軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アリスの正体

時計屋を出た私達は、アスルが言ったように昼食をとっていた。

落ち着いた外観の飲食店は、人は居ても誰も馬鹿みたいに騒いだりしていなくて、四角いテーブルでシチューを食べていた。

「カエデは、図書館で何を勉強するんだ?」

「んー」

シチューを一口食べてから答える。

「知らない、いろんなことかな」

私は知らないことが多すぎるだろう、何を知っていて当然で、何を知っていかなければならないのか。以前アイスさんに私は何も知らない子供のようだと言われた事を思い出した。

「ほう、知らないことを知りたいか…」

「うん。これからゆっくり知っていけばいいとか、そんなことじゃなくてさ」

「ゆっくりじゃ駄目なのか?」

「駄目かなー」

早く元の世界に帰らないといつか全部忘れてしまう、そう思うと怖かった。

今では学校で毎日見ていた友達の声や顔がだんだんと思い出せなくなっていて、それと同じく、皆も私の事を忘れてしまうんじゃないか、私は居なかったことになってしまうんじゃないか。頭の中でそんな考えがぐるぐる回っていた。

「カエデ、どうした? 具合が悪いか?」

カルデノが私の背中をさする。私はカルデノを見上げた。

「大丈夫だよ、突然どうし…」

心配そうなカルデノの顔から目を逸らすと、スプーンを持つ手が震えているのに気が付いた。

「カエデ?」

「なんでもないよ、私勉強って苦手だったから、それ思い出してさ」

折角美味しいシチューを食べながら、おしゃべりをしていたのだからと、私は笑った。

「アスル、今日はありがとうね」

「気にするな、俺も息抜きになった」

家に帰ってきて、玄関脇でアスルにお礼を言う。

ただ帰ってもらうのも忍びないので少し休んでいったらどうかと言ったのだが、やんわりと断られた。

「もう行くの?」

「ああ、帰ったら明日の準備もあるからな」

「そっか、時計本当にありがとう」

「気にするな」

アスルは笑って私の頭をぽんと叩くと、ゆっくりした足取りで帰っていった。

家に戻ってからは、買ったばかりの懐中時計をテーブルに置いて、コチコチと動く秒針を頬杖ついてじっと見ていた。

「カエデ、本当に具合悪いんじゃないのか?」

二階から降りて来たカルデノは頭にカスミを乗せていた。

「うん、大丈夫だよ」

いまいち信用できないのか、私の向かいの席に座り、私の額に手を触れる。

「熱はない」

「うん」

懐中時計からカルデノに視線を移す。心配そうにしている。

「心配させてごめん、ちょっと故郷のこと思い出してたら、帰りたくなって」

「リクフォニアだったな」

違う、そう言いたかった。

「両親とは離れて結構経つから、会いたいなーって思ってさ」

あえてリクフォニアには触れなかった。

「……」

カルデノは何も言わない。それに気まずさを感じた私は視線を泳がせる。

「……晩御飯、どうしようか」

「肉」

歪みねえな。

私はゼーゼー息を切らしながら険しい森の道を歩いていた。

横ではカスミが励ましながら、3歩先ではカルデノが振り返り待っている。

何故こうなったかといえば、アスルと時計を買いに行った次の日、つまり昨日にさかのぼる。

私がカルデノに、森の泉までの道は覚えているかと聞いた。カルデノは迷い無く、微妙だと答えた。それに行かなければ忘れる一方だと。

ならばと私は言った。明日行こう。

そして筋肉痛の治り切らない体で今日来たのだ。

首からかけていた懐中時計を引っ張り出して時間を確認すると、午前11時。

「背負ってやろうか?」

カルデノの申し出を私は断った。もし何かあったときにカルデノが自由に動ける状態でなければいけないし、私の用事で来たのだから自分の足で歩きたかった。

しかしその思いとは裏腹にぷるぷる震える膝。

「少し休憩しませんか…」

おそらく涙声であっただろう。

丁度よく椅子になるものもなく、大きな葉を一枚敷いて地べたに座った。

「カルデノ、道覚えてる?」

「……なんとなく。この辺を通って泉に行ったはずだ」

「そっかー、私もこの辺見覚えある気がする」

薄暗くて、地面には岩が生えていて歩きづらいこの道。

「そろそろ死霊を見た場所も近いと思うが」

「はー、アリスさんがまずどこにいるかな」

ぐーっと腕を前に伸ばす。

カスミがきょろきょろと辺りを見回してどうしたのかと思ったら、突然私の首の後ろに周り、髪の毛の中に隠れてしまった。

「え、どうしたの?」

視界の端で何か動いた気がして左に振り向いた。

「呼んだ?」

「ひぇっ!?」

男が覗き込んできて、私は後ろ向きにひっくり返り、叫んだ。

カルデノが大振りのナイフで男を切りつけたのが見えたのだが、男の体をすり抜け無傷。それどころか大笑いしてしゃがみこんだ。

カルデノはそれを警戒したまま後ろに下がり、私を背中に隠す。

「いやぁごめん、あんなに驚くなんて思わなかったからさぁ」

男はすっくと立ち上がり、一歩下がった。

私はカルデノの脇から男を覗く。

「あなた、誰ですか?」

「え? 俺はアリス ショウゴ。はじめまして」

「アリス…アリスさん!?」

驚いてそう言った私を、また笑う。反射的に足を見てしまったのだが、しっかり地面についているし、何処かが透けていることも無い。

「そうだよ、君あれだろ、ラティの言ってた子」

「ラティさんの事知ってるって事は、本当にアリスさん?」

「だからそうだって」

「女性じゃないんですか!?」

カルデノの脇から飛び出した

「それな!」

アリスさんを名乗る男はびしっと私を指差した。

「俺がラティに自己紹介したとき、ファーストネームと勘違いされたんだよ!」

夢で出てきたあの金髪のアリスさんは、ただの私の夢であったと。なんの関係もないようだった。

「有無の「有」に木へんに西の「栖」で「有栖」、んで12時の「正午」で「有栖正午」。俺は男なんだよ」

アリスさんは20台半ばだろうか、黒い短髪で身長は高くは無く低くもない、そして垂れ目気味の私がよく知った日本人の顔をしていた。

「あの、私「八雲楓」っていいます。アリスさんに沢山、沢山聞きたいことがあって来たんです!」

自分の姓名を久しぶりに名乗り、それだけで懐かしい気持ちに胸がぎゅっと締め付けられた。

「うんうん、君も日本人だよね。それなら気持ちはすっごい分かるよ」

やっぱり同じ日本人だった。そのことが嬉しくて、目にじわじわと溜まった涙がぽろっと零れた。

服の袖でぐっと涙を拭い、何から聞こうかと悩んだ。

「俺もさ、よく分かんないまま死んだもんだから、こっちも色々知りたいんだ」

「えっと、じゃあこっちに来た時の事は覚えてますか?」

最初から聞いていこうと、来た時の事を聞いた、しかしアリスさんは腕を組んで悩みだしたのだ。

「あのさぁ、俺酒飲んでべろんべろんだったから、はっきりと覚えてないんだ」

酒を飲んだことはないが、酔っていたなら記憶が無いのもわかる。

しかし覚えていないのなら私と同様、こっちに来た時の事は覚えていない。

「そっちはどうなの?」

「私も、覚えてないんです。気が付いたら路地裏で倒れてて」

「そっかぁ、俺もラティのいる泉に浮いてたんだよなぁ。酔いなんか醒めてさ、母ちゃんに電話しても繋がんないし、見たこと無い生き物やらなんやらが沢山あって、正直死を覚悟したね」

まあ今は死んでるけど。その冗談は笑って良いのかわからず真顔で聞き流した。

「カエデ、さっきからなんの話をしてるんだ?」

未だに大振りのナイフを握ったままのカルデノは、私を不思議そうに見る。

カルデノも聞いているのだというのを忘れて話をしていたので、なんと答えたらいいのか分からず、一瞬息が止まった。

「君ってカエデちゃんの友達?」

「私はカエデの奴隷だ」

「ど、奴隷?」

アリスさんはぎょっとしてカルデノと私を交互に見る、私は何故カルデノを買ったのか簡単に説明した。

「そっちもそっちで大変だったみたいだなぁ」

「そうですね、それなりに。所でアリスさんは…」

「カエデ、私の質問の答えは?」

カルデノに言葉を遮られた。

そーっとカルデノの顔をうかがうが、いつもとなんの変わりも無い表情。いいよどむ私。

「言いたくないならいい」

「え?日本から来たとか言ってないの?」

アリスさんが言った瞬間、カルデノの耳がぴくりと動いた。

「ニホン…?」

カルデノが詰め寄る、アリスさんはぎこちない笑顔で一歩後ずさる。

「あ、あれぇ、もしかして言っちゃいけない感じだった、かな」

「カルデノ」

カルデノは目だけをこちらに向けた。

「後で詳しく話すから、今はアリスさんと話をさせて」

やや間を置いてから、カルデノはアリスさんから離れて私の隣りに並んだ。

「助かったぁ」

「それでアリスさん」

「うん?」

「ここに来てから今まで、どうやって過ごしてきたんですか?」

ひとつずつ質問していくのではなく、すべて聞いた上で改めて聞きたい事を聞くことにした。

アリスさんは腕を組んで、何か悩むように上を見上げ、うーんと唸る。

「よし」

ぐりんと頭を起こす。

「話長くなるだろうし、とりあえず俺の家に行くか」

「家?」

アリスさんの家は森の入り口の方に少し戻った、大木のうろだった。

「これ、家ですか…」

「そうだよ」

大木は人が5人手を伸ばして輪にすれば囲める程度の太さで、ごつごつとした樹皮が所々はがれている。上を見ればそそり立ち、大きな葉を枝に茂らせている。

うろの入り口は屈めば簡単に入れる程度の大きさで、入り口全体を覆う一枚の薄汚れた布が扉の役目を果たしていた。

「どうぞ入って」

アリスさんはその布をほんのわずかも揺らすことなく通り抜け、本当に生きてないのだと再確認した。

「おじゃましまーす…」

そーっと布をかき分けて中を覗くと、見た目とは違って広い。外から見た以上の広さがあり、6畳くらいではないかと思う。

床、と言っていいのか、床には枯葉を敷き詰め、その上にごわごわした厚い布が敷いてある。

真ん中らへんにすでに胡坐で座っているアリスさんが、座ってと一言。カルデノと並んで布の上に座った。

壁際には箱や袋などいろいろ置いてあるが、どれもくたびれてホコリをかぶっている。

「えっと、ここに来た時から今までの話だったね」

「はい」

「じゃあ、さっきも言った通り、酔っててあんまり覚えてないけど、確か落ちたんだよ」

「落ちた? どこにですか?」

「それは分からん、覚えてないからな。それで目が覚めたらラティのいる泉で浮いてて、焦って溺れかけたんだけどなんとか泉から出てさ、そんでポケットに入ってた電話は繋がらないし見覚えのない場所だし見たことないものあるし。怖くて動けなかったんだなぁ」

アリスさんはため息をついて、下を向いた。

「そのあとラティが出てきてさ、男が泣くなって言うんだ、泣いてないってのなぁ。そんで妖精なんて出てきてびっくりして、なんやかんや話したら俺は上から落ちてきたんだと」

落ちてきた? と聞き返す。

「そうそう。足の下にこの世界でもあったのかねぇ」