軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ:転生王子は企む

戦争が始まった。

すでに、タクム兄さんが奇襲を仕掛けて戦果をあげている。

開戦したことを民たちに伝えたが、意外にもみんな落ち着いている。

城内に引っ越してから、訓練を中で繰り返し、みんな覚悟が決まっていたのだろう。

やることがはっきりしているというのがいい。

アガタ兄さんが、きっちりと民たちの戦時中の仕事を決めることを徹底したことがここで活きている。

人というのは、やることが明確であり、手を動かしている間は悲しみや恐怖に捕まることはないものだ。

翌日の夕方、タクム兄さん率いる精鋭部隊が戻ってきた。

初戦は森に潜みながら、クロスボウで狙撃しては逃げるというゲリラ戦法を選び、完璧な戦果をあげた。

軽装であること、それから全員がトップクラスの魔力を持っているからこその速度。

大軍で足が遅いグリニッジ王国軍であれば、ここまで四日はかかる。

帰還した精鋭たちは若く、人間相手の戦争は初めてのものが多く、かなり精神的に参っていた。

……二千人の軍にたった十人で挑むのはとんでもないプレッシャーだっただろう。

すでに彼らはそれぞれ自室に戻っており、タクム兄さんだけが会議室に来ていた。彼の目から見た敵軍の情報を一刻も早く知っておくためだ。

それはタクム兄さんもわかっているようで、要点をまとめた情報を伝えてくれた。

「……だいたい、敵の戦力は想定どおりか。ありがとう、タクム兄さん」

「おうよ。それで、こちら側の話だがな、実戦でも使えるぜ。このクロスボウってのは」

「あとで感想を聞かせてくれ」

「んな、ながながと話すつもりはねえから、端的にいうと、やっぱ弦を引いたまま保持できるってのはいいな。とくにこういうゲリラ戦みたいに逃げながら戦うときは。あと、片手で撃てるってのも助かった。とっさに剣が振れる。弓じゃ、こういうゲリラ戦は厳しい」

弓とクロスボウの大きな違い。

それは、弦を引いたまま移動できるかどうかだ。

クロスボウのように滑車を使うことで、通常では考えられないぐらい強い弦を引く仕組み自体は、弓でも実現できる。

コンパウンドボウという複雑なものになるが、俺やサーヤの技術力であれば作れるのだ。

弓のほうが連射性能と精度は上であり、コンパウンドボウであれば威力もクロスボウとさほど変わらない。

もし、固定砲台として足を止めて矢を撃ち続けるのなら弓のほうが優れている。

それでもクロスボウを量産したのは、性能以上に『誰でも短期間の訓練で使える』という点を最大限に評価した結果に過ぎない。

弓の訓練は数年がかりではあるが、タクム兄さんを始めとした精鋭たちは、弓の修練を積んでいる。

そんな彼らにもクロスボウを持たせたのは、今回の作戦に求められるのは固定砲台ではなく、移動砲台であり、いつでも撃てる状態で走れるということを重視した。

また、クロスボウはコンパクトであり、山で邪魔になりにくいという点もあった。

「そうか。なら、良かった」

「剣の方が好きだが、便利な武器ってのは間違いねえよ」

そう言いながら、タクム兄さんは骨付き肉にかぶりつく。

この会議は食事をしながら行っていた。

「僕としては兵糧のほうも気になるね。今回は例の兵糧だけで三日間過ごしたのだろう。動きに支障はなかったかい?」

「ああ、そっちも問題ねえ。十分、力は出た。ただな、飽きる。もうちょい、味にバリエーションがほしいな」

「それは考えておく」

タクム兄さんたちは、ゲリラ戦を行うために荷物を最少にすることが求められた。具体的には小さなリュック一つ。

その中には、食べ物の他にも、矢や下着の替え、医療品、ナイフなども収納せねばならず、食料を多く持てなかった。

少ない食料で数日過ごせたのは新規開発した兵糧のおかげだ。錬金術で生み出した極めて栄養価が高く、長期保存が可能。

そして、あっさりとタクム兄さんたちが引き上げてきたのは、食糧を多く持てないという事情もあったのだ。

「飽きる……それは想定しなかったよ。僕も最近、お世話になっているけど。そういう感想は抱かなかったかな」

「そいつはアガタが、仕事の虫なだけじゃねえか。普通のやつは、こうして肉汁が滴る肉を食いたくなる。三日やそこらなら、がまんできるが。それ以上になると、やっぱ不満はたまるぜ。こんなクッキーじゃな」

タクム兄さんがポケットから、新規開発された兵糧を取り出す。

それはソフトクッキーだ。

材料は小麦に、メロンから抽出された糖、山羊の脂、ナッツ類、それに各種薬草から得た有効成分をポーション技術を応用して働かせている。

糖分と脂質を焼き固め、ついでに健康を維持するための薬でもある食べ物。

極めて高カロリーで、一本が成人の人差し指サイズで四百キロカロリーほど。

一食で二本も食べれば、必要な栄養を摂取できる。錬金術で作り上げたカロリーメイトのようなものだ。

ちなみに、アガタ兄さんはこれを気に入っている。食事を三十秒で終わらせるうえ、好きなタイミングで食べられることを評価しているらしい。

彼の部屋には、常にこれが置かれている。

「味はなんとかするとして、ストックは作っておいたほうがいいな。一年は保存できるし」

「おう、そうしてくれ。こっから先、兵どもが孤立することがあるだろうしよ、全員にもたせておきてえ。味に文句を言ったが、堅パンよりはずっといいからな。パンと干し肉じゃ、どうも体がだるくなってくるが、今回は体のキレは最後まで落ちなかったぜ」

大凡、保存食の定番はパンと干し肉か干し魚。

それに比べると、健康的な食事だ。なにせ、それだけを食っていればいい完全栄養食として作ったのだから。

タクム兄さんが肉を喰い切り、スープを一気に飲み干す。

「んで、これからどうするんだ」

「まずは待ちだ。向こうはもう帰還しているタクム兄さんを恐れて、無駄に消耗しながら行進してくれる。せいぜい、弱ってもらおう」

いつ、毒矢がとんでくるかわからない以上、警戒をし続けなければならない。

一日、二日、襲われなかったからと言って警戒を解くことはできない。

……それに、タクム兄さんたちが戻ってきたと言っても、無数の罠を山に仕掛けてあり、彼らに被害を与えてくれる。

「消耗させるだけってのはぬるくないか」

「あんまりやりすぎると、攻めてこなくなるだろう……この城にたどり着いた奴らが考えるのは、一刻も早く、俺たちを皆殺しにして、苦しみから解放されること。士気もない、体調も優れない、そんな状態で拙速かつ力任せに攻めてくる。それを城に用意した無数の罠で迎撃して大打撃を与え、その後にヒバナたちを使ったカードを切る」

「あれ、本気でやるつもりか。戦争が終わったあとに民が困る」

「ああ、やるさ。そうでもしないと戦争が終わらない」

俺は地図を取り出す。

そこには、この国の主要な水源に印を付けられていた。

敵が水の補給に使うだろうポイントであり、この戦争が終わったあと、生活水にも農業水にも必須なインフラ。

「……ったく、容赦ねえな」

「それと、手紙には書かれていなかったけど、ゲリラ戦と合わせて依頼した任務はこなせたのか?」

「ああ、しっかりやったぜ。もうぐちゃぐちゃだ。ありゃ、そうそう元にはもどせん。敵も困るが、そっちも俺たちの今後に響きそうだ」

話を聞いていたアガタ兄さんが笑う。

「今後なんて気にしなくてもいいと思うよ。そんなもの、勝たないとやってこない。まずは、今、勝つことだけを考えるべきだね」

「だな、俺らは溺れてるんだ。まずは浮き上がんねえといけねえ」

タクム兄さんが頷いた。

タクム兄さんに頼んだもう一つの仕事。

それは唯一の街道を破壊すること。

タクム兄さんたちは撤退寸前のタイミングで敵の最後尾、そのさらに後方まで進み、火薬で街道を破壊した。大穴があちこちにあいて道として機能しない。

……その理由は極めて単純で、敵の補給を難しくするため。

大穴だらけの街道を馬車などで走ることは不可能。

そうなると、人が荷物を背負って運ばないといけなくなる。二千人分の食料をマンパワーで運ぶのはとんでもない負担なのだ。

人は食料を一日一キロ消費する。二千人の軍ともなると毎日二トンもの食料がいる。そして、人が背負える重量、それも平地じゃない山越えともなると二十キロほどが限界。毎日百人もの人間が食料を運ぶためだけに必要となる。そして、当たり前だがその百人も疲れはするし、飯も食うからその分も運ばないといけない。

そして、彼らはこちらがゲリラ戦を仕掛けることを知ってしまった。

故に、食料を運ぶ人間を守る護衛もいる。

距離も問題だ。大荷物を背負って一般人が歩くなら片道で四日はかかる。長期戦になれば、この負担は決して馬鹿にならない。

「持久戦だ。徹底的にやるさ。城にこもりながら、敵を皆殺しにするなんて現実的じゃない。だけど、飢えさせて戦えなくさせることはできる」

もとより、この守りの戦いを選んだときから、こういう作戦を取ることは決めていた。

ひたすら、敵の足を鈍らせ、食料が尽きるのを待つ。

どれだけ強い兵だろうと、数がいようと、飯を食えなければ戦えない。

そのまま飢えてくれてもいいし、短期決戦にこだわってくれれば、敵の手は著しく限定される。

「あいつらも俺らが地下で飯作ってるとは思ってねえだろうな。貧乏国だから、さきに音を上げると思ってるんじゃねえか?」

「そう思ってもらえないと困るね。僕はそう思ってもらえるように根回しをしたのだから」

アガタ兄さんは秋のうちに、派手に食糧支援を依頼してまわった。

すべて断られたが、断られるためにやったのだ。こちらが食料に困っていると見せかけるために。

貧乏国のカルタロッサが、畑を捨てて城に引きこもった。食料の備蓄がほとんどなく、食料を得ることもできない。

……となると、敵側にこちらの食料備蓄を一ヶ月かそこらしか持たない。そう思ってもらえる。

だが、実際のところは船を使い食料を購入し、かなり備蓄してあるし、地下農場では作物が育ち、戦争に備え海での漁を精一杯がんばって保存食に加工してある。

こちらは、一年程度ならどうにでもなる。

先に干上がるのは向こうだ。

「じゃあ、これで会議は終わりだな……さすがに、ちょい疲れた。寝るとするか」

「ああ、そうしてくれ。お疲れ様、タクム兄さん」

「おうよ。おめえらも無理すんなよ。ふたりともろくに寝てねえだろ。ヒーロとアガタ、どっちかでも倒れたら終わりだからな」

タクム兄さんが帰っていき、俺とアガタ兄さんは顔を見合わせて笑う。

タクム兄さんがそんなことを言うのが意外だったからだ。

そして、その六日後。

想定より大幅に遅れて、グリニッジ王国軍がカルタロッサ王国にやってきた。

遅れの理由は抱えた怪我人と、襲撃の警戒と、罠だろう。

到着したグリニッジ王国軍の様子を城壁から望遠鏡で見る。

……よほど、山越えで消耗したのか、みんな顔がげっそりしていて戦う男の顔じゃない。

彼らは忙しなく、陣を整えているところだ。

そして、工作兵は城壁を攻略するべく、命がけで持ち運んできた攻城兵器を組み立て始めた。

破城槌、攻城塔、わりと城壁を攻略するものとしてはポピュラーな代物。

サイズがサイズだけに、パーツ単位にバラして現地で組み立てるのが一般的で、彼らもそうしたのだろう。

「舐められたものだな。そんな玩具で、この城が落とせるなんて」

「ふっふっふっ、この私が設計した、超攻撃型城壁の力を見せるときが来ました」

隣でサーヤがドヤ顔をしている。

彼女がここにいるのは、城壁に仕込んだ、各種迎撃装置の実戦を自らの目で見て問題点を見つけるため。

今は夕方、あの様子だと攻めてくるのは明日というところか。

「なあ、サーヤ。相手は明日仕掛けてくるつもりらしい。だからこそ今日中に一発ぶん殴ってやろうと思うんだが、どうだ」

「あっ、私もそう思ってました。なにせ、こんな"近く"にいるんですからね」

敵が陣を用意し、そして組み立てを行っているのは、わずか八百メートル先。

……攻城戦をするのだから陣が近ければ近いほど便利なのはわかるし、どんな長弓でも射程五百メートルと考えるとけっして考えなしというわけではない。

なにより、あの矢のことがトラウマになって遮蔽物の多い山から離れたいのだろう。

しかし、それは俺たち相手には悪手だ。

あまりにも近すぎる。

そのことを教えるとともに、取り返しのつかない痛手を与えてやろう。