軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話 遠征①

「よし。じゃあ行こうか」

いつも通りのメンバーで、もはや見慣れた渋谷ダンジョンの一階層を出発する。だが、そんな俺達の顔はどこか緊張気味だ。

それもそのはず。慣れた景色だが、今回はいつもと目的が違う。

俺達はとうとう、渋谷ダンジョンの一階から卒業する。

♦ ♦

「皆さんにお願いしておいてなんですけど、まだ俺たちの準備が整ってないんですよね」

先日の小畑会の集会。皆の話し合いが一区切りついたあたりで、俺はそう切り出した。

「準備? よく分からんが、何か欲しいもんがあるなら融通するぞ?」

「いや、物資とかではなくてですね。実は俺達、まだダンジョンで宿泊の経験すらないんですよ」

真っ先に援助を申し出てくれたトシさんだったが、ああ、と納得したように頷いた。他のみんなも似たような表情だ。

皆のレベルを上げるためには、俺がダンジョンに潜って情報を集めないとならない。

だけどその為には、この人達が普段潜る深さまで足を運ぶ必要があるわけで。

「護衛を皆さんに引き受けてもらうとしても、流石に未経験で二十から三十層まで遠征するのは厳しいと思うんですよね。それと、初見の階層で効率の良いレベリングを開拓するコツをつかんでおきたいなって」

どこを回って、どんな魔物を相手にするか。危険が少なく、作業的にこなせるか。

そんなローリスクハイリターンな方法を見つけ出すノウハウだ。ぶっつけ本番でやるより、安全な階層でその練習をしておきたい。

「そして何より、俺の足となるホムンクルスを作らないことには話にならない」

川辺達ですらきついんだ。さらに高レベルのペースについていけるはずがないわ。

俺の話を聞いて、ミライさんが口を開いた。

「要するに、事前練習と足の確保が済むまで待って欲しいということね?」

「はい。なのでとりあえず渋谷ダンジョンの五階くらいまで潜ってみようかなと」

「うん、いいんじゃない? 渋谷ダンジョンは環境的にもそこまで厳しくもないし、練習にうってつけだと思うわ」

ミライさんの言葉に、誰も異論はないようだ。

というより、別のことに夢中になっていた。

「動物型とは言え、世界初のホムンクルスが出来るのか」

「人型でないのは残念だが、正直ワクワクしてくるな」

「いや。真面目な話、探索面で考えれば輸送力のある魔物型の方が大事だぞ。どの程度のものか見ものだな」

期待が重いわ。いや、それも仕方ないことだと分かってはいるが。

プレッシャーを感じていると、フッとミライさんが笑った。

「気にしなくていいのよ。初めから完璧なものが作れるなんて誰も考えてないわ。ホムンクルスも遠征も、十分に試せたなら連絡を頂戴。その時は私のチームが護衛してあげるから」

「はい。その時はよろしくおね――」

「ちょっと待てババア!」

いきなりトシさんが鋭く叫んだ。

「テメェなにさりげなく自分がついて行こうとしてやがんだ! 抜け駆けを許すと思うなよ!」

「トシの言う通りだ。流石にそりゃないぜミライさん」

「レベルを上げたいのはみんな同じだぞ」

「せめて話し合いで決めましょうよ。この件は皆引きませんよ」

タケさんを初めとして、次々とリーダー役の人達が文句を言う。個人勢の目も厳しい。

しかし、ミライさんは揺るがなかった。

「これは当然の権利よ。譲る気はないわ」

「ああん? どこにそんな権利が――」

「私に小畑会のことを黙っていたでしょ」

立ち上がりかけていた男達が、シュンとして席についた。

それ言われたら俺ら何も言えねぇよ。

「それじゃあそういう訳だから。準備ができたら連絡をちょうだい。楓太くん達と冒険できる日を楽しみにしているわ」

♦ ♦

で、数日かけて遠征について必要になるものを調べ、大急ぎで揃えて。

そして今日、いよいよ出発となった訳だ。

「よくよく考えれば、俺らってまだ全然冒険っぽいことしてないのかもな」

三人で渋谷支部に向かっている途中、川辺が言った。

確かにと、伊波が呟く。

「テント泊もせずに全部日帰りだからね。言ってしまえば……ちょっとしたアウトドアスポーツ的な? 趣味の延長でしかなかったのかもしれない」

「趣味で死にかけてたまるか」

死闘と修羅場を乗り越えとるんやぞこっちは! 十分冒険しとるやろがい!

「そんなに冒険がしたいなら喜べ。これからはたっぷりとすることになるぞ」

「それはそれで嫌だが……。この荷物を持ってると意識せざるを得ないよなぁ」

川辺は背中に背負ったどでかいバックパックを見る。それは俺がいつも背負っているものと同じ特大サイズで、その中にはテントをはじめ、今回の遠征に必要な道具が全てはいっていた。

遠征に行くとなると、持っていく荷物が増えるから流石に俺の分だけじゃ足りない。素材の回収も考えないとならないしな。

だからこうして新たに用意したわけだが……これだけ荷物が増えると切実に運搬屋が欲しくなるな。

「荷運びが出来るホムンクルスが求められる訳だよな」

「テント、寝袋、食料、水、その他細かいものが諸々。このあたりの必需品を五人分揃えるだけでバックを一つ使ってしまうからね。かといって戦うことを考えると何人もこんな荷物をもつわけにはいかないし」

そうなんだよな。っていうか何だったら足りないくらいだよ。

今まで日帰りだったからこんなもんかって思ってたけど、特に水。一番重要なのに、めっちゃ重いし嵩張る。

泊まりの旅になるから仕方ないとはいえ、運搬を考えるとこんなに厄介な――

「どうした? 何かあったか?」

「おい。今更ながら気づいたんだが泊まり込みでダンジョンに行くってことは、俺達、あの子達と一緒のテントで眠ることになるよな? まずくない?」

「今更何を言ってるんだ君は」

伊波は呆れたように見てくる。

確かに今更かもしれんが、実際にヤバいだろこれは! 下手したら人生が終わるレベル!

「お前ら何でそんなに冷静なの?」

「いや、だってロリ以外に興味ねぇし」

「人間に興味ないし」

すげえ発言してるなこいつら。やばすぎんだろ。

この場合、どっちの方がよりやばいんだろう?

しかし今問題なのは、常識人たる俺の方だ。 あんな巨乳姉妹と一緒のテントで、俺の理性は保つか?

俺は理性的な大人だが、ちょっと理性に自信がない。(矛盾)

「川辺……もし俺があの二人を襲うと思ったら、そうなる前に殴ってでも止めてくれ」

「え? 今殴れってこと?」

「ちげぇよ! どんだけ信用ねぇんだ俺は!」

せめて本当に手を出した時にしろや!

本気で抗議したが、川辺は笑って流した。

「冗談だよ。その発言が出るうちは大丈夫だし、そもそもお前の心配は杞憂だと思うぞ」

「え? そうか? 自分で言うのも何だが結構不安なんだが」

「いや、よく考えてみ? 何日も歩いて活動することになるんだぜ?」

「うん……うん? うん、それで?」

「ぜってぇ臭えじゃん」

お前……お前、それはさ……。

「いくら好みの女でもさ、萎えると思うぞ」

「いや、そりゃそうだろうけど……ウェットティッシュとか、体を拭く物は用意してるし。あの二人も何らかの対策は取ると思うぞ」

「いや、限度があるだろ。風呂に入ってる訳じゃあるまいし。女だって臭いって。女への幻想が取れる良い機会じゃね?」

「言いたいことはわかるけどさ……」

「ノンデリの極み……」

俺も伊波も、何とも言えない表情になっている。

正しいのはわかるんだが、その現実には目を向きたくなかったというか、もう少し夢を見ていたかったというか。

この辺りが、俺が今も童貞たる所以かもしれん。

悶々とした気持ちを抱えながら歩いているうちに、渋谷支部にたどり着く。中に入ったエントランスでは、臭う(予定の)姉妹が先に待っていた。

「あっ、おはようございまーす!」

「おはようございます。今回は頑張りましょ――どうしたんですか?」

「いや、気にしないでくれ」

顔色を見られたらしい。罪悪感を抱きながら適当に誤魔化す。

まさか君たちの匂いを想像していた、なんてセクハラ通り越してる発言は言えない。ホムンクルスを知られた時以上に軽蔑されるだろう。

「わあっ! 荷物いっぱいですねぇ!」

チヨちゃんは川辺が背負った荷を見て楽しそうにしている。

七緒ちゃんもまた、それを見て感心した声を上げた。

「五人分ともなれば流石の量ですね。自分の荷物だけでいいと言われたのでそうしましたけど、本当に手伝わなくて大丈夫でしたか?」

「うん。まぁ何が必要か調べたりするのは手間だったけど、だいたいはここで揃えられるものばかりだったから。気にしないで」

というか、女性の必需品とかは流石に用意できんしな。それこそセクハラだわ。

ちなみに、川辺や俺が背負ったバックパックには宿泊に必要な大きな道具が入っているだけで、その他の個人的な物は動きに支障が出ない程度の大きさのリュックに、個人で管理してもらうことにした。これなら問題なく行動できるし、プライバシーも守られる。

本当は全員で平等に分担したいんだけどな。突発的な戦闘を考えると、戦いに集中してもらう人が居ないと危ない。この形がベストだ。

我ながら良い判断をしたと感心していると、七緒ちゃんは少しだけポカンとした顔で言った。

「調べたり……あの、楓太さん達はキャンプの経験とかあります?」

「ん? ないよ?」

「ないな」

「ないね」

「「あっ」」

姉妹は揃って、思わずといった感じの声を出した。そして、急に苦い顔になる。

「しまったわ。てっきりキャンプの経験くらいはある物かと……」

「ん~。急に不安になってきちゃったね……」

「ほ、ほう。そういう二人は経験があるのかな?」

「まぁ、流石に都会に出てからはやってないですけど、地元では何度もやってましたよ」

「気まぐれに遊び感覚でやりますよ~」

七緒ちゃんは苦笑しながら、チヨちゃんはのほほんと答えた。

そうだな。田舎娘なんだから当然だよな。言われなくても気づけよ。

色々と相談すればよかったかも、と自分の行いを悔いていると、七緒ちゃんは困ったように頬に手を当てる。

「当たり前すぎて、てっきり三人もそれくらいの経験はあるのかと思ってました。すみません、確認すべきでしたね」

「い、いやいや。こっちこそすまなかったね。こちとら生粋の都会っ子だからさ」

暗にお前ら田舎者とは違うんだ、と抵抗を見せるが、二人は気づきすらしていない。というかこれ、別にあっちも挑発している訳じゃないな。でもその方がなおさらムカつくわ。

「都会の人でも、男の子ならキャンプの経験くらいはあると思ったんですが。家族で旅行とか、大学のサークルとか」

「すいませんねぇ。俺らそんな陽キャじゃないんすわ。生粋の陰キャを舐めるなよっ」

「そんなもんに行くくらいなら、冷房の効いた部屋でゲームでもやるわ。あほらしい」

「あっ、でもほら! アニメでキャンプが流行りませんでした?」

「ああ、もちろん僕らも見てたよ。あれは良い物だった。だけどねチヨちゃん。オタクの全員が全員、感化されて始めるような単純な奴らばかりじゃないんだ」

まぁ、単純に行動力がないだけなんだがな俺らは。

ちなみに俺は違うアニメでギターなら買った。今は埃被ってるけど……。

「まぁ経験こそないけど、そんなに心配はないと思うよ? 動画を参考に予習もしたし、準備は完璧のはずだから」

「動画――フッ」

「まぁまぁお姉ちゃん。素人さんの言う事ですから」

「こっ、こいつ……ッ!」

七緒ちゃんが鼻で笑い、チヨちゃんが宥めるふりして煽りにきやがった。

すっかり馴染んだね君ら。馴染みすぎて本気でイラッとしたぞ……ッ!

しかし、素人というのは事実なだけに何も言い返せんわ。

「まぁ今回は経験を積むことが目的ですしね。失敗しないと分からないこともあるでしょうし」

「言ってくれるじゃないか。見てろよぉ? 快適な旅にしてやるからよぉ……!」

「期待しすぎない程度に楽しみにしてますね」

出来ないと思ってやがるな? 舐めるなよ。その為の準備はしてきたし、俺の切り札もこの荷物には入っている。結果で黙らせてやるからな。

「よし。じゃあ川辺」

「あいよ」

川辺がバックパックを降ろすと、ズンッ、と重い音が聞こえた。

急に荷を下ろした川辺に目を丸くしている姉妹に、俺は告げる。

「パーティーの盾である川辺が重い荷物を持つ訳にはいきません。遊撃も出来る七緒ちゃんも同様です。後衛だけど戦える伊波も出来る限り動けた方が良くて、俺はもうすでに荷物を持っています。という訳で――チヨちゃん、頼んだ」

「おっ――おお~っ!」

意外にも、チヨちゃんは目をキラキラさせていた。

自分のリュックは前に回して、意気揚々とバックパックを背負おうとする。

「私が持っていいんですねっ? わーいっ! やっと私にも仕事が出来ましたっ! 戦いはずっとピーちゃん達にお任せで、荷物も楓太さんから奪う訳にはいかなかったので、これでやっと私も皆の役に――重っ」

自分から進んでパシられるなんてとても良い子だ。そう感心していたんだが、荷物を背負った途端、チヨちゃんはスンッと表情を変えた。

笑いそうになったわ。

「大丈夫? ムリそう? 正直駄目だとかなり困るんだけど」

「い、いえ。大丈夫です。ちょっと重いけど、運ぶだけですからっ! というか、楓太さんの事を思えば、私が泣き言をいう訳にはいきませんからっ!」

フンッ! と鼻を鳴らし、元気に立ち上がるチヨちゃん。頑張ってくれそうでとてもありがたい。

でもごめん。俺の荷物。君の荷物の半分の重さも無いんだ……。

いや、素材回収のこともあるし、俺のステータスだとそんな荷物を持って歩くなんて無理だからさ。体力のない俺がそんなものを背負ったら、それこそついていけないし。

申し訳ないけど、やる気を削いでしまうだけだしな。黙っとこ。

「よし。じゃあそろそろダンジョンに向か――」

――? なんだ?

妙な気配がした気がして、何となく周りを見回す。

そんな俺に、川辺が怪訝な表情を作った。

「どしたん?」

「いや、なんか今誰かに見られた気が……」

「気のせいだ。行こうぜ」

「何で即レス!? ちょっとは気にしろよ!」

「わざわざお前を気にする奴なんかいないだろ」

……こいつ、説得力のあることを言うじゃねぇか。

確かに俺なんぞを注目する奴が居ると思えんしな。七緒ちゃんやチヨちゃんへの視線を勘違いしたのかもしれん。

三十超えたオッサンの自意識過剰は痛々しすぎて目も当てられん。自重しよ。

♦ ♦

楓太達がダンジョンの入口に向かっていく姿を、エントランスの隅から窺っている者達が居た。

初心者向けダンジョンゆえに、初心者装備で身を固めている者が多いこの中で、ラフな私服姿で目立ちやすい。にもかかわらず、誰も彼らに注意を向けていなかった。

斥候職のスキル【隠蔽】により、彼らはエントランスで身を潜んでいた。

「――レベル10。小畑楓太。間違いなくあの人だな」

「周りの奴らはともかく、戦える雰囲気がまるでなかったぞ。マジで〈錬金術師〉なのか」

「うん。あと俺の【鑑定】に気づいたっぽいな。気のせいだと思ったみたいだけど」

その発言に、集まっていた者たちは驚きを見せる。

「見抜いているのに、気づかれたのか?」

「ああ。同種の能力だから感じ取れたんだろうな。これで帰ってきた時にレベルが上がっていたらもう確定だ」

そう言って、楓太を【鑑定】した男は支部の外へ向かう。

男の横に並びつつ、仲間は確認を取った。

「それで、帰ってきて本当にレベルが上がってたらどうするんだ?」

「もちろん声をかけるよ。俺の目的を達成するためには、あの小畑さんって人を放置する訳にはいかない」

男は支部を出て、小さく笑った。

「俺達の仲間になるならよし。もし断るようであれば――ま、消えてもらおうか」

♦ ♦

【探索のヒント! その二十四】

〈ダンジョン探索における衛生問題〉

ダンジョンでの遠征の際、誰もが悩む問題。

汚れ、体臭、生理、トイレ問題、などがある。

その中でも体臭は身近でありながら、切実な問題である。

探索者は重い荷物を持ったり、魔物との戦闘をこなしながら移動し続けるため、大量の汗をかく。

定期的に体を拭う。清潔な服に着替える。消臭剤を使う。対策は数あれど、それで抑えられるのは保って数日。それを過ぎれば過ぎるほど、悪臭に悩むことになる。

臭いが強ければ鼻の利く魔物に襲われやすくなり、冗談抜きに命に関わる。が、それ以上に問題なのが、人間関係に支障が出る可能性があることである。

個々の臭いに対する感度の摩擦。

お前臭い、とは言えないので我慢しているうちに溜まるストレス。

体臭を誤魔化そうと香水を使ってしまった結果の悲劇。

異性の前で体臭を気にする心理的ハードル。

様々な理由で、時にはパーティーに塞ぎようのない亀裂が入ることがある。この辺りに上手く折り合いを付けられるかどうかも、探索者にとって重要な資質の一つである。