軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泉があらわれた

動くなと言われなくても、体はガチガチに固まって動けるはずもなかった。

それでも何とかそっと大木の陰から顔を出して覗いてみれば、カルデノはモンスターの頭と思わしき場所に登りナイフを突き立てていた。

しかしまるで手ごたえがないようで、すぐにナイフを引き抜き下に飛び降りた。

私は何か出来ることがないかと辺りを見回すが、暗い森が広がっているだけで、なんの糸口も見つからない。

カルデノのナイフが全くダメージになっていない所から察するに、あの体に刃物での攻撃は通用しないらしい。

しかし唯一の魔法使いであったギトはあのモンスターの腹の中だ。

全身がゼリーで出来たモンスターなどどう倒せばいいのか。

だがそこでギトの足に絡みついた木の根のような触手を思い出す。

あれはゼリー状などではなかった、今はあの触手はどこにも見当たらない。

シサとシギが剣を突き刺すがやはり意味がないらしい。

何も出来ないもどかしさに唇を噛むと、カルデノが勢いよくこちらを振り返った。

「カエデ! 晶石を寄越せ!」

「わ、わかった!」

言われるまで晶石があることをすっかり忘れていて、慌てて袈裟懸けのココルカバンを開けた時、ビタンと何かを叩きつける音がし、振り返った。

あの触手が体から伸び出て、カルデノの真横の地面を叩き付けたようだった、もしかしたらカルデノはあれを避けたのかもしれない。

カルデノは引っ込もうとした触手を踏みつけ、それにナイフを突き刺した。

突き刺した瞬間モンスターは大きく口を開き、まるで女性の悲鳴のような高音の鳴き声を出して体をうねらせた。

体ごとカルデノに突っ込もうとしカルデノはそれを避けた、触手はもうどこにも見当たらない。

「カルデノ! 晶石!」

「今行く!」

地面を強く蹴り、ものの数秒でこちらに来た。

「これ、役に立てばいいけど」

炎晶石と雷晶石を手渡す。

「大丈夫、役立つさ」

「危ない!」

シサの声でカルデノが振り返る。

モンスターが沼から体を伸ばし迫っていた。

カルデノは私を抱えて上の木の枝に飛び乗った、しかしそれを追ってモンスターも伸び上がり、カルデノは更に上へ上へ逃げる。

密集した枝葉を器用に避けながら上に逃げるカルデノ同様、モンスターもすいすいと枝を避けて追いかけて来る。

「カルデノ、追いつかれる!」

「わかってる!」

カルデノは焦った表情でモンスターの様子を伺う。

もう木漏れ日が見えるほど上まで来た。

もう逃げられない、そう思った途端、モンスターはぴったりと動きを止めた。

「なんだ?」

カルデノも私も不思議に思い、カルデノは上を見上げた。

「光が、駄目なのか?」

カルデノは手に持ったままの大振りのナイフで枝をバサバサと掃い落とす。

差し込む光が多くなると、陰に逃げるように後退するモンスター。

カルデノは笑った。

「カエデ、私にしがみ付いて落ちるな」

カルデノの首にしっかりとしがみ付いた。

一度上まで登ったカルデノはナイフで木の枝を掃いながら下に下りだした。

「カルデノ、炎晶石使っちゃ駄目なの?」

「まだあるか?さっき渡されたやつは下に置いてきてしまったんだ」

カルデノは枝を掃いながら聞く。

「カバンの中にある、けど…」

私はカルデノにしがみ付いていて両手が使えない、そう思っていると、カルデノが片腕を私を支えるために腰に回した。

「これで大丈夫だ、早く晶石を」

「うん」

袈裟懸けのココルカバンから炎晶石を2つ出し、両手に持った。

「どこでもいいから当ててくれ」

「分かった!」

私は炎晶石を振りかぶり、モンスターに投げつけた。

カルデノは木の幹を蹴ってモンスターから距離をとった。

モンスターに当たった炎晶石は激しく炎を舞い上がらせ、ゼリー状の体にまとわり付いた。

耳を劈く悲鳴がモンスターから発せられ、木々に体をぶつけながら下に縮んで行く。

カルデノも適度な距離を保ちつつ木を伝って下におりる。

モンスターはどうあがいてもあの沼からは出られないらしく、最終的には鈍くうごめきながら沼で燃えていた。

下にたどり着き、カルデノに降ろしてもらう。

シサとシギは燃えるモンスターを呆然と眺めるしか出来ず立ち尽くしていたが、どちらかがギトの名前を呟いた。

ギト、そうだ、ギトはどうなってしまったんだろう。

沼を覗き込むと、燃えるモンスターの下から、滾々と綺麗な水が湧いてきていてた。

「これ、泉の水?」

水に触れたモンスターは徐々に解けて無くなっていき、透き通った綺麗な泉が姿を現した。

「あ、ギト!?」

泉の底にギトが寝そべっていた。

「ギト、いるのか!?」

シサとシギが隣りに駆け寄って、同じく泉の底を覗く。

「生きてる、のか?」

浮いてこない、水の中なのに髪が揺らいでいるのでもない、何故泉の底にいるのだろう。

「どうしよう、どうやって助けるの?」

「どうって、潜るしかないだろ」

シサがそう言って自分の装備を外している最中、私の手に何かが触れた。

なんだろうと思って見てみると、手の形をした水が泉から生えて、それが私の手をつついていた。

「ぎゃあああ!」

慌てて手を引っ込めようとしたが手首を掴まれ、引きずり落とされた。

「カエデ!」

カルデノの声が聞こえた。

泉の中でも手を引っ張られたままで、だんだんとギトが近くなってきた。

叫んですぐに引き摺り下ろされたので息が持たず、苦しくてたまらない。

もがいていた私は、突然水底に落ちた。

「え!?」

落ちたのだ、底には水がない、ギトは穏やかな寝息を立てて寝ていて安心したあと、自分の着ている物がびしょびしょに濡れていて顔をしかめた。

上を見ると、上に水面がある状態で、カルデノたちが慌てている様子が見て取れる。

大丈夫だとの意味を込めて手を振ってから、ギトを起こした。

「ギト、起きて、大丈夫?」

「うーん、分かってるよ…」

どうやら寝ぼけているようだ。

しかし参った、どうやって戻ったらいいのだろう。

「お前」

後ろから声がして、体がびくりとはねた。

振り返ると、妖精がいた。

真っ青な髪をした少々吊り目気味で家にいる妖精と同じくらいの大きさで、似た雰囲気をしている。

「あの、妖精、だよね?」

「だよね、だと? 小童が」

「す、すいません!」

勢いよく頭を下げた、どうやら言葉を話せるようだ。

「まあよい、ワシはこの泉の妖精でな、先ほどは世話になった」

「世話、ですか?」

妖精は大きく頷いた。

「あのスライムのような奴を退治してくれた事だ、ワシが寝ておる間にこの泉を覆ってしまったようでな」

見た目と口調が一致せず、違和感を感じながらの会話だ。

「礼に、何なりと願いを申してみるがよい。ワシが叶えられそうなら叶えてやろう」

「願い、ですか…」

私は腕を組んで悩んだ、いきなりそう言われても特にこれといって思い浮かぶものもないし、かといってギトが寝ているので意見も聞けない。

「あ、お願い事はひとつだけですか?」

「いくつ願う気だ、図々しい」

「ごめんなさい」

慌てて頭を下げた。

ひとつだけなら、なお更私ひとりで決めるのは気が引ける。

なんとなく上を見ると、カルデノが泉の上に立ってこちらを覗いていた。

「な、なんで水の上に立って…」

「ワシが上に結界を張ったのでな、こちらへは来られまい」

結界を張ると泉の上に立つことが出来るらしいことに驚き、その見上げた水を見て思い出す。

「あの、この泉の水はどんな病気も治せるって、本当ですか?」

「なんだその話は、ワシは知らんぞ」

「そうですか…」

どうやら泉の水にそのような効果はないらしく、悩んだ末にもう一度ギトを起こしてみる事にした。

「ギト起きて、ギトー」

肩を揺すってみると、突然上から水が落ちてきた。

「ぶあ!」

その水のお陰でギトは目を覚まし、慌てて起き上がった。

「な、なに?」

私も驚いた、そしてこちらにも水がかかった。

「手っ取り早く起こしてやろうと思ってな」

妖精は得意げに笑った。

「え、妖精!?」

ギトは妖精を視界に捉えた途端跳ぶように立ち上がり、目を輝かせる。

「本物なの!? 本当に妖精!?」

妖精はそんな様子のギトが煩わしいのか、眉間に皺を寄せる。

「やかましい」

「あ、ごめんなさい」

そこでギトは自分の居る場所を初めて不思議に思ったらしく、周りをキョロキョロして上を見た。

「え、ここどこなんですか?」

「泉の底、みたい」

「お前があれに食われたのをわざわざ助けてやったのだ」

「妖精さんがですか?」

「うむ」

妖精の話だと、あのモンスターにギトが食われて窒息しそうだった所を、私をここに引きずり込んだように、モンスターの体内に水で作った手を突っ込んで引っ張り込んだらしい。

ギトは改めて御礼を言った。

「それで礼の件だが、どうするのだ?」

「あ、そうだった、あのモンスターを倒したお礼に、何でも願い事叶えてくれるって」

「なんでも?」

妖精は、叶えられる事ならと念をおした。

それなら、とギトは直ぐに口を開いた。

「どんな病気も治せる水を下さい!」

「そんなものはない」

「え…」

妖精は腕を組んでため息をつく。

「でも、噂があって…」

「その根も葉もない噂はどこでどうして流れたのか不思議でならん」

「じゃあ、そんな水、無いって事ですか?」

「残念ながらな。ワシが出せる水は、人が妖精の水と呼ぶものだけだ」

ギトは妖精の答えを聞いて、あからさまに落ち込んでしまった。

「誰か病気の者がおるのか?」

ギトは俯いて、ぽつっと呟く。

「僕の父親が病気でほとんど寝たきりだから、治してやりたくて」

それは私も初耳だ。妖精は一度頷いたが、それだけ。

「親思いのいい子だ、しかし噂の水はないのでな、他に願いはないか」

「他に、ですか」

ギトと私は悩んだ。

「ギトはどう?」

「うーん」

ギトは上を見上げ、シギとシサを見る。

「相談して決めちゃ、だめですか?」

「ならん」

妖精はギトの言葉をばっさりと切り捨て、フンと鼻を鳴らした。

「ワシはそう易々と人に姿を見せたりはせんのだ、願いも別に無いなら無いでいいのだからな」

「あ、なら僕達と一緒に来てくれるとか」

「ワシを見世物にでもする気か? 断る」

なら何か特別な魔法があれば教えてくれ、妖精しか知らないような情報を教えてくれ、他にも思いつくことはすぐに言葉にしたが、すべて断られた。

「あの、叶えてくれる気はありますか?」

私は不審に思い、聞いた。

「うーむ、大層に言ったが、妖精の水をくれてやるくらいしか出来んな」

「えー、じゃあ今の問答は何だったんですか」

妖精は含み笑い、私の左肩に座った。

「面白くてついな。まあ妖精の水はくれてやるから、ちと聞きたいことがある」

「なんですか」

妖精は私の頬を指で指した。

「お前、死霊ではあるまいな」

「…はい?」

意味が分からず、妖精の方に顔を向けると、妖精はすっと私の正面の目の高さまで飛んだ。

死霊と言われて、ここに来る途中見かけた人影を思い出したが、私は生きているしあんな不気味な雰囲気もしていないはずだ。

「え、え、カエデさん生きてますよね?」

ギトが私から一歩引いた。

「生きてるよ見て分かって!」

「す、すいません…」

ギトが謝ったところで、何故そう思ったのかを聞く。

「お前から、あまり生きているような感覚を受けなくてな」

「ちょっと意味が分からないんですけど、私何か変なんですか?」

「変、と言えば変か。魔力も全く無いようだし、魂も希薄と言うかなんと言うか」

「希薄!? 私死にそうって事ですか!?」

「さあな、知らん」

妖精は軽く息を吐く。

「他に、私に感じることはありますか?」

「他?」

もしかしたらこの妖精は、私が別の世界から来たのだと気付いているのかもしれない。

気付いていないとしても、何か他に手がかりになるような事を知らないか、どんな些細なことでも知りたかった。

「そういえば、魂が希薄なせいか、お前は人のわりにあまり嫌な気はしないな」

「結局私、薄いんですか…」

「まあ落ち込むな、そのお陰かは知らんが、他の妖精と仲がいいのではないか?」

「分かるんですか?」

「同じ妖精だ、それくらい分かる」

家にいる妖精は私がひとりの時にはしょっちゅう出てきてはくるくる楽しそうに飛び回っている、私も楽しいので仲がいいと言っていいだろう。

「他には何かないですか?」

「うーむ…」

妖精は腕を組んで私をジーっと眺めるが、やがて首を横に振った。

「特には無いな」

「そうですか」

私はうな垂れ、妖精はそんな私の顔を覗き込んできた。

「そういえば、ここに来る途中で死霊を見かけなかったか?」

突然なにかと思ったが、見たことは見たので頷いた。

「あいつもお前のように、魂の希薄な奴だった」

妖精はなつかしそうにそう言った。

「あの死霊と、知り合いだったんですか?」

「そうさな、あいつはアリスと言ってな、ワシに名前をくれた者でもある」