軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まだのんびりしてる

ぱちっと目を覚ました。

まだ眠い目をこすって体を起こし、窓から外を見る。光を遮る木の隙間から見えた空は明るくなっていて、カルデノが起こしにきていないと言う事は早起きをしたのだろう。

ベッドから出て髪を手櫛で整えつつリビングに行くが、しんと静まっている。

二階に上がってみると、カルデノは起きていて、窓から外を見ていた。

「おはようカルデノ」

「おはよう」

どうやらカルデノは外を見ていたのではなく、窓の縁に座っていた妖精を見ていたようだ。

妖精は私を見るや否やこちらに飛んできて、髪の毛をぐいぐい引っ張る。

どうやら機嫌がよくないようで、頬をぷくっと膨らませている。

「カエデ、名前はやったのか?」

「あ」

忘れていた。昨日は夕飯を食べて、お腹一杯に満足してすぐに寝てしまったのだ。

「ごめん、忘れてた」

カルデノに言われるまで思い出せなかったこと、妖精との約束を破ってしまったことを申し訳なく思い、未だに髪を引っ張る妖精を下から手で掬う。

「ごめんね、本当にごめん」

おとなしく手に座る妖精は、ぽんぽんと慰めるように手首を叩く。

「許してくれる?」

一度頷き、口が動く。昨日と同じく、あまえ。としか取れない動きだが、それが名前と言っているのは分かる。

「名前…」

何が良いかと悩む。

ふわふわとなびく髪、緑色でかわいいし、花の名前なんかいいかも。

緑色の花…? だめだハエトリグサくらいしか思い浮かばないしそもそもあれは花じゃなさそう。

もっとこの妖精の雰囲気にぴったりな花はないものか。ふわふわの髪、ちいさくてかわいくて…。

カスミソウなんて、どうだろう。小さな花がいつも咲いたふわふわしたイメージの花だ。

「ねえ、カスミってどう? かわいいと思わない?」

妖精を見る。満面の笑みを浮かべたところから察するに、気に入ったということだろうか。

「じゃあ、カスミでいいかな?」

カスミは満面の笑みのまま頷いた。

「よかった、これからもよろしくね、カスミ」

カスミが頷いた所で、ふと気になったことがあった。

「カルデノ、私とカスミが名前の事約束してたの、知ってたの?」

「いや、さっき聞いた」

「えっ」

聞いた、どうやって?

まさか昨日私がやった、五十音の方法? いやカルデノなら唇の動きから言葉を読み取るくらい出来そうだ。

「どうやって聞いたの?」

しかし確かめてみる。

「普通に、直接口から」

「直接!?」

まさか今まで何も言葉を発しなかったのは、そこまで私と仲良くしたくなかったという、カスミからのささやかなメッセージ?

口を半開きにしたまま、何も言えなくなった私。カスミがカルデノの耳元で大きく口を開いて何か言う様子が見え、それからカルデノが納得したように頷いた。

「カスミがカエデにだけ何も言わなかったんじゃないぞ」

「…そうなの?」

カスミに聞くと、今度は私の耳元に来て、息を吸う音がした。

「……!」

「…うん?」

何か、声らしきものが聞こえ、しかし何を言っているのかを聞き取れなくてカスミの方に頭をかしげた。

かすかに聞こえる、鈴を転がしたような声。

ありがとう。と、そう聞こえた。

「ありがとう?」

「カスミは、極端に声が小さいだけだ」

「え、そうなの?」

突然知らされた事実に呆気に取られる私、カスミは私の前に来て、照れたように笑う。

「なんだ、そうだったんだ」

胸を撫で下ろした所で、朝食にしようとなり、下におりた。

昨日気に入った様子のジャムをたっぷり塗ったパンにかぶりつくカスミ、それとカルデノ。

私は一口大に千切ったパンを口に放り込む。

アスルが午前中に来ると言っていたので、あまりのんびりするわけにも行かない。

迎えに来た時に準備が終わってなかったら怒られそうな気がする。そうならないためにも少し急いで朝食を済ませ、準備を整える。

必要な物は財布だけなので、袈裟懸けのココルカバンに入れておき、アスルが来るのを待っていた。

カスミはすっかりカルデノの事を気に入ったようで、カルデノの頭の上で耳を掴んで遊んでいる、耳は掴まれるたびにピコピコと動いているが、カルデノは煩わしく思っていないのか、穏やかな顔をしている。

「カルデノは妖精を見ても驚いたりしなかったね」

「ああ、私の育った場所には妖精が結構いたからな」

「へえー!」

妖精はめったに姿を見せないと聞いていたので、私は少し驚いた。

「奴隷になる前はテンハンクと言うところにいたんだ」

「テンハンク?」

「ああ、カエデの故郷はどこなんだ?」

「あっ、えーとね…」

一瞬、日本にだと答えそうになったが、リクフォニアだと答えた。

「リクフォニアか、確か紙の製造で有名だったな」

「うん、そうだね」

しかしあまり突っ込んだ話をされても分からないので、別の話に持っていこうと何となくカスミを見た。カスミの興味はさっきまで遊んでいたカルデノの耳ではなく、玄関の方を見ていた。

どうしたのだろうかとじっと見ると、すっと姿を消した。

「あれ、カスミ?」

消えたカスミを探すより早く、玄関の扉がノックされた。

「はーい」

どうやら他に人の気配を感じ取って姿を消したらしかった。

アスルに間違いないと勢いよく扉を開けた。

そこにいたのは案の定アスルで、いつものように青いマントを羽織って立っていた。

「迎えに来たが、準備は出来てるのか?」

「出来てるよ」

「そうか、それと扉はもっと静かに開けろ、ぶつかったらどうするんだ」

「あ、ごめん」

謝った所で後ろからカルデノが来る。

「扉の可動範囲内に立たなきゃいいだけの話だ」

アスルは一瞬顔を引きつらせただけでカルデノの言葉を無視し、行くぞと言った。

馬車を乗り継いでしばらく、アスルがここで降りると言って馬車を降りた。

そこは私がいつも見ているのとは違った、古めかしさや落ち着いた雰囲気をかもし出す場所で、道行く人も多くは無く、幾分かゆったり歩いているように感じる。

「こっちだ」

アスルが歩き出したので、周りの景色を見ながら付いていく。

途中、綺麗な布が売っているお店があったり、手の込んだ細工のされたアクセサリーが売っていたり、あちこちに目を奪われながら足を進めると、アスルが一軒のお店の扉を引いた。

私とカルデノも後に続いて入ると、中は沢山の時計があった。

壁には大から小まで様々な時計がびっしりと、壁際にずっと沿って置いてある三段になった棚には置時計や懐中時計、それから時計関係なのか何かの部品。

「いらっしゃい」

壁にかけられた振り子時計の音にまざり、しゃがれた老人の声がした。

店の入り口から真っ直ぐ入った、少し奥まったカウンターに声の老人はいた。老いで色が抜けたのか真っ白な髪、皺だらけの顔、丸いメガネの奥の優しげな垂れ目、くの字に曲がった背中。もう相当な歳であるのが見て取れる男性であった。

「ああアスルさん、お久しぶりですねえ。また壊したんですか?」

ゆっくりとした口調の老人はホッホッと笑いながら、カウンターから杖をつきながら出てきた。

「この時計は気に入っているんだ、壊さないように気をつけている」

「そうですか、それはありがたい。そちらのお嬢さんは?」

老人は優しげに微笑んだまま私を見た。

「今日来たのは俺じゃなく、こっちの用だ」

アスルが私の背中を手で押し、老人の前に立たせた。

「は、はじめまして、カエデといいます、こっちはカルデノです」

老人はカルデノもしっかりと見た後で、心なしか背筋を伸ばした。

「カエデさんにカルデノさんですね、私はこの時計屋を営んでおります、オルタと申します」

オルタさんは会釈程度に頭を下げたので、私も同じように頭を下げた。

「それで、どんな時計をお探しですか?」

「はい、家には時計がなくて、懐中時計を買おうかなって」

「そうでしたか、懐中時計を」

オルタさんは壁の棚に歩み寄り、私もその隣りに並んだ。

「沢山の種類がありますからねえ、ゆっくりご覧になって下さい」

棚に等間隔で並べられた懐中時計。金色や銀色、蓋のあるもの無いもの、色のついた物や文字盤に宝石だろうか、綺麗な石が埋め込まれた物など、オルタさんが言うように沢山の種類があり、コチコチとかすかな音を立てて動いているが、アスルの持つ物のようにチェーンはついていない。

数ある懐中時計の中でも私が目を惹かれたのは、銀色の蓋に色とりどりの宝石が装飾された時計だ、しかしついている木の値札を見てそっと目を逸らす。

「ねえカルデノ、どれがいいと思う?」

カルデノはカルデノで振り子時計を見ていたようで、私が呼ぶと一緒に懐中時計を見始めた。

「見やすいのがいいんじゃないか?」

「見やすいのかー」

文字盤をつらつら見ていくが、見やすいだけならほとんどが当てはまるので、それだけでは決められない。

「アスルは、何を基準に選んだの?」

「基準?」

手に持って懐中時計を見ていたアスルは、それを棚に戻して悩みだした。

「んー、そう言われると、何故これに決めたんだったか…」

するとオルタさんが笑い出した。

「お悩みですねえ。デザインで選ぶか使い勝手で選ぶか、間違いではありません。ただ、これから先愛着を持って使えるかどうかも、選ぶ上では大切だと思いますよ」

そう言われて、先ほどの綺麗に装飾された懐中時計をもう一度見る。

確かに綺麗だし時計としてだって問題なく使えるだろう、しかしそれは今見ただけでそう思って、この先その見た目に飽きたりするかもしれない。

もう一度懐中時計を見ていくと、綺麗な装飾をされた懐中時計が欲しいとは思わない。

ひとつ、懐中時計を手に取った。

「ああ、思い出した。直感だ」

「直感?」

「ああ、ただ、これを使っていきたいと思ったから、これにした。それだけの事だ」

「へえー、直感かー」

手に取った懐中時計は銀色で、蓋に丸い7枚の花びらが大きく広がった花が描かれている。文字盤は数字が少し大きめに書かれていて、細い針が11時40分を指している。

「これがいいかな」

オルタさんが私の手の上の懐中時計を覗き込む。

「ああ、レイリンリーのねえ」

「レイリンリー?」

「ええ、御伽噺の中に出てくる花ですよ、知りませんか?」

「ちょっと、わからないです」

オルタさんは笑ってうなずき、簡単に御伽噺を話してくれた。

貧しい家の生まれの女の子は、病に臥す姉を助けたいが、不治の病を治せる薬も医者もいないために、死んだ父が残した日記に書かれた、七色の花を探しに良く。

日記には、その花には不思議な力があるとしか書かれていなかったが、女の子は一縷の望みをかけていた。7枚の花びら一枚一枚の色が違う、まさに七色の花を無事に女の子は見つけた。

そしてその花を持って家に帰った時には姉はすでに息絶えていて、悲しみに暮れる女の子は、もう一度姉に会いたいと願いながらせっかく採って来た花の花びらをひとり千切る。

千切り終わったとき、死んだはずの姉が現れ、涙ながらに再会をはたす。

話を聞き終わった私は、御伽噺ではあるが、人の命さえ取り戻すことの出来る花がデザインされた懐中時計が、ますます気に入った。

「ちょっとした願掛けのモチーフとして人気なんですよ」

「へえー」

その懐中時計についている値札を見れば1300タミル、値段だけを見てみれば高いが、どれも高いのには変わりないので、これが時計として妥当な値段なのだろう。

私はレイリンリーの描かれた懐中時計を買うことに決めた。

「オルタさん、これを下さい」

「はい、1300タミルです」

私が財布を出そうとココルカバンを探っていると、アスルがその横でオルタさんに代金を支払ってしまった。

「あっ、アスル自分で払うから!」

「いや、ポーションの事で世話になってるんだ、これくらい安いものだ」

「でも、悪いし…」

オルタさんが受け取った代金を手にカウンターへ戻ると、アスルは腕を組んで笑う。

「もうすぐ昼だな」

「ん? うん」

何故関係のない話に移ったのか不思議に思いつつ頷いた。

「何か食いに行くか」

そこで私はピーンと来た。

「うん、ならお昼代は私が出すよ!」

「ああ、頼む」

時計の代金に比べたら食事代など微々たるものだろうが、それでも私はそれだけで申し訳なく思う気持ちが薄れた。

「カエデさん、これをどうぞ」

カウンターから戻ってきたオルタさんは、手に銀色のチェーンを持ってきた。

「チェーン?」

「ええ、その時計に付けて下さい」

チェーンを受け取った私は、懐中時計の輪になった金具に鉤を引っ掛けた。

「それは差し上げます。その時計を、これから大切にしてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

懐中時計を眺めながら、お店を後にした。