「そうですね」

アスルが自分のポケットから魔力ポーションを取り出し、栓を抜いた。

一度カルデノが飲んでいるのを目の当たりにしているからだろう、迷いなく魔力ポーションを口に含み、そして飲み下した。

感想が待ちきれないと言わんばかりに口元を吊り上げるアイスさん。アスルは直ぐに口を開いた。

「すごいな、魔力がほどんど回復した」

余程驚いたのか、飲み干して空になった細長いビンを眺める。

アイスさんはと言えば、その結果に満足したのか満面の笑みで何度か頷いた。

「いいわねえ、いいわねえ」

こちらに向き直ったアイスさんは、私の肩に手を置いた。

「魔力ポーション、これからどうするの?」

「どうって、売るつもりですけど」

「そう! そうよね!」

何だか異様に気持ちが高ぶっているようにも見えるが、どうしたのか聞いてみる。

「売るなら私が懇意にしているお店に卸さない?」

「えっ」

「まあ詳しい話は中でしましょう」

私の返事も待たずに、背中を押されて再びアイスさんの部屋に向かった。