軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話:転生王子は攻める

ようやく、交代時間になり、代わりのものたちがやってきて、俺たちの班は城内に戻ることができた。

堀をあえて、蓋をすることによって落とし穴にしてしまうという単純なアイディアは効果的だったようだ。

それだけで戦況をひっくり返し、敵の作戦の根底を覆すことができた。

あれから、偵察に少数の兵が向けられているが攻めてはこない。

そのため、迎撃の必要はなく体はさほど疲れていないのだが、堀の底から響く怨嗟の声が響き、心を削られている。

そして、俺以上に民たちは参ってしまっているようだ。

……ここまでは考えていなかったな。

落石なり、矢なりで黙らせることは可能ではあるが、資材は有限であり、穴から出られない半死人に使う余裕がない。

「慣れるか、穴のそこにいる連中が声を出す気力もなくなるか、どっちが早いかだな」

割り切って俺はその場を後にした。

少し仮眠して、深夜になればヒバナの出発を見届けよう。

自作した目覚まし時計のベルで目を覚ます。

ふう、少しだけだが楽になった。

空腹を感じ、甘く煮詰めたナッツを食べる。

甘味はこの国では貴重であり、今日の戦いに参加した全員に褒美として配っていた。

甘いものは疲れを癒やしてくれる。

「ふう、少しは疲れがとれたな」

鉛のような体が軽くなっている。

これなら、大丈夫そうだ。

地下工房、さらにその奥へ行く。

今回の堀を作るに当たって、城から各種地下道に繋がるラインはほとんど潰してある。

その代わり、堀よりも更に深くほった道を新設してあった。

そこからなら、誰にも見られずに外へと行ける。……とはいえ、十五メートル以上、一度潜って登るのはとてもしんどい。

戦争が終われば、もう少しなんとかしたい。

出口もいくつか用意しており、森に通じるものや、海へ向かうトンネルへつながっているものなどがある。

「ヒバナ、もう来ていたのか」

「ええ、余裕を持って行動しないと」

敵に利用されないよう、極めて堅牢に作った扉の前にヒバナがいた。

今回の作戦に従事するのはヒバナだけ。

隠密作戦であり、人数は少なければ少ないほど見つかるリスクは減る。

だからこそ、カルタロッサ王国最速で身軽なヒバナを選んだ。

「体調は問題ないか」

「真っ先に休ませてもらったし、ヒーロの薬も使わせてもらったもの。大丈夫、私に任せて」

「ああ、任せる」

さすがのヒバナも緊張しているようだ。

それは作戦の難易度というより、これから自分がしでかしてしまうことについて。

初めて、あの作戦を聞かせたときヒバナは強烈な拒否反応を見せた。

あんなことをするのだから当然の反応と言える。

そして、最後には納得し、彼女はここにいるのだ。

ヒバナが、ごく一部のものしか持っていない地下トンネルの鍵を差し込み、扉を開いた。

一歩を踏み出したヒバナが振り向く。

「ねえ、戻ってきたら、抱きしめて。たぶん、私、ものすごく弱っていると思うから」

「それぐらいならお安い御用だ」

「そう、なら、頑張ってくるわ。これしかないのよね」

「ああ、俺はこれしか勝つ方法を考えられなかった」

「わかったわ。行ってくるわね」

ヒバナが手を振り、消えていく。

今回の作戦がうまくいくこと、それからヒバナが無事戻ってくることを俺は祈った。

ヒバナは森側の出口から外に出ると、地下への入り口を隠す。

それから、五感をフルに研ぎ澄ませながら走り始めた。

いかに強いとはいえ、ヒバナ単独だ。大軍に囲まれたら為すすべもない。

『ヒーロもひどい手を考えるものね』

ヒバナは今回の作戦について頭を巡らせる。

ヒーロは最初から一つのことを繰り返して言っていた。

大軍を相手にする場合、兵站を狙うのがもっとも効率的だと。

五千人を食わすことは並大抵のことじゃない。物資の流れを止めれば、すぐに軍は瓦解すると。

だからこそ、始めからカルタロッサ王国の戦術は、徹底した守りと、敵の補給線を断つことに特化していた。

今の所、守ることに関しては成功している。

しかし、補給線を断つことに関してはうまくいっていない。

なにせ、隣国との街道には中継点が複数用意され、常に見張りがいる。

あそこを狙うのは自殺行為だ。

だから、ヒーロは考え方を変えた。敵が自国から運んでくるものではなく、現地調達をしているものを使えなくすればいい。

カルタロッサの畑は敵に利用されないよう徹底的に収穫してしまい、森は恵みを狩り尽したせいで枯れており、食料の現地調達は極めて難しい。

それでも、水はある。

今回の狙いはその水だ。

『敵の野営地点はヒーロの予想通り、本当に頭が回るわ』

大軍が陣を作れる場所は限られる。

いくつかの候補のうち、敵軍は畑が広がる一角を使用していた。

それは、第一回の戦争でも敵が野営地点に選んだ場所。

広々とした平地であり、農作業をするため井戸が掘られており、容易に水を入手できる。

敵は第一回の戦いで水は現地調達できると踏んでおり、だからこそ、今回も水のある場所を選んだのだ。

人間が生きるために必要な水は二リットル。それを毎日五千人分運び続けるというのは極めて重労働であり、現地のものを使おうとするのは当然なのだ。

そして、敵が当たり前に使うものであれば、極めて容易に罠を仕掛けられる。

むろん、井戸に毒を放り込むなんて作戦は戦争では珍しくなく、敵軍も厳重に警戒してる。

だが、ヒーロの狙いはそこではない。井戸で汲み取る地下水、その元になる地下水脈。そこまでは敵も警戒していないのだ。

ヒバナは足を止めた。

『っ、敵兵、野営地に近いだけあって、見回りはしているようね』

優れた気配感知能力で、見張りに来ていた兵たちを見つけると、草むらに隠れて、気配を消す。

見張りの兵が隣を通り過ぎる、その瞬間だった。ヒバナの隠れている草むらが揺れる、ネズミだ。

「だれかいるのか!」

ネズミに反応して、見張りの兵がこちらに近づいてくる。

ヒバナは深く息をすう。

そして……一呼吸のうちに踏み込み、居合抜き一閃。声を上げるまもなく、見張りの兵の首が飛んだ。

『運がなかったわね、お互い』

そのままヒバナは、前へ進む。

他の見張り兵が異常に気付く前に。

そして、とうとう目的地についた。

予め、ヒーロが作っておいた地下へと続く隠し通路へと入る。

水の音がした。

ここは山と畑を結ぶ直線上にある地下水脈だ。屈まないと歩けないぐらいに狭いが、洞窟のようになっていて、ひんやりとした空気が流れていた。井戸の水はここから供給されている。

ある程度歩くと開けた空間に出た。

そこにはたくさんの樽が積まれている。

「これが、ヒーロの言っていた毒ね」

その樽の一つひとつに遅効性の猛毒が入っている。

原料には魔物を使っているらしい。

この毒は透明で、無味無臭。口にしてもしばらくはなんとも無い。

しかし、一日ほど経つと体がだるくなり、若干熱っぽさを感じ始める。そして、どんどんと悪化していく。

五日も経つころには、本格的に発症する。高熱と悪寒、強烈な吐き気に喉がひどく腫れあがり、息すら満足にできなくなる。

ヒーロいわく、あえて遅効性にしているらしい。

そのほうが、水が原因だと気付くのが遅れ、多くの敵兵が水を呑み、被害が大きくなるということだ。

「でも、敵軍は倒せても、私たちが汚した水はもとに戻らない」

水は流れていく。毒を流したところですぐに散るだろう。

とはいえ、水に溶けた毒は、岩や土に吸着してしまい、毒が流れきった後も悪影響を与える。

そう、この地下水道そのものが汚染されてしまうのだ。

ヒーロいわく、半年以上は確実にこの地下水脈を水源とした水は使えなくなってしまう。

さらには、それが下流にある土地と植物を駄目にし、海へ流れでることで海の生態に悪影響を与える可能性すらあるそうだ。

水は生活の基盤だ。それを自ら汚す。

だからこそ、カルタロッサ王国の未来と引き換えにした作戦だとヒーロは言ったのだ。

カルタロッサ王国には専用の浄水設備があり問題ないが、たとえ戦争が終わってもしばらくは地下農園以外でろくに農作業はできない。

それでも、勝つためには必要なことだとヒーロはいい、ヒバナもそれを認めた。

「やっちゃった。もう、後戻りはできないわ」

ヒバナは次々と樽を沈めていく。

樽には無数の穴が空いており、少しずつ毒が垂れ流され続ける。

樽はすぐに引き上げられるように、縄がついており、縄は地上部に固定されている。

「これで終わりね。あとは悟られないようにして戻らないと」

あまりにもあっけない。

たったこれだけで、数千人もの兵が無力化し、そのうち何割かは死ぬ。

騎士の国で剣を振るだけの生活をしていたころは想像もしなかった。

ヒバナの知る戦争とは、鍛え上げた技と技のぶつかり合いなのだ。

だからこそ、強さとは美しく、尊いものだった。

なのに、そんな剣の何千倍もの効率で、鍛え抜かれた兵たちが、あっさりと死ぬ。

自分の価値観が音を立てて壊れていくのを感じた。

強さが不要とは今も思っていない。強さが必要なシチュエーションは多い。それでも、強さが絶対ではないと理解してしまった。こんな理不尽で得体のしれない力こそが、今後の戦争を支配してしまう。

ヒバナは最後にもう一度、水の底に沈んだ樽を見る。

見た目には何も異常が感じられない。

それが逆に不気味だ。

「帰らないと」

声が震えていた。

ヒーロに一秒でも早く会いたい、抱きしめてもらいたい。

そうじゃないと、この胸にある何か得体の知らないものに押しつぶされてしまう。

そうして、ヒバナは一心不乱に走る。

彼女は気づいていない、彼女はカルタロッサ王国の未来を奪う作戦を実行したことだけじゃなく、数千の敵兵を殺してしまうことに怯えていたことを。