軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

返して欲しい

「あ、あの、今のは…」

つい主人の名前を言ってしまったことに慌てふためく少年は、目にじわりと涙を溜めた。

「ど、どうしよ…」

少年の怯え具合から、サージスは相当怖がられているようだと伺えた。

「お前、何故ここに来たのか答えろ」

高圧的なカルデノに対して決して口を開こうとしない。

「ねえ、カルデノが怖いの?」

そりゃ私だってカルデノにこんな態度をされたら怖いが、怖くて簡単に口を割ってしまうだろう、それなのに少年は逆だ。まったく口を開かない。

だから、逆を行く少年に優しく語りかける。

「怖い、サージス様みたいで怖い」

膝を抱えて丸まってしまった少年は、泣いているのか鼻をすする音が時折リビングに響いた。

私もカルデノもしばらくの間なにも言わず、しかしその空気を破ったのはカルデノだった。

「何故ここに来たのか教えてくれないか」

その声は先ほどよりも幾分も柔らかく、同じ質問をしているようには感じられなかった。

「知られたら、だめなんだ」

膝に顔をうずめたまま、くぐもった声が耳に届き、カルデノは小さな声で、そうか。と頷いた。

少年はそっと顔を上げた。

「でも、このまま帰っても怒られる…」

こんなに怯えている、それなのにただこの少年を帰していいものか、迷った。

迷った末、私は口を開いた。

「ねえ、何かあげられるものなら…」

あげるから、そう言おうとしたとき、私の部屋から物音がした。

一も二もなくカルデノが動き、私の部屋へ駆けた。

「優しくしてくれてありがとう」

「え…」

少年は開けっ放しだった玄関扉からさっさと逃げてしまい、それと同時に私の部屋からカルデノが慌てて戻ってきた。

「逃げたのか」

追いかけようとするカルデノの腕を掴んで引き止めた。

カルデノはそれに応えて踏みとどまり、玄関から見える外を苦々しい表情で睨んだ。

少年の背中は暗闇の中私にはもう見えなかった。

「何か盗まれたものがないか確認してくれないか」

「うん」

急かされて部屋に入ってみて驚いた。いつも大きな木に邪魔されてあまり光の入ってこないあの窓に、人が一人通れそうなほど大きな穴をぽっかりと開けていた。

「ここからもう一人入ったみたいだ、分からなかった」

「どうやって物音も立てないで窓を…?」

「恐らく魔法だろうな、最後の物音はわざとか」

テーブルの上に置きっぱなしだったココルカバンの中身がひっくり返されたのか、床に散らばり、それらを確認する。

「どうだ?」

財布はある、図書館の利用権も、クローゼットの中も部屋もすべて調べてから、顔をしかめた。

「ノートがない」

図書館で気になったものを書き写していたあのノートだ、あれだけが無い。

あれには薬のレシピが書かれていた。別にほとんど知られているものだろうし、だが気にならないかと言われたらそうじゃない。あれには魔力ポーションのレシピも書いていた。

大きな舌打ちがされ、カルデノを見た。

「あれには確か魔力ポーションがあったな。あれだけ図書館を探しても無かったし私も聞いたことが無い、あれは

カエデだけが知ってるものじゃないのか? それを…」

「でもサージスが知りたいのは私のポーションの作り方だよね? あれには必要な材料が書かれてるだけだし、もしかしたら魔力ポーションなんて目に入らないかも、しれないし」

もしかしたら、私の調べ方が悪くて見つからなかっただけ、カルデノも知らないマイナーな薬なだけ。そんな可能性だってある。

「だから、私だけが知ってるわけじゃないかも」

「のんきだ、今は魔力ポーションをカエデが考えたものだと仮定する。それを他人に奪われるんだ、あの貴族も他人の考えを横取りするような腐った奴だ。何とも思わないのか」

そう言われたら悔しい、ましてや相手はあのいけ好かないサージスだ。しかしそれを私だけが知っていて、宝の持ち腐れではないだろうか。

私が中々答えを出さないでいると、カルデノは私の肩に手をかけて向かい合った。

「カエデが悔しくなくても、私は悔しい」

そう言われたことが意外だった。カルデノはいつも淡々としていて、そんなイメージが全くなかった。

勝手に増えていくレシピだから、私が何か頑張ったわけではない、悔しいとかは何も思わなかった。けれどカルデノがそう思って、それを伝えられたら、なんだか私も悔しくなってきた。

「けどもう遅いよ、レシピは盗まれたし、きっとすぐお店に並ぶだろうし」

「あの貴族より先に魔力ポーションを作ればなんの問題もない、必要な材料が分かったところで、完成するまでの工程まではそう簡単に分からないだろう」

「でも、今ただでさえポーションの作り方で絡まれてるのに、魔力ポーションなんて作ったらさらに悪化しないかな」

「これ以上悪化のしようがないんじゃないか? 奴は奴隷を使って盗みに入らせたんだ。それにポーションの作り方が知りたいならカエデにどうこうは出来ないはずだ」

怖い思いをしたいとは思っていないので、それならいいのだが。

「まず盗みに入られたって、通報とか…」

「相手が貴族で、取り合ってもらえるのか?」

「いや、分かんない」

カルデノが言うように、先に作って売るしかないのだろうか。他に手があるのだとしても今の私には思いつきもしない。

「ポーションの作り方で絡まれてるのはとりあえず置いといて、明日すぐにマンドラゴラを買いに行こっか」

「そうだな」

窓には一応布を貼り、念のためにカルデノと同じ部屋で眠ろうとしたが、一睡も出来ずに朝になった。

懐中時計で確認した時刻は午前5時。マンドラゴラが売っていたお店が何時に開店するのか分からないのでとりあえず早めに準備してカルデノと家を出た。

5時とは言っても人の通りはすでに多く、いつもとさほど変わらない光景だった。

変わらず馬車も走っていて、目的のお店に着いた。

すでに開店しているようで、猫族の女性店員に話しかけた。

「すいません、マンドラゴラが欲しいんですけど」

「いらっしゃいませ。申し訳ないんですけど、マンドラゴラは今朝早くに売り切っちゃったんですよ」

「え!?」

「貴族様が買い占めてしまったんですよ、もともと在庫も多くなかったですし」

サージスが買い占めたのだとすぐに想像がついた。しかしマンドラゴラを扱っているお店はここ以外にも当然あるものだからと、何軒ものお店をまわった。

だが、結果としてマンドラゴラのひとつとして手に入れる事は出来なかった。

「なんで、どこにもないの…」

そう呟いた。

申し訳ありません売り切れました。つい先ほどまでありましたが。もう少し早くにきていたら…。

まるで私に買わせるマンドラゴラはないと言われいるようで、雑多な音の溢れる道端でため息をついた。

「どうしよう、カルデノ」

「うん…」

困り果ててカルデノを見上げると、腕を組んでジッと道行く人々を眺めている。

「採りに、行くか」

「え…?」

聞き返してしまったが、勿論聞こえていた。

「採りに行こう」

いや、どこに。そう聞こうと口を開きかけたとき、道の向こうから見知った姿が人の間を縫って現れた。

「あ、アイスさ…」

「カエデちゃん!」

現れたのはアイスさんで、今までに見たことの無いような剣幕で怒鳴られた。周りを行き交う人たちが一瞬振り向いたが、何でもないようにまた自分達の時間に戻った。

何故アイスさんが? と思い、恐る恐る、どうしたのかと尋ねた。

「どうしたじゃないわ、カエデちゃん貴族に絡まれてたんですって?」

「え? あの…」

「答えなさい」

有無を言わさない雰囲気に、一度頷いた。

するとため息と共にアイスさんの肩が落ち、軽く額を小突かれた。

「ご、ごめんなさい。図書館で会った貴族だったから、アイスさんに迷惑かけちゃ、いけないと、思って…」

アイスさんは尻すぼみになる私の言葉を最後まで聞くと、そうね、と答えた。

「それなら相談されないほうが迷惑だわ。ドラゴンハンターの仲間から知らせられなかったら、ずっと気が付かないままだったわ」

「……ごめんなさい」

あわせる顔が無い。俯いてしまった私は、自分のつま先を見る。

「詳しい話が聞きたいから、私の家に行きましょう」

「はい」

結局アイスさんの顔は見れなかった。

アイスさんの部屋のソファで、そばに控えるメイドさんに入れてもらった冷たいお茶を飲みながら、どうして知り合ったか、今どんな状況なのか、そしてどうしてその状況になったのかを説明した。

カルデノは相変わらずお茶を飲むばかりで、一向に口を開く雰囲気は無い。

「そう、クエストフェックね」

「はい、確か」

サージス・クエストフェック。アイスさんはその名前に心当たりがあるようで、目線がやや左上を向いてしばらく。うん、と頷いた。

「確かサージスっていうのは三男だったかしらね」

「そうなんですか?」

「ええ、長男と次男が結構有名な魔術師…、だったかしら。それに対して三男は薬師。そのせいで名前はパッとしないわ」

それにしても、と、アイスさんはにこりと笑った。

「その『魔力ポーション』には、興味があるわ」

「はあ…」

「マンドラゴラが売ってないなら採りに行けばいいわ、ふたりじゃ心配だから、アスルを呼んであげる」

それに慌てたのは私だ、そんなことに呼ばれていてはアスルもいい迷惑だろう。

だから断ったのだが、アイスさんは全く聞き入れずアスルに伝言を届けるよう、メイドさんに伝えた。

「カエデちゃんが困ってるから直ぐに来て」

と。そんな具体性にかけた理由で呼び出されるのがアスルに申し訳ない。

メイドさんは一度頭を下げて部屋を出た。

「そう気に病むことは無いわ」

私がよほど情けない顔でもしていたのか、アイスさんがフォローしてくれた。

「ほら、アスルってカエデちゃんにポーション作ってもらって感謝してるみたいだし、きっと協力してくれるわ」

それから幾分か話しをした頃、コンコンとドアがノックされた。

「どうぞ」

アイスさんが入室を許可すると、メイドさんがドアを開け、次にアスルが入ってきた。

「失礼します。急用だと伺って来たんですが…」

「まあ座って」

アイスさんが自分の隣りを指差し、アスルはそれに従ってソファに腰掛けた。

メイドさんは静かにドアを閉め、アスルの分のお茶を淹れた。

「カエデちゃん、どうしてもマンドラゴラが必要らしいのだけれど、どこも売り切れてて困ってるのよ」

「はあ…」

アスルの表情がわずかながら曇りを見せた。

「で、今から採りに行くからアスルも同行してあげて」

「俺がですか」

当然だが納得の行かない顔をしていて、顰めた顔でこちらを見た。

「今すぐに必要なのか?」

その問いかけに一度小さく頷いた。

「出来れば。でもアスルに申し訳ないし、やっぱりカルデノとふたりで行こうかな、って…。ね?」

カルデノにそう聞けば、迷い無く頷いた。

「そうだな、もともとは私とカエデで行くつもりだったから…」

「いや」

アスルがカルデノの言葉を遮った。

「俺も行こう」

どんな心境の変化か、あまりに唐突で目を見開いた。

先ほどのようなしかめっ面はなくなっていて、自分に出されたお茶を一気に飲み干し、すっくとソファから立ち上がった。

「行くぞ」

「い、いいの?」

「ああ。今日はたまたま、休みだしな」

ああ、なんだか後光が差して見える。