軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話:転生王子とトンネル

ヒバナが決闘に勝った日から、おおよそ二か月経って、すべてが急ピッチで進んでいる。

……国を豊かにするための施策ももちろんだが、軍備増強のほうもゆっくりと動き始めた。

隣国を刺激しないように気を付けている。

例えば、必要ないのに塩は例年の半分ほど隣国から購入している。その量であれば、『それだけしか買えなかった』と思ってもらえる可能性がある。

とはいえ、ばれるのは時間の問題だ。

人の口に戸を立てることはできない。

だが、同時に国の指導者はそれを簡単には真に受けない。

情報が流れ始め、ある程度それの裏を取るのに時間がかかる。

そして、いずれ必ず豊かになったこの国を収穫するつもりで隣国は襲い掛かってくる。

隣国が攻めてくる場合、最速でも春だろう。

戦争には兵と物資が必要であり、集めるのにそれなりの時間がかかるため、そうしている間に冬になる。

隣国とこちらの国を隔てる山が存在する。

この地方の冬はひどく寒いうえ、雪が深く積もり、まともに進むことすら危うい。

そんな中の行軍は自殺行為となるため、必然的に侵略してくるのは春になるのだ。

無論、ろくに兵も物資も集めずに速度優先で攻めてくる可能性はある。

しかし、そんな温い攻めであればタクム兄さんは打ち勝てる。

「……春までに、十分に準備をした隣国に勝つ強さが必要か」

だからこそ、雪が降り始める前までに可能な限り国に体力をつけつつ、冬の間には軍備を整えなければならない。

タクム兄さんの鍛えた精鋭たち全員に魔剣を持たせるが、それだけでは足りない。

普通の兵士が、隣国の兵士を圧倒できなければ兵力差で飲み込まれる。

そのために必要な武器のレシピは用意したが、材料の鉄が大量にいる。

なんど試算しても隣国とやり合うことを前提にした場合、砂鉄を集めたり、秘密裡に他国から買い付ける程度の鉄じゃ足りないのだ。

そのための方法をようやく思いついた。

トンネル作りが終われば、早急にそちらにも手を付けよう。

父の部屋を訪れると、使用人たちが礼をして出迎えた。

俺は会釈をして、父の元へ向かう。

「もうすぐ、次期国王になったことを国中に周知します」

父はこの国にしては豪奢なベッドに横たわっている。

意識不明の状態が長く続いており、痩せこけていた。

もちろん、そんな父を癒そうとした。【回答者】で父を治しうる薬のレシピを得た。

しかし、レシピを得てもその材料が入手できない。

材料の代用も効かない。

だから、現状で手に入りうる材料で病気を進行させないための薬を定期的に与えている。

「この国も俺たちも変わりはじめました。タクム兄さん、アガタ兄さん、ナユキ、みんなで一緒に国を良くしようとがんばっています。いつか、姉さんも取り戻します。……父さんが起きたらきっと驚きますよ」

そう言いつつ、薬を注射する。

半月に一度ほど、現状報告と注射をするのが俺の日課だった。

「そろそろ俺は行く」

使用人にそう告げて、部屋を出る。

いよいよ今日はトンネルの開通日。

この国がまた一歩豊かになる。

二か月と少し前から俺がせっせと掘っていたトンネル。

それがようやくつながったのが三日ほど前。

そして今日までの間にトンネルの補強、空調設備の設置、舗装、排水、魔力灯の配置などを行い、ようやくトンネルと呼べるものになったのだ。

全長二十キロ。大型の馬車でも余裕ですれ違える道幅で天井も高い。

魔の森が近いせいか、大気中に濃い魔力が流れており、魔力灯はそれを集めることで半永久機関となり常に明るく照らし続ける。

実はレールを引いてトロッコでも用意しようかと思ったのだが、民の自主性に任せて、道だけを用意することにした。

そんなできたてのトンネルにタクム兄さんとアガタ兄さん、それに十人ほどの漁師たちが集まっていた。

「ヒーロから話には聞いていたし、何度か途中経過を見たけど、こうして完成品を見ると圧巻だね」

「そうだな、魔の森の下を突っ切るとはスケールが違いすぎる。こいつなら、安全に魔の森を超えて海へ行けるってわけか」

驚き半分、呆れ半分でアガタ兄さんがたち呟く。

その後ろにいる漁師たちの一人がおずおずと手をあげる。

「あの、王子さま方、この洞窟の向こうに海ってのがあるのですか?」

漁師たちの手には漁具があった。

もともと、この国では魔の森と反対側にある湖で漁業をしていたし、そちら側の森で狩りもしていた。

しかし、農業がうまくいかず、足りない食料を補うため、魚も獣も取りつくし激減しており、それも食料危機に拍車をかけていた。

「そうだ。海がある。魚がうじゃうじゃいるんだ」

「そいつは俺も保証するぜ。なんせ、向こうにいる連中は、魚が獲り放題で喰うもんに困んねえって言ってるし、何度も土産で持ち帰ったしな」

向こうにいる連中というのは、塩田にいる民のことだ。

このトンネルができるまで半月に一度、タクム兄さんの軍が、塩田作業員の交代人員を連れて塩田へと遠征していた。

目的は塩を持ち帰ることと、塩田作業員の交代。

しかし、塩田から帰還する際には、塩だけでなく、塩田作業員が空き時間に漁をした成果を持ち帰っていた。

小さな湖と違って海。それも豊かな海で魚がかなり多く、獲りすぎて、魚が減るという心配がない。

二週間に一度の海への遠征の度に、新鮮な魚介類が持ち帰られるので、今では民たちは遠征の日には大騒ぎになるし、遠征の日を待ちわびているぐらいだ。

それぐらい海の恵みというのは民たちにとってありがたいもの。

ただ、手入れがされてない森を抜けるため、馬車などは用意できず、兵たちが背負える荷物に限界があり、さほど量を運べないことが欠点だった。

民たちから二週間に一度ではなく、もっと往復する回数を増やしてくれと何度も嘆願を受けていたし、それに応えたかった。

しかし、魔の森を人員を守りながら抜けるのは、タクム兄さんが指揮する精鋭部隊でも命がけで消耗が激しい。

二週間に一度が限界で、それでもけが人が出ていたのだ。

……だけどこれからは違う。

このトンネルを通り抜ければ、誰もが安全に海へ行ける。

護衛の必要すらない。

民たちは毎日だって海で漁ができる。

「みんな、馬車に乗り込んでくれ。すぐに着くから」

俺は笑い。この国にある数少ない大型馬車の土台を叩く。

「あの、ヒーロ王子、馬はどこに?」

「馬より、力と体力があって、しかも速いのがいるから」

俺がそう言うと、タクム兄さんとヒバナが馬車の前に立つ。

「ヒバナ、遅れんなよ」

「全力を尽くすわ」

タクム兄さんとヒバナは魔力で身体能力を強化すれは馬なんか目じゃない。

なので、今日は二人にお願いする。

民たちは王族と、王族の騎士に馬の真似事をするなんて恐れ多いと騒ぐが、こっちのほうが速いし、何より二人が訓練になっていいと言ってるのだから甘える。

二人は馬車の牽引ロープを俺が作った専用の腰具に接続する。

民たちは戸惑いながらも荷台に乗り込み、俺とアガタ兄さんは御者席へ。

タクム兄さんとヒバナが、ストレッチを終えてにやりと笑った。

「全力でいくぞ!」

「振り落とされても知らないわ」

そして、この国の二大騎士は全力で走り始めた。

急加速、恐ろしい勢いで馬車が走る。

……馬なんて目じゃないな。

十二人の重み+漁業に使う道具+馬車本体の重み。

それを引いているのに、体感で時速五十キロほど出ている。

馬というのはイメージの割にさほど早くない。むろん、一瞬だけであれば時速40~50kmは出るが、馬車を引いて距離を稼ごうとするとせいぜい時速12kmほど。

だというのに、二人は時速五十キロを維持している。

「呆れるね、うちの騎士たちには」

アガタ兄さんの顔が引きつっている。馬車でこの速度はけっこう怖い。

「ああ、なんかもう勝てる気がしない」

俺にはこんな真似できない。

たぶん、純粋な決闘では一生二人には勝てないだろう。

「この速度は馬鹿力だけが原因じゃないんだろう? この馬車もすごい」

「やっぱり、アガタ兄さんにはわかるか」

「ぜんぜん揺れない、車輪が回る音がしない、つまりロスがまったくないってことだ。この馬車もヒーロの力かな」

「そうだ。あとは、このトンネルの舗装が完璧なのもあるけどね、完全な平面、一切へこまない。そんな道を、駆動効率を限界まで高めた馬車で走ればこうなるよ」

この時代の道はどこもでこぼこだ。

そもそもコンクリートなどで固めていない。せいぜい土を踏み固めるレベル。

しかし、このトンネルは違う。

材料は土や石とはいえ、錬金魔術で分子レベルで分解し、隙間なく敷き詰めた。ここまで密度を高め圧縮すればどんな材料でも鏡面のようになる。

そして、この馬車にもこだわった。

まず車輪に、この世界では概念すら生まれていないタイヤを履かせた。それも【回答者】で得た知識で作った最高性能のものを、衝撃吸収能力を高めつつ、強烈にグリップして力を逃がさない。

軸受けの精度もすさまじい。アガタ兄さんの言う通り、まったく音がしない。それはまったくロスがなく力を伝達している証拠。

思いっきり押すだけで、百メートルぐらい転がり続ける、それぐらいの駆動効率を誇る特別製の馬車だ。

「この馬車、あと三つ、四つ欲しいね。移動時間なんてものは、少しでも短縮したいよ」

「そのつもりだ。アガタ兄さんが外交に使うための馬車は、別に設計してる。アガタ兄さんの時間は浪費できないし、万が一にもアガタ兄さんを失うわけにはいかないから守りも固いものだ」

「移動時間っていう、合法的にさぼれる時間が無くなるのは悲しいね。でも、ありがたい。要望があるんだけど、見た目は普通の馬車にしてほしいかな」

「もちろんそうするつもりだ」

あまり技術はひけらかすものじゃない。……特に他国には。

それと特別な馬も用意しているが、それは秘密だ。

そして、三十分もしないうちにトンネルを抜けて、海が見えた。

タクム兄さんとヒバナの馬鹿力に頼ったとはいえ、三十分ほどで魔の森を抜けて海に行けるのは僥倖以外の何物でもない。

「ふう、こんなもんか。おい、バテてんぞヒバナ」

「……バテてなんかないわ。なんなら、今から模擬戦でもやる? いい加減、あなたに勝たないと、ヒーロに面目が立たないわ」

「やめとけ。ガッツだけは認めてやるがな」

ガハハと遠慮なく笑うタクム兄さんと、息が乱れに乱れ、汗だくのヒバナ。

二人とも化け物だが、化け物具合はタクム兄さんのほうが上らしい。

「ヒーロ、もし普通の馬車ならどれぐらいでたどりつけたと思う?」

「普通に馬を使っても二時間ほどだ」

「そうだろうね。つまり、日帰りで漁ができる。これは大きいね」

これから、民たちは日帰りで漁ができる。

国中の食卓に毎日魚が並ぶ日もそう遠くない。

そのことに気付いたのは俺たちだけじゃない。

漁師たちは地上にでると同時に身を乗り出し、海を眺め、あるものはただ涙を流し、あるものは叫び声をあげ、あるものは目を輝かせた。

そんな彼らに声をかける。

「夕暮れまで時間はある。さっそく漁にいったらどうだ?」

「はい、ヒーロ王子!」

「いっぱいとって帰るぞ!」

「腹いっぱい、嫁に喰わせてやる」

漁師たちが漁業道具を担ぐと走って海へ行く。

勢いがあっていい。

さて、俺は俺ですることがある。

自分の仕事をするとしよう。

漁師たちが、それぞれの方法で漁をするのを眺める。

塩田拠点にいるものたちと合流し、彼らのノウハウを聞きながら海での漁を手探りで行っている。

俺はというと、アガタ兄さん、タクム兄さん、ヒバナと海岸線まで見える小高い崖で遠くを眺めていた。

ただ見ているだけじゃない、各種データを取っている。

「兄さんたち、トンネルが出来たことで海と俺たちの国は繋がった」

「おう、もう軍の護衛はいらねえな」

「同感。もう、行き来は自由と言っていいだろうね」

「だから、俺は次のステップに行きたい。海にたどり着いたのはゴールじゃない。ここからが始まりだ。次は海の先を目指す。この国には足りないものが多すぎる。それらを海の向こうから手に入れるんだ」

戦うために鉄が足りない。

父を治す薬を作るための材料がない。

十分民たちが食えるだけの収穫量があっても、あまりにも種類がない。

家畜の数が足りない。

人が足りない。

何もかもがない。

「海の先に行く? 船でも作んのか?」

「あたり。俺は船を作る。そして貿易する。この国に足りないものを世界中から集めてみせる。いくら俺が錬金術師だからって材料がないとなんにもできないからね」

このトンネルを作るときから決めていたことだ。

現状陸路には邪魔な隣国はあるが、海の先は自由だ。

なんでも手に入る可能性がある。

「スケールがでかすぎて信じられねえな。だが、ヒーロならやっちまうんだろうな」

「僕たちもいい加減、ヒーロに驚かされるのに慣れたよ。詳しく話を聞かせてくれ。ヒーロの案はいつも着眼点はいいけど、穴が多い」

……言い返せない。どうしても俺の場合、アイディアが先走り詰めが甘い傾向がある。

だけど、兄さんたちならその欠点を埋めてくれるだろう。

俺に足りないものは兄さんたちが補う。

逆に俺は兄さんたちの足りないものを補う。

俺たち兄弟はそれで完璧な存在になるのだ。

俺は微笑んで頷き。

そして、海の向こうへ馳せた夢を語り始めた。

兄さんたちは初めは驚き、それから面白いと笑った。

彼方にこそ栄あり。

これはいったい誰の言葉だっただろうか?